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第2部 闘技場騒乱
第二十四話
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『ひよレジ』では、革命軍はローズとコロッセオで戦い、敗北し、戦力を大きく削がれることとなる。
ローズの神造兵器の真の能力を、革命軍が知らなかったためだ。
革命軍は、『パルファン・ドゥ・ローズ』はせいぜい数人程度を操る程度のものだと考えていた。開けた屋外での使用に関して言えば、確かにその認識で間違いない。
だが、密室で、しかも人間がひとところに密集している場合――つまり『パルファン・ドゥ・ローズ』の香りを多くの人間が嗅いでしまう状況が整っている場合、彼女の神造兵器は最強の能力を誇るのだ。
そして、彼女の操る神造兵器『パルファン・ドゥ・ローズ』によって、コロッセオの剣闘士たちはローズの操り人形と化してしまう。
アダムをはじめとする剣闘士たちに襲われた革命軍は、味方である剣闘士たちを殺すことも出来ず、かといって彼らを見捨てることもできず――結果的に多くの犠牲を出す羽目になった。
そして、今。
革命軍は捕虜と剣闘士たちを救出するため、コロッセオへと向かったという。
間が悪いことに、同じくローズもそこへ向かったらしい。
革命軍がローズにかちあう前に逃げてくれれば、とも思ったのだが……ハルトたちの話では革命軍はローズと真っ向から戦うつもりのようだ。
ローズが一人で行動する機会なぞそうそうないし、革命軍としては、ここで四天王の一人を倒して、皇国軍の戦力を削いでおきたいのだろう。
「……っ」
「シキ? どうしたんだよ、怖い顔して」
「やっぱ同じ四天王の一人がアタシら革命軍にやられちまうのは見過ごせないかい?」
不思議そうな顔をしているハルト。
アメリの方は、それみたことか、と言わんばかりに鼻で笑っている。
ど、どうする……!?
このまま放っておけば、原作と同じ展開になるかもしれない!
そうなったら、多くの人間が死ぬ!
しかも、原作ではハルトが機転を利かせてコロッセオの壁の一部を破壊することで活路を開いたのに、そのハルトがここにいるし……!
ハルトとアメリ以外の神造兵器使いも、革命軍にはいるけれど――
「二人とも、こうしている場合じゃない! さっさとコロッセオへ向かえ!」
おれはたまらずゼノンを押しのけて、ハルトとアメリの前に進み出て怒鳴るように告げた。
「えっ?」
「なんだい、いきなり。あそこに何かあるのかい?」
「お前たちは、ローズの真の能力を知らない。コロッセオでは革命軍に不利な場所だ。早く行かないと手遅れになるぞ」
おれの言葉に、ハルトはさっと顔色が変わった。
「よ、よく分かんねーけど、分かった! とにかく、みんなが危ないってことだよな?」
「ああ、そうだ」
「よし! じゃあアメリ、早くコロッセオに――」
「待ちな、ハルト」
しかし、今すぐにでも駆けだそうとしたハルトに、アメリが待ったをかける。
そしてアメリは、強い眼差しでおれを睨みつけた。
「悪いけどね、アタシはまだアンタを信用してないんだよ、四天王シキ」
「…………」
「ハルトはこの通り、馬鹿みたいに素直なヤツだからすぐ人を信じちまう。けど、アタシは違うよ。今までアンタがどれだけ平民を家畜同然に蔑んでいたかを知ってる。そのアンタがいきなり心変わりをしたとか、実はいいヤツだったなんて話は、とてもじゃないが信じられない」
「アメリ! シキは本当に――」
「少し黙ってな、ハルト。」
声を荒げかけたハルトだったが、アメリに諫められて押し黙ってしまう。
対して、おれの心には焦りが募るばかりだ。
くそっ、こうしている間にも、手遅れになるかもしれないのに……!
「アタシらに言った『コロッセオに向かえ』ってのが罠かもしれない。本当は、やっぱりリリア様のメイドを誘拐したのはアンタで、アタシらがいなくなったらメイドを殺してリリア様のことを大臣に突き出すのかもしれないよ。もしくは、シキがローズと裏で手を組んでる可能性も考えられるしね」
「……おれのことが信用できない、というのはもっともな話だな」
「ふん、分かったような口を聞くね」
「つまり、お前は何が言いたい? おれに何を求めてるんだ?」
おれの問いかけに、アメリはすうっと瞳を細めた。
「ローズの真の能力、ってアンタはさっき言ったよね。なら、まずそれを話しな。その上で約束してほしい」
「約束?」
「アンタの立場を表明して欲しいんだよ。四天王シキ、アンタは誰の味方なんだい?」
「――――」
その問いに、おれは思わずひゅっと息を呑んだ。
それは――今までどっちつかずを保っていた自分に、突如として突き付けられた切っ先だった。
「アンタは皇国軍の軍人として、ウルガ族の生き残りたちへ追手を差し向けた。でも、そのくせリリア様が革命軍に協力していたことは今まで誰にも言わなかった。ハルトに助言を与えもした。でも、はっきり革命軍に協力すると表明するわけでもない」
「それは……」
「皇国軍と革命軍、どちらの味方でもあるって? そんな虫のいい話はないだろう。だから、アンタがアタシらの味方なのか的なのか、ここいらでハッキリさせて欲しいのさ」
アメリの言うことはもっともだった。
そして、彼女の眼差しはあまりにもまっすぐで……おれがその場しのぎの嘘でもつこうものなら、きっと、すぐに見破られるだろう。
おれは答えに窮し、思わず、ちらりとハルトへ視線を向けた。
だが、ハルトは唇を閉ざしたまま、なにかを期待するような顔でおれを見つめるばかりだった。
もしかすると彼も、心の中ではアメリと同じ疑問をずっと抱いていたのかもしれない。今までそれをおれにぶつけなかったのは、ひとえにハルトが優しいからだ。
おれが、ハルトの優しさに甘えていたからだ。
ど……どうする? どうすればいい?
皇国軍と革命軍、どちらの味方につくかなんて――そんなこと考えたこともなかった。
そんな覚悟、全然決まっていない。
おれはずっと自分が国外脱出することしか考えていなかった。
ここから逃げることしか、考えていなかったのだ。
そりゃあ……心情的には、革命軍に協力したいよ。
でも、おれは“四天王シキ”だ。
シキが皇国軍を裏切り、革命軍に協力するなんて……それこそ原作の展開から大きく外れる。原作の展開が大きく変われば、きっと原作知識だって使えなくなる。
それに、ここでおれが革命軍に味方すると宣言して――それが、大臣の耳に入ったら?
大臣は、おれが国外脱出作戦を企てていただけでもそれを察知して、双子を使っておれを監禁しようとしたんだ。革命軍に協力すると決めて……それが大臣にバレた場合、どんなことになるか分かったもんじゃない。
下手したら、原作のシキが辿ったような結末に……あるいは、それよりひどいことになるかもしれない。
「ふん。黙ってるってことは、やっぱりさっきのは嘘かい」
「シ、シキ。違うよな? シキはオレに嘘なんてついてないよな?」
呆れたように肩をすくめるアメリと、みるみるうちに不安そうな表情に変わるハルト。
やばい、このままでは完全にアメリとハルトからの信頼を失う……!
だが――ここで革命軍に味方すると表明したら、二度と後戻りはできない。
どうしよう。なにか言わないといけないのに、言葉が出てこない。勇気が出ない。
おれは、おれはどうしたら――
「――さっきから聞いていれば、ずいぶん一方的ですねぇ」
「だよなー。シキ様がどっちの味方するかなんて、なんでお前ら木っ端どもにいちいちお伺いを立てねェといけないんだよ?」
その時だった。
今までずっと沈黙を保っていたヴィクターとゼノンが、おもむろに口を開いたのだ。彼らの人を食ったような態度に、アメリが途端に不機嫌そうな表情へと変わる。
「はあ? じゃあ、アンタたちはどっちの味方でも敵でもないっていうのかい? そんな虫のいい話があるかい?」
「虫がいいから、なんだっていうんです? こちらがわざわざ貴方たちの道理に付き合う理由はありませんよ」
「そうそう。シキ様はお前ら革命軍がこのままだと壊滅するだろうから、哀れに思って情報を恵んでやってるんだぜ? グダグダ言ってないで、ありがたく頂戴しとけよ」
「お、おい、二人ともそれくらいに……」
慌てて二人を止めようとするも、それと同時に、二人がおれの前に進み出てアメリとおれの間に割って入った。
あっけにとられていると、ヴィクターとゼノンが二人そろって視線をこちらに投げて、小さく頷いた。まるで、任せておけ、というような表情だった。
「そんなどっちつかずの蝙蝠野郎の情報をどうやったら信じられるのさ。罠じゃないって保証はどこにもないだろう」
「ふむ、頭の固い人ですね。まあ、そこまで言うなら一つだけ教えて差し上げますよ。私達には、目的があるんです。皇国軍や大臣の思惑なんて関係なく、個人的な目的です」
「個人的な目的?」
「その目的を達成するためには、今回のローズ様の行動は俺らにとっても迷惑千万なんだよ。でもローズ様を排除するには俺らの立場じゃ難しいし面倒くせーから、一時的にお前らと協力関係を結ぶのもやぶさかじゃねーってこと」
双子の言葉を聞いたハルトが、真剣な表情でおれの顔をじっと見つめてきた。
「シキ。その目的っていうのは、教えてもらえないのか?」
「それは……」
おれの目的は、国外脱出することだ。
しかしそれは皇国軍の軍人や貴族としての債務を放り出すということにままならない。今苦しんでいる皇国の民を見捨てて、自分だけ安全な場所へと避難するのだ。
それを聞いたら、きっとハルトはおれに失望するだろう。
どう誤魔化そうかと逡巡していたが、そんなおれが唇を開く前に、ヴィクターが揶揄するような口調で喋り始めた。まるで、おれから自分へと話の矛先を変えるみたいに。
「ちなみにあなたたち、ローズ様の神造兵器がせいぜい二、三人を操れる程度だと思っているようですが、違いますよ? 彼女が本気になれば、数百人を操ることができます」
「ウルガ族討伐の時は、屋外だったしそこまで大勢を操ることはできなかったな。ま、あの時はその能力を使うまでもなく、戦力差で圧勝だったもんな~」
なんてことのない調子でさらりと告げられた言葉だったが、アメリとハルトの顔色が変わるには十分だった。
「なにっ!? それ、本当なのか!?」
「待ちなよハルト。だから、その情報が本当だと決まったわけじゃ――」
「信じる信じないも、あなたたちの勝手ですよ。まあ今頃、ローズ様の神造兵器で操られた捕虜たちと革命軍で、同士討ちでもさせられているのではないでしょうかねぇ」
「開けた場所だと香水も霧散するし、効果は低いけどよ。壁に囲まれているコロッセオならば効果は絶大だろうな~……あ、だからローズ様はコロッセオの地下牢を隠れ家にしてたのか。あそこなら自分が有利に戦えるもんな。ま、お前らが全滅しようが俺らには関係ねェけど」
「こうしちゃいられない! 早く行こう、アメリ!」
「……ちっ、分かった。今回はその話、信じてやろうじゃないか」
ハルトはいても立ってもいられない様子で、アメリの手を掴んで走り出そうとする。
アメリはいまだ半信半疑といった表情だったが、革命軍の仲間たちがピンチかもしれないと聞いてここに留まっているわけにもいかなくなったようだ。
ハルトに小さくうなずいて見せた後、二人そろって駆けだそうとする――
「待て、二人とも」
「シキ?」
「なんだい、まだ何か――」
「ローズの『パルファン・ドゥ・ローズ』は香水型の神造兵器だということは知ってるな? コロッセオの中に入る前に、口や鼻を布で覆って香水を吸い込まないようにしろ。それと、すでにコロッセオの中が香水が充満し、お前たちの仲間が操られている可能性もある」
おれは上着の懐からあるものを取り出した。コロッセオの見取り図である。そして、アメリの前まで歩いていくと、彼女へそれを差し出した。
原作でのコロッセオ戦では、アメリ自身がローズに操られていた。けれど、今アメリはここにいる。なら、ハルトに壁を破壊させるよりも、アメリの作った爆発物でコロッセオに外から風穴を開ける方が手っ取り早いだろう。
「コロッセオの壁は、この東側と西側の部分が構造的に壁が一番薄くなっている。この壁をお前の爆弾で壊せば、充満した香水は薄れるだろう。とはいえ、一度吸い込んだ香水の効果はしばらく続く。気をつけろよ」
「あ、ああ……」
困惑した様子で、おそるおそるおれからコロッセオの見取り図を受け取るアメリ。
その後ろでハルトは、嬉しそうな笑顔を浮かべて「ありがとうな、シキ!」と素直にお礼を言ってくれた。ほんと、いいやつだ。
「シキ! オレ、絶対にみんなを助けるから!」
「……ああ、頼んだぞ」
おれが頷いて見せると、ハルトは自分の胸を拳で叩いてみせた。
そして、今度こそアメリとともに二人で夕闇の中へと駆け出していく。中庭の向こうへ消えた二人の影は、あっという間に見えなくなった。
二人の姿が完全に目で追えなくなった頃、おれはゆっくりと後ろを振り返り、ヴィクターとゼノンへと向き直った。
アメリにコロッセオの見取り図を渡したこと、二人に黙ってそれを用意していたこと――それに対し、何か言われるのではないかと思った。
けれど、二人は黙ったまま、いつも通りの表情でおれをじっと見つめ返すだけだった。続く沈黙にたまらず、おれの方から二人へ問いかけた。
「どうしてあの二人に、ローズの能力を伝えたんだ?」
どうして二人は、いきなりおれに助け舟を出してくれたんだろう。
おれが勝手に革命軍に協力を求めたことに対し、あんなに怒っていたのに。
それだけじゃない。アメリの態度で――おれが二人に言った『誘拐事件を解決するために革命軍から協力を持ちかけられた』という言葉が嘘だったということも分かったはずだ。
おれの質問に、ヴィクターは苦笑いを浮かべ、ゼノンの肩をすくめた。
「シキ様が困っていましたから」
「革命軍の連中は気に食わねェけど、でもあんたにあんな顔されちゃあな」
「……それだけか? だって……今ので、おれがお前たちに嘘を吐いていたのは分かっただろうに」
二人の顔が見れなくて、思わず地面を向いて俯く。
すると、すぐそばに人の気配を感じた。気がつけば、いつの間にかヴィクターが目の前にいて、恭しい手つきでおれの右手をとった。
「ヴィクター?」
「本当にシキ様は、まだたくさんの秘密がおありのようですね。あなたは私たちにも、そして革命軍の彼らにも秘密を抱えている。そうでしょう?」
「…………」
「今までの私なら、シキ様を責め立てて強引に秘密を吐かせていたでしょうが……でも、さきほどの苦しそうな表情のあなたを見ていたら、不思議と、そんな気が失せてしまったんです」
ヴィクターはそう言うと、おれの右手の口に唇を寄せてそっと口づけた。
やわらかい唇が触れる感触に、ぞくりと甘い痺れが奔る。
「っ、ヴィクター……?」
「あなたを責めるより、あなたを守る方を優先したくなってしまったんですよ。この私が。柄にもないと思いますか?」
ヴィクターはおかしそうにくすくすと笑った。だが、おれはなんと言えばいいのかわからず、困惑して彼を見つめる。
けれど、彼は穏やかな表情のまま、さらに言葉を続けた。
「だから、もう、あなたの隠し事を全て話せとは言いません。あなたの秘密ごと、私があなたを守ります。立場上、どうしても言えない言葉があるのなら、今のように私が代わりにそれを引き受けます。ですから……」
ヴィクターがさらに何かを言おうとしたところで、今度は強引に身体を引き寄せられた。
見れば、ゼノンが背後からおれの腰を抱き、自分の胸元へ抱き寄せている。
「兄貴ばっかり美味しいところ持ってくなよ! さっきは俺だってシキ様を助けただろ、なあ?」
「お、おい、ゼノン?」
今度はゼノンに左手をとられる。そして、左の手の甲へとちゅっと音を立ててキスを落とされた。
「俺はさ。シキ様が俺らに隠し事をしてんのは、別に気にならねェ。四天王っていう立場上、一人で抱え込まなきゃいけねーもんもあるだろうしさ。それに、前にも言ったろ? あんたは犬に命令だけしてりゃいいんだ」
「でも、お前だってさっきはあんなに怒ってただろう? おれが嘘を吐いてたから……」
「違う。俺は、あんたが俺に隠し事をしてたことじゃなくて……あんたが俺よりも、あの革命軍の聖剣使いを信用したのが気に食わなかった」
「ゼノン……」
おれの腰にまわされた腕の力がぎゅうと強まり、身体がさらにゼノンに密着する。
二人から思っても見なかったことを言われたせいか、さっきから顔が熱く、心臓がどくどくと早鐘を打っている。
「でもさっきのあんたの、苦しそうな顔を見てたらさ……考えてみりゃ、それをあんたに当たったのは情けねェことだったと思ってよ。自分の力不足を棚上げして、八つ当たりしたようなもんだ」
「八つ当たりだなんて、そんな。元はといえばおれが独断で――」
しかしその先を続けることはできなかった。
ヴィクターがおれの唇に自身の人差し指を押し当てて、その先を言わせようとしなかったからだ。
「もういいんですよ、シキ様。今はもう何も言わなくてもいいんです。ただ、いつか全てが終わった時に、あなたの秘密をすべて話してくれると約束してくれませんか?」
「俺はべつに、聞かなくてもいいけどさ。ま、それでもあんたが話してくれるんならもちろん嬉しいぜ」
「ヴィクター、ゼノン……」
二人からの思っても見なかった言葉に、胸が詰まる。
どう言えばいいんだろう。言いたいことがあるのに、なにも言葉が出てこない。
「……ありがとう」
涙声になりそうなのを堪えて、なんとか一言だけ口にした。
おれの言葉を聞いたヴィクターとゼノンは、珍しく優しく笑っただけで、それ以上は何も言おうとしなかった。
「――さて。そろそろ部屋に戻るか!」
「そうですね、シキ様は夕食を食べてませんしお腹も空いたでしょう。戻ったら、メイドに言ってなにか用意させますね」
ゼノンが場の空気を変えるように発した言葉に、ヴィクターも追随した。
そしてそんな二人に促されて、おれも自分の部屋へ戻ろうと――って、ちょっと待て!
「ま、待て待てお前たち! なんでもう終わった感を出してるんだ!?」
「え? まだなにかありましたっけ?」
「コロッセオだ! 今、あそこではローズと革命軍が戦ってるはずだ! おれたちも行くぞ!」
おれの言葉に、ヴィクターとゼノンは一気に面倒くさそうな表情へと変わった。
「え~? 俺らも行くの? 別にいいじゃねーか、勝手に戦わせておけば。それで共倒れになってくれりゃ、俺らの手間が省けるじゃん」
「そんなことよりシキ様、お腹空いたでしょう? コロッセオに行きたいなら、夕食をとってからにしましょうよ」
「夕食を食べてからじゃ、戦いも何もかも終わってるだろう!?」
今後のおれたち、ひいては皇国の未来に関わる一大事を、おれの夕食のニの次にしないで!?
「いいから行くぞ! 彼らに助言はしたが……もしもそれでもローズが一人勝ちしようものなら、おれたちの今後にも支障が出るからな」
「へいへい、分かりました」
「仕方がないですねぇ」
おれが強い口調で言うと、ヴィクターとゼノンはようやく頷いてくれた。
面倒くさそうな顔をしてはいるのとは真逆に、きびきびと動いてコロッセオへと向かう準備を始める。とはいえ、彼らもおれも神造兵器や武器を準備してからこの場に来ているので、あとはもうこっそり皇城を出てコロッセオへと向かうだけだが。
……あれ。でも、ちょっと意外だな。
てっきり前みたいに、二人から「命令に従う代わりにご褒美が欲しい」とか言って、また無茶苦茶な要求をされるんじゃないかと思っていたんだけれど……
今回は二人とも何も言おうとしない、なんでだろう。
もしかしてやっぱりもう、二人はおれにそういうコトをするつもりはないのかな……いや、でもついさっき手の甲にキスはされたよな? でも、もしかすると手の甲へのキスって、こっちの世界じゃ上司へは普通にやったりするものなのかな……って!
お、おれはまた何を考えてるんだ!
そんな要求、されないに越したことはないだろ!?
「? シキ様、顔が赤いけど、どうかしたか?」
「な、なんでもない!」
ローズの神造兵器の真の能力を、革命軍が知らなかったためだ。
革命軍は、『パルファン・ドゥ・ローズ』はせいぜい数人程度を操る程度のものだと考えていた。開けた屋外での使用に関して言えば、確かにその認識で間違いない。
だが、密室で、しかも人間がひとところに密集している場合――つまり『パルファン・ドゥ・ローズ』の香りを多くの人間が嗅いでしまう状況が整っている場合、彼女の神造兵器は最強の能力を誇るのだ。
そして、彼女の操る神造兵器『パルファン・ドゥ・ローズ』によって、コロッセオの剣闘士たちはローズの操り人形と化してしまう。
アダムをはじめとする剣闘士たちに襲われた革命軍は、味方である剣闘士たちを殺すことも出来ず、かといって彼らを見捨てることもできず――結果的に多くの犠牲を出す羽目になった。
そして、今。
革命軍は捕虜と剣闘士たちを救出するため、コロッセオへと向かったという。
間が悪いことに、同じくローズもそこへ向かったらしい。
革命軍がローズにかちあう前に逃げてくれれば、とも思ったのだが……ハルトたちの話では革命軍はローズと真っ向から戦うつもりのようだ。
ローズが一人で行動する機会なぞそうそうないし、革命軍としては、ここで四天王の一人を倒して、皇国軍の戦力を削いでおきたいのだろう。
「……っ」
「シキ? どうしたんだよ、怖い顔して」
「やっぱ同じ四天王の一人がアタシら革命軍にやられちまうのは見過ごせないかい?」
不思議そうな顔をしているハルト。
アメリの方は、それみたことか、と言わんばかりに鼻で笑っている。
ど、どうする……!?
このまま放っておけば、原作と同じ展開になるかもしれない!
そうなったら、多くの人間が死ぬ!
しかも、原作ではハルトが機転を利かせてコロッセオの壁の一部を破壊することで活路を開いたのに、そのハルトがここにいるし……!
ハルトとアメリ以外の神造兵器使いも、革命軍にはいるけれど――
「二人とも、こうしている場合じゃない! さっさとコロッセオへ向かえ!」
おれはたまらずゼノンを押しのけて、ハルトとアメリの前に進み出て怒鳴るように告げた。
「えっ?」
「なんだい、いきなり。あそこに何かあるのかい?」
「お前たちは、ローズの真の能力を知らない。コロッセオでは革命軍に不利な場所だ。早く行かないと手遅れになるぞ」
おれの言葉に、ハルトはさっと顔色が変わった。
「よ、よく分かんねーけど、分かった! とにかく、みんなが危ないってことだよな?」
「ああ、そうだ」
「よし! じゃあアメリ、早くコロッセオに――」
「待ちな、ハルト」
しかし、今すぐにでも駆けだそうとしたハルトに、アメリが待ったをかける。
そしてアメリは、強い眼差しでおれを睨みつけた。
「悪いけどね、アタシはまだアンタを信用してないんだよ、四天王シキ」
「…………」
「ハルトはこの通り、馬鹿みたいに素直なヤツだからすぐ人を信じちまう。けど、アタシは違うよ。今までアンタがどれだけ平民を家畜同然に蔑んでいたかを知ってる。そのアンタがいきなり心変わりをしたとか、実はいいヤツだったなんて話は、とてもじゃないが信じられない」
「アメリ! シキは本当に――」
「少し黙ってな、ハルト。」
声を荒げかけたハルトだったが、アメリに諫められて押し黙ってしまう。
対して、おれの心には焦りが募るばかりだ。
くそっ、こうしている間にも、手遅れになるかもしれないのに……!
「アタシらに言った『コロッセオに向かえ』ってのが罠かもしれない。本当は、やっぱりリリア様のメイドを誘拐したのはアンタで、アタシらがいなくなったらメイドを殺してリリア様のことを大臣に突き出すのかもしれないよ。もしくは、シキがローズと裏で手を組んでる可能性も考えられるしね」
「……おれのことが信用できない、というのはもっともな話だな」
「ふん、分かったような口を聞くね」
「つまり、お前は何が言いたい? おれに何を求めてるんだ?」
おれの問いかけに、アメリはすうっと瞳を細めた。
「ローズの真の能力、ってアンタはさっき言ったよね。なら、まずそれを話しな。その上で約束してほしい」
「約束?」
「アンタの立場を表明して欲しいんだよ。四天王シキ、アンタは誰の味方なんだい?」
「――――」
その問いに、おれは思わずひゅっと息を呑んだ。
それは――今までどっちつかずを保っていた自分に、突如として突き付けられた切っ先だった。
「アンタは皇国軍の軍人として、ウルガ族の生き残りたちへ追手を差し向けた。でも、そのくせリリア様が革命軍に協力していたことは今まで誰にも言わなかった。ハルトに助言を与えもした。でも、はっきり革命軍に協力すると表明するわけでもない」
「それは……」
「皇国軍と革命軍、どちらの味方でもあるって? そんな虫のいい話はないだろう。だから、アンタがアタシらの味方なのか的なのか、ここいらでハッキリさせて欲しいのさ」
アメリの言うことはもっともだった。
そして、彼女の眼差しはあまりにもまっすぐで……おれがその場しのぎの嘘でもつこうものなら、きっと、すぐに見破られるだろう。
おれは答えに窮し、思わず、ちらりとハルトへ視線を向けた。
だが、ハルトは唇を閉ざしたまま、なにかを期待するような顔でおれを見つめるばかりだった。
もしかすると彼も、心の中ではアメリと同じ疑問をずっと抱いていたのかもしれない。今までそれをおれにぶつけなかったのは、ひとえにハルトが優しいからだ。
おれが、ハルトの優しさに甘えていたからだ。
ど……どうする? どうすればいい?
皇国軍と革命軍、どちらの味方につくかなんて――そんなこと考えたこともなかった。
そんな覚悟、全然決まっていない。
おれはずっと自分が国外脱出することしか考えていなかった。
ここから逃げることしか、考えていなかったのだ。
そりゃあ……心情的には、革命軍に協力したいよ。
でも、おれは“四天王シキ”だ。
シキが皇国軍を裏切り、革命軍に協力するなんて……それこそ原作の展開から大きく外れる。原作の展開が大きく変われば、きっと原作知識だって使えなくなる。
それに、ここでおれが革命軍に味方すると宣言して――それが、大臣の耳に入ったら?
大臣は、おれが国外脱出作戦を企てていただけでもそれを察知して、双子を使っておれを監禁しようとしたんだ。革命軍に協力すると決めて……それが大臣にバレた場合、どんなことになるか分かったもんじゃない。
下手したら、原作のシキが辿ったような結末に……あるいは、それよりひどいことになるかもしれない。
「ふん。黙ってるってことは、やっぱりさっきのは嘘かい」
「シ、シキ。違うよな? シキはオレに嘘なんてついてないよな?」
呆れたように肩をすくめるアメリと、みるみるうちに不安そうな表情に変わるハルト。
やばい、このままでは完全にアメリとハルトからの信頼を失う……!
だが――ここで革命軍に味方すると表明したら、二度と後戻りはできない。
どうしよう。なにか言わないといけないのに、言葉が出てこない。勇気が出ない。
おれは、おれはどうしたら――
「――さっきから聞いていれば、ずいぶん一方的ですねぇ」
「だよなー。シキ様がどっちの味方するかなんて、なんでお前ら木っ端どもにいちいちお伺いを立てねェといけないんだよ?」
その時だった。
今までずっと沈黙を保っていたヴィクターとゼノンが、おもむろに口を開いたのだ。彼らの人を食ったような態度に、アメリが途端に不機嫌そうな表情へと変わる。
「はあ? じゃあ、アンタたちはどっちの味方でも敵でもないっていうのかい? そんな虫のいい話があるかい?」
「虫がいいから、なんだっていうんです? こちらがわざわざ貴方たちの道理に付き合う理由はありませんよ」
「そうそう。シキ様はお前ら革命軍がこのままだと壊滅するだろうから、哀れに思って情報を恵んでやってるんだぜ? グダグダ言ってないで、ありがたく頂戴しとけよ」
「お、おい、二人ともそれくらいに……」
慌てて二人を止めようとするも、それと同時に、二人がおれの前に進み出てアメリとおれの間に割って入った。
あっけにとられていると、ヴィクターとゼノンが二人そろって視線をこちらに投げて、小さく頷いた。まるで、任せておけ、というような表情だった。
「そんなどっちつかずの蝙蝠野郎の情報をどうやったら信じられるのさ。罠じゃないって保証はどこにもないだろう」
「ふむ、頭の固い人ですね。まあ、そこまで言うなら一つだけ教えて差し上げますよ。私達には、目的があるんです。皇国軍や大臣の思惑なんて関係なく、個人的な目的です」
「個人的な目的?」
「その目的を達成するためには、今回のローズ様の行動は俺らにとっても迷惑千万なんだよ。でもローズ様を排除するには俺らの立場じゃ難しいし面倒くせーから、一時的にお前らと協力関係を結ぶのもやぶさかじゃねーってこと」
双子の言葉を聞いたハルトが、真剣な表情でおれの顔をじっと見つめてきた。
「シキ。その目的っていうのは、教えてもらえないのか?」
「それは……」
おれの目的は、国外脱出することだ。
しかしそれは皇国軍の軍人や貴族としての債務を放り出すということにままならない。今苦しんでいる皇国の民を見捨てて、自分だけ安全な場所へと避難するのだ。
それを聞いたら、きっとハルトはおれに失望するだろう。
どう誤魔化そうかと逡巡していたが、そんなおれが唇を開く前に、ヴィクターが揶揄するような口調で喋り始めた。まるで、おれから自分へと話の矛先を変えるみたいに。
「ちなみにあなたたち、ローズ様の神造兵器がせいぜい二、三人を操れる程度だと思っているようですが、違いますよ? 彼女が本気になれば、数百人を操ることができます」
「ウルガ族討伐の時は、屋外だったしそこまで大勢を操ることはできなかったな。ま、あの時はその能力を使うまでもなく、戦力差で圧勝だったもんな~」
なんてことのない調子でさらりと告げられた言葉だったが、アメリとハルトの顔色が変わるには十分だった。
「なにっ!? それ、本当なのか!?」
「待ちなよハルト。だから、その情報が本当だと決まったわけじゃ――」
「信じる信じないも、あなたたちの勝手ですよ。まあ今頃、ローズ様の神造兵器で操られた捕虜たちと革命軍で、同士討ちでもさせられているのではないでしょうかねぇ」
「開けた場所だと香水も霧散するし、効果は低いけどよ。壁に囲まれているコロッセオならば効果は絶大だろうな~……あ、だからローズ様はコロッセオの地下牢を隠れ家にしてたのか。あそこなら自分が有利に戦えるもんな。ま、お前らが全滅しようが俺らには関係ねェけど」
「こうしちゃいられない! 早く行こう、アメリ!」
「……ちっ、分かった。今回はその話、信じてやろうじゃないか」
ハルトはいても立ってもいられない様子で、アメリの手を掴んで走り出そうとする。
アメリはいまだ半信半疑といった表情だったが、革命軍の仲間たちがピンチかもしれないと聞いてここに留まっているわけにもいかなくなったようだ。
ハルトに小さくうなずいて見せた後、二人そろって駆けだそうとする――
「待て、二人とも」
「シキ?」
「なんだい、まだ何か――」
「ローズの『パルファン・ドゥ・ローズ』は香水型の神造兵器だということは知ってるな? コロッセオの中に入る前に、口や鼻を布で覆って香水を吸い込まないようにしろ。それと、すでにコロッセオの中が香水が充満し、お前たちの仲間が操られている可能性もある」
おれは上着の懐からあるものを取り出した。コロッセオの見取り図である。そして、アメリの前まで歩いていくと、彼女へそれを差し出した。
原作でのコロッセオ戦では、アメリ自身がローズに操られていた。けれど、今アメリはここにいる。なら、ハルトに壁を破壊させるよりも、アメリの作った爆発物でコロッセオに外から風穴を開ける方が手っ取り早いだろう。
「コロッセオの壁は、この東側と西側の部分が構造的に壁が一番薄くなっている。この壁をお前の爆弾で壊せば、充満した香水は薄れるだろう。とはいえ、一度吸い込んだ香水の効果はしばらく続く。気をつけろよ」
「あ、ああ……」
困惑した様子で、おそるおそるおれからコロッセオの見取り図を受け取るアメリ。
その後ろでハルトは、嬉しそうな笑顔を浮かべて「ありがとうな、シキ!」と素直にお礼を言ってくれた。ほんと、いいやつだ。
「シキ! オレ、絶対にみんなを助けるから!」
「……ああ、頼んだぞ」
おれが頷いて見せると、ハルトは自分の胸を拳で叩いてみせた。
そして、今度こそアメリとともに二人で夕闇の中へと駆け出していく。中庭の向こうへ消えた二人の影は、あっという間に見えなくなった。
二人の姿が完全に目で追えなくなった頃、おれはゆっくりと後ろを振り返り、ヴィクターとゼノンへと向き直った。
アメリにコロッセオの見取り図を渡したこと、二人に黙ってそれを用意していたこと――それに対し、何か言われるのではないかと思った。
けれど、二人は黙ったまま、いつも通りの表情でおれをじっと見つめ返すだけだった。続く沈黙にたまらず、おれの方から二人へ問いかけた。
「どうしてあの二人に、ローズの能力を伝えたんだ?」
どうして二人は、いきなりおれに助け舟を出してくれたんだろう。
おれが勝手に革命軍に協力を求めたことに対し、あんなに怒っていたのに。
それだけじゃない。アメリの態度で――おれが二人に言った『誘拐事件を解決するために革命軍から協力を持ちかけられた』という言葉が嘘だったということも分かったはずだ。
おれの質問に、ヴィクターは苦笑いを浮かべ、ゼノンの肩をすくめた。
「シキ様が困っていましたから」
「革命軍の連中は気に食わねェけど、でもあんたにあんな顔されちゃあな」
「……それだけか? だって……今ので、おれがお前たちに嘘を吐いていたのは分かっただろうに」
二人の顔が見れなくて、思わず地面を向いて俯く。
すると、すぐそばに人の気配を感じた。気がつけば、いつの間にかヴィクターが目の前にいて、恭しい手つきでおれの右手をとった。
「ヴィクター?」
「本当にシキ様は、まだたくさんの秘密がおありのようですね。あなたは私たちにも、そして革命軍の彼らにも秘密を抱えている。そうでしょう?」
「…………」
「今までの私なら、シキ様を責め立てて強引に秘密を吐かせていたでしょうが……でも、さきほどの苦しそうな表情のあなたを見ていたら、不思議と、そんな気が失せてしまったんです」
ヴィクターはそう言うと、おれの右手の口に唇を寄せてそっと口づけた。
やわらかい唇が触れる感触に、ぞくりと甘い痺れが奔る。
「っ、ヴィクター……?」
「あなたを責めるより、あなたを守る方を優先したくなってしまったんですよ。この私が。柄にもないと思いますか?」
ヴィクターはおかしそうにくすくすと笑った。だが、おれはなんと言えばいいのかわからず、困惑して彼を見つめる。
けれど、彼は穏やかな表情のまま、さらに言葉を続けた。
「だから、もう、あなたの隠し事を全て話せとは言いません。あなたの秘密ごと、私があなたを守ります。立場上、どうしても言えない言葉があるのなら、今のように私が代わりにそれを引き受けます。ですから……」
ヴィクターがさらに何かを言おうとしたところで、今度は強引に身体を引き寄せられた。
見れば、ゼノンが背後からおれの腰を抱き、自分の胸元へ抱き寄せている。
「兄貴ばっかり美味しいところ持ってくなよ! さっきは俺だってシキ様を助けただろ、なあ?」
「お、おい、ゼノン?」
今度はゼノンに左手をとられる。そして、左の手の甲へとちゅっと音を立ててキスを落とされた。
「俺はさ。シキ様が俺らに隠し事をしてんのは、別に気にならねェ。四天王っていう立場上、一人で抱え込まなきゃいけねーもんもあるだろうしさ。それに、前にも言ったろ? あんたは犬に命令だけしてりゃいいんだ」
「でも、お前だってさっきはあんなに怒ってただろう? おれが嘘を吐いてたから……」
「違う。俺は、あんたが俺に隠し事をしてたことじゃなくて……あんたが俺よりも、あの革命軍の聖剣使いを信用したのが気に食わなかった」
「ゼノン……」
おれの腰にまわされた腕の力がぎゅうと強まり、身体がさらにゼノンに密着する。
二人から思っても見なかったことを言われたせいか、さっきから顔が熱く、心臓がどくどくと早鐘を打っている。
「でもさっきのあんたの、苦しそうな顔を見てたらさ……考えてみりゃ、それをあんたに当たったのは情けねェことだったと思ってよ。自分の力不足を棚上げして、八つ当たりしたようなもんだ」
「八つ当たりだなんて、そんな。元はといえばおれが独断で――」
しかしその先を続けることはできなかった。
ヴィクターがおれの唇に自身の人差し指を押し当てて、その先を言わせようとしなかったからだ。
「もういいんですよ、シキ様。今はもう何も言わなくてもいいんです。ただ、いつか全てが終わった時に、あなたの秘密をすべて話してくれると約束してくれませんか?」
「俺はべつに、聞かなくてもいいけどさ。ま、それでもあんたが話してくれるんならもちろん嬉しいぜ」
「ヴィクター、ゼノン……」
二人からの思っても見なかった言葉に、胸が詰まる。
どう言えばいいんだろう。言いたいことがあるのに、なにも言葉が出てこない。
「……ありがとう」
涙声になりそうなのを堪えて、なんとか一言だけ口にした。
おれの言葉を聞いたヴィクターとゼノンは、珍しく優しく笑っただけで、それ以上は何も言おうとしなかった。
「――さて。そろそろ部屋に戻るか!」
「そうですね、シキ様は夕食を食べてませんしお腹も空いたでしょう。戻ったら、メイドに言ってなにか用意させますね」
ゼノンが場の空気を変えるように発した言葉に、ヴィクターも追随した。
そしてそんな二人に促されて、おれも自分の部屋へ戻ろうと――って、ちょっと待て!
「ま、待て待てお前たち! なんでもう終わった感を出してるんだ!?」
「え? まだなにかありましたっけ?」
「コロッセオだ! 今、あそこではローズと革命軍が戦ってるはずだ! おれたちも行くぞ!」
おれの言葉に、ヴィクターとゼノンは一気に面倒くさそうな表情へと変わった。
「え~? 俺らも行くの? 別にいいじゃねーか、勝手に戦わせておけば。それで共倒れになってくれりゃ、俺らの手間が省けるじゃん」
「そんなことよりシキ様、お腹空いたでしょう? コロッセオに行きたいなら、夕食をとってからにしましょうよ」
「夕食を食べてからじゃ、戦いも何もかも終わってるだろう!?」
今後のおれたち、ひいては皇国の未来に関わる一大事を、おれの夕食のニの次にしないで!?
「いいから行くぞ! 彼らに助言はしたが……もしもそれでもローズが一人勝ちしようものなら、おれたちの今後にも支障が出るからな」
「へいへい、分かりました」
「仕方がないですねぇ」
おれが強い口調で言うと、ヴィクターとゼノンはようやく頷いてくれた。
面倒くさそうな顔をしてはいるのとは真逆に、きびきびと動いてコロッセオへと向かう準備を始める。とはいえ、彼らもおれも神造兵器や武器を準備してからこの場に来ているので、あとはもうこっそり皇城を出てコロッセオへと向かうだけだが。
……あれ。でも、ちょっと意外だな。
てっきり前みたいに、二人から「命令に従う代わりにご褒美が欲しい」とか言って、また無茶苦茶な要求をされるんじゃないかと思っていたんだけれど……
今回は二人とも何も言おうとしない、なんでだろう。
もしかしてやっぱりもう、二人はおれにそういうコトをするつもりはないのかな……いや、でもついさっき手の甲にキスはされたよな? でも、もしかすると手の甲へのキスって、こっちの世界じゃ上司へは普通にやったりするものなのかな……って!
お、おれはまた何を考えてるんだ!
そんな要求、されないに越したことはないだろ!?
「? シキ様、顔が赤いけど、どうかしたか?」
「な、なんでもない!」
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