浄化の巫女は裏切られたので隠居することにしました~気付けばもふもふな聖獣に囲まれたスローライフが始まりました~

チハキ

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3話

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「あ゛あ゛ぁぁ……」

 宿へ戻って来るなりベッドにダイブしたウラリアは、思い出したくもない貴族たちの顔を忘れ去ろうと枕に顔を埋めて奇声を上げる。
 体を触るようなあからさまな行為が無かっただけ良かったのかもしれないが、遠回しに性的な事をしつこく尋ねて来たり、長男の性器の大きさをアピールして来たあの一族には不快感しか無かった。
 
「お家帰りたい……」

 コツコツ貯めた資金で購入した屋敷へ最後に帰ったのは二週間前だ。
 年々瘴気の発生頻度が高くなった事で、聖職者たちの浄化活動だけでは手が回らなくなりつつあり、その分ウラリアの仕事がドンドン増えているのである。
 チラと備え付けのテーブルに目を向ければ、さっきの新聞紙が窓から吹き込んだ風でパラパラと捲れた。
 不思議と神秘的に感じながら新聞を手に取り、まだ読めていなかったその先のページに目を向ける。
 
「……っ!」

 文字が動いていた。
 幻覚かと疑ったが微かに紙から魔力の動きを感じ取れ、高度な魔導技術が組み込まれていることが伺える。
 
「なに、これ」

 元の文章が権力者の腐敗を報じる内容だったのに、たった数秒で全く別のそれに代わってしまった。
 ――表題は『ウラリア、命狙われる』。
 記事の内容は利害の一致した王族とザバルスク教の二大国家権力が裏で手を結び、立場を揺るがすウラリアを排除しようとしているとするものだった。
 
「ど、どうしよう……」

 彼女にとって信じたくない話だ。
 しかし、ここ最近の冷遇とザバルスク教の焦燥具合を見ていると有り得ない話では無く、むしろ信憑性も高いと思えてしまう。
 明確にいつ行動を起こすつもりなのかは書かれていないが、そう言った粛清の時だけ行動が早いのは有名な話だ。

 ――ギシッ。

 部屋の外、廊下を静かに歩く音が聞こえた。
 直前まで読んでいた新聞のせいだろう、やけにその音が恐ろしく感じ、聞こえた方角に目を向ける。
 当然、壁しか見えないわけであるが、微かに木の床を踏みしめる音が続き、二階最奥に位置する彼女の部屋へ近付いて来る。
 
「……」

 この宿はウラリアの安全のため完全に貸し切りとなっている。
 一階にガリアンと従業員はいるが、ガリアン以外の人間は許可無く二階へ立ち入る事を禁じている。
 ……そしてガリアンは足音がうるさい。

 護身用の攻撃魔法を発動すべく身構えると同時、後ろでコツンと音が鳴る。
 バッと振り返ればガラス窓に小石が投げ付けられているのが見え、恐る恐る下を覗き込んでみると見覚えのある真っ白な獣耳と尻尾を生やした少女の姿があった。
 今回はフードを被っていないため可愛らしい顔が見え、ウラリアは震える声で尋ねる。

「あなたは誰なの?」

 窓を開けて問いかけてみるが、彼女は何も答えずに手招きするだけ。
 迫る足音と幼女、どちらを選ぶかと言えば――

「ていっ!」

 新聞を握り締めて窓から飛び降りると同時、背後で扉の蹴破られる音が鳴り響いた。
 華麗に着地したウラリアはパジャマの恰好である事を忘れ、誘導する様に走り始めた少女の後を追って路地裏に入り込む。
 
「クソッ! 逃げられたぞ!」

 背後で聞こえる怒声で本当に命を狙われていたのだと実感が湧き上がり、背筋が凍るような悪寒を感じてしまう。

「ねえ! あなたは何者なの?!」

 ウラリアの問いに先を走る獣人の少女はちらと振り返って。

「我が名はフェンリル。貴様の恩人となる神だ」

 顔も声も見た目通りの可愛らしいものであるが、話し方は年老いた貴族を彷彿とさせるもので、突拍子もない事を言っているのに不思議と納得してしまう。
 フェンリルは巨体と雪のように白い体毛を持つ狼として語られることの多い伝説の生き物だ。
 ウラリアの脳裏に浄化のため立ち寄った村で土地神として信仰されていた記憶が呼び覚まされていると、背後から追いかけて来る足音が聞こえた。
 振り返れば口元を布で隠し、胸元にはザバルスク教のペンダントを下げた数人の男が見え、その手には刃物が握られている。

「おっと」

 先を走っていた少女は立ち止まり、それに続いてウラリアも止まる。
 するとすぐそこの通路から四人の男が飛び出し、背後から来ていた三人も追いついてしまった。
 左右は建物があって逃れられず、ウラリアの脳裏に「詰み」の文字が浮かび上がる。

「お前ら油断するな! ザバルスク様を裏切る悪魔だからな!」

「偉大なザバルスク様! 今、悪魔を討ちます!」

 この距離で魔法を放とうものなら自分も巻き添えになって死ぬ。
 浄化に使う魔法も人間を相手に使ったところでただただ風が吹き抜けたのと変わらず、脅しにも使えない。
 どう頑張ってもこの場を切り抜ける方法が浮かばず、ウラリアは少女の手を掴みながら震える声で尋ねる。

「ごめんね……私のせいで……」

 自分を助けようとして巻き添えを喰らおうとしている彼女に対する罪悪感からウラリアはそんな謝罪の言葉をこぼす。
 しかし、当の本人は心底面倒くさそうにため息を吐き、尻尾をピンと立てながら。

「人間は賢い生き物では無かったのか。残念だ」

 そう呟くと同時、小さく柔らかい手がビクンと震え、目を向ければ体中から真っ白でもこもこな体毛が生えだした。
 驚いて後退ると少女の姿だったはずのそれはみるみるうちに巨大な毛玉となり――

「い、犬?」

「フェンリルだ、二度と間違えるな。……目をつぶっていろ」

 馬車より大きく、真っ白な体毛を身に纏う犬……改めフェンリルと化した彼女は、驚き言葉を失う信者たちに向けて前足を軽く振るう。
 刹那、男たちの体は赤い霧となって消え去り、風が吹けば周囲の壁が赤く染まる。

「お前たちもこうなりたいか」

 二人の行く手を阻もうとしていた男たちにフェンリルが声を掛ければ、悲鳴を上げて逃げ出した。
 一人は腰が抜けたのか助けを求めながら這い這いでその場を離れて行く。

「我輩に乗れ。連れて行ってやる」

「ど、どこに……?」

 尋ねながら、伏せたフェンリルの背中に乗るウラリア。

「我ら神の住処となる森だ。……貴様の手を借りる必要はあるが」

 その言葉に首をかしげると同時、フェンリルはぴょんと飛び上がり、建物の屋根を軽やかな走りで駆け抜ける。
 衝撃を抑えた走り方であるとはいえ、それでも屋根瓦は砕ける威力で、その騒音が明かりを手にした民衆を外に誘い出す。
 
 満月が照らす夜の珍事は、朝刊の一面を飾った。
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