時間を戻して異世界最凶ハーレムライフ

葛葉レイ

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東の森③

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 ソニアら【北の盾ノールブークリエ】の団員達の前では、激しい戦闘が繰り広げられていた。

 闘っているのは、既に変異体と化したジョノニクス二頭。

 本来、同族で争う事は滅多に無いのだが、変異体となった事で狂暴性が増し、互いに見分けが付かない状態になっている。
 そもそも、魔石の作用で魔獣へと近付いてしまった変異体では、同族であっても認識すら出来ない。

 そこにあるのはもはや本能だけ。
 森の王は自分なのだと証明する為、挑んでくる敵をひたすら倒し続ける。

 魔獣化は、生物にとって救いの無い悲劇でしかないのだ。


 今回、【北の盾ノールブークリエ】から二十人が、遠征メンバーとして選ばれた。
 東の森の入口二ヶ所に、中継地点としてキャンプが設営され、北口に七人、南口に七人配置された。
 そして北ルートから団長率いる第一小隊がアタックしていたのだ。

 戦士ソニアとヴァーディ、剣士リヤド、槍士カンテ。
 そこにスーレの村から帰還した、斥候ダニーと戦士アンディを新加入とする計六名が、スタメンに選ばれた。

 斥候スカウトが得意とする【隠密ステルス 】は、技能スキルであって魔法ではない。
 ダニーは、そのスキルで森に入った団員達を、恐竜の知覚から見事に外していた。

 明らかに異常な強さを見せる、変異体の恐竜二頭。
 木々を薙ぎ倒し、岩をも崩す破壊力。
 二頭の周囲は、戦いによって整地され、土俵の様に丸い戦場が出来上がっていた。
 擬態は、同族に効果無し。
 真っ向勝負で体力を削りあう。
 最後は互いの喉元に噛み付き、やはりというか巨躯の変異体が生き残った。
 勝負ありだ。

 傷付き疲労したその巨躯の恐竜は、倒した同胞の亡骸を、自身の回復の為に食べようとしている。
 そんな事をさせる訳にはいかない。
 倒すなら傷付き消耗している今だ。
 彼らは、片目が傷付いたジョノニクスを隻眼と呼称し、行動を開始する。

 いよいよ戦闘だ。
 ソニアが全員の顔を見渡す。
 ヴァーディは不敵な笑みを浮かべ、リヤドとカンテは顔を引き締め集中している。
 いつも通りだ。
 新スタメンのダニーとアンディは、やはり緊張した面持ちだが、それでも銀等級シルバーなのだから慣れてもらうしかない。

「よし、行くぞ」

 身を潜めていたソニア達が一斉に、ガラ空きの背中へ槍を投げつける。
 突如、六本の槍が背中に刺さり、驚くジョノニクスは、雄叫びを上げて振り返った。

盾役タンク前へ!」

 司令塔のリヤドの指示で、ソニアとアンディが盾を構え、前衛へと繰り出す。
 そこへ後衛のカンテが、隻眼目掛けて挑発効果のあるカンテ特製調合薬、通称ヘイトボールを投げ付けた。
 それは隻眼の顔に見事当たり、その瓶が割れると、中身の液体が気化し煙が巻き起こる。
 カンテが複数の植物を調合し、敵の攻撃対象になり易くなる効果がある薬品を作り出したのだ。
 これにより、隻眼の目にはカンテしか映っていない。

「こっちこっちィ!
 こっちだノロマ!」

 更に隻眼を挑発し、ヘイトを集めるカンテ。
 怒りにより二足で立ち上がるジョノニクスを、盾で抑え込むソニアとアンディ。

「くっ、なんて力なんだ!こいつはぁ」

「アンディ、敵が脚を上げたタイミングを見計らって押し込むんだ!」

 ソニアがアンディを指導する様に指示を出す。
 鍛える為に遠征に連れてきたのだ。

 ソニアがうまく盾で受け流す。
 隻眼がバランスを崩したタイミングで、斥候ダニーが後衛からナイフ投げを行う。

「ダニーやるな!
 シンプソン・ディレイか!」


 —シンプソンダガー—

 シンプソン工房が作り出した毒が通常よりも早く作用する画期的な仕込みナイフ。
 それを斥候スカウト独自の技能スキル【ディレイスロウ】と組み合わせる事により、敵の動きを二倍以上遅延ディレイする技。
 これが冒険者の間では、【シンプソン・ディレイ】と呼ばれ、工房の知名度を一気に高める要因となった。

 動きを制限したところへ、後ろ脚目掛け、カンテが槍で薙ぎ斬り、ヴァーディが両手剣で溜め攻撃チャージを食らわす。
 更に、ソニアとアンディがタイミングを合わせ、盾の同時攻撃を当て隻眼を吹き飛ばした。
 盾技能スキルノックバックだ。

 隻眼は混乱している。
 自分より半分しかない小さな人間相手に、何故何も出来ないのか?
 噛もうとすると、硬いたてが邪魔をする。
 爪で裂いてやろうと振りかぶると、身体が倒れる。
 何故だ?

 ただ、本能で動くだけの、知能の低い恐竜ジョノニクスが、疑問を持つ。
 つまり、思考しているのだ。
 いくつも魔石を体内に取り入れた事で、その小さな脳が刺激されたのだろうか。

「次、来るぞ!」

 ジョノニクスが噛み付きを行うときは、前脚を着いて、僅かに溜めを作る癖がある。
 そのパターンを読んだリヤドが、アンディに溜めを崩す様、指示を出した。

 この戦いにおいて、前衛の役割は大きい。
 前へ出る圧力は、同じく盾役タンクのソニアが、抑え込んでいる。
 アンディの役割は、攻撃の初動を封じ、敵の強攻撃を軒並み潰す事だ。

 だが、隻眼はアンディの予想とは、全く違う動きをする。
 ジョノニクスは、前脚の溜めを作らず、すぐに起き上がったのだ。
 パターンに無い動き。

「え?な、何だ?何でだ?」

 隻眼が、残った目でアンディを睨む。
 アンディは動けなくなった。
 まるで、笑った様に見えたのだ。

「止まるなアンディ!動けっ!」

 指示通り、愚直に動いていたアンディ。
 高いレベル帯では、臨機応変に対処する事が出来なかった。
 そして、敵は遥か太古からの続く生粋のハンター。
 弱い相手から削るのは、本能が知っている。

「カンテ、ダニー、ヘルプだ!」

 リヤドが叫ぶ!

「無理だ!」
「間に合いません!」

 それでも、ダニーとカンテは、隻眼に向かって投擲を行なっていた。
 手遅れだとしても。

 隻眼は右前脚でアンディを掴むと、その勢いのまま反転し、厚い体皮で投擲武器を弾き落とし、二人掛かりで辛うじて抑えていた尻尾の薙ぎ払いで、いともたやすくソニアを吹き飛ばした。
 後ろを向いた隻眼が、何やら頭を動かしているのが見える。
 グチャグチャと咀嚼する音が響く。
 まさか、食べている、のか?
 最悪を想定する団員達。
 頭に血がのぼったヴァーディが叫ぶ!

「背中見せてんじゃねぇぞ!
 コラァッ!」

 大斬撃!
 怒りで筋力が跳ね上がったのか、ヴァーディの大剣が硬い尻尾を根本から両断した!

「ギャギャァァ!」

 年輪の様な太い切断面から、血飛沫がほとばしる。
 隻眼は、自分の体長三分の一はある尻尾を失ったせいでバランスを崩し、掴んでいた獲物を地面に落とした。
 そのアンディを見て、団員達は絶句する。
 半身が無くなっていたのだ。

「カンテ、手当を!
 他はコイツにトドメだ!」

 尻尾を失った隻眼は、戦闘力も平衡感覚もガクンと落ち、出血が止まらず次第と弱っていく。
 ヴァーディが一人相手どり、手脚を次々と斬り落とした。

「アイツが作った隙のお陰だ」

「ギ……、ギィギィ」

 隻眼がヴァーディを見上げ、哀しげな声で鳴く。
 命乞いだろうか。
 眼からは涙が流れていた。

「なんなんだよッ!
 ちくしょおっ!」

 恐竜といえども、動物の一つ。
 痛ければ本能で涙を流す只の動物であり、魔物、魔獣とは決定的に構造が違うのだ。

 ヴァーディは、他にぶつけようのない怒りとやるせなさで、その場にへたり込んだ。

 リヤドはそれを見て、隻眼の脳天にズブリと剣を突き刺した。

「何やってんだヴァーディ。
 早く楽にしてやれ」

 カンテがアンディにハイポーションを飲ませ、範囲の広い傷口全てに鎮痛植物を擦り込み、魔獣セティラの皮できつく巻き付けた。
 右肩から腰に掛けて無くなっている。
 この応急処置でしばらくは保つだろうが、【回復魔法】を掛けねばいずれ死ぬ。
 この森で【回復魔法】が使えない以上、アンディを助ける為には、急いで森を出なければならない。

 どうするか、団員達が相談する。
 一度全員で撤退するか、二手に分かれるか。

「……殺して……くれ……」

 アンディが微かな声を絞り出す。

「喋るんじゃない!お前は助かる!
 体力を使うな!」

 リヤドがアンディを励ます。
 そして、ソニアがダニーに告げる。
 団長の発言は、決定事項だ。

「ダニー、アンディを連れてキャンプまで戻るんだ。
 治療班ヒーラーが待機している。
隠密ステルス 】があれば、無事戻れるだろう。
 急ぐんだ」

 ダニーが俯く。

「……分かりました。
 お役に立てず申し訳ないです」

 そう言い残すと、ダニーはアンディを抱え、来た道を戻っていった。
 今まで通ってきた道には木に傷を付けたりアイテムを使うなどの目印があるので迷う事はない。
 それでも、相棒の余りの体重の軽さに、ダニーの目からは涙が止まらず、道を何度も間違えそうになった。

 ダニーの姿が見えなくなると、リヤドが団長に頭を下げた。

「すいません、団長。
 明らかに俺の判断ミスでした」

「いや、お前のせいじゃねぇ。
 俺らと組むのはまだ早かったんだよ。
 アンディの旦那、ヌルい仕事してたせいで身体がなまりきってたぜ」

 ヴァーディがアンディの実力不足、鍛錬不足を指摘すると、カンテが反論しだした。
 これは、珍しい事だ。

「アンディさんは……、今回テツオさんの役に立ちたいと意気込んでいました。
 ……身体は仕上がってた。
 リヤドさんの言う通り、あの恐竜の動きが予測不能だっただけだ」

「なんだ小僧。
 俺の見立て違いだってのか?
 敵がどんな動きをしようが、素早く対応すんのが、俺ら冒険者だろうがよォ!」

 齢十は下の若手団員に突っ込まれ、ヴァーディはカンテに掴みかかろうとする。
 それを、ソニアは手を上げて制した。

「いい加減にしろ。
 我々は命を預けあうチームなんだ。
 誰か一人に責任がある訳じゃない。
 あの二人は、私が適任だと判断して同行させた。
 文句があるなら私に言え」

「ちっ、んな事ぁ分かってるよ。
 俺はただ……」

 リヤドがヴァーディの肩に手を置く。

「分かってるさ。
 カンテ、こいつはな」

「おい、やめろ」

「アンディの近くにいたのに助けてやれなくて悔しいだけなんだ。
 ただの八つ当たりだから気にするな」

 リヤドの斜め上な通訳で、カンテは合点がいった。
 攻撃的な発言をしたり、ややこしい性格をしているが、この目つきの鋭い男が仲間想いである事は全員周知の事実だからだ。
 そうだとしても…………

「わかりにくいですよ……」

 カンテは誰にも聞こえない声で呟いた。
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