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第1部 憑依しました

第十九話

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 まあ、こんなこと言っていても、実際にはこっそり秘密裏に監視は続くかもしれないけれど……でも、ここまで言って牽制しておけば、大臣だってそう表立っては動かないはずだ。そう信じたい。

「魔獣除けの香は、その名の通り、香をたけば魔獣どもが近づかなくなるらしいぞ」

「おお……それは魅力的ですね」

「大臣のところの研究班で成分を調べてほしい。量産が出来そうだったらこちらにも回してくれ」

「それはかまいませんが、何に使うのです?」

 大臣に問われ、おれは真剣な表情を作って答えた。

「聖剣バルムンクの使い手を得た革命軍は、今かなり勢いづいているはずだ。恐らく、そう遠くないうちに活動を本格化させるだろう」

「調子に乗っているというわけですか」

「ああ。連中と戦闘になった場合、今回のように相手が神造兵器持ちだと、ゼノンとヴィクターでもさすがに荷が重い」

「……ふむ」

「先日、ウルガ族を討伐した際に、どうやら神造兵器があるらしい場所の情報を手に入れた。ガセネタかもしれんが、行ってみる価値はあるだろう」

「貴方の部下の双子に、神造兵器を与えたいというわけですか。ですが、神造兵器を見つけても彼らが適正者となれるかは分からないでしょう」

「あいつらが適正者になれずとも、皇国軍で神造兵器を保有できるメリットは大きい。それに、このまま放置していては革命軍に横取りされかねん。革命軍の連中こそ、喉から手が出るほど欲しいはずだからな」

 無論、神造兵器があるらしい場所の情報を手に入れた、なんていうのは嘘っぱちだ。

 神造兵器が眠っている場所は分かっているが、これは原作を読んでいたから知っているだけであって、ウルガ族を討伐した際に手に入れた情報ではない。

 でも、ここでいきなりおれが「戦力増強したいので神造兵器を取りに行ってきます!」なんて言ったら、どうしてそんな情報を知っているんだよという話になってしまうので、このように嘘を交えて説明する必要があった。

 幸い、大臣はおれの言葉を疑わなかったようで、この話自体に突っ込んでは来なかった。
 しかし、眉間にしわを寄せて、難しい表情を浮かべている。

「シキ将軍の言うことは分かりましたが……貴方自身が行かなくてもいいのでは? それこそローズを派遣した方がいいでしょう」

「あいつは任務そっちのけで趣味に走る女だ。今回は物が物だから、おれが直接行きたい」

「しかし……」

「それに今回は、新たな神造兵器を手に入れるという目的もあるが……神薬も補充をしておきたくてな。道中の手ごろな農村で『税の徴収』を行おうと思っている」

「ああ、なるほど。それなら仕方がないですね」

 おれがそう言うと、渋っていた大臣はあっさり頷いた。
 よし、狙い通りだ!

 キャンディケインで生み出す神薬は、他国との貿易においてとんでもない価格で輸出されている。その神薬を作るために出かけてくるといえば、強欲でがめつい大臣はおれを止めないだろうと踏んでいたのだ。

 ちなみに『税の徴収』というのは、おれが考えた言葉ではない。
 原作で出てきた用語で、その意味としては「テキトーに目をつけた農村に行って、税金を滞納していると言いがかりをつけて農民から血を採取してくるね☆ 血を取りすぎて死んじゃう人もいるけど、まあ国が栄えるためには必要な犠牲だからしょうがないよね!」ということである。
 マジで終わってるよね、この国!

 もちろん、おれはそんな凶行を働くつもりはない。

 とはいえ大臣に言った手前、神薬は作らなければならない。
 おれ自身も神薬のストックは作っておきたいので、道中で盗賊や山賊でも退治しに行こうかなと思っている。

 考えているのは、一人から400ミリリットル程度、ちょっとずつ血をとって神薬を作ることはできないかということだ。献血と同じくらいの採取量なので、これなら誰も死なずに済むはずだ。

 確か、人間の一人あたりの血液量は3500ミリリットルだったはず……十人分の血液で神薬一つが作れるのなら、単純に十倍なので35000となる。つまり、88人前後からちょっとずつ血を頂けば、一つ分の神薬が作れるというわけだ。

 80人以上の人間から血をとるのはしんどい作業になりそうだが、なんなら道中の農村や町で「今だけ特別☆ 一回分の献血をしてくれれば銀貨一枚支給します!」みたいなキャンペーンをやったら、けっこう人が集まるんじゃないかな? 
 それならおれは誰も殺さずに済むし。貧しい農村なら臨時収入がほしい人もいるだろうし。

 というか、この前、皇帝陛下から五百億ナールとかもらっちゃったんだけど、あのお金ってウルガ族討伐での報奨金だから、使うのに抵抗感があるんだよね……
 元は皇国の国民の税金なので、すこしでも皆さんにお返ししたいところ。

「神造兵器が眠っている場所は、どうも魔獣共の縄張りらしくてな。だから魔獣除けの香を持っていきたいんだ。なるべく急ぎで解析してくれ」

「やれやれ……相変わらず、シキ将軍は人使いが荒いですねぇ。ま、やってみましょう」

 大臣は肩をすくめて、仕方がないというように頷いて見せた。

「時に、シキ将軍。今夜の予定はなにかありますかね?」

「今夜? いや、特にないが……」

 出し抜けな言葉に、おれはきょとんと首を傾げる。
 すると、大臣が粘っこい笑みを浮かべた。なんだかいやな感じの笑みだ。

「それはよかった! では、シキ将軍の慰労会を行わせていただきますよ。ぜひ私の居住区に来てください。いい葡萄酒が手に入ったのですよ」

「葡萄酒か、ふむ……」

 いきなり大臣からの夕食のお誘いである。
 しかもなぜか大臣は、テーブルの上のフィナンシェをもう一枚取ろうとしたおれの手を取って、手の甲をすりすりと撫でてきた。なにしてるの、この人?

 しかし、どうしよう。
 前回はゼノンが仮病をつかって、うまいこと部屋を出ていけたけど、今回は双子はいない。
 ちょっと失敗したかも。あいつらのどちらか片方だけでも、一緒に連れてくれば良かった。

 うーん……正直言うと大臣のところのお夕飯ならかなり豪勢だろうし、興味はあるけど。

 でもおれ、シキの知識や記憶があるとはいえ、テーブルマナーにはまだそこまで自信がない。大臣とシキの付き合いは長いから、貴族的なマナーでやらかした場合、大臣が今のシキと過去のシキの差に感づいてしまうかも。

 悩みどころだ。でもこの前、ご飯のお誘いを断っちゃったばかりだし、ここでまた断ると角が立つかも。
 今回は双子の助けは期待できないし……

 そんな風に悩んでいた時だった。
 おれの背後にある扉がノックされ、兵士さんが部屋の外から声をかけてきた。

「――シキ将軍、ゼノン殿がいらっしゃっております。なんでも、火急の用件があるとか……お通ししますか?」

「いや、おれが行こう」

これ幸いとばかりに、おれは大臣の手を外してさっとソファから立ち上がった。

「大臣、そういうことだからすまないな。魔獣除けの香、くれぐれも頼んだぞ」

「……はあ、仕方がないですねえ。分かりましたよ」

 大臣に頷いてみせたおれは、そのまま彼に背中を向けて歩き出した。
 十中八九、ゼノンの言う『火急の用件』というのは、おれと大臣の話し合いを打ち切るための大義名分だ。彼に言いつけた用事は、まったく急を要するものではなかったのだし。

 おそらくゼノンは、おれが前回のように大臣の誘いを断れないかもと思い、気を利かせてくれたんだと思う。

 考えてることは理解できないんだけど、あの双子って部下としては普通に優秀だよね。
 これでもうちょい常識的な性格もとい性癖だったらな~!

 扉を開けると、そこには兵士さんとゼノンがいた。ゼノンはなんだか、ちょっとムスッとした表情をしている。
その時、大臣がぽつりと呟いた声がおれの耳に届いた。

「……シキ将軍のところの凶犬は、忠犬になりつつありますねぇ……ますます厄介だ」

 思わず、その意味を確かめるように背後を振り向く。しかし、その時にはもう扉は閉まっていたのだった。
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