時間を戻して異世界最凶ハーレムライフ

葛葉レイ

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ベルトンゲン

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 食堂へ顔を出した途端、五十人近い団員による大きな拍手と声援に包まれた。

 驚きつつも、ティムらしく照れながら会釈しておく。
 先に着いていたステラ、ナナリー、ロローネのいるテーブルへ案内されると、団員達が怒涛の如く詰め寄せ、「凄い」「よくやった」「ライバルクランに大きな差をつけた」と、四方八方から称賛の声をかけられる。
 そして、並べられたご馳走様を食べる暇もなく、酒を注がれ続けた。
 このクランではパーティの時だけ、ニース産ウォッカの飲酒が解禁される。
 この酒は、くせが少なく喉越しが良くすいすいと入っていくが、アルコール度数がべらぼうに高いので、飲む量には十分に気をつけないといけない。

 横を見ると、あまりの人の多さにロローネはキョロキョロし、ナナリーはオドオドと緊張していて、次々と話しかけてくる団員の対応を、ステラが必死にこなしていた。さすがにルンルンする余裕は無さそうだ。
 ちょっと前まで、銅等級ブロンズだった彼女達が、いきなり脚光を浴びてるんだから、緊張するのも無理はないか。

 だからといって、団員全員が熱狂している訳ではない。食堂を見渡せばテーブルに座ったまま、冷ややかな視線を送る団員や、ご馳走或いは酒目当ての無関心な団員も多い。
 何かを話している奴らもいる。
 魔法で声を拾い、会話を聞いてみよう。

「ねぇー、なんでアザールさん死んじゃったのー?私、好きだったんだけどなぁ」

「ねー、カッコよかったしねー」
 
「俺も、アザールさんには色々教えてもらったし、たくさん稽古もつけてもらったから、今でも感謝しかないよ」

「ねー、優しかったよねー」

 アリスを襲おうとしてインキュバスに殺されたアザールの話題か。
 ふむ、どうやら後輩には好かれていたらしい。今更どうでもいいが。

「アザールが死んだからって、どうしてルカクとデ・ブライネまで団を抜ける必要があるんだ?」

「さぁ、な。だが、金等級ゴールドが三人減った事で、クルトワ派が大きく弱体化したのは間違いない」

「じゃあなんだ?【絶対零度アブソリュートゼロ】が新階層突破しようが、失敗しようが、ランパードにとっては、結果的にプラスになったって事か」

「成果を上げればクランマスターの手柄になるし、失敗すれば、クルトワさんのクランでの発言力は低くなるしな」

 どうやら【凍てつく永劫アイシクルアイオーン】には、ランパード派とクルトワ派の二つ派閥があるらしい。
 クランの政治事情はどうでもいい。

「くっそ、ティムのヤツ。この前、俺にボコられてたヤツが、新階層到達だと?あり得ねぇだろ!」

「【大食洞窟グーラケイブ】内で、アリスと合流したって噂を聞いたぜ?」

「ひゅー、じゃあ、あいつの実力じゃないかもな。金等級ゴールドになったのも、奇跡的なラッキーが重なっただけじゃねぇか?」

「そうに違いない。見てろ、絶対化けの皮剥がしてやるならな」

 あいつらは、以前稽古場で絡んできた銀等級シルバー三人組か。
 特にダニエルは、殺気がだだ漏れだ。

「待たせたな!みんな、席に着いてくれ!飲食はしたままでいい!」

 大盛り上がりの中、【凍てつく永劫アイシクルアイオーン】のクランマスターであるランパードが登場した。
 あれだけ騒いでいた団員達は、規律良く速やかに着席していく。この統率力には目を見張るものがある。
 ランパードの傍らには、キッチリと身なりを整えたいつも通りのセーラ女史、そして、俺をジッと凝視するアリスが立っていた。

「既に聞いている者もいるだろうが、今回の【大食洞窟グーラケイブ】探索では、大きな犠牲があった。その悲しさのあまり、団を去った者達もいる。
 …………それでも、このアリスが、更には、そこに並ぶ若き英雄達が、彼らの想いを引き継ぎ、遂にやってくれた!
 先人達が、百年以上到達出来なかった二十階層への扉を、我がクランの力で開いたのだ!」

「ウオオオーーッ!」

 空間を震わせる程の大歓声が響き渡る。
 この場にいる殆どは、ランパードを支持する団員なのだろう。

「これにより我ら【凍てつく永劫アイシクルアイオーン】は、名実共にヴェスレイ一のクランとなった!
 これからも、君達の冒険者としての力を期待している!宜しく頼むぞ!
 さぁ、酒も食べ物もたくさん用意した!今日は思う存分楽しんでくれ!」

 大歓声再び。何処からか楽器の音が流れてくる。
 密かにスタンバイしていた音楽隊による演奏が始まったのだ。
 その軽快な曲調に合わせ、大きな手拍子が沸き起こり、団員達がこぞって踊り出した。
 なんだろう、この国の冒険者は、娯楽が少ないのか、すぐに踊る傾向が見受けられる。
 冒険者という生業は、常に死と隣り合わせ、踊る事で生を謳歌しているのだろう。

 若い女がスカートをなびかせ踊る様子を肴に酒を嗜んでいると、隣りの席にアリスがちょこんと座った。

「やっと…………会えた」

 彼女は頬を少し赤らめ、俺の服の袖を指先でキュッと摘み、ボソリと小さな声で呟く。
 見つめる青い瞳の中には、俺しか映っていない。
 こいつ、エッチを経た事により、明らかに感情の起伏が生まれている。そのもどかしさがエロ可愛い。
 アリスに見惚れていると、ロローネとステラが俺の左腕を強引に掴み、踊りに誘ってきた。

「リーダー、あたしらも踊りましょうよ!」
「ほらほらぁ、今日の主役はリーダーなんすからぁ」

 二人に引っ張られ、立ち上がる俺の右手首を、座ったままのアリスが思いっきり掴んだ。
 それに気付いたステラとロローネが負けじと引っ張る。二人掛かりの全力に、アリスは表情一つ変えず、俺を掴んで離さない。
 細い腕からは想像出来ない怪力が、彼女をトップクラスの金等級ゴールドだと証明している。
 ナナリーを見ると、心配そうな眼差しを送っていた。
 こんな状態をセーラに見られるのはどうかと思い、クランマスターの立っていた場所に視線を送ったが、既に二人は離席していたようだ。この二人、どんだけ忙しいんだよ。
 それはさておき、時間が経つにつれ、双方の引っ張る力が強くなっていく。

「いででででで」

「あ、すんません!リーダー」

 とてつもない激痛で、身体が真っ二つに裂けちゃいそうだ。
 俺の痛がる声を聞いて、ステラとロローネはすぐに手を離したが、アリスは反動で自分にもたれかかる俺を見て、微笑を浮かべていた。
 こんな状況に似た逸話があった気がする。
 赤子を引っ張り合う二人の母親の話だったか。痛がる赤子を見て、手を離した方が本当の母親だとかいう話だ。
 真の愛情があるのは、果たしてどちらなのだろうか。

「よし、みんなで踊らないか?さぁ、ナナリーもアリスも一緒に仲良く踊ろう」

 爽やかティムに修羅場は似合わない。ここは平和的にいこう。みんなで踊ればいいじゃない。
 その時、怒号が響き渡り、一人の荒くれ者が乱入してきた。

「ゴオラァ!ティムとかいうヤツァどこじゃいぃッ!!!」

 身長二メートル超えの大男が、踊る団員を弾き飛ばしながら、一直線にこっちへ向かってくる。

「ベルトンゲンだー!」
「ステゴロのベルトンゲンが来たぞー!」
「ご馳走と酒を守れ!止めるんだー!」
「駄目だ、逃げろー!」
「ぎゃー!」「うわー!」

 進撃を止めようとする冒険者の頭を掴み、軽々と放り投げ、あっという間に俺達の前に躍り出た。
 その形相は正に鬼のようだった。
 筋肉隆々な体格に、怒髪天を突いた赤髪、腕章は金等級ゴールドを示している。

「ブシュルルル、ティムはどいつだぁ?」

「ベルトンゲンさんッ!コイツですコイツッ!この金髪のいけすかねぇ野郎がティムですッ!」

 額の真ん中で前髪をパッツンに切り揃えた茶髪マッシュルームカットが、俺を指差して叫んでいる。
 ダニエルの阿保だ。

「貴様かぁ、アメリアを誑かしたヤツはぁ。ブシュルルルルル…………」

 こいつが、アメリアにちょっかい掛けた男を何人もボコボコにしたという噂の父親か。
 娘と似てるのは髪の色だけじゃないか。
 その赤い髪だって逆立っているから、まるで鬼のように怖い。
 ベルトンゲンは、俺の身体にしがみ付くアリスやナナリーを見ると、更に目を吊り上げ、いきなり殴りかかってきた。

「覚悟はいいかッ!小僧おおッ!」

「やっちゃって下さーい!ベルトンゲンさんーッ!」

 ダニエルが満面の笑顔で拳を掲げている。
 俺は一歩前に出て、手を回転させ、迫り来る拳をいなす。

「ぬおっ?」

 回転したベルトンゲンの拳は、威力そのまま後方に突っ立っていたダニエルの顎に炸裂した。
 彼は何が起こったかも分からず、白目を剥いて吹き飛んだ。

「ギャッ!」

 ドコッ!バン!ドサッ!
 パンチの炸裂音、天井へ激突する音、床に落下する音が、ほぼ同時に聞こえる程強烈な一撃だった。
 気絶したダニエルは、コヒューコヒューと弱々しい呼吸を続け、今にも逝きかねない。
 ベルトンゲンはそんな事を気にも止めず、俺にパンチを繰り出している。
 怒りで周りが見えていない。

「ちょろまかと逃げおってぇ、娘からもそうやって逃げるのかぁ、腰抜けめがぁ」

 視界の角で、アリスが剣の柄へ手を添えるのが見えた。
 空気がヒヤリとする。
 表情は崩さないが、ティムを罵倒された怒りが凍気となって滲み出ている。
 それはまずい。アリスが動けば話がややこしくなること請け合いだ。

「ベルトンゲンさん、次は避けません。
 気が済むまで殴って下さい」

「ブシュルルルルル…………、一発しかいらんわい、阿呆が…………」

 ベルトンゲンがティムの前で腰を沈め、腕を思い切り振りかぶった。
 ギリギリと胴がしなり、ミシミシと拳を握る音が鳴る。
 周囲がしんとしていく。全員が固唾を飲んで見守っている。もはや、誰も割って入れない。

「ティ、ティムさん」
「リーダー…………」

 ナナリー、ロローネが心配そうに見つめている。

「ぐうおおおおーッ!」

「きゃあーーッ!」

 ベルトンゲンの拳圧で強風が巻き起こり、女性団員の叫びが響く。
 ティムの胴周りより太い腕が、ティムの顔より大きな拳が、ティムの顔面に叩き込まれる。
 ダニエルが食らった拳撃より、遥かに強烈な炸裂音が鳴り響く。
 しばらくして、地震が起きたような振動が、食堂全体をミシミシと揺らす。
 強力な魔物達を数多く屠ってきた金等級ゴールドベルトンゲンの拳。
 果たして、ティムは無事なのか。


 ————————

 ————

【古神殿】はニースでも数少ない高楼であり、屋上からはニースの街を一望出来る。
 そこに二人の男女が立っていた。

「わざわざこんな場所まで来て、どうしたんですか?」

 街を見下ろす男に、女が問いかける。

「…………あれから十年か」

 男はゆっくり振り返ると、勿体ぶるように言葉を紡ぎ始める。

「思えば長いようで短かったな…………
 十年前に救ったフィテッセの二人が、大きな恩返しをしてくれた。
 これでようやく私は、君の想いに応える事が出来る」

「えっと、ランパード?何の話でしょう?」

 女はきょとんとした顔で訊ねる。

「ニースで一番のクランマスターになったんだ。昔、言ってただろ?君の気持ちに応える前に、まずは一番のクランマスターになってみせるって。
 ははっ、随分待たせてしまったようだな」

「待って下さい…………」

「ああ、心配はいらない。
 君と所帯を持つにあたって、今後、危険な前線からは退き、裏方となってクランを支えていこうと思っている。
 そうだなぁ、子供は何人がいいかな?いやいや、気が早いよな。ははっ」

 ランパードはうんうんと頷きながら、未来展望を語りだした。

「待たせたって何ですか?私、待ってませんよ?」

「えっ?」

「貴方と一緒になる気はありません」

「何を言って…………、こ、告白してくれたよな?」

「いつの話をしてるんですか?十年近く前の事ですよ?
 はぁ…………、もう行っていいですか?」

「まっ、待ってくれ、セーラッ!俺の事、好きじゃなかったのかッ?」

「確かに、十年前の少女の私なら、貴方に憧れてましたし、恋心もありましたよ。フラれてしまいましたが」

「フってはいない。だから、ずっと側に置いてたじゃないか!」

「私の気持ちを知りながら、秘書をさせるなんて酷いと思いましたよ。
 まぁ、それも数日すれば、ただの仕事仲間だと割り切れるようになりましたけど」

「もう一度………………チャンスをくれないか?」

「ごめんなさい!…………好きな人がいますので!では、失礼します」

 食い気味の拒絶。
 自分に向けられた嫌悪感に満ちた表情。
 それはもう彼の知っているセーラではなかった。
 絶句するランパードは、遠ざかっていく後ろ姿をただ見送る事しか出来なかった。

 ————————

 ————

 ベルトンゲンは決して手を抜いていた訳では無かった。
 無抵抗の人間に全力を出す程、戦士としての誇りを無くした訳でもない。
 だが、愛娘の事となると頭に血がのぼり、ついつい見境が無くなってしまう。
 今回ばかりは、やり過ぎてしまったかもしれない。
 前途有望な若者を、まさか殺してしまうとは…………
 ベルトンゲンは正気に戻り、後悔し始めた。ところが、笑い声が聞こえてくるではないか。

「ふっ、くくくっ、うひっ、ひひっ」

「なっ、俺のパンチをまともに食らって笑っているだとぉっ!」

 拳を下ろし、青年の顔を見たベルトンゲンは、思わず足を後方へ一歩引いた。
 打ちどころが悪かったのか、薄気味悪い笑みを浮かべていたのだ。
 そして、ハッとする。
 な、何だとっ!
 たった一歩とはいえ、猪突猛進で知られたニースの鬼ことこのベルトンゲンが、怖気付いて後退りしただとっ!

 食堂は一気に静まり返り、ティムの不気味な笑い声だけが響いている。

 ————————

 ————

 密かに放っておいたセーラ盗撮用ステルスドローンから見ていた、クランマスターであるランパードの見事な玉砕一部始終。
 こんな切れ味のいいごめんなさいは、未だかつて聞いた事がない。
 呼吸困難に陥る傑作映像。
 ついでに、セーラの眼鏡にも仕込んでおいた盗撮カメラに映るランパードの顔は真っ青だった。
 よく見ると、足が産まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。
 これが、笑わずにいられようか。

「ぷふふっ、ふひっ、ひははっ、はーはっはっ!…………はっ」

 と、ここで我に返る。
 ベルトンゲンは数人の団員に抱え込まれ、辺りは静まり返り、みんなが俺に注目していた。
 ああ、おマヌケ映像の視聴に夢中になっていて忘れていた。確かアメリアの親父に殴らせている流れだったよな。

「えっと、もう終わったのかな?」

「ッ!!!」

 ベルトンゲンは驚愕した。
 空いた口が塞がらない。
 ノーガードの人間にパンチを叩き込んだにも関わらず、殺したとさえ感じていたのに、傷一つ与えれなかった事実。
 逆に俺の方が、拳を痛めているではないか。
 対峙したからこそ分かる。
 絶対に勝てない。コイツの強さは底無しだ。これが、俺を後退りさせた力。
 だがそれでも、父親としての意地だけは通す!

「小僧、アメリアを泣かすなよ」

 ベルトンゲンは、自身を掴む団員を乱暴に引き剥がし、ティムを睨み一言を残すと、覚束ない足取りで食堂から去っていった。

 ————————

 ————

 ほんの少し席を外しただけなのに…………

 食堂に戻ってきたランパードは絶句した。
 テーブルが軒並み破壊され、豪華な料理や貴重な酒が無惨に散らばっている。
 ベルトンゲンがまた暴れたという。
 五十人近くいた団員達の大半は、既に食堂から去ったらしい。
 怒りのあまり全身が戦慄いた。

「何をやってくれたんだ!なんだ!なんなんだよっ!どいつもこいつもっ!」

 いつも穏やかで冷静な男が、目を血走らせ、大きな口を開け、身体を上下させ激昂する。
 古株の団員ですら、こんなに怒りを露わにするクランマスターを見るのは初めてだった。
 数人は宥めようとしたが、ランパードの怒りは決して収まらず、漏れ出た魔力により周囲が凍り付き始めた為、団員達は我先にと逃げ始めた。
 それもその筈、彼は先祖伝来の寒冷系魔法の使い手であり、その実力はヴェスレイ随一である。
 巻き込まれては命が幾つあっても足りない。
 暫くして、食堂からは誰もいなくなった。


 ————そんな中、皆に忘れられたダニエルは、食堂の片隅で、誰に看取られる事もなく、ひっそりと息を引き取った。

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