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第2部 闘技場騒乱

第十五話

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 ――リリア嬢のメイドが誘拐されて、一週間が経過した。

 しかし、あれから一向に進展はない。犯人の目星はつかず、追加の脅迫状が届くこともなかった。

 皇都では、先日の話し合い通り、革命軍へ向けたお触れが出されたがそれにも反応はなかった。
 皇国軍にも日夜、革命軍に関する情報のタレコミがあったが、大抵はガセネタだった。

「……やれやれ、困ったことになったな」

 はぁ、とおれは誰にも聞こえないように、小さな溜息を吐いた。

「閣下、なにかございましたか?」

「いや、なんでもない」

 首を横に振って答える。
 執務室のデスクで仕事に勤しむおれの目の前にいるのは――いつもそばにいるヴィクターとゼノンではない。メイドと衛兵の四人組だ。

 今、衛兵の一人はドアの前に立ち、もう一人の衛兵は窓のそばに立って無表情で空中を睨んでいる。残ったメイドの二人も、同じように壁際に経って無表情のままじっと突っ立っていた。
 おかげで、この部屋はおれを含めて五人もいるのに、誰も一言もしゃべらない異質な空間と化している。

 正直に言って、たまったもんじゃない。
 ヴィクターもゼノンも、早く帰ってきてくれないかなぁ……!

 ――さて。なんでおれの執務室がこんな異様な状態になっているかというと、この四人組は大臣が手配した、おれへの護衛なのだ。

 無論、おれが頼んだわけじゃない。大臣が一方的によこしてきたのである。

 先日のリリア嬢のメイド誘拐事件を受けて、皇城内では要人への警護が強化されることになった。
 それはいいのだが、大臣が「シキ将軍にまで何かあっては困りますから」と言って、一方的にこの四人をおれの元によこしてきたのだ。

 もちろん最初は断ったのだが……先日の招集の場で、おれは大臣ではなく皇帝陛下へと口添えをした。

 そのことを「先日は驚きましたよ、まさかシキ将軍がいきなり陛下へあんなに優しい言葉をかけられるとは」「裏で打ち合わせをした時には何も言ってなかったじゃないですが、いきなりああいうのは困るんですよねぇ。前もって言って下さったら私も考えたのに」とねちねちと持ち出されてしまい……断りきれず、しぶしぶこの四人を当面の護衛として受け入れるはめになってしまったのだ。

 せっかく大臣につけられていた監視を外したばかりだったのに、元の木阿弥である。
 というか、大臣はむしろメイド誘拐事件を建前にして、おれへの監視を復活させたに違いない。絶対そう!

 なにせ、おれの持つキャンディケインはこの国の貿易の要だ。大臣としては、“シキ”は絶対に失いたくない駒の一つだ。
 加えて、おれは一度、国外脱出作戦が大臣にバレかけている。その一件は、双子の強力のおかげでなんとか誤魔化せたが……大臣の中ではまだわずかな疑念が残っているのかもしれない。だから、おれに厳重に監視をつけておきたいのだろう。

 しかし――これでは、国外脱出のための準備や作戦が練れやしない。

 それにメイド誘拐事件を受けて、おれはしばらくの間、皇城の外から出ないようにと大臣から言われてしまったのだ。
 おかげで、以前練った献血作戦もとん挫する羽目になった。

「…………」

 書類とにらめっこするふりをして、周囲の様子を伺う。
 四人組の様子をそれとなく横目で見ると、やはり、みんなおれの挙動や、一挙手一投足に注意を払っているのが見て取れた。

 やはり彼らは、護衛という名目の監視なのだろう。
 大臣はどうにもおれの行動を逐一把握していたいらしい。

 ……やはり、この状況は非常にまずい。
 このままこんな状況が続けば、国外脱出のための作戦も、下準備も練れない。

 ちなみに双子にはそれぞれ仕事を頼んだため、二人とも城を離れている。
 せめて双子がそばにいてくれれば、こんなに気まずい思いはしなくて済むけれど、そうも言っていられない。

 おれにつけられた監視を外し、外出許可を得るためには――この事件を解決し、原作通りの展開へ軌道修正しなければいけない。

 つまり、メイドを誘拐した犯人を突き止めるのだ。
メイド誘拐事件が解決すれば、大臣が護衛の名目でよこしてきた監視も外せるし、外出許可だってもぎ取れる。

 ……おれ的には、実は犯人の目星はだいたいついている。

 まず、犯人は革命軍ではない。
 革命軍が、協力者であるリリア嬢のメイドを誘拐する理由は何一つないからだ。

 そして、誘拐されたメイドがリリア嬢にとって家族当然の存在である、と知ることができたのは、皇城にいてリリア嬢に近しい人物だ。
 こんな大きな事件を起こしておいて、そのくせ脅迫状に具体的な要求を記載するでもない。
 リリア嬢の情報を手に入れることができて、なおかつ、このような衝動的かつ場当たり的な事件を起こす人物には、一人、心当たりがあるのだ。

 とはいえ、その人物が犯人だという具体的な証拠はない。
 なので今は、双子にその人物が疑わしいことや能力の情報を伝えた上で、ヴィクターにその人物の尾行をしてもらうように頼んだ。

 ここ数日のヴィクターの尾行調査で、その人物が一日の中の数時間、皇城を離れてどこかに言っているという情報を掴むことができた。
 あとは、その人物がどこで何をしているのかを突き止められれば完璧なのだが――相手もそこは細心の注意を払っているようで、巧みにヴィクターの尾行を撒いてしまうらしい。

 今日の調査で、何か情報が掴めたらいいんだけれど……

 ちなみに、ゼノンに振った仕事は別だ。彼に頼んだ仕事は、皇都に潜んでいる革命軍にそれとなく今回のメイド誘拐事件の情報を流すように頼んだ。
 なので、ゼノンは今、町人の恰好をして市中での聞き込みをしたり、逆にある噂話をそれとなく流したりしてくれている。

 その噂話の内容とは――ずばり「メイド誘拐事件に四天王シキが関わっているらしい」というものだ。

 なぜこんな噂話を流したかというと、三つの理由がある。

 まず一つ目は、メイド誘拐事件を起こしたであろう人物の油断を誘うためだ。
 おれが犯人だと確信している人物――その者が犯人だという情報を流すこともできるが、そうした場合、犯人がメイドを殺害するかもしれない。
 けれど、自分ではなく他者に疑いの目が向けられている状況なら、犯人もまだメイドを害するようなことはしないだろう。

 二つ目の理由は、まあ、ほら……リリア嬢が、おれを犯人だと信じ切ってるからね……

 リリア嬢は革命軍と秘密裏に連絡を取り合っている。謹慎期間中である今でも、きっとどうにかして連絡を取り合っているはずだ。
 なので、こんな噂話を流そうが流すまいが、遅かれ早かれリリア嬢が「メイドを誘拐したのはシキだと思うから、彼を調べてほしい」と革命軍に依頼するはずだ。それなら早いところこちらから手を打った方がいい。

 三つ目の理由は、おれ自身が革命軍とコンタクトを取りたかったからだ。
 このような噂話が革命軍の耳に入れば――ハルトにもきっと伝わる。

 そうなればあいつの性格上、おれと話をしたいと考えるはずだ。それに加えて『ひよレジ』には、ハルトを含む数名の革命軍メンバーが、皇城へ潜入するというイベントもあった。
 ならきっと、同じようにハルトは近々この皇城へ潜入して、おれと話をしに来るに違いない。

 ハルトが会いに来たら、おれは彼に犯人の情報を伝えればいい。
 そうすれば革命軍がメイドを救出してくれるはずだ。

「……っと」

 そこまで考えたとき、おれは羽ペンを持つ手を止めた。
 おれが今やっていた仕事は、今年の貴族たちの領地の税収の計算だ。去年の記録と見比べようと思ったところ、その去年の資料がどこにもない。どうやら資料室から取ってくるのを忘れていたようだ。

「閣下、どちらへ?」

 椅子から立ち上がると、すぐさま衛兵が声をかけてきた。

「資料室へ行ってくる。すぐ戻るから、お前たちは待機していていいぞ」

「であれば、メイドたちに持ってこさせますが」

「いや、他の資料も確認したいから自分で行く」

「分かりました、それではお供します」

 待機していていい、といったのに、その言葉はあっさりと無視された。
 
 うーん、このしれっとした感じ、さすが大臣のところの兵士だ。よく訓練されている。

 おれは諦めて、衛兵二名を伴って資料室へ移動することにした。
 本当は、メイドさんに資料をとってきてもらっても良かったのだけれど……あの気づまりな空間にいるのが嫌になってきたので、気分転換をしたかったのだ。

 だが――資料室の前に到着したところで、おれは思いがけない光景を目撃することになった。

「あ、あの、困ります。私は仕事があるんです……」

「仕事っていうけど、暇そうにこの辺歩いてたじゃねぇか」

「少しくらいいいだろ? ちょっとこっちに来いよ」

 大柄な兵士二名に、あるメイドが詰問――というか、絡まれている。
 絡んでいる兵士は、どうやら資料室を警備している者たちのようだ。

 見れば、メイドはかなり可愛らしい容姿をしていた。
 ぱっちりとした青い瞳は金色のまつ毛で縁取られて、日に焼けた素肌には思わず触れたくなるような瑞々しさがある。金髪のショートヘアに、白のヘッドドレスと黒のワンピースがよく似合っていた。

 リリア嬢が深窓の令嬢なら、こちらのメイドは健康的な肉体美、という感じ。

 だが、いかんせん、彼らがいるのは資料室の真ん前だ。
 状況的にも黙って見ていられなかったので、おれはわざとらしく咳払いをした。

「っ! あ、貴方様は……」

「シ、シキ将軍!?」

 こちらに気づいて、あわてて狼狽えだす警備兵たち。
 おれはそんな彼らをじろりと睨みつけた。

「そこのメイドはおれの部下だ。そのメイドに何か用か?」

「い、いえ、なんでもありません!」

「場所が分からず困っている様子だったので、声をかけていただけです!」

 慌てた様子でぶんぶんと大きく首を横に振る警備兵たち。

 対して、金髪ショートヘアのメイドはぽかんとした表情で固まっている。
 おれはメイドの方へつかつかと歩み寄ると、さらに険しい表情を作って睨みつけた。

「だそうだが、何か言いたいことはあるか?」

「え? あ、あの……」

「資料を取ってくるように言いつけておいたのに、なかなか帰ってこないと思えば、こんなところで油を売っていたとはな。少し躾が必要なようだな、来い」

「っ!?」

 メイドの手首を強引に掴んで、そのまま資料室の中へと進もうとするおれ。
 しかし、そんなおれに待ったをかけた人物がいた。おれと共に来ていた衛兵の二人だ。

「お待ちください、シキ様。護衛のため、我らも共に中へ……」

「資料室には、この扉以外の出入り口はない。護衛はいらないから、お前たちは外で待っていろ」

「しかし、それでは」

 なおも渋る衛兵二人に、おれはこれみよがしに、はぁ、と大きくため息を吐いてみせた。

「察しの悪い奴だな。このメイドとしばらく二人にしろ、と言っているんだ。分かるだろう?」

「あ――あ、ああ、そういうことでしたか。申し訳ございません」

 衛兵たちはあっさりと引き下がり、資料室の前で待機することをよしとした。
 対して、メイドの方はいまだにきょとんとした表情だ。

 多分、おれが衛兵に言外に告げた「このメイドと資料室で二人きりで致したいから、お前たちは入ってくるなよ!」という意味が理解できていないのだろう。ちょっと心配になる鈍感さだ。

「よし、入るぞ」

「え? あ、はい」

 改めて、メイドの腕を掴んで資料室の中へ入る。
 資料室の中は先客もおらず、本当におれたち二人だけだった。とはいえ、出入口付近だと少し不安があったので、メイドの腕を掴んだままずんずんと奥へと進む。

 そうして、資料室の中でも一番奥まった書棚の前に来た時、おれはメイドの腕をそっと離した。

「さて……色々と聞きたいことはあるが」

 おれは目の前にいるメイドを、もう一度、頭のてっぺんからつま先まで眺めまわした。

 うーむ……しかし、まったく違和感がないな。
 正体を知っているおれが見ても、普通に美少女にしか見えないぞ。

「まさかこういう形で再会することになるとは思わなかったぞ、ハルト。ところで、その服装はお前の趣味か?」

「そ、そんなわけねーだろ!?」
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