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ティム③
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俺の専属担当となったギルド職員フレデリカに頼み、これまでのギルド活動記録を確認した。
ティムが、銅等級冒険者として、活動を開始したのは今年の事。
ほぼ毎日、ソロで【大食洞窟】低階層にて、討伐や採集などの依頼を、異様なペースで達成していた。
最近は、銀等級相当の強敵、火吹きトカゲを複数討伐し、銀等級への昇級を果たす。
俺から言えば、地道で堅実な冒険者といった印象だ。まぁ、ソロにこだわるならば、リスク回避も理解できるが。
さて、夜までたっぷり時間がある。
少しこの身体を動かしてみたいな。
俺は早速、【大食洞窟】へと向かった。
————五階層。
ティムが生前、狩場にしていた袋小路の沼地に着いた。
沼の淵に、火吹きトカゲが一体、発生している。
鞘から鉄の剣を抜き、背後からゆっくりと近付いていく。
魔法を使わない戦闘は初めてだ。
こちらには気付いていない。
チャンスとばかりに斬りかかると、火吹きトカゲはシュルシュルと壁面に這い上がり、距離を取られてしまった。
「まずい!」
トカゲの口から放たれた火が、ビーム状に襲い掛かってくる。
間一髪、右方向へと飛んで避けたが、トカゲが首を少し傾けるだけで、火柱は鞭のようにしなり追尾してきた。
直撃するっ!こいつ、強ぇっ!
「婿殿っ!」
目の前に突如現れた長身長髪の女戦士。
掌底を突き出すと、火は掻き消え、トカゲは壁にめり込み、呆気なく絶命した。
強さの桁が違う。
「何をしておるのだ?このような雑魚如きに」
片手で緑色の長い髪をかき上げ、冷ややかな目で俺を見下すこの女戦士は、竜の化身であり、配下の一人だ。
今回、危険地帯の探索を命じていた。
「うるさいな、人の身体って動かすの難しいんだよ」
「ぬぅ、すまぬ。ちと言い過ぎたようだ。
男には優しく接するべし、と言うらしいからな。総じて人間は弱い生き物である。気にするな」
ハッとした龍女ラズヴェンラズースは、頭を下げ、自らの言動を詫び、どことなく棘のあるフォローをしてきた。
女らしさを習得中らしいが、まだまだ分かっていないらしい。
「まぁいい。助けられたのは事実だ。
褒美に、感謝のキスをしてやろうか?」
龍女の肩に手を伸ばすと、ペシンと叩かれてしまった。
「おい、何すんだ?」
「その偽りの姿となど、交わりたくはない。我は、婿殿の姿しか受け付けぬ」
「俺よりこっちの方が断然格好いいだろ?」
「我に、人間の基準は分からぬ。あるのはただ、婿殿かそれ以外か、だ」
拒まれた形だが、悪い気はしない。
「まぁいい。
それより、報告を聞こう。どうだった、この洞窟は?」
「少しばかり探ってみたが、ここの仕組みは、大方理解した。
一見、階段で繋がっているように見えるが、実は五階層ごとに、異なる空間に分かれている。
簡単に言えば、五階層と六階層の間には、人間しか通れない結界が存在した。
ここの主は、間違いなく悪魔であろうよ」
「お前でも通れなかったのか?」
「色々試してはみたが、竜種どころか、魔物ですら無理だった。人間だけを狙ったものなのだろう。…………狡猾な罠だ」
「だから、ずっと五階層にいたのか」
「随分、待たされたがな」
無理矢理、結界を破壊すれば、現在攻略中の冒険者達が帰らぬ人となる。
五階層ごとに、転移装置があるとギルドで聞いていた。
つまり、強い冒険者を、効率良く下層へ誘き寄せたい意図が、このダンジョンの設計者側にあるという事だ。
龍女ラズから情報を得た俺は、とりあえず、六階層へ至る階段へ向かった。
案内通り進み、巨大な扉を開けると、一際大きな空間が広がっている。
通称、ボス部屋と呼ばれる場所らしい。
部屋の至る所にデカい肉片が転がっている。
これは、ゴブリンロードと配下の死体だという。俺達が辿り着く前に、既に倒されていたらしい。近付くと塵となって消えていった。
このダンジョンでは、魔物が定期的に再発生する。それは、ボスであっても例外では無く、だいたい一日周期で復活するらしい。
ボス部屋では、ボスモンスターだけでなく、レア物が出る宝箱も出現する。
つまり、低階層のボス、もとい宝箱は、早い者勝ちの取り合いとなる事が多い。
主の居ない部屋を抜けると、下へ続く石階段があった。
明るく照らしてみても、数段先しか見えず、周囲は暗闇に包まれている。
ゆっくりと歩を進めると、石壁に囲まれた大きな部屋に到着した。
何組かの冒険者達が、部屋の隅で休憩したり、雑談したりしている。
この部屋は、魔物が入ってこれないセーフティーエリアだ。
部屋中央には、水晶が嵌め込まれた大きな石板がある。恐らくこの部屋自体が転移装置なのだろう。
そして、今まさに、四人組の銀等級パーティが魔法陣と共に、転移してきた。
なるほど、このダンジョンは王侯貴族など関係なく、平民でも自由に転移できる数少ない場所なのだ。
さて、俺も一旦転移で帰るとしよう。
次回は、ここ六階層からスタートだ。
————————
ダンジョンから出ると、夕陽が沈む時間帯になっていた。
魔法を一切使わずに、この男の実力のみでの活動は、思った以上に時間を浪費していたようだ。
もちろん、魔法が使えない訳では無い。
魔法を使わない事で、自分自身の実力を底上げする目的だ。
こいつに一体どんなこだわりがあったのかは知らないが、装備品がお粗末過ぎる。
鉄の剣、軽鉄の鎧、小手、脛当てといった全身鉄三昧。
銀等級に見合った装備を買いに、武具屋へ足を運んだ。
————シンプソン工房
商店街の中でも、一際大きな武具屋があったので、店内へと入ってみた。
吹き抜けのエントランスに大きな階段があり、一目で三階建て構造だと分かる。
一階は道具類、二階は防具、三階は武器と分類されていた。
まるで武具のデパートだ。
店内に客は多く、まさに大盛況といったところか。
とりあえず、ぶらぶらと店内を彷徨いてみると、コミカルな絵柄の魔物にナイフが突き刺さっている貼り紙を見つけた。
シンプソンナイフの宣伝だ。
刺す事で神経系の毒が体内に入る仕掛けナイフらしい。
「いやぁ、お目が高い!こちらのナイフをご所望ですか?」
ひょろりと痩せこけた長身の男が話しかけてきた。隈の深い陰気な目付きをしている。
「いや、見てただけだ」
「わたくし、ここの店長でシンプソンと申します。このシンプソンナイフの生みの親でございます。少々、お時間を頂いてよろしいですか?」
半ば強引な形で、店長に捕まってしまったようだ。
「このナイフには、小型の投げナイフから中型のショートソードまで、長さはかなり幅広く揃えてあります。
剣技を磨き、正々堂々と戦う正統派な戦士職の方々には、こういった邪道な仕掛けナイフは、いまいち受けが悪いんですが、お客様のような斥候職の方々には大変好評いただいております」
「ほう、よく俺がスカウトだと分かったな」
「ありがとうございます。装備や体型で恐らくそうだろう、と。
さて、話を戻しますが、このナイフは、戦闘中にて、敵の時間を奪う事を目的としております」
「時間…………」
「戦闘時において、ほんの一秒の差で、一秒の隙で命を落とす、なんて事は当たり前のようにあります。
敵を一秒麻痺させれば、その間に出来る事は山のようにあります。
まさに一秒、時を止める。そんなコンセプトで作り上げた作品でございます」
時を止める。そのキーワードに反応してしまった。
「ショートソードもあるのか」
「ええ、ございます。さ、こちらへどうぞ」
…………買ってしまった。
ショートソードと、投げナイフ五本、あと詰め替え用の毒瓶一本。計二十万ゴールド。
全財産の殆どが飛んだ。
「ティム様、ありがとうございました」
商売人の恐ろしさを学ばせていただいた。
————————
夜、俺の歓迎会が行われるという事で、【大鷲のギルド】というレストランへと赴く。
既に店内は多くの客で賑わっている。どうやら貸し切りでは無さそうだ。
銀等級程度の昇級祝いならば仕方ない事だろう。
むしろ、パーティを開いてもらえるだけでもありがたいと思うべき、か。
「あの、ティムさん…………」
入店しようとした矢先、女性の声に呼び止められる。
その声の出どころを探すと、店前の植え込みからひょっこり顔を出す、不安そうな顔をした女の子がいた。
青と白を基調とした腕章を身に付けている事から、同じクランだと分かる。銅等級という事も。
「なんだ?……いや、どうしたの?」
ついつい、強い口調なってしまったので、すぐ優しい口調に訂正しておく。
ティムは、好青年なのだ。笑顔も添えておこう。
すると、その女の子はたちまち笑顔になり、背後へ目配せすると、計五人の女性銅等級冒険者がパタパタと飛び出してきた。
「あのっ、ティムさん!昇級……」
「「おめでとうございますっ!」」
「もし良かったらなんですが、お祝いご一緒してもいいですかぁ?」
なんという事だ。こんな可愛い子達が、目を輝かせて俺に迫ってきているっ!
この顔、やはり、女子受けがいいっ!
どうやら女慣れしてないティムは、今まで女を遠ざけていたみたいだな。
しかし、今の俺は違う。
このチャンス逃しませんよっ!
「ありがとう!こんな可愛い子達に祝ってもらえるなんて凄く嬉しいよ」
きゃあきゃあと黄色い声が上がる。片腕に二人ずつ絡みつき、一人が俺の腹に抱きついてきた。
俺自身、身長が然程高くないので、歩くのも一苦労だ。これがモテ男の領域か!
とりあえず、クランマスター(男性)に見られるのは良くないので、彼女達とは節度ある距離感を保ちつつ、レストランの中へと入った。
「へぇ、君が女性団員と仲良くしてるところを初めて見たよ。僕は、てっきり女性が苦手なのだとばかり思っていた」
クランマスターが微笑みながら、俺に話しかけてきた。上から目線の物言いではあるが、悪意は一切感じない。
ティムは女性が苦手だったのか?
何と応えたらティムらしい?
「祝ってくれる方を邪険には出来ませんから」
無難、いや、優等生っぽいか?
しかし、怪しまれるのだけは避けたい。
「うん、少し大人になったみたいだね。話し方も落ち着いている。銀等級になったからかな?
ティム、銀等級昇級おめでとう」
「おう!こりゃ、めでたい!」
「祝い酒だ!酒持ってこーい!」
クランマスターは拍手をして祝ってくれた。
テーブルでは、既に酔っている中年団員が、便乗して更に大騒ぎ。
「まぁ、うるさい奴らだが、祝いの席って事で許してやってよ。
あと、その子達のテーブルはすぐに用意させよう」
クランマスターは、後ろで控える秘書っぽい女性団員に指示を出すと、その女性はすぐに追加のテーブル席を確保し、料理や飲み物を用意させた。かなり出来る部下のようだ。
一応、俺が所属するクランの、トップの実力は如何程か見ておくか。
【解析】
ランパード
年齢:39
LV:65
HP:1870
MP:480
金等級冒険者に相応しい実力なんだろうが、危険地帯を攻略出来る力があるとは思えない。
銀等級の俺なんかに、評価されたくはないだろうが。
というか、俺より年下で、二十代半ばくらいだと思ってたら、まさか三十九歳だったとは。想像以上に若くてびっくりだ。
その後、マスターは、クランの規約をいくつか伝言し、仕事があると言って、帰っていった。
恐らく、今回の席も仕事の一環なのだ。
六階層より下層へ挑む場合、当クランメンバーは、四人以上のパーティを組まねばならない等の、計二十八項目ある誓約書にサインした。
どうやら、今までソロで活動していたティムへ、釘を刺しに来たのだろう。
だが、俺は違う。あんな怖い場所へ、一人で行こうとは思わない。
例え、足手まといであっても、誰かと一緒に行きたい。
なんなら、ここにいる銅等級の女子でもいい。
俺は、女性冒険者五人をそれとなく観察した————。
ティムが、銅等級冒険者として、活動を開始したのは今年の事。
ほぼ毎日、ソロで【大食洞窟】低階層にて、討伐や採集などの依頼を、異様なペースで達成していた。
最近は、銀等級相当の強敵、火吹きトカゲを複数討伐し、銀等級への昇級を果たす。
俺から言えば、地道で堅実な冒険者といった印象だ。まぁ、ソロにこだわるならば、リスク回避も理解できるが。
さて、夜までたっぷり時間がある。
少しこの身体を動かしてみたいな。
俺は早速、【大食洞窟】へと向かった。
————五階層。
ティムが生前、狩場にしていた袋小路の沼地に着いた。
沼の淵に、火吹きトカゲが一体、発生している。
鞘から鉄の剣を抜き、背後からゆっくりと近付いていく。
魔法を使わない戦闘は初めてだ。
こちらには気付いていない。
チャンスとばかりに斬りかかると、火吹きトカゲはシュルシュルと壁面に這い上がり、距離を取られてしまった。
「まずい!」
トカゲの口から放たれた火が、ビーム状に襲い掛かってくる。
間一髪、右方向へと飛んで避けたが、トカゲが首を少し傾けるだけで、火柱は鞭のようにしなり追尾してきた。
直撃するっ!こいつ、強ぇっ!
「婿殿っ!」
目の前に突如現れた長身長髪の女戦士。
掌底を突き出すと、火は掻き消え、トカゲは壁にめり込み、呆気なく絶命した。
強さの桁が違う。
「何をしておるのだ?このような雑魚如きに」
片手で緑色の長い髪をかき上げ、冷ややかな目で俺を見下すこの女戦士は、竜の化身であり、配下の一人だ。
今回、危険地帯の探索を命じていた。
「うるさいな、人の身体って動かすの難しいんだよ」
「ぬぅ、すまぬ。ちと言い過ぎたようだ。
男には優しく接するべし、と言うらしいからな。総じて人間は弱い生き物である。気にするな」
ハッとした龍女ラズヴェンラズースは、頭を下げ、自らの言動を詫び、どことなく棘のあるフォローをしてきた。
女らしさを習得中らしいが、まだまだ分かっていないらしい。
「まぁいい。助けられたのは事実だ。
褒美に、感謝のキスをしてやろうか?」
龍女の肩に手を伸ばすと、ペシンと叩かれてしまった。
「おい、何すんだ?」
「その偽りの姿となど、交わりたくはない。我は、婿殿の姿しか受け付けぬ」
「俺よりこっちの方が断然格好いいだろ?」
「我に、人間の基準は分からぬ。あるのはただ、婿殿かそれ以外か、だ」
拒まれた形だが、悪い気はしない。
「まぁいい。
それより、報告を聞こう。どうだった、この洞窟は?」
「少しばかり探ってみたが、ここの仕組みは、大方理解した。
一見、階段で繋がっているように見えるが、実は五階層ごとに、異なる空間に分かれている。
簡単に言えば、五階層と六階層の間には、人間しか通れない結界が存在した。
ここの主は、間違いなく悪魔であろうよ」
「お前でも通れなかったのか?」
「色々試してはみたが、竜種どころか、魔物ですら無理だった。人間だけを狙ったものなのだろう。…………狡猾な罠だ」
「だから、ずっと五階層にいたのか」
「随分、待たされたがな」
無理矢理、結界を破壊すれば、現在攻略中の冒険者達が帰らぬ人となる。
五階層ごとに、転移装置があるとギルドで聞いていた。
つまり、強い冒険者を、効率良く下層へ誘き寄せたい意図が、このダンジョンの設計者側にあるという事だ。
龍女ラズから情報を得た俺は、とりあえず、六階層へ至る階段へ向かった。
案内通り進み、巨大な扉を開けると、一際大きな空間が広がっている。
通称、ボス部屋と呼ばれる場所らしい。
部屋の至る所にデカい肉片が転がっている。
これは、ゴブリンロードと配下の死体だという。俺達が辿り着く前に、既に倒されていたらしい。近付くと塵となって消えていった。
このダンジョンでは、魔物が定期的に再発生する。それは、ボスであっても例外では無く、だいたい一日周期で復活するらしい。
ボス部屋では、ボスモンスターだけでなく、レア物が出る宝箱も出現する。
つまり、低階層のボス、もとい宝箱は、早い者勝ちの取り合いとなる事が多い。
主の居ない部屋を抜けると、下へ続く石階段があった。
明るく照らしてみても、数段先しか見えず、周囲は暗闇に包まれている。
ゆっくりと歩を進めると、石壁に囲まれた大きな部屋に到着した。
何組かの冒険者達が、部屋の隅で休憩したり、雑談したりしている。
この部屋は、魔物が入ってこれないセーフティーエリアだ。
部屋中央には、水晶が嵌め込まれた大きな石板がある。恐らくこの部屋自体が転移装置なのだろう。
そして、今まさに、四人組の銀等級パーティが魔法陣と共に、転移してきた。
なるほど、このダンジョンは王侯貴族など関係なく、平民でも自由に転移できる数少ない場所なのだ。
さて、俺も一旦転移で帰るとしよう。
次回は、ここ六階層からスタートだ。
————————
ダンジョンから出ると、夕陽が沈む時間帯になっていた。
魔法を一切使わずに、この男の実力のみでの活動は、思った以上に時間を浪費していたようだ。
もちろん、魔法が使えない訳では無い。
魔法を使わない事で、自分自身の実力を底上げする目的だ。
こいつに一体どんなこだわりがあったのかは知らないが、装備品がお粗末過ぎる。
鉄の剣、軽鉄の鎧、小手、脛当てといった全身鉄三昧。
銀等級に見合った装備を買いに、武具屋へ足を運んだ。
————シンプソン工房
商店街の中でも、一際大きな武具屋があったので、店内へと入ってみた。
吹き抜けのエントランスに大きな階段があり、一目で三階建て構造だと分かる。
一階は道具類、二階は防具、三階は武器と分類されていた。
まるで武具のデパートだ。
店内に客は多く、まさに大盛況といったところか。
とりあえず、ぶらぶらと店内を彷徨いてみると、コミカルな絵柄の魔物にナイフが突き刺さっている貼り紙を見つけた。
シンプソンナイフの宣伝だ。
刺す事で神経系の毒が体内に入る仕掛けナイフらしい。
「いやぁ、お目が高い!こちらのナイフをご所望ですか?」
ひょろりと痩せこけた長身の男が話しかけてきた。隈の深い陰気な目付きをしている。
「いや、見てただけだ」
「わたくし、ここの店長でシンプソンと申します。このシンプソンナイフの生みの親でございます。少々、お時間を頂いてよろしいですか?」
半ば強引な形で、店長に捕まってしまったようだ。
「このナイフには、小型の投げナイフから中型のショートソードまで、長さはかなり幅広く揃えてあります。
剣技を磨き、正々堂々と戦う正統派な戦士職の方々には、こういった邪道な仕掛けナイフは、いまいち受けが悪いんですが、お客様のような斥候職の方々には大変好評いただいております」
「ほう、よく俺がスカウトだと分かったな」
「ありがとうございます。装備や体型で恐らくそうだろう、と。
さて、話を戻しますが、このナイフは、戦闘中にて、敵の時間を奪う事を目的としております」
「時間…………」
「戦闘時において、ほんの一秒の差で、一秒の隙で命を落とす、なんて事は当たり前のようにあります。
敵を一秒麻痺させれば、その間に出来る事は山のようにあります。
まさに一秒、時を止める。そんなコンセプトで作り上げた作品でございます」
時を止める。そのキーワードに反応してしまった。
「ショートソードもあるのか」
「ええ、ございます。さ、こちらへどうぞ」
…………買ってしまった。
ショートソードと、投げナイフ五本、あと詰め替え用の毒瓶一本。計二十万ゴールド。
全財産の殆どが飛んだ。
「ティム様、ありがとうございました」
商売人の恐ろしさを学ばせていただいた。
————————
夜、俺の歓迎会が行われるという事で、【大鷲のギルド】というレストランへと赴く。
既に店内は多くの客で賑わっている。どうやら貸し切りでは無さそうだ。
銀等級程度の昇級祝いならば仕方ない事だろう。
むしろ、パーティを開いてもらえるだけでもありがたいと思うべき、か。
「あの、ティムさん…………」
入店しようとした矢先、女性の声に呼び止められる。
その声の出どころを探すと、店前の植え込みからひょっこり顔を出す、不安そうな顔をした女の子がいた。
青と白を基調とした腕章を身に付けている事から、同じクランだと分かる。銅等級という事も。
「なんだ?……いや、どうしたの?」
ついつい、強い口調なってしまったので、すぐ優しい口調に訂正しておく。
ティムは、好青年なのだ。笑顔も添えておこう。
すると、その女の子はたちまち笑顔になり、背後へ目配せすると、計五人の女性銅等級冒険者がパタパタと飛び出してきた。
「あのっ、ティムさん!昇級……」
「「おめでとうございますっ!」」
「もし良かったらなんですが、お祝いご一緒してもいいですかぁ?」
なんという事だ。こんな可愛い子達が、目を輝かせて俺に迫ってきているっ!
この顔、やはり、女子受けがいいっ!
どうやら女慣れしてないティムは、今まで女を遠ざけていたみたいだな。
しかし、今の俺は違う。
このチャンス逃しませんよっ!
「ありがとう!こんな可愛い子達に祝ってもらえるなんて凄く嬉しいよ」
きゃあきゃあと黄色い声が上がる。片腕に二人ずつ絡みつき、一人が俺の腹に抱きついてきた。
俺自身、身長が然程高くないので、歩くのも一苦労だ。これがモテ男の領域か!
とりあえず、クランマスター(男性)に見られるのは良くないので、彼女達とは節度ある距離感を保ちつつ、レストランの中へと入った。
「へぇ、君が女性団員と仲良くしてるところを初めて見たよ。僕は、てっきり女性が苦手なのだとばかり思っていた」
クランマスターが微笑みながら、俺に話しかけてきた。上から目線の物言いではあるが、悪意は一切感じない。
ティムは女性が苦手だったのか?
何と応えたらティムらしい?
「祝ってくれる方を邪険には出来ませんから」
無難、いや、優等生っぽいか?
しかし、怪しまれるのだけは避けたい。
「うん、少し大人になったみたいだね。話し方も落ち着いている。銀等級になったからかな?
ティム、銀等級昇級おめでとう」
「おう!こりゃ、めでたい!」
「祝い酒だ!酒持ってこーい!」
クランマスターは拍手をして祝ってくれた。
テーブルでは、既に酔っている中年団員が、便乗して更に大騒ぎ。
「まぁ、うるさい奴らだが、祝いの席って事で許してやってよ。
あと、その子達のテーブルはすぐに用意させよう」
クランマスターは、後ろで控える秘書っぽい女性団員に指示を出すと、その女性はすぐに追加のテーブル席を確保し、料理や飲み物を用意させた。かなり出来る部下のようだ。
一応、俺が所属するクランの、トップの実力は如何程か見ておくか。
【解析】
ランパード
年齢:39
LV:65
HP:1870
MP:480
金等級冒険者に相応しい実力なんだろうが、危険地帯を攻略出来る力があるとは思えない。
銀等級の俺なんかに、評価されたくはないだろうが。
というか、俺より年下で、二十代半ばくらいだと思ってたら、まさか三十九歳だったとは。想像以上に若くてびっくりだ。
その後、マスターは、クランの規約をいくつか伝言し、仕事があると言って、帰っていった。
恐らく、今回の席も仕事の一環なのだ。
六階層より下層へ挑む場合、当クランメンバーは、四人以上のパーティを組まねばならない等の、計二十八項目ある誓約書にサインした。
どうやら、今までソロで活動していたティムへ、釘を刺しに来たのだろう。
だが、俺は違う。あんな怖い場所へ、一人で行こうとは思わない。
例え、足手まといであっても、誰かと一緒に行きたい。
なんなら、ここにいる銅等級の女子でもいい。
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男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
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