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第1部 憑依しました

第二十二話

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 あー、昨日は変な時間に寝たから身体がだるい……
 っていうか最近のヴィクターもゼノンもなんなんだろう。いや、あいつらが頭がおかしいのは元からなんだけどね?

 昨日からゼノンはやけにおれにベタベタしてくるというか……なんというか、スキンシップみたいなのが増えた気がする。朝からめちゃくちゃキスされたし。

 ヴィクターもヴィクターでやたらとおれにちょっかいをかけてくるし。この前みたいに耳を弄ってきたりとか、腰を触ってきたりとか、キスしてきたりとか。逆におれにキスさせたりとか。

 おれの気のせいかもしれないけれど、なんか二人が妙に張り合っているように感じるんだよね……

 ゼノンを助けたことが影響を与えたとか?
 いやでも、二人がそんな殊勝な性格だったらそもそもこんな七面倒くさい関係になってないよな~。
 あいかわらずよく分からない兄弟だ。

 双子の考えてることは相変わらずさっぱりだが、おれのプランはおおむね順調だ。
 まず、皇城にいる研究チームが魔獣除けの香の成分を解析することに成功。

 ただあいにくと使われている香草が希少なものらしく、大規模な量産化は出来ないそうだ。しかし、おれたちが持っていくには充分な程度の魔獣除けの香は生産できるそう。

 それを受けて、おれは一週間後に皇城を双子と共に出発することに決めた。
 名付けて『原作よりちょっと早いけれどヴィクター専用の神造兵器を手に入れちゃおう!』作戦だ。そのまんますぎる。

 一週間後だとちょっと早いかなぁという気もしたけれど、この前みたいにまた原作にない革命軍との戦闘があったらやばいもんね。
 双子は強いけれど、さすがに戦闘系の神造兵器持ち相手だと分が悪い。

 本来ならば神造兵器なんてそうポンポン出てくるものじゃないんだけれど、この先、革命軍の連中は当然のようにみんな神造兵器を装備してるからね……さっすが主人公チームだぜ、勘弁して!

 あと、この前の遠征にお付き合いしてくれた小隊の皆と双子に、臨時ボーナスを渡した。ついでに今回、魔獣除けの香の解析を急いでくれた研究チームにも。
 双子も含めてみんな驚いていたけれど、悪い気はしていないようで、小隊の人たちなんかはわざわざおれの所にお礼を言いに来てくれた。
 あと研究チームの人たちに「一週間後により多くの魔獣除けの香を生産してくれれば、また追加で臨時ボーナスを支給する」と言ったら、みんながぜんやる気になってくれたようだ。
 この調子でどんどん一億ナールを還元していきたいところだ。でも全然使い切れる気がしないよ!

 そういうわけで、二日後に向けた準備をいろいろとしていたのだが……そんなおれに呼び出しがかかった。
 しかも相手が相手なので、面会の申し出を断るわけにもいかない。

 これもまた原作にはなかった邂逅だ。
 とはいえおれも彼女には会っておきたかったので、これ幸いと呼び出しに応じた。

 ちなみに今日は前回の失敗を踏まえて、護衛の名目でヴィクターを連れてきている。中座したくなった場合は彼に合図を送り、それとなくここから退出する予定だ。
 そんなわけで、今おれがいるのは、皇城内の一画にある庭園だ。庭園には色鮮やかな花々だけではなく、薬効のある薬草や、料理用の香草などもいろんな場所に分けられて植えられている。
 ここに来たのは初めてだけれど、けっこう楽しい。雰囲気もいいし、今度は一人で来てゆっくり散策しようかな。

 さて、そんな庭園の端には東屋がある。
 おれは今、その東屋の中で、はす向かいに座る少女にじーっと見つめられていた。

 コホンとひとつ咳ばらいをしてから、彼女にむかって尋ねた。

「さて……リリア嬢、君がおれを呼び出すなんて珍しいこともあるものだ」

 おれの目の前にいる少女の名は、リリア・ブラッドリー。
 スミレ色の瞳と白磁の肌を持ち、白銀の髪を腰まで伸ばした少女だ。年齢は皇帝陛下と同い年だが、利発そうな顔立ちは年齢よりもずっと大人びて見える。

 何を隠そう、彼女はあのブラッドリー大臣の娘だ。
 そして、皇帝陛下の婚約者でもある。

 リリア嬢はおれの言葉に、薔薇が咲き誇るような笑顔を浮かべた。

「シキ将軍。此度の遠征、お疲れさまでした。お父様から、革命軍との戦われたと聞きました」

「ああ、その通りだ」

「皇国のために危険を顧みず行動される勇気、誠に素晴らしいですわ。今日はお父様にかわって私がシキ将軍を労うべく、うちの菓子職人に腕をふるわせましたのよ! お父様から、最近シキ将軍は甘いものを好まれるようになったと聞きましたから」

 リリア嬢の指示のもと、二人のメイドがてきぱきとテーブルの上に菓子と紅茶を並べていく。
 並べ終わると、メイドさんたちは一礼をしてから東屋から少し離れた場所へと下がった。それを見届けてから、リリア嬢があらためて唇を開く。こちらを心配するような表情だったが、こんな眼差しで見つめられたら大抵の男はイチコロだろうな~。

「シキ将軍、先日はなんでも神造兵器の使い手と相まみえたそうですね。しかも、失われた聖剣バルムンクを所持していたとか?」

「ああ。大臣にも伝えたが、あれは聖剣バルムンクで間違いなかった。とはいえ、使い手はいまだその力を御しきれず、途中で暴走して理性を焼失するありさまだったがな」

「まあ、そのようなことが……」

 おれはいかにもせせら笑いを浮かべて、肩をすくめてみせた。

「とはいえ、聖剣バルムンクの使い手が革命軍にいると公表するのもいささかまずい。初代皇帝陛下の威信を傷つけることになりかねん」

「では彼のことは放置すると?」

「近々、その使い手の人相書きを公布する予定だ。だがしばらくは聖剣バルムンクのことは伏せておく。リリア嬢もどうか他言無用で頼む」

「……分かりましたわ」

 リリア嬢はこくりと頷いて、手元のティーカップに口をつけた。
 無表情だが、どこかホッとしているようにみえるのは、おれの気のせいではないだろう。

 なにせ、このリリア嬢こそ、革命軍に情報を流しているスパイなのである。

 ブラッドリー大臣には息子と娘が一人ずついるが、二人の母親は別々の女性だ。
 リリア嬢の母親は異民族の統領の一人娘だったのだが、その美貌に目をつけた大臣が金にものを言わせて無理やりに妾にしたのだ。
 そんなリリア嬢を皇帝陛下の婚約者にちゃっかり据えるあたり、大臣ってばほんと如才ないよな~。このまま順当に二人が結婚すれば、大臣は皇帝陛下の祖父というポジションだ。彼に逆らえる人間がますますいなくなる。

 しかし、そんなリリア嬢だが、彼女は母親の気質を受け継いだらしく、正義感と意思の強い女の子に育った。

 そして彼女は皇国の現状を憂いて、父親の目を盗んで秘密裏に革命軍と接触し、皇国軍の情報を流し続けているのである。
 リリア嬢が革命軍のスパイだと分かるのは、ひよレジの終盤だった。ブラッドリー大臣の娘が革命軍のスパイだとは思わなかったから、初見時はかなり驚いたものだ。

 なんというか……容姿も性格もお父さん似じゃなくて本当に良かった!
 というわけで、つまり先日の戦い――ウルガ族討伐に向かったおれたちが革命軍に待ち伏せされていたのは、このリリア嬢が情報を流していたからだ。

 そういえばあの時、革命軍はおれこと四天王シキが来ることは知らなかったようだった。ハルト、めちゃくちゃ驚いてたもんな。
 つまりそこから考えると、多分、リリア嬢が小隊の誰かからうまく情報を聞き出して、革命軍にこっそりとウルガ族に迫る危機を教えたのだろう。

 あの日、おれが一緒に討伐に行くことを小隊のみんなに伝えたのは、当日の朝だった。

 だからあの時、ハルトは『四天王シキ』が現れたことにあんなにびっくりしていたのだ。リリア嬢はおれが行くことを知らなかったのだから、革命軍にその情報を伝えようがなかった。

 ……リリア嬢がおれが一緒に討伐に行くことを知っていたら、もっとやばかったかも。

 あの場にいた『ひよレジ』のネームドキャラクターは、ハルトだけだった。
 けれど、もしも事前に『四天王シキ』が来ることを知っていたら、ハルトだけではなく革命軍の名だたるメンバーが揃い踏みしていただろう。
 そうなったら双子もおれもどうなっていたか分からない。

 うーむ、でもそうなると、今後は双子以外の人たちと一緒に行動するのは、なるべく控えた方がいいな。
 今回みたいにリリア嬢に情報を漏らされたら、革命軍に待ち伏せされる恐れがある。

 ハルトだったらまた説得も可能かもしれないけれど、他の子たちだとそうはいかないだろうし……
 むしろ今、リリア嬢にそれとなく「おれは革命軍の敵になるつもりはないよ!」って伝えてみる?

 リリア嬢がおれのことを呼び出したのは、ハルトとおれの邂逅の一件が耳に入ったからだと思うんだよね。
 ハルトは素直だから、もしかするとおれから神薬をもらったことを革命軍のみんなに喋ったんじゃないかなー。おそらく「四天王シキに会ったけれど、けっこう話の通じる奴だったぜ! 神薬ももらったしな!」みたいな感じで。

 つまり、リリア嬢は茶会という名目で、こちらの真意を探りにきたのだ。

 ならば、遠慮なくおれの真意を語らせてもらおう。
 幸い、今はメイドさんたちもヴィクターも東屋から少し離れたところで待機しているから、声をひそめれば聞こえないはずだ。
 でも一応、唇を読まれないようにするため、おれは顔の前で両手を組んでから唇を開いた。

「リリア嬢、一つ忠告しておこう」

「なんでしょうか、シキ将軍?」

 可憐な笑みをこぼすリリア嬢。

 いや、それにしてもほんとお父さんと似てないな~。
 もしかして、お母さんの遺伝子百パーセントで構成されてる?

「聖剣バルムンクの使い手について“彼”と言ったのは、君らしくないミスだな。聖剣バルムンクの使い手が男だったとは、おれはまだ一言も言っていないぞ」

「――――」

 さっと顔を青ざめさせたリリア嬢をよそに、おれはフォークを手に取って目の前にのタルトタタンを食べ始めた。
 あ、めちゃくちゃ美味しいコレ。

「うん、美味い。さすが公爵家の菓子職人だな」

 バターがたっぷり染み込んだ林檎って、なんでこんなに美味しいんだろう~。
 カラメルの苦味とあわさっていくらでも食べれそうだ。頼んだらお土産用に少しくれないかな?

 絶品スイーツに舌包みをうっていると、リリア嬢が青ざめた表情のままで話しかけてきた。

「せ、聖剣バルムンクの使い手のことはお父様から聞きました。だから……」

「下手なことは言わない方がいいぞ。君が嘘をついているかどうかは大臣に確認すればすぐに分かるのだからな」

「……っ」

「そんなに怖い顔をするな。おれは君の敵じゃない」

 おれはリリア嬢に微笑んでみえたが、彼女は蒼白な顔で硬直するばかりだった。

 うーん、ちょっと失敗したかも!

 おれ的には「おれがまだ男って言ってないのに“彼”って言っちゃうの危ないよ! 相手がおれだったから良かったけれど、今度から気をつけようね☆」って優しいフォローのつもりで言ったんだけれど……いかんせん、シキっぽい口調で喋ったら完全に裏目に出た。
 くそっ、シキがもっとフレンドリーな性格だったら良かったのに!

「シキ将軍は……なにが目的なの? 革命軍の青年が、あなたから直接アレを譲ってもらったと聞いたわ。あなたはいったい何を企んでいるの?」

「ふっ、ひどい言われようだな」

 仮にも上司の娘さんからここまで信頼されてないの、すごくない?
 思わず乾いた笑いが零れちゃったよ!

 しかし、やっぱりハルトはおれから神薬を貰ったことを、革命軍の皆にしゃべったんだな。そのことを聞いたリリア嬢が、おれの真意を探るべくこうして茶会を設けたというわけだ。
 ひとまずなんとか軌道修正して、おれはリリア嬢になるつもりはないって分かってもらわないと!

「言っただろう? おれは別に君の敵じゃない。その証拠に、君が革命軍と通じていることだって、今まで誰にも言わずにいてやったんだ」

「な……っ!?」

 愕然とした表情のリリア嬢。
 だがそれも一瞬のことで、彼女はすぐにおれをキッと睨みつけた。

「……そう、最初から全部知っていたというわけね」

 まあ、リリア嬢がスパイだってことは原作知識で知っていたけれど、その知識を全然活かせてなかったよね!
 そのせいで廃村の戦いでは革命軍に待ち伏せされるはめになってしまった。

 リリア嬢がスパイだってことは分かってたんだから、あの時は、情報が革命軍に漏れている前提で動くか、はたまた絶対に情報が流れないように計画を立てたうえで動くべきだったな。反省反省。

 なんというか……だいぶこの世界に慣れてきたつもりだったけれど、おれの中では『漫画の世界』という意識が抜けきっていなかったのかも。

 リリア嬢も大臣も、ハルトもゼノンもヴィクターも、ちゃんとここで生きている“人間”なんだ。
 おれが原作にない行動をするように、彼らも自分の意志で考えて行動する。

 今回の一件では、それを改めて思い知らされたような気がするな……
 そして今、そんなおれのうっかりのツケが新たに回ってきたというわけだ。

 リリア嬢は原作ですら見せなかったような敵意のこもった眼差しをおれに向けている。

「それであなたは何をするつもりなの? まさか……革命軍とお父様を相打ちにさせて、あなたがこの国の支配者にでもなるつもり?」

「はっ、そんなものに興味はないさ」

 一つ訂正。この子、やっぱり大臣の娘さんだ。

 発想が恐ろしすぎる。なにその漁夫の利作戦。
 革命軍と大臣を相打ちにして、おれが新たに大臣の地位につく? 
 すごいね、庶民のおれにはそんな考え全然思いつかなかったよ!

「おれはただ平穏に過ごしたいだけだ。これからも君の行動は黙認しよう。その代わりに、おれの周りを嗅ぎまわるような真似は二度としないでくれ」

「……っ、分かったわ」

 リリア嬢はかな~りしぶしぶといった表情で頷き、そして、悔しげな表情でおれを睨んだ。

「どうやら私は、完全にあなたの掌の上で転がされていたようね」

「……ふっ、買いかぶりすぎだ」

 か、完全におれの作戦が裏目に出た~!

 おれはリリア嬢に「こちらは革命軍と敵対するつもりはないし、その証拠にリリア嬢がスパイだってことはこれからも誰にも言わないから安心してね! その代わりにリリア嬢も、おれの行動を革命軍に漏らすような真似はできるかぎりやめてね!」って伝えたつもりなんだけれど……

 リリア嬢の中で、どうやらおれは完全に危険人物に認定されたっぽい。

 で、でも、これでリリア嬢がおれの行動を革命軍に漏らすことは、今後はできるかぎり控えてくれるだろうし……!
 け、結果的にはよかったと思おう、うん。
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