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第2部 闘技場騒乱
第十話
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さて。ライオネルと大臣の話もようやく終わり、コロッセオでの公開処刑が決定した。
これにて解散――と思った時だった。
大広間の扉が開かれると、文官の一人がやけに慌てた様子で入ってきたのだ。文官の後ろには、なぜかリリア嬢もいる。
だが、どうしたことか、いつも冷静沈着なリリア嬢にしてはめずらしく、わんわんと大きな声で泣きじゃくっている。
文官がおれたち四天王の後ろで片膝をついても、リリア嬢は泣いて立ちすくむばかりだ。文官は困ったような顔で大臣とリリア嬢の顔を交互に見ていたが、しばらくしてから重々しい声音で告げた。
「ブ、ブラッドリー大臣に申し上げます……! リリアお嬢様の元に、革命軍から脅迫状が届きました!」
「なに、リリアの元に?」
その急な知らせに、大臣が眉をひそめる。
だが、おれの味わった衝撃は大臣以上だった。
リ、リリア嬢の元に革命軍から脅迫状!?
えっ、なに? いったいどうなってるの?
文官が震える手つきで手紙を差し出すと、壁際に控えていた衛兵の一人が駆け寄ってそれを受け取る。そして、衛兵は大臣の元へと恭しく近づいて手紙を手渡す。
手紙といっても、大判の用紙が四つ折りになっただけの簡素なものだ。
大臣は手紙を開くと、その内容を読み上げ始めた。
「なになに? えー……『リリア・ブラッドリー付きのメイドを誘拐した。彼女の命が惜しくば、コロッセオで囚われの身となっている同志の身柄を解放しろ』ですと?」
大臣の声に続き、リリア嬢がしゃくりあげながら唇を開く。
「わ、私の乳母のセイが昨夜から行方不明になっていて……! 彼女を探していたら、先ほど、こんな手紙が私の元に届いたのです……!」
「ふむ」
顔を真っ赤にして泣きはらすリリア嬢とは対照的に、大臣はひどく冷めた表情だ。
大臣は肩をすくめると、冷淡な声音で告げた。
「状況は分かりました、リリアにはさっそく新しいメイドを手配しましょう。今日のところは、メイドが一人足りないくらい我慢しなさい」
「――――」
「話は終わりですかね? じゃあ、もう退出していいですよ」
そう言って、大臣は手紙をぐしゃぐしゃに丸めた。そして、傍らにいた衛兵に投げ渡す。衛兵は慌てて手紙――だったものを受け取ると、先ほどと同じように壁際へと戻っていった。
大臣の行動に、リリア嬢は一気に涙も枯れたようだ。
顔を真っ赤にしながら、必死の表情で怒鳴り始めた。
「お、お父様!? セイは私の乳母で、家族同然の者ですわ! このままでは、もしかするとセイは殺されてしまうかもしれません!」
「コロッセオの捕虜を解放してメイドが無事に戻ってくるとも限らないでしょう? 新しいメイドはすぐに手配しますから、今日はわがままを言わずに我慢しなさい」
「そ、そういうことが言いたいのではありません!」
やれやれ、といったように肩をすくめる大臣。
そんな大臣に声を荒げながら詰め寄るリリア嬢。
おれはと言えば、突然の事態にわけも分からず成り行きを見守るばかりだ。
おれ以外の二人――ライオネルは、無表情のまま動こうともしないし、リリア嬢の方を見ようともしない。どうやらこの事態に対し、あまり興味がないようだ。
もしくは、リリア嬢がなんと言おうと大臣の決定に従う、という意思の表れなのかもしれない。
ローズは、あくびをしながらつまらなさそうにふるまっているが、よく見るとチラチラとリリア嬢へ視線を送っていた。どうやらリリア嬢を観察しているようだ。
そういえば昨日のコロッセオの観戦の時も、リリア嬢にやたらと話しかけてたもんな。リリア嬢にはやんわりとあしらわれていたけれど……
「私が言っているのはそういうことではありません! セイの代わりなど、誰もいませんわ!」
「代わりはいますよ。平民のメイドなぞ、いくらでも」
大臣とリリア嬢の会話は、平行線だった。
というか二人の価値観が違いすぎて、まるで会話になっていない。
というか、リリア嬢に同情する。
大臣は縁起でもなんでもなく、本当に使用人の代わりなんていくらでもいると思っているようだ。いや、メイドというよりは――平民の代わりなぞいくらでもいる、と考えているのか。
それに業を煮やしたのだろう、リリア嬢はますます焦った表情に変わる。
「そういうことではなく……! そもそも、これは革命軍の仕業ではありません! 革命軍が私のメイドをさらうとは思えませんわ!」
その言葉に、おや?、と思った。
おれはてっきり、このメイド誘拐事件は、リリア嬢と革命軍が裏で共謀している線を考えていたのだ。
ほら、アレだよ。狂言誘拐ってやつ?
リリア嬢と革命軍が裏で共謀して、リリア嬢のメイドを誘拐させる。そして、メイドの解放を交換条件にして、昨日のコロッセオで捕虜となってしまった兵士たちの身柄を解放させる。
今回の一件は、そういうことなのかな~と考えていたのだが……しかし、リリア嬢の泣きじゃくる様子も、大臣に懇願する様子も演技には見えない。
そもそも……よく考えてみればリリア嬢の性格上、こんな工作をするとしてもメイドを巻き込むような真似はしないだろう。
やるとしたら、メイドではなくリリア嬢自身を革命軍に誘拐させるはずだ。リリア嬢は責任感が強いしから、自分の使用人を危険に巻き込むようなことは決してしないだろう。
となると、メイド誘拐をしたのは革命軍じゃない?
まったくの第三者ということか?
「なぜ革命軍の仕業でないと分かるのです?」
「そ、それは……今までの彼らのやり方らしくないからです! それにセイも平民です、平民の味方である彼らがセイを誘拐するとは考えられません!」
周囲の困惑をよそに、リリア嬢はますますヒートアップして大臣に怒鳴り声をあげる。
その様子を見るに、やはり彼女は演技をしているわけではなさそうだ。
となると――いったい誰がリリア嬢のメイドを誘拐したんだ?
しかも、革命軍の名前を騙って『コロッセオの捕虜を解放しろ』なんて脅迫状を出すなんて……一体、犯人の目的はなんなんだ?
だが恐らく、コロッセオの捕虜を解放することが目的ではなさそうだ。
それが第一の目的なら「明日までに捕虜を解放しなければメイドを殺す」といった具体的な内容を盛り込むはずだ。おれならそうする。
そうしないと、極端な話になるけれど「捕虜を解放しろと言われたけれど、期日は書いてないから一年後に解放すると約束しよう。だからメイドを返してほしい」なんてことも言えるわけだし。
でも、今回の脅迫状には期日の指定などは一切なかった。
なら、革命軍の評判を貶めることとか?
あるいは、リリア嬢の動きを牽制するため……?
もしかするとおれ以外に、彼女が革命軍が通じていることに感づいた奴がいるのかもしれない。
リリア嬢が革命軍に情報をリークしていることに気がついた誰かが、これ以上、革命軍へ近づくなという忠告をするために、革命軍の名を騙ってメイドを誘拐したとか?
その場合は、犯人はリリア嬢の周辺にいる人物で、もしくは皇城にいる人物に限定される。
リリア嬢が革命軍と通じていることを知っていて、リリア嬢の周辺にいる人物なんて……
……あれ?
この考えでいくと、一番怪しい人物っておれじゃない?
リリア嬢と革命軍が通じていることを知っていて、なおかつ、リリア嬢の周辺にいる人間で。
なおかつ、この前の庭園でのお茶会でリリア嬢に『おれの周りを嗅ぎまわるような真似は二度としないでくれ』(キリッ)って言っちゃったばかりだし。
あれ? どう考えても、消去法で犯人がおれしかいないんだけど?
「――そうだわ! シキ将軍、あなたでしょう!?」
おれが考えついたことに、リリア嬢も同時に思い至ったらしい。
大臣に泣きながらくってかかっていたリリア嬢だったが、急に彼女はツカツカとこちらに近づいてきた。慌てて立ち上がったところで、リリア嬢に胸元のシャツをわし掴みにされる。
「あなたがやったのでしょう、シキ将軍!? あなたがセイを!?」
あっちゃー、やっぱりそう思う!?
そうだよね、おれだって一番怪しいのはおれだと思ったもん!
で、でもこの状況じゃ、リリア嬢に弁明はできない……!
「なにを言っているんだ、リリア嬢。意味が分からないな」
「とぼけないで!」
「リリア、やめなさい! シキ将軍に何をしているのですか!?」
リリア嬢は完全に怒りと混乱で、いつもの平静さを失っている。
大臣が慌てて彼女を止めようと近づいてきたが、その前に、リリア嬢がおれに向かって片手を振り上げた。
しかし――リリア嬢の手が、おれを打ち据えることはなかった。
振り下ろされた掌は、間に割って入ったヴィクターが受け止めたからだ。
見れば、いつの間にか双子がおれの傍らに来ていた。いつ近くにきたのか全然分からない。
ゼノンはおれの肩に腕をまわして胸元へ抱き寄せて、怖い表情でリリア嬢を睨みつけている。ヴィクターもひどく険しい表情で、リリア嬢の手首を抑えながら淡々とした声音で話しかけた。
「リリア様。そのメイドがいなくなったのは昨日のことなのでしょう? コロッセオから戻ってから、シキ様は私たちとずっと一緒でしたよ」
「なら部下に命じてやらせたんだわ! 私がシキ将軍のことを調べていたから……!」
「シキ様のことを調べていた……?」
ヴィクターが驚きに目をみはる。
だが、リリア嬢の言葉に驚いたのはおれも同じだ。
どうやらリリア嬢は、まだおれのことを調べまわっていたらしい。全然気づかなかった。
前に庭園で会った時に、おれのことは放っておいてくれって頼んだのにな~。
ああ、だからリリア嬢はおれが犯人だと思い込んでるわけか。約束を破っておれのことを調べていたから、その見せしめにおれがメイドを誘拐したと思ったと……
「す、すみませんね、シキ将軍! うちの娘はメイドがいなくなって、情緒不安定になっているようです! おい、何をしているのです!? 早くこの馬鹿娘を連れていけ!」
「離してください、お父様! シキ将軍、セイを攫ったのは貴方なのでしょう!?」
リリア嬢の言葉をきいた大臣が、慌てたようにリリア嬢を抑えつけた。そして、無理やり片手で口をふさいで衛兵たちを怒鳴りつける。
さきほどのリリア嬢の言葉、どうやら大臣にもバッチリ聞こえていたらしい。慌てた様子で、これ以上リリア嬢がおかしな発言をしないようにと、彼女をこの大広間から無理やり連れだすことに決めたようだ。
まあ、お互いのためにもそれがいいだろう。このままリリア嬢を放っておくと、また余計なことをしゃべりかねない。
ちなみに、このカオスな状況にライオネルは顔をしかめ、ローズは興味深そうに眼をらんらんと輝かせていた。皇帝陛下はというと、ハラハラとした表情で顔を青ざめさせている。
だが、リリア嬢はなんとかして拘束から逃れようと暴れまわっていた。衛兵がなんとか取り押さえようとしているが、彼女が大臣の娘さんとあって、力ずくで抑えるわけにもいかず右往左往している。
うーん、これはむしろおれが退席した方が早そう。
「陛下、大臣。どうやらリリア嬢は、革命軍に乳母が誘拐されたことで精神不安定になっているようだ。これ以上、彼女を刺激しないようにおれは今日はこれで下がらせてもらう」
「も、申し訳ありませんねぇ、シキ将軍……後日、このお詫びは必ずさせていただきますから」
大臣に続いて、皇帝陛下もこくこくと小さくうなずいてくれた。
よし、これで大丈夫そうだ。
おれがここにいたら、平静を失っているリリア嬢がまたボロを出しそうだし。
早いところさっさと退出しよう。
「いくぞ、二人とも。ところでゼノン、お前はいつまでおれの肩を抱いてるんだ」
「別に俺はずっとこのままでもいいけど?」
「お二人とも、遊んでないで行きますよ」
ゼノンの腕から解放されて、おれはようやく扉へ向かって歩き出した。
背後ではいまだにリリア嬢が「許さないわ、シキ!」と怒鳴っているが、許さないと言われてもメイドを誘拐したのはおれじゃあない。
だが、今のリリア嬢にそんなことを説明しても理解してはもらえないだろう。
しかし、革命軍によるコロッセオ襲撃に続いて、メイドの誘拐事件だなんて……いったい何が起きているのかさっぱりだ。
というか最近、『ひよレジ』にはなかった出来事が立て続けに起きてるんだけれど……
まさかおれが原因じゃないよね?
これにて解散――と思った時だった。
大広間の扉が開かれると、文官の一人がやけに慌てた様子で入ってきたのだ。文官の後ろには、なぜかリリア嬢もいる。
だが、どうしたことか、いつも冷静沈着なリリア嬢にしてはめずらしく、わんわんと大きな声で泣きじゃくっている。
文官がおれたち四天王の後ろで片膝をついても、リリア嬢は泣いて立ちすくむばかりだ。文官は困ったような顔で大臣とリリア嬢の顔を交互に見ていたが、しばらくしてから重々しい声音で告げた。
「ブ、ブラッドリー大臣に申し上げます……! リリアお嬢様の元に、革命軍から脅迫状が届きました!」
「なに、リリアの元に?」
その急な知らせに、大臣が眉をひそめる。
だが、おれの味わった衝撃は大臣以上だった。
リ、リリア嬢の元に革命軍から脅迫状!?
えっ、なに? いったいどうなってるの?
文官が震える手つきで手紙を差し出すと、壁際に控えていた衛兵の一人が駆け寄ってそれを受け取る。そして、衛兵は大臣の元へと恭しく近づいて手紙を手渡す。
手紙といっても、大判の用紙が四つ折りになっただけの簡素なものだ。
大臣は手紙を開くと、その内容を読み上げ始めた。
「なになに? えー……『リリア・ブラッドリー付きのメイドを誘拐した。彼女の命が惜しくば、コロッセオで囚われの身となっている同志の身柄を解放しろ』ですと?」
大臣の声に続き、リリア嬢がしゃくりあげながら唇を開く。
「わ、私の乳母のセイが昨夜から行方不明になっていて……! 彼女を探していたら、先ほど、こんな手紙が私の元に届いたのです……!」
「ふむ」
顔を真っ赤にして泣きはらすリリア嬢とは対照的に、大臣はひどく冷めた表情だ。
大臣は肩をすくめると、冷淡な声音で告げた。
「状況は分かりました、リリアにはさっそく新しいメイドを手配しましょう。今日のところは、メイドが一人足りないくらい我慢しなさい」
「――――」
「話は終わりですかね? じゃあ、もう退出していいですよ」
そう言って、大臣は手紙をぐしゃぐしゃに丸めた。そして、傍らにいた衛兵に投げ渡す。衛兵は慌てて手紙――だったものを受け取ると、先ほどと同じように壁際へと戻っていった。
大臣の行動に、リリア嬢は一気に涙も枯れたようだ。
顔を真っ赤にしながら、必死の表情で怒鳴り始めた。
「お、お父様!? セイは私の乳母で、家族同然の者ですわ! このままでは、もしかするとセイは殺されてしまうかもしれません!」
「コロッセオの捕虜を解放してメイドが無事に戻ってくるとも限らないでしょう? 新しいメイドはすぐに手配しますから、今日はわがままを言わずに我慢しなさい」
「そ、そういうことが言いたいのではありません!」
やれやれ、といったように肩をすくめる大臣。
そんな大臣に声を荒げながら詰め寄るリリア嬢。
おれはと言えば、突然の事態にわけも分からず成り行きを見守るばかりだ。
おれ以外の二人――ライオネルは、無表情のまま動こうともしないし、リリア嬢の方を見ようともしない。どうやらこの事態に対し、あまり興味がないようだ。
もしくは、リリア嬢がなんと言おうと大臣の決定に従う、という意思の表れなのかもしれない。
ローズは、あくびをしながらつまらなさそうにふるまっているが、よく見るとチラチラとリリア嬢へ視線を送っていた。どうやらリリア嬢を観察しているようだ。
そういえば昨日のコロッセオの観戦の時も、リリア嬢にやたらと話しかけてたもんな。リリア嬢にはやんわりとあしらわれていたけれど……
「私が言っているのはそういうことではありません! セイの代わりなど、誰もいませんわ!」
「代わりはいますよ。平民のメイドなぞ、いくらでも」
大臣とリリア嬢の会話は、平行線だった。
というか二人の価値観が違いすぎて、まるで会話になっていない。
というか、リリア嬢に同情する。
大臣は縁起でもなんでもなく、本当に使用人の代わりなんていくらでもいると思っているようだ。いや、メイドというよりは――平民の代わりなぞいくらでもいる、と考えているのか。
それに業を煮やしたのだろう、リリア嬢はますます焦った表情に変わる。
「そういうことではなく……! そもそも、これは革命軍の仕業ではありません! 革命軍が私のメイドをさらうとは思えませんわ!」
その言葉に、おや?、と思った。
おれはてっきり、このメイド誘拐事件は、リリア嬢と革命軍が裏で共謀している線を考えていたのだ。
ほら、アレだよ。狂言誘拐ってやつ?
リリア嬢と革命軍が裏で共謀して、リリア嬢のメイドを誘拐させる。そして、メイドの解放を交換条件にして、昨日のコロッセオで捕虜となってしまった兵士たちの身柄を解放させる。
今回の一件は、そういうことなのかな~と考えていたのだが……しかし、リリア嬢の泣きじゃくる様子も、大臣に懇願する様子も演技には見えない。
そもそも……よく考えてみればリリア嬢の性格上、こんな工作をするとしてもメイドを巻き込むような真似はしないだろう。
やるとしたら、メイドではなくリリア嬢自身を革命軍に誘拐させるはずだ。リリア嬢は責任感が強いしから、自分の使用人を危険に巻き込むようなことは決してしないだろう。
となると、メイド誘拐をしたのは革命軍じゃない?
まったくの第三者ということか?
「なぜ革命軍の仕業でないと分かるのです?」
「そ、それは……今までの彼らのやり方らしくないからです! それにセイも平民です、平民の味方である彼らがセイを誘拐するとは考えられません!」
周囲の困惑をよそに、リリア嬢はますますヒートアップして大臣に怒鳴り声をあげる。
その様子を見るに、やはり彼女は演技をしているわけではなさそうだ。
となると――いったい誰がリリア嬢のメイドを誘拐したんだ?
しかも、革命軍の名前を騙って『コロッセオの捕虜を解放しろ』なんて脅迫状を出すなんて……一体、犯人の目的はなんなんだ?
だが恐らく、コロッセオの捕虜を解放することが目的ではなさそうだ。
それが第一の目的なら「明日までに捕虜を解放しなければメイドを殺す」といった具体的な内容を盛り込むはずだ。おれならそうする。
そうしないと、極端な話になるけれど「捕虜を解放しろと言われたけれど、期日は書いてないから一年後に解放すると約束しよう。だからメイドを返してほしい」なんてことも言えるわけだし。
でも、今回の脅迫状には期日の指定などは一切なかった。
なら、革命軍の評判を貶めることとか?
あるいは、リリア嬢の動きを牽制するため……?
もしかするとおれ以外に、彼女が革命軍が通じていることに感づいた奴がいるのかもしれない。
リリア嬢が革命軍に情報をリークしていることに気がついた誰かが、これ以上、革命軍へ近づくなという忠告をするために、革命軍の名を騙ってメイドを誘拐したとか?
その場合は、犯人はリリア嬢の周辺にいる人物で、もしくは皇城にいる人物に限定される。
リリア嬢が革命軍と通じていることを知っていて、リリア嬢の周辺にいる人物なんて……
……あれ?
この考えでいくと、一番怪しい人物っておれじゃない?
リリア嬢と革命軍が通じていることを知っていて、なおかつ、リリア嬢の周辺にいる人間で。
なおかつ、この前の庭園でのお茶会でリリア嬢に『おれの周りを嗅ぎまわるような真似は二度としないでくれ』(キリッ)って言っちゃったばかりだし。
あれ? どう考えても、消去法で犯人がおれしかいないんだけど?
「――そうだわ! シキ将軍、あなたでしょう!?」
おれが考えついたことに、リリア嬢も同時に思い至ったらしい。
大臣に泣きながらくってかかっていたリリア嬢だったが、急に彼女はツカツカとこちらに近づいてきた。慌てて立ち上がったところで、リリア嬢に胸元のシャツをわし掴みにされる。
「あなたがやったのでしょう、シキ将軍!? あなたがセイを!?」
あっちゃー、やっぱりそう思う!?
そうだよね、おれだって一番怪しいのはおれだと思ったもん!
で、でもこの状況じゃ、リリア嬢に弁明はできない……!
「なにを言っているんだ、リリア嬢。意味が分からないな」
「とぼけないで!」
「リリア、やめなさい! シキ将軍に何をしているのですか!?」
リリア嬢は完全に怒りと混乱で、いつもの平静さを失っている。
大臣が慌てて彼女を止めようと近づいてきたが、その前に、リリア嬢がおれに向かって片手を振り上げた。
しかし――リリア嬢の手が、おれを打ち据えることはなかった。
振り下ろされた掌は、間に割って入ったヴィクターが受け止めたからだ。
見れば、いつの間にか双子がおれの傍らに来ていた。いつ近くにきたのか全然分からない。
ゼノンはおれの肩に腕をまわして胸元へ抱き寄せて、怖い表情でリリア嬢を睨みつけている。ヴィクターもひどく険しい表情で、リリア嬢の手首を抑えながら淡々とした声音で話しかけた。
「リリア様。そのメイドがいなくなったのは昨日のことなのでしょう? コロッセオから戻ってから、シキ様は私たちとずっと一緒でしたよ」
「なら部下に命じてやらせたんだわ! 私がシキ将軍のことを調べていたから……!」
「シキ様のことを調べていた……?」
ヴィクターが驚きに目をみはる。
だが、リリア嬢の言葉に驚いたのはおれも同じだ。
どうやらリリア嬢は、まだおれのことを調べまわっていたらしい。全然気づかなかった。
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ああ、だからリリア嬢はおれが犯人だと思い込んでるわけか。約束を破っておれのことを調べていたから、その見せしめにおれがメイドを誘拐したと思ったと……
「す、すみませんね、シキ将軍! うちの娘はメイドがいなくなって、情緒不安定になっているようです! おい、何をしているのです!? 早くこの馬鹿娘を連れていけ!」
「離してください、お父様! シキ将軍、セイを攫ったのは貴方なのでしょう!?」
リリア嬢の言葉をきいた大臣が、慌てたようにリリア嬢を抑えつけた。そして、無理やり片手で口をふさいで衛兵たちを怒鳴りつける。
さきほどのリリア嬢の言葉、どうやら大臣にもバッチリ聞こえていたらしい。慌てた様子で、これ以上リリア嬢がおかしな発言をしないようにと、彼女をこの大広間から無理やり連れだすことに決めたようだ。
まあ、お互いのためにもそれがいいだろう。このままリリア嬢を放っておくと、また余計なことをしゃべりかねない。
ちなみに、このカオスな状況にライオネルは顔をしかめ、ローズは興味深そうに眼をらんらんと輝かせていた。皇帝陛下はというと、ハラハラとした表情で顔を青ざめさせている。
だが、リリア嬢はなんとかして拘束から逃れようと暴れまわっていた。衛兵がなんとか取り押さえようとしているが、彼女が大臣の娘さんとあって、力ずくで抑えるわけにもいかず右往左往している。
うーん、これはむしろおれが退席した方が早そう。
「陛下、大臣。どうやらリリア嬢は、革命軍に乳母が誘拐されたことで精神不安定になっているようだ。これ以上、彼女を刺激しないようにおれは今日はこれで下がらせてもらう」
「も、申し訳ありませんねぇ、シキ将軍……後日、このお詫びは必ずさせていただきますから」
大臣に続いて、皇帝陛下もこくこくと小さくうなずいてくれた。
よし、これで大丈夫そうだ。
おれがここにいたら、平静を失っているリリア嬢がまたボロを出しそうだし。
早いところさっさと退出しよう。
「いくぞ、二人とも。ところでゼノン、お前はいつまでおれの肩を抱いてるんだ」
「別に俺はずっとこのままでもいいけど?」
「お二人とも、遊んでないで行きますよ」
ゼノンの腕から解放されて、おれはようやく扉へ向かって歩き出した。
背後ではいまだにリリア嬢が「許さないわ、シキ!」と怒鳴っているが、許さないと言われてもメイドを誘拐したのはおれじゃあない。
だが、今のリリア嬢にそんなことを説明しても理解してはもらえないだろう。
しかし、革命軍によるコロッセオ襲撃に続いて、メイドの誘拐事件だなんて……いったい何が起きているのかさっぱりだ。
というか最近、『ひよレジ』にはなかった出来事が立て続けに起きてるんだけれど……
まさかおれが原因じゃないよね?
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