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第17話
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おれの左腕は、”ヒール”一回で完全に回復した。
先日はノインの失明した片目をある程度治すこともできたし、”ヒール”一回でかなりの回復量を誇るようだ。これなら戦闘中に負った怪我で、そのまま行動不能になることはないだろう。
あとは、”ヒール”の一日に何回使用できるかを調べるだけなのだが――
「だーめ! 今日はもう帰るからね!」
なんと、ノインから却下されてしまった。
「カナトちゃんがあんな無茶な戦い方するなら、今日はもう帰るよ。明日になれば俺もポーション8個作れてるしさ」
「今、4個作れるなら別にいいじゃないか」
「ぜったい駄目! っていうか、マジでカナトちゃん、腕、痛くなかったの? フツー、”ヒール”で治せるからって腕一本盾にして突っ込む人間がどこにいるのさ……さすがの俺も予想してなかったよ……」
不機嫌そうなジト目でおれを睨むノイン。
そんな顔をされてしまうと、さすがにおれも強く出られなかった。
「わ、分かった。今日のところは大人しく、町に戻るよ」
「うん、そうしよ。なんだったら、カナトちゃん、武器屋に行って盾とか調達したほうがいいんじゃないの? 今回も片手盾があれば、怪我せずに済んだだろうし」
あ、なるほど。言われてみればそうだな。
確かに今アシッドスライムと戦った感じなら、盾はあった方がいいな。今回はうまくいったけれど、一撃でしとめきれないようなボスモンスターの場合は、さすがにおれも捨て身の戦法をとるわけにはいかないし。”ヒール”だって無限に使えるわけじゃないんだしな。
それに、おれの戦闘の基本スタイルは剣だけど、弓矢とかサブにあってもいいよな。
さっきのアシッドスライムだって、弓矢から遠距離攻撃するっていう手もあったし。
おれの『騎士』職や、ノインの『暗殺者』職で、どこまで弓が扱えるか分かれないけれど、敵の注意を引きつけるくらいならそこそこ使えるだろう。
「なら、ノインのポーション作成が終わったら、その後は町に戻って武器屋に行こう。盾もそうだが、弓矢や、おれたちの予備の武器を用意しておいた方がいいしな」
「りょーかい。でも、弓矢はさすがにいらないんじゃない? それとも荷物運びに、ポーターでも雇うってこと?」
「ポーターはいらない。話していなかったが、おれには荷物や武器を収納できるスキルがあるんだ」
ノインはなるほどと頷く。
「あー、分かった。ブラックフェンリルの素材もそのスキルで回収してたんだね。おかしいとは思ってたんだよ、討伐の後、ブラックフェンリルの死体は消えちゃったのに、カナトちゃんが『ブラックフェンリルの素材を冒険者ギルドに買取してもらった』なんて言うから」
ノインに指摘されて、確かにおれもそこを何も説明していなかったことに気が付いた。
同時に、胸の奥にあった違和感が、じわじわと大きくなる。
……薄々思っていたけれど、この世界のNPCのAIレベルが高いといっても……これはさすがに、おかしくないか?
プレイヤーであるおれですら見過ごすような細かい点を指摘するなんて。それに、さっきだってノインはおれが自分から怪我を負うような行動をしたことに対して、本気で怒っていた。
本当に――ノインはNPCなのか?
もしかして、本当はおれと同じプレイヤーなんじゃないのか? いや、でもプレイヤーにしては、ノインは『God's Garden』の世界の価値観をよく知っているし……
「あれ、カナトちゃん。肩のところ、怪我してるよ」
「え?」
ノインに言われて、おれは首をまわして左肩を見る。
言われてみると、確かに左の肩口の部分の装備が焼け焦げていた。どうやら、アシッドスライムの酸液が肩にわずかにかかっていたらしい。装備の下も、まだ怪我が治っていないようだ。
おれは右の掌を肩に触れさせ、”ヒール”を唱えようとする。だが、そこにノインがまったをかけた。
「あー、待って待って。俺もポーションの効果試してみたいからさ、カナトちゃんの怪我に使ってみてもいい?」
「ああ、いいぞ」
片手を下ろしノインがポーションを傷口にかけるのを待つ。
だが、ノインはポーションを使うことはなく、おれの手首を掴むと歩き出した。
向かったのは、この一帯の中央に置かれた丸太だ。
切り倒されてから、だいぶと年月が経っているのだろう。丸太の半分は地面に埋まり、人が背もたれにしたり、体重をかけたくらいでは転がりそうもない。
まさに、人がベンチとして腰かけるのにちょうどよさそうな塩梅の大きさである。
「ポーションをかけるからさ、まずそのローブ外してよ」
「服の上からでもいいんじゃないか?」
「治癒効果がどんなものか、実際に見てみたいからさ」
そう言われると断る理由もない。
おれはフードを外すと装備の上から羽織っていたローブを脱いで、丸太の上に置いた。
「じゃあ、今度はこっち座って」
ノインは丸太に背を預けて地面に座ると、自分の膝を手でポンポンと叩いた。
…………うん?
「あ、あの、ノイン?」
「どうしたの? 早く来てよ。俺も早くポーションの効果試してみたい」
にっこりと、人当たりの良さそうな笑顔をおれに向けるノイン。
だが、その表情とは裏腹に、有無を言わせない迫力がある。
「い、いや。でも、さすがにそれは……」
「えー? 座ってやるなら、カナトちゃんの背中が見えてる方がやりやすいでしょ? ま、膝の上が恥ずかしいなら、俺に背中預けるみたいにして座ってくれればいいよ」
笑顔で代替案を出されてしまうと、それも嫌だとは言いづらくなる。
おれは少し迷った後、ノインの出した第二案の体勢――片膝を立てて座ったノインの足の間に座ることにした。
ノインに背中を見せるようにして、おずおずと正座で座りこむ。
すると、おれの腰をノインの手が鷲掴み、ぐっと引き寄せられた。
「っ、ノ、ノイン……?」
「そんなに離れてちゃやりづらいよ。もっとこっち来て」
ノインに手を引かれて体勢を崩したおれは、完全に彼に背中を預けることとなった。つまり、背後からノインに抱え込まれている体勢である。
ちょ――ちょっと待って。
こ、これ、怪我を治すだけにしては恥ずかしすぎないか!?
「ノ、ノイン。この体勢は、その」
「ほら、大人しくしてて。今、ポーションかけるから」
慌てて立ち上がろうとしたおれの腰を、ノインが片手を回してぐっと抑えつける。
そして、彼はもう片方の手でポーションを手にとると、それを指先で摘まみ、パキリと砕いた。
砕かれた器からポーションがおれの肩の傷に滴り落ちる。透明の外殻はどうなるのかと思ったが、それも砕かれた瞬間に液体に変わった。
「お、すごい。こんな風に治るんだね」
ポーションが滴った傷口は、みるみるうちに回復していく。
おれは首を限界まで回して、背後のノインに訴えた。
「っ……ノイン、怪我が治ったならもういいだろう? そろそろ離してくれ」
「えー? いいじゃん、もうちょっと。どうせ後は町に帰るだけなんだし」
腰に回ったノインの手に手を触れさせる。だが、彼の手はびくりとも動こうとしない。
それどころか、彼はおれのうなじに額を押し付けて、すりすりと擦りつけてきた。ほ、本当に猫みたいな奴だなぁコイツ……って、そうじゃなくて!
ど、どういうこと?
怪我が治ったのに、なんで離してくれないんだ?
え……ちょっと待って。もしかして、この『God's Garden』って、まさかNPCとの恋愛要素まであるのか!?
確かに、昨今のゲームは昔の者と比べても、同性間で恋愛ができるものは多いけど……よもや、ノインと恋愛的なフラグが立ってたりするのか……!?
「あー……ノ、ノイン? お前、もしかして……恋愛対象が同性だったりするか? もしくは、両方ともイける口とかか……?」
「はぁ? いきなり何の話?」
おれの質問に対し、怪訝そうな声が返ってきた。
しかし、そう間を置かずにノインにおれの言わんとすることが伝わったようで、「……ああ!」と合点がいったような声がした。
「もしかしてさー、俺がカナトちゃんに惚れてるとか、恋しちゃってるとか、そんな風に思ったの?」
「い、いや、その……」
「アハハッ、なにそれマジ面白いんだけど! いやー、その発想はなかったわぁ、マジうけるね!」
どうやらノインのツボに入ったようで、彼はしばらくの間ひぃひぃと苦しそうに笑い転げた。
だが、その合間にもおれの腰はがっちりホールドされたままである。
「……そういうつもりじゃないなら、この体勢はなんなんだ?」
「えー? いや、これは仲間としてのスキンシップじゃん。よく冒険者の仲間同士で、ハグしあったり、肩組んで歩いてるの見るもん。仲間なら、こういうことするのがフツーなんでしょ?」
「いや、それとこれとは違うような……」
「それに、さっきカナトちゃんも俺の頭撫でてきたじゃん?」
うっ! あ、あれはつい……
うーん、でもそう言われると、おれにも前科があるし、そう強くは言えないな……
悩んでいると、再びおれのうなじにぴったりとノインの額が押し当てられた。
首筋にノインの鼻先があたっている。彼の吐息がかかるのがみょうにくすぐったく感じる。
「そもそも俺、カナトちゃんに恋愛感情とかまるっきりないから、そこは安心していいよ」
「……そうか」
「うん。恋愛ってさー、聞いたところによると『相手に優しくして、大切にしてあげたい』とか『相手を慈しみたい』とか、そういう気持ちのコトなんでしょ? 俺、そういうのマジで全然分かんないんだよねぇ。だから、カナトちゃんへの気持ちも、恋愛感情ってのは絶対にないから」
「…………」
なんだろう……いや、ノインがそういうつもりじゃないなかったのは、おれとしては安心なんだけど。
おれは女の子が好きだし、この『God's Garden』にせっかく恋愛要素があるゲームなら可愛い女の子としたいし。
でも、なんかこう……ノインの言い方が、妙に引っかかるんだよな。
決定的に何かが食い違ってるような、根本的なところですれ違いがあるような……そんな感じがするのだ。なんでだろう……?
「まぁ、そういうワケでぇー。今度、カナトちゃんがあんまり無茶な戦い方して、むやみやたらに怪我するなら、これからもこういう感じでポーション使うからね」
「……んっ?」
慌てて背後のノインを振り向く。
だが、ノインは悪びれた様子もなく、むしろ楽し気にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。同時に、おれの腰にまわされた掌が、くすぐるように臍周りを撫でる。
「ノイン、お前、何を勝手に決めて――」
「俺さぁ、カナトちゃんが愉しそうに戦ってるの見るのは好きだけどさー。でも、あんなくだらないモンスターにカナトちゃんが怪我させられんの見るのは、ちょっとイラつくわ。それに、避けようと思えば避けられるのに、ヒールがあるからって横着して、自分から怪我しにいっちゃうカナトちゃんにも、ちょっと思うところがあるなー」
「…………」
ノインは笑っていた。
笑っていたが、目は笑っていなかった。
「――いいよね、カナトちゃん? ほら、お返事は?」
「…………わ、分かった。もう、無茶な戦い方はしない」
「うんうん! 分かってくれて良かったよー。これから一緒にパーティー組むんだもん。お互いのこと、こうやって分かりあっていかないとね!」
ニコニコとしたノインは、さきほどのお返しのつもりなのか、おれの頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
そうしておれは、しばらくの間ノインに抱え込まれた体勢で過ごしたのである。
……うん。ノインを怒らせるようなことは、なるべくやめておこうかな……
先日はノインの失明した片目をある程度治すこともできたし、”ヒール”一回でかなりの回復量を誇るようだ。これなら戦闘中に負った怪我で、そのまま行動不能になることはないだろう。
あとは、”ヒール”の一日に何回使用できるかを調べるだけなのだが――
「だーめ! 今日はもう帰るからね!」
なんと、ノインから却下されてしまった。
「カナトちゃんがあんな無茶な戦い方するなら、今日はもう帰るよ。明日になれば俺もポーション8個作れてるしさ」
「今、4個作れるなら別にいいじゃないか」
「ぜったい駄目! っていうか、マジでカナトちゃん、腕、痛くなかったの? フツー、”ヒール”で治せるからって腕一本盾にして突っ込む人間がどこにいるのさ……さすがの俺も予想してなかったよ……」
不機嫌そうなジト目でおれを睨むノイン。
そんな顔をされてしまうと、さすがにおれも強く出られなかった。
「わ、分かった。今日のところは大人しく、町に戻るよ」
「うん、そうしよ。なんだったら、カナトちゃん、武器屋に行って盾とか調達したほうがいいんじゃないの? 今回も片手盾があれば、怪我せずに済んだだろうし」
あ、なるほど。言われてみればそうだな。
確かに今アシッドスライムと戦った感じなら、盾はあった方がいいな。今回はうまくいったけれど、一撃でしとめきれないようなボスモンスターの場合は、さすがにおれも捨て身の戦法をとるわけにはいかないし。”ヒール”だって無限に使えるわけじゃないんだしな。
それに、おれの戦闘の基本スタイルは剣だけど、弓矢とかサブにあってもいいよな。
さっきのアシッドスライムだって、弓矢から遠距離攻撃するっていう手もあったし。
おれの『騎士』職や、ノインの『暗殺者』職で、どこまで弓が扱えるか分かれないけれど、敵の注意を引きつけるくらいならそこそこ使えるだろう。
「なら、ノインのポーション作成が終わったら、その後は町に戻って武器屋に行こう。盾もそうだが、弓矢や、おれたちの予備の武器を用意しておいた方がいいしな」
「りょーかい。でも、弓矢はさすがにいらないんじゃない? それとも荷物運びに、ポーターでも雇うってこと?」
「ポーターはいらない。話していなかったが、おれには荷物や武器を収納できるスキルがあるんだ」
ノインはなるほどと頷く。
「あー、分かった。ブラックフェンリルの素材もそのスキルで回収してたんだね。おかしいとは思ってたんだよ、討伐の後、ブラックフェンリルの死体は消えちゃったのに、カナトちゃんが『ブラックフェンリルの素材を冒険者ギルドに買取してもらった』なんて言うから」
ノインに指摘されて、確かにおれもそこを何も説明していなかったことに気が付いた。
同時に、胸の奥にあった違和感が、じわじわと大きくなる。
……薄々思っていたけれど、この世界のNPCのAIレベルが高いといっても……これはさすがに、おかしくないか?
プレイヤーであるおれですら見過ごすような細かい点を指摘するなんて。それに、さっきだってノインはおれが自分から怪我を負うような行動をしたことに対して、本気で怒っていた。
本当に――ノインはNPCなのか?
もしかして、本当はおれと同じプレイヤーなんじゃないのか? いや、でもプレイヤーにしては、ノインは『God's Garden』の世界の価値観をよく知っているし……
「あれ、カナトちゃん。肩のところ、怪我してるよ」
「え?」
ノインに言われて、おれは首をまわして左肩を見る。
言われてみると、確かに左の肩口の部分の装備が焼け焦げていた。どうやら、アシッドスライムの酸液が肩にわずかにかかっていたらしい。装備の下も、まだ怪我が治っていないようだ。
おれは右の掌を肩に触れさせ、”ヒール”を唱えようとする。だが、そこにノインがまったをかけた。
「あー、待って待って。俺もポーションの効果試してみたいからさ、カナトちゃんの怪我に使ってみてもいい?」
「ああ、いいぞ」
片手を下ろしノインがポーションを傷口にかけるのを待つ。
だが、ノインはポーションを使うことはなく、おれの手首を掴むと歩き出した。
向かったのは、この一帯の中央に置かれた丸太だ。
切り倒されてから、だいぶと年月が経っているのだろう。丸太の半分は地面に埋まり、人が背もたれにしたり、体重をかけたくらいでは転がりそうもない。
まさに、人がベンチとして腰かけるのにちょうどよさそうな塩梅の大きさである。
「ポーションをかけるからさ、まずそのローブ外してよ」
「服の上からでもいいんじゃないか?」
「治癒効果がどんなものか、実際に見てみたいからさ」
そう言われると断る理由もない。
おれはフードを外すと装備の上から羽織っていたローブを脱いで、丸太の上に置いた。
「じゃあ、今度はこっち座って」
ノインは丸太に背を預けて地面に座ると、自分の膝を手でポンポンと叩いた。
…………うん?
「あ、あの、ノイン?」
「どうしたの? 早く来てよ。俺も早くポーションの効果試してみたい」
にっこりと、人当たりの良さそうな笑顔をおれに向けるノイン。
だが、その表情とは裏腹に、有無を言わせない迫力がある。
「い、いや。でも、さすがにそれは……」
「えー? 座ってやるなら、カナトちゃんの背中が見えてる方がやりやすいでしょ? ま、膝の上が恥ずかしいなら、俺に背中預けるみたいにして座ってくれればいいよ」
笑顔で代替案を出されてしまうと、それも嫌だとは言いづらくなる。
おれは少し迷った後、ノインの出した第二案の体勢――片膝を立てて座ったノインの足の間に座ることにした。
ノインに背中を見せるようにして、おずおずと正座で座りこむ。
すると、おれの腰をノインの手が鷲掴み、ぐっと引き寄せられた。
「っ、ノ、ノイン……?」
「そんなに離れてちゃやりづらいよ。もっとこっち来て」
ノインに手を引かれて体勢を崩したおれは、完全に彼に背中を預けることとなった。つまり、背後からノインに抱え込まれている体勢である。
ちょ――ちょっと待って。
こ、これ、怪我を治すだけにしては恥ずかしすぎないか!?
「ノ、ノイン。この体勢は、その」
「ほら、大人しくしてて。今、ポーションかけるから」
慌てて立ち上がろうとしたおれの腰を、ノインが片手を回してぐっと抑えつける。
そして、彼はもう片方の手でポーションを手にとると、それを指先で摘まみ、パキリと砕いた。
砕かれた器からポーションがおれの肩の傷に滴り落ちる。透明の外殻はどうなるのかと思ったが、それも砕かれた瞬間に液体に変わった。
「お、すごい。こんな風に治るんだね」
ポーションが滴った傷口は、みるみるうちに回復していく。
おれは首を限界まで回して、背後のノインに訴えた。
「っ……ノイン、怪我が治ったならもういいだろう? そろそろ離してくれ」
「えー? いいじゃん、もうちょっと。どうせ後は町に帰るだけなんだし」
腰に回ったノインの手に手を触れさせる。だが、彼の手はびくりとも動こうとしない。
それどころか、彼はおれのうなじに額を押し付けて、すりすりと擦りつけてきた。ほ、本当に猫みたいな奴だなぁコイツ……って、そうじゃなくて!
ど、どういうこと?
怪我が治ったのに、なんで離してくれないんだ?
え……ちょっと待って。もしかして、この『God's Garden』って、まさかNPCとの恋愛要素まであるのか!?
確かに、昨今のゲームは昔の者と比べても、同性間で恋愛ができるものは多いけど……よもや、ノインと恋愛的なフラグが立ってたりするのか……!?
「あー……ノ、ノイン? お前、もしかして……恋愛対象が同性だったりするか? もしくは、両方ともイける口とかか……?」
「はぁ? いきなり何の話?」
おれの質問に対し、怪訝そうな声が返ってきた。
しかし、そう間を置かずにノインにおれの言わんとすることが伝わったようで、「……ああ!」と合点がいったような声がした。
「もしかしてさー、俺がカナトちゃんに惚れてるとか、恋しちゃってるとか、そんな風に思ったの?」
「い、いや、その……」
「アハハッ、なにそれマジ面白いんだけど! いやー、その発想はなかったわぁ、マジうけるね!」
どうやらノインのツボに入ったようで、彼はしばらくの間ひぃひぃと苦しそうに笑い転げた。
だが、その合間にもおれの腰はがっちりホールドされたままである。
「……そういうつもりじゃないなら、この体勢はなんなんだ?」
「えー? いや、これは仲間としてのスキンシップじゃん。よく冒険者の仲間同士で、ハグしあったり、肩組んで歩いてるの見るもん。仲間なら、こういうことするのがフツーなんでしょ?」
「いや、それとこれとは違うような……」
「それに、さっきカナトちゃんも俺の頭撫でてきたじゃん?」
うっ! あ、あれはつい……
うーん、でもそう言われると、おれにも前科があるし、そう強くは言えないな……
悩んでいると、再びおれのうなじにぴったりとノインの額が押し当てられた。
首筋にノインの鼻先があたっている。彼の吐息がかかるのがみょうにくすぐったく感じる。
「そもそも俺、カナトちゃんに恋愛感情とかまるっきりないから、そこは安心していいよ」
「……そうか」
「うん。恋愛ってさー、聞いたところによると『相手に優しくして、大切にしてあげたい』とか『相手を慈しみたい』とか、そういう気持ちのコトなんでしょ? 俺、そういうのマジで全然分かんないんだよねぇ。だから、カナトちゃんへの気持ちも、恋愛感情ってのは絶対にないから」
「…………」
なんだろう……いや、ノインがそういうつもりじゃないなかったのは、おれとしては安心なんだけど。
おれは女の子が好きだし、この『God's Garden』にせっかく恋愛要素があるゲームなら可愛い女の子としたいし。
でも、なんかこう……ノインの言い方が、妙に引っかかるんだよな。
決定的に何かが食い違ってるような、根本的なところですれ違いがあるような……そんな感じがするのだ。なんでだろう……?
「まぁ、そういうワケでぇー。今度、カナトちゃんがあんまり無茶な戦い方して、むやみやたらに怪我するなら、これからもこういう感じでポーション使うからね」
「……んっ?」
慌てて背後のノインを振り向く。
だが、ノインは悪びれた様子もなく、むしろ楽し気にニヤニヤとした笑みを浮かべていた。同時に、おれの腰にまわされた掌が、くすぐるように臍周りを撫でる。
「ノイン、お前、何を勝手に決めて――」
「俺さぁ、カナトちゃんが愉しそうに戦ってるの見るのは好きだけどさー。でも、あんなくだらないモンスターにカナトちゃんが怪我させられんの見るのは、ちょっとイラつくわ。それに、避けようと思えば避けられるのに、ヒールがあるからって横着して、自分から怪我しにいっちゃうカナトちゃんにも、ちょっと思うところがあるなー」
「…………」
ノインは笑っていた。
笑っていたが、目は笑っていなかった。
「――いいよね、カナトちゃん? ほら、お返事は?」
「…………わ、分かった。もう、無茶な戦い方はしない」
「うんうん! 分かってくれて良かったよー。これから一緒にパーティー組むんだもん。お互いのこと、こうやって分かりあっていかないとね!」
ニコニコとしたノインは、さきほどのお返しのつもりなのか、おれの頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
そうしておれは、しばらくの間ノインに抱え込まれた体勢で過ごしたのである。
……うん。ノインを怒らせるようなことは、なるべくやめておこうかな……
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