121 / 146
ジョンテ領・大広場
しおりを挟む
ジョンテ城にて、異変が起こっていた。
場所は、城門前の大広場。
城門といえば、以前ロナウドら革命軍が攻め込み、壊した事が記憶に新しい。
その後、城へ架かる橋の上で革命軍はテツオただ一人に迎撃されたのだが。
————城門前から大広場にかけて、数十体の死体が散乱していた。
大広場は、商店街や貴族居住区、そしてテツオリゾートへ繋がる主要道路の要所であり、いわばジョンテ城下街の中心であると言える。
祭典前日とあって、領民だけでなく、他領地の貴族や観光客、冒険者達が集まっていた。
ロナウド率いる領兵は、いち早く現場に駆け付け、規制を設け、人払いをしていたが、多過ぎる野次馬が波となって押し寄せたのだ。
死体の殆どが干からび、バラバラにされて原形を留めていない。
門扉に大きく書かれた血文字が、死体の正体を明らかにした。
————テツオに反逆したディビット卿、貴族、兵士、全て死罪に処す
血文字を読んだロナウドは、まさかと思い、注意深く現場検証し、そして、行方不明だったカルロスの首を見つけた。
兵士の死体も、かつての元部下のもので間違いない。
同じ時を過ごしたかつての仲間の変わり果てた姿だったが、不思議と悲しくは無かった。
もちろん、同情はする。
しかし、今の自分には、領兵としての仕事があり、領主の期待に応える責務があり、それらに誇りを持っている。
つまり、この街の秩序と平和を守る事こそが何よりも優先されるのだ。
私情を挟んでいる場合ではない。
ロナウドの的確な指揮と見事な手腕により、事態は収束に向かったかに見えた。
歌が聴こえてきた。
何処から現れたのか、声の良く通る吟遊詩人が大広場の噴水に座っている。
「サルサーレの飼い犬~、悪魔に操られ~地獄に堕ちる~。
めでたくジョンテ家を葬った~。
新しい飼い犬~、悪魔を操り~、地獄へ誘う~。
めでたくディビット家を葬った~。
偽りの冒険譚~、サルサーレが笑う~、悪魔が笑う~」
抽象的ではあるが、歌詞の内容が余りにも酷い。
ジョンテ領で代々暮らしてきた民の中には、ジョンテ家が長くサルサーレ家に従属してきた事実を知っている者も、僅かながら存在する。
それゆえに、今回の新領主誕生は、サルサーレの陰謀なのだと鵜呑みにする者が出てくるのは、ある意味仕方がない事なのかも知れない。
陰謀論者は、いつの世にも存在する。
この国における民衆の、一般的な情報伝達手段は、旅人や冒険者による口伝、各領地ごとに発行される新聞やビラ、そして、吟遊詩人の歌といった程度で、決して多くは無い。
日頃、情報の少ない領民にとって、吟遊詩人は娯楽でもあり、貴重な情報源でもあった。
領兵といえど、無闇に排除出来ないのである。
それでも、あまりに悪質な扇動は違法な行為として検挙する事は可能であり、今回もそれに該当すると判断したロナウドは、直ちに部下へ指示を出し、吟遊詩人を捉えようとした。が、その人物はうまく人混みに紛れながら、高らかに歌い続けた。
その身のこなしは、ロナウドですら舌を巻く程だった。
見せ物の様な捕物劇に、野次馬はますます増えていく。
「哀れ、ディビット~、サルサーレの悪魔に殺された~」
「何をやっている!早く捕まえるんだ!」
————————
「何が起こっているんだ?」
門内部の兵舎へ、ラウールと共に駆け付けたテツオは、覗き窓からの光景に辟易していた。
何故ここに、カルロスと兵士達の死体があるんだ?
それと、なんだあの吟遊詩人の歌は?
ジョンテ家はサルサーレの飼い犬だって?
こんなに街を発展させたのに、民衆はあんな歌であっさり影響されてしまうのか?
よく見ると、民衆の中には、護衛を連れた他領地の貴族達がいる。
この中に、このしょうもない騒ぎを起こした張本人がいるのかもしれない。
だが、その全てがどうでもよかった。
領主の仕事など、出来れば何もしたくない。
世界にはまだ見ぬ美女が多くいるのだから。
しばらくすると、現場から呼び戻されたロナウドが、慌ただしく兵舎へとやってきた。
「これはテツオ様!大事な時期に大変申し訳無く!」
スキンヘッドだった頃から少し髪の毛が伸びた頭を、ロナウドは深々と下げて謝った。
青い眼に金髪坊主は、イケメンぶりが加速する。
その横で、相変わらず寝不足からか疲れた顔をしたラウールが続けた。
「いよいよ明日に式典を迎えるというのに、何が起こってるんだ、ロナウド兵長?」
「はっ!まず、門前にて、反乱を起こした廃貴族ディビットと、その兵の遺体が多数遺棄されておりました。次いで、門扉に血文字を確認!
遺体の回収作業をしているところ、吟遊詩人めが怪しげな歌を歌い始めたので、部下へ捕縛命令を出した次第であります!」
「その程度か。反乱ならまだしも、君達に対処不能な事案では無いだろう。迅速に処理したまえ」
「ラウールさん、その程度かって言葉は良く無いですね。あの亡き骸の殆どが、ロナウド兵長の元部下だったのですから」
「なんと?あの遺体がジョンテ兵だったとは…………失言だった、ロナウド兵長。どうか許してくれ」
「助けてやれなかった事を、俺からも謝っておく。彼らと森で対峙した時には、既に悪魔の手にかかっていたんだ。すまない」
「そんな、おやめ下さい!彼らはディビットに加担した反乱者達であり、お二方が私に謝る道理は全くございません!」
ロナウドは激しく両手を振って、慌てふためいた。
ラウールの物言いに棘があるのは、激務を押し付けている俺のせいだろう。
「ともかく、貴族達が次々と集まってくる時に、あの歌の内容は悪印象を与えてしまう。直ちに止めるべきだ」
「私が出ましょうか?」
前みたいに、使い魔に襲わせる手を使ってもいいしな。
「いけません。
わざわざ領主が出ては、流言飛語を鵜呑みにする者が出てしまいます。
街の治安を守るのは、兵の務め。このままロナウドに任せましょう」
確かに。今日は金持ちの貴族や名うての冒険者が多い。
悪魔が簡単に跋扈するような街では、冒険者が暴れ、貴族が逃げる、か。
「では、私は戻ります」
ロナウドが急ぎ部屋から出て行ったのを見計らい、ラウールは頭を抱え、溜息を付く。
彼の疲労度がピークに達しているのは分かっていたが、俺はどうしても気になる一つの疑問を投げかけた。
「ラウールさん、吟遊詩人が歌っていたサルサーレの飼い犬とは、どういった意味ですか?」
ラウールは申し訳なさ気に軽く咳払いをした後、ゆっくりと説明を始めた。
「遅くなりましたが、お教え致しましょう。
ボルストン建国前の話になりますが、ジョンテ家はサルサーレ家の隷属だったのです。
私の名誉の為に申し上げますが、決してこの事を隠蔽していた訳では御座いません。
戦後、ボルストン国の七領として、サルサーレ家はジョンテ家へ対等の立場を貫き、長年に渡り、良好な関係を築いてきました。
この事実を知るのは、今では一握りの王侯貴族か歴史家ぐらいでしょう」
「そうですか。サルサーレ9世は何も教えてくれなかった」
「わざわざ教える必要がなかったからですよ、テツオ様」
空いていた扉から、アデリッサがひょっこり顔を覗かせた。
サルサーレ9世の愛娘だ。
「キチンと扉を閉めておきませんと、誰が聞いているか分かりませんよぉ?テツオ様」
アデリッサは軽い足取りで、テツオの腕に抱きつくと、小悪魔的な笑顔を向けた。
今日はやたらと積極的な気がする。
「お忘れですか?お父様は、テツオ様に公爵位を譲ろうとされてました」
「えっ!」
ラウールが大きく驚く。
「つまりお父様は、私をサルサーレ領ごと全てテツオ様に譲ろうとしていたのです」
「ハハハ、それなら何も心配する事は無いではありませんか!」
そうだった。冒険者である俺にまだ結婚する気はないと断ったんだっけ。
さっさと話題を変えよう。
「それより、吟遊詩人はどうなった?」
「ロナウド自ら捕縛に向かっていますが、なかなか難しいようですな」
ロナウドの実力は、銀等級冒険者で例えるならかなり上の方だ。
あの吟遊詩人の身のこなしが並じゃ無い事になる。
だが、ロナウドは頭の切れる男だ。
兵士を人混みに紛れさせながら、大広場中央にある噴水へうまく誘導し、吟遊詩人を円陣にて取り囲む事に成功していた。
「さぁ、追い詰めたぞ。大人しく縄に付け」
「おおっ!さすがはロナウド兵長!」
窓前でラウールがださいガッツポーズを繰り出し、それが邪魔で外の様子が良く見えない。
「歌は~、自由~、ラララ~」
跳躍。
謎の吟遊詩人は、噴水の女神像に飛び移り、手に持ったリュートをポロロンと鳴らすと、より高く飛んだ。
花屋のベランダ、そして屋根へと、あっという間に到達した。
領兵の包囲網からの脱出劇に、民衆は拍手喝采で盛り上がっている。
「これじゃ、我々がコケにされているようなものだぞ!」
ガッツポーズで振り上げた拳をわなわなと震えさせた後、ラウールはそのまま振り下ろしテーブルを叩いた。
落胆する彼を強く押し除け、アデリッサを優しく引き剥がし、窓の外を覗く。
なんか、聞いた事のある声がしたような?
「なんだよ。盛り上がってると思って来てみたらよぉ。しょうもねぇ歌、聴かせやがって」
「ホントだねー、バトっちゃう団長?」
「またそうやって、いきなり暴れたりしたら~、テツオサンに迷惑かかるっしょ~?」
「では、ここは私が参りましょう」
この四人は、見覚えがある。
その一人、渋いおっさんが前に出た瞬間、屋根の上で、吟遊詩人がいきなり縄に縛られ、もがいている。
俺の認識では、空間にいきなり具現化した輪っかが吟遊詩人を拘束し、アンリの投げた縄と後から繋がったように見えた。イカサマみたいな技だ。
物理と魔法を合わせた優れた技術というべきか。
「よーし、アンリ引き摺り落とせ!ぶん殴ってやる!」
周囲がざわつき始め、貴族の一人が声を張り上げた。
「お、思い出したぞ!こいつら、プレルス領のトップクラン【深淵の監視者】だ!」
「何だって?あの狂犬セリーナがジョンテに来たってのか?」
「何しに来たんだ!噂通りなら祭典が壊されるぞ!」
「メチャクチャだ。ジョンテ領はもう終わった」
おいおい、それどんな噂だよ。
それにしても、セリーナ達本当にジョンテまで来たのか。本気で俺の配下になるつもりだったのか?
「フフフ、相変わらず団長の印象ってどこ行ってもサイアクだよねー」
「うるせーな!おいアンリ、早くしろ!」
「其れが、存外、手強き状況にて…………ぐぐっ」
アンリは綱引きの如く腰を入れ、足を踏ん張り、全力で引っ張っていたが、吟遊詩人は縛られたまま、何食わぬ顔で歌い続けていた。
「ラララ~、牙の折れた狂犬~、新しい飼い主に尻尾振る~、乙女となって~、腰を振る~、アララ~、ラァ~!」
「野郎!ブッ殺してやる!」
セリーナが縄の上に飛び乗ると、吟遊詩人へ向けて一直線に駆け上がった。
仲間二人も同じように後に続く。
不安定な細い縄の上を軽々移動するとは、とんでもない身体能力である。
民衆はその超絶技巧を讃え、無責任に、歓声を送った。
所詮、野次馬とはそういうものなのだ。
「よぉーし、ぶん殴ってやるからな!歯ぁ食いしばれぇ!」
ものの数秒で屋根へ到達したセリーナは、身動きの取れない吟遊詩人の顔目掛け、拳を繰り出した。
「それ死ぬって~!団長~」
若い兄ちゃん団員が手で目を覆う。
だが、とてつもない速度で放たれた拳は空振りに終わり、セリーナは勢い余って身体ごと屋根にめり込んだ。
「今の避けるってマジ?どこ消えた?【索敵】【索敵】」
少女団員が周囲をキョロキョロ見渡すが、完全に見失っている。
しかし、アンリやロナウド、領兵、民衆といった下から見上げていた者達には、吟遊詩人がどこに行ったのかはっきりと分かっていた。
「上空ですぞ!」
建物の遥か上に人が浮いている。
浮遊魔法に精通している者であれば、不可能では無い。
だが、吟遊詩人の背中には、黒き羽根が生えていた。
それは悪魔の如く羽ばたきながら、上機嫌で歌っている。
「ラララ~、我はジョンテの悪魔~、貴族を殺せと命じられ~、馬鹿な民ごと~灰に帰す~」
吟遊詩人の正体は————、悪魔だった。
空中に赤く光る魔法陣が連続で八つ浮かび上がり、禍々しい闇の気が放出され、その魔人の体内へ取り込まれていく。
次いで、悪魔が手を掲げると、炎球が出現し、しゅるしゅると音を立てながら巨大化していった。
その間、僅か十数秒。
大広場へ影が落ちる。辺りは徐々に暗くなっていく。
太陽光を遮るほど膨れ上がった大炎球。
肌をひりつく程の熱量に、民衆達は、その時点でようやく危機的状況にある事を自覚したのだ。
「まずい!逃げるんだー!」
ロナウドが叫ぶより前に、大広場は一瞬で騒乱状態に陥った。
我先にと人を押し除け逃げ出す者。
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない者。
貴族の護衛を務める金等級冒険者の中には逃げ出す者もいた。
「くそっ、死人が出ちまう。
魔法が使える奴は今すぐ障壁を張れー!」
喧騒の中、女性の大声が響き渡る。
ロナウドはその声を聞いて、不思議と気持ちが強くなっていくような感じがした。
セリーナという冒険者が屋根の上で叫んでいるのが分かる。
なんだろう、この力強い声を聞いていると、まるで鼓舞されているかのようだ。
そうだ、諦める訳にいかない。
私は民を守る為にここにいるのだから。
「領民!助かりたければ伏せてろ!」
あれだけ混乱していた民衆が、女傑セリーナのたった一言に統制されたというのか、その場へ迅速に屈み始めた。
「障壁を急げ!何でもいい!抵抗しろ!」
既に詠唱に入っている冒険者達がいる。
魔導具を取り出し、空へ掲げる貴族達がいる。
色とりどりの魔法障壁が、民の頭上へ次々と展開されていく。
国中の実力者が、今このジョンテ領へ大勢集まっている!
その誰もが、生命を一つでも救うべく、決死の行動を起こしているのだ!
街ごと消し炭にする威力をもつ大炎球が迫ろうというこの時、私は人間の生きる意思を、意地を、実感していた!
決して諦めてはいけないんだ!
「無駄な悪足掻き~、ラララ~、馬鹿は死ぬべき~!」
圧倒的な熱量が、巨大な黒炎が、遂に悪魔の手を離れ、轟音という絶望の歌を乗せて落下を開始した。
場所は、城門前の大広場。
城門といえば、以前ロナウドら革命軍が攻め込み、壊した事が記憶に新しい。
その後、城へ架かる橋の上で革命軍はテツオただ一人に迎撃されたのだが。
————城門前から大広場にかけて、数十体の死体が散乱していた。
大広場は、商店街や貴族居住区、そしてテツオリゾートへ繋がる主要道路の要所であり、いわばジョンテ城下街の中心であると言える。
祭典前日とあって、領民だけでなく、他領地の貴族や観光客、冒険者達が集まっていた。
ロナウド率いる領兵は、いち早く現場に駆け付け、規制を設け、人払いをしていたが、多過ぎる野次馬が波となって押し寄せたのだ。
死体の殆どが干からび、バラバラにされて原形を留めていない。
門扉に大きく書かれた血文字が、死体の正体を明らかにした。
————テツオに反逆したディビット卿、貴族、兵士、全て死罪に処す
血文字を読んだロナウドは、まさかと思い、注意深く現場検証し、そして、行方不明だったカルロスの首を見つけた。
兵士の死体も、かつての元部下のもので間違いない。
同じ時を過ごしたかつての仲間の変わり果てた姿だったが、不思議と悲しくは無かった。
もちろん、同情はする。
しかし、今の自分には、領兵としての仕事があり、領主の期待に応える責務があり、それらに誇りを持っている。
つまり、この街の秩序と平和を守る事こそが何よりも優先されるのだ。
私情を挟んでいる場合ではない。
ロナウドの的確な指揮と見事な手腕により、事態は収束に向かったかに見えた。
歌が聴こえてきた。
何処から現れたのか、声の良く通る吟遊詩人が大広場の噴水に座っている。
「サルサーレの飼い犬~、悪魔に操られ~地獄に堕ちる~。
めでたくジョンテ家を葬った~。
新しい飼い犬~、悪魔を操り~、地獄へ誘う~。
めでたくディビット家を葬った~。
偽りの冒険譚~、サルサーレが笑う~、悪魔が笑う~」
抽象的ではあるが、歌詞の内容が余りにも酷い。
ジョンテ領で代々暮らしてきた民の中には、ジョンテ家が長くサルサーレ家に従属してきた事実を知っている者も、僅かながら存在する。
それゆえに、今回の新領主誕生は、サルサーレの陰謀なのだと鵜呑みにする者が出てくるのは、ある意味仕方がない事なのかも知れない。
陰謀論者は、いつの世にも存在する。
この国における民衆の、一般的な情報伝達手段は、旅人や冒険者による口伝、各領地ごとに発行される新聞やビラ、そして、吟遊詩人の歌といった程度で、決して多くは無い。
日頃、情報の少ない領民にとって、吟遊詩人は娯楽でもあり、貴重な情報源でもあった。
領兵といえど、無闇に排除出来ないのである。
それでも、あまりに悪質な扇動は違法な行為として検挙する事は可能であり、今回もそれに該当すると判断したロナウドは、直ちに部下へ指示を出し、吟遊詩人を捉えようとした。が、その人物はうまく人混みに紛れながら、高らかに歌い続けた。
その身のこなしは、ロナウドですら舌を巻く程だった。
見せ物の様な捕物劇に、野次馬はますます増えていく。
「哀れ、ディビット~、サルサーレの悪魔に殺された~」
「何をやっている!早く捕まえるんだ!」
————————
「何が起こっているんだ?」
門内部の兵舎へ、ラウールと共に駆け付けたテツオは、覗き窓からの光景に辟易していた。
何故ここに、カルロスと兵士達の死体があるんだ?
それと、なんだあの吟遊詩人の歌は?
ジョンテ家はサルサーレの飼い犬だって?
こんなに街を発展させたのに、民衆はあんな歌であっさり影響されてしまうのか?
よく見ると、民衆の中には、護衛を連れた他領地の貴族達がいる。
この中に、このしょうもない騒ぎを起こした張本人がいるのかもしれない。
だが、その全てがどうでもよかった。
領主の仕事など、出来れば何もしたくない。
世界にはまだ見ぬ美女が多くいるのだから。
しばらくすると、現場から呼び戻されたロナウドが、慌ただしく兵舎へとやってきた。
「これはテツオ様!大事な時期に大変申し訳無く!」
スキンヘッドだった頃から少し髪の毛が伸びた頭を、ロナウドは深々と下げて謝った。
青い眼に金髪坊主は、イケメンぶりが加速する。
その横で、相変わらず寝不足からか疲れた顔をしたラウールが続けた。
「いよいよ明日に式典を迎えるというのに、何が起こってるんだ、ロナウド兵長?」
「はっ!まず、門前にて、反乱を起こした廃貴族ディビットと、その兵の遺体が多数遺棄されておりました。次いで、門扉に血文字を確認!
遺体の回収作業をしているところ、吟遊詩人めが怪しげな歌を歌い始めたので、部下へ捕縛命令を出した次第であります!」
「その程度か。反乱ならまだしも、君達に対処不能な事案では無いだろう。迅速に処理したまえ」
「ラウールさん、その程度かって言葉は良く無いですね。あの亡き骸の殆どが、ロナウド兵長の元部下だったのですから」
「なんと?あの遺体がジョンテ兵だったとは…………失言だった、ロナウド兵長。どうか許してくれ」
「助けてやれなかった事を、俺からも謝っておく。彼らと森で対峙した時には、既に悪魔の手にかかっていたんだ。すまない」
「そんな、おやめ下さい!彼らはディビットに加担した反乱者達であり、お二方が私に謝る道理は全くございません!」
ロナウドは激しく両手を振って、慌てふためいた。
ラウールの物言いに棘があるのは、激務を押し付けている俺のせいだろう。
「ともかく、貴族達が次々と集まってくる時に、あの歌の内容は悪印象を与えてしまう。直ちに止めるべきだ」
「私が出ましょうか?」
前みたいに、使い魔に襲わせる手を使ってもいいしな。
「いけません。
わざわざ領主が出ては、流言飛語を鵜呑みにする者が出てしまいます。
街の治安を守るのは、兵の務め。このままロナウドに任せましょう」
確かに。今日は金持ちの貴族や名うての冒険者が多い。
悪魔が簡単に跋扈するような街では、冒険者が暴れ、貴族が逃げる、か。
「では、私は戻ります」
ロナウドが急ぎ部屋から出て行ったのを見計らい、ラウールは頭を抱え、溜息を付く。
彼の疲労度がピークに達しているのは分かっていたが、俺はどうしても気になる一つの疑問を投げかけた。
「ラウールさん、吟遊詩人が歌っていたサルサーレの飼い犬とは、どういった意味ですか?」
ラウールは申し訳なさ気に軽く咳払いをした後、ゆっくりと説明を始めた。
「遅くなりましたが、お教え致しましょう。
ボルストン建国前の話になりますが、ジョンテ家はサルサーレ家の隷属だったのです。
私の名誉の為に申し上げますが、決してこの事を隠蔽していた訳では御座いません。
戦後、ボルストン国の七領として、サルサーレ家はジョンテ家へ対等の立場を貫き、長年に渡り、良好な関係を築いてきました。
この事実を知るのは、今では一握りの王侯貴族か歴史家ぐらいでしょう」
「そうですか。サルサーレ9世は何も教えてくれなかった」
「わざわざ教える必要がなかったからですよ、テツオ様」
空いていた扉から、アデリッサがひょっこり顔を覗かせた。
サルサーレ9世の愛娘だ。
「キチンと扉を閉めておきませんと、誰が聞いているか分かりませんよぉ?テツオ様」
アデリッサは軽い足取りで、テツオの腕に抱きつくと、小悪魔的な笑顔を向けた。
今日はやたらと積極的な気がする。
「お忘れですか?お父様は、テツオ様に公爵位を譲ろうとされてました」
「えっ!」
ラウールが大きく驚く。
「つまりお父様は、私をサルサーレ領ごと全てテツオ様に譲ろうとしていたのです」
「ハハハ、それなら何も心配する事は無いではありませんか!」
そうだった。冒険者である俺にまだ結婚する気はないと断ったんだっけ。
さっさと話題を変えよう。
「それより、吟遊詩人はどうなった?」
「ロナウド自ら捕縛に向かっていますが、なかなか難しいようですな」
ロナウドの実力は、銀等級冒険者で例えるならかなり上の方だ。
あの吟遊詩人の身のこなしが並じゃ無い事になる。
だが、ロナウドは頭の切れる男だ。
兵士を人混みに紛れさせながら、大広場中央にある噴水へうまく誘導し、吟遊詩人を円陣にて取り囲む事に成功していた。
「さぁ、追い詰めたぞ。大人しく縄に付け」
「おおっ!さすがはロナウド兵長!」
窓前でラウールがださいガッツポーズを繰り出し、それが邪魔で外の様子が良く見えない。
「歌は~、自由~、ラララ~」
跳躍。
謎の吟遊詩人は、噴水の女神像に飛び移り、手に持ったリュートをポロロンと鳴らすと、より高く飛んだ。
花屋のベランダ、そして屋根へと、あっという間に到達した。
領兵の包囲網からの脱出劇に、民衆は拍手喝采で盛り上がっている。
「これじゃ、我々がコケにされているようなものだぞ!」
ガッツポーズで振り上げた拳をわなわなと震えさせた後、ラウールはそのまま振り下ろしテーブルを叩いた。
落胆する彼を強く押し除け、アデリッサを優しく引き剥がし、窓の外を覗く。
なんか、聞いた事のある声がしたような?
「なんだよ。盛り上がってると思って来てみたらよぉ。しょうもねぇ歌、聴かせやがって」
「ホントだねー、バトっちゃう団長?」
「またそうやって、いきなり暴れたりしたら~、テツオサンに迷惑かかるっしょ~?」
「では、ここは私が参りましょう」
この四人は、見覚えがある。
その一人、渋いおっさんが前に出た瞬間、屋根の上で、吟遊詩人がいきなり縄に縛られ、もがいている。
俺の認識では、空間にいきなり具現化した輪っかが吟遊詩人を拘束し、アンリの投げた縄と後から繋がったように見えた。イカサマみたいな技だ。
物理と魔法を合わせた優れた技術というべきか。
「よーし、アンリ引き摺り落とせ!ぶん殴ってやる!」
周囲がざわつき始め、貴族の一人が声を張り上げた。
「お、思い出したぞ!こいつら、プレルス領のトップクラン【深淵の監視者】だ!」
「何だって?あの狂犬セリーナがジョンテに来たってのか?」
「何しに来たんだ!噂通りなら祭典が壊されるぞ!」
「メチャクチャだ。ジョンテ領はもう終わった」
おいおい、それどんな噂だよ。
それにしても、セリーナ達本当にジョンテまで来たのか。本気で俺の配下になるつもりだったのか?
「フフフ、相変わらず団長の印象ってどこ行ってもサイアクだよねー」
「うるせーな!おいアンリ、早くしろ!」
「其れが、存外、手強き状況にて…………ぐぐっ」
アンリは綱引きの如く腰を入れ、足を踏ん張り、全力で引っ張っていたが、吟遊詩人は縛られたまま、何食わぬ顔で歌い続けていた。
「ラララ~、牙の折れた狂犬~、新しい飼い主に尻尾振る~、乙女となって~、腰を振る~、アララ~、ラァ~!」
「野郎!ブッ殺してやる!」
セリーナが縄の上に飛び乗ると、吟遊詩人へ向けて一直線に駆け上がった。
仲間二人も同じように後に続く。
不安定な細い縄の上を軽々移動するとは、とんでもない身体能力である。
民衆はその超絶技巧を讃え、無責任に、歓声を送った。
所詮、野次馬とはそういうものなのだ。
「よぉーし、ぶん殴ってやるからな!歯ぁ食いしばれぇ!」
ものの数秒で屋根へ到達したセリーナは、身動きの取れない吟遊詩人の顔目掛け、拳を繰り出した。
「それ死ぬって~!団長~」
若い兄ちゃん団員が手で目を覆う。
だが、とてつもない速度で放たれた拳は空振りに終わり、セリーナは勢い余って身体ごと屋根にめり込んだ。
「今の避けるってマジ?どこ消えた?【索敵】【索敵】」
少女団員が周囲をキョロキョロ見渡すが、完全に見失っている。
しかし、アンリやロナウド、領兵、民衆といった下から見上げていた者達には、吟遊詩人がどこに行ったのかはっきりと分かっていた。
「上空ですぞ!」
建物の遥か上に人が浮いている。
浮遊魔法に精通している者であれば、不可能では無い。
だが、吟遊詩人の背中には、黒き羽根が生えていた。
それは悪魔の如く羽ばたきながら、上機嫌で歌っている。
「ラララ~、我はジョンテの悪魔~、貴族を殺せと命じられ~、馬鹿な民ごと~灰に帰す~」
吟遊詩人の正体は————、悪魔だった。
空中に赤く光る魔法陣が連続で八つ浮かび上がり、禍々しい闇の気が放出され、その魔人の体内へ取り込まれていく。
次いで、悪魔が手を掲げると、炎球が出現し、しゅるしゅると音を立てながら巨大化していった。
その間、僅か十数秒。
大広場へ影が落ちる。辺りは徐々に暗くなっていく。
太陽光を遮るほど膨れ上がった大炎球。
肌をひりつく程の熱量に、民衆達は、その時点でようやく危機的状況にある事を自覚したのだ。
「まずい!逃げるんだー!」
ロナウドが叫ぶより前に、大広場は一瞬で騒乱状態に陥った。
我先にと人を押し除け逃げ出す者。
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない者。
貴族の護衛を務める金等級冒険者の中には逃げ出す者もいた。
「くそっ、死人が出ちまう。
魔法が使える奴は今すぐ障壁を張れー!」
喧騒の中、女性の大声が響き渡る。
ロナウドはその声を聞いて、不思議と気持ちが強くなっていくような感じがした。
セリーナという冒険者が屋根の上で叫んでいるのが分かる。
なんだろう、この力強い声を聞いていると、まるで鼓舞されているかのようだ。
そうだ、諦める訳にいかない。
私は民を守る為にここにいるのだから。
「領民!助かりたければ伏せてろ!」
あれだけ混乱していた民衆が、女傑セリーナのたった一言に統制されたというのか、その場へ迅速に屈み始めた。
「障壁を急げ!何でもいい!抵抗しろ!」
既に詠唱に入っている冒険者達がいる。
魔導具を取り出し、空へ掲げる貴族達がいる。
色とりどりの魔法障壁が、民の頭上へ次々と展開されていく。
国中の実力者が、今このジョンテ領へ大勢集まっている!
その誰もが、生命を一つでも救うべく、決死の行動を起こしているのだ!
街ごと消し炭にする威力をもつ大炎球が迫ろうというこの時、私は人間の生きる意思を、意地を、実感していた!
決して諦めてはいけないんだ!
「無駄な悪足掻き~、ラララ~、馬鹿は死ぬべき~!」
圧倒的な熱量が、巨大な黒炎が、遂に悪魔の手を離れ、轟音という絶望の歌を乗せて落下を開始した。
0
お気に入りに追加
476
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます
neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。
松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。
ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。
PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる