浄化の巫女は裏切られたので隠居することにしました~気付けばもふもふな聖獣に囲まれたスローライフが始まりました~

チハキ

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2話

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「クロンシュタットさまぁ!」

 ウラリアの乗った馬車が街に戻れば、帰りを待っていた大衆が歓声を上げた。
 馬車の窓から手を振ってファンサービスをするウラリアだが、頭の中では全く別の不安と闘っていた。
 ――力がドンドン強くなっているのだ。

 浄化の力に目覚めた時、ほんの小さな池から瘴気を祓ったら気絶していたのに、たった五年で森一つ浄化しても体力の消耗を一切感じなくなってしまった。
 いずれ、人ならざる者になるのではないか、力が暴走するのではないか……。
 考えたところでどうしようもないと分かっていても、グルグルと同じことを考えてしまう。

 そうして三十分ほど掛けて観衆の中を通り抜けた馬車は街の中央に位置する富裕層のエリアに到達した。
 貴族や一部の商人くらいしか入れない場所なだけあり、観衆はほんの数人しかいなくなった。
 マスクと巫女服で蒸れた体が気持ち悪く、温泉にでも浸かりたい思いから、ウラリアは御者席に座る召使のガリアンに向けて。

「じゃあ、私休むから。明日の昼頃にでも王都へ帰りましょう」

「いいえ、ダメです」

 想像していた通りの返答に溜息を吐く彼女に、ガリアンは前を向いたまま続ける。

「ウラリア様。この街の領主、ミハイル・スパパ様が会いに来るそうです」

「休ませてーー」

「伯爵を相手に同じことを言えますか? いつでも出来る休息より貴族と会う方がよっぽど重要だと分かりませんか?」

 ウラリアにはコネなんて一切興味の無い話だ。
 国王から直接受勲するような事だってあった彼女には、権力者の知り合いは何人もいるのだ。
 ……それに加えて王都から離れた土地を治める領主は大概変人が多い。

「好きにさせてよ。私の仕事は浄化する事なんだから」
 
「権力ある者と関係を築くのも仕事です。それに私だってこの街の領主に興味はあった」

 その返答でウラリアは察する。
 この男は自分が貴族とコネを作りたいだけなのだと。
 二週間前はもっとウラリアに自由な時間を与える召使が、一ヶ月前は経験豊富で自由人な護衛の騎士を国から与えられていた。
 しかし最近になって騎士は没収されて現地調達に、召使は城で問題を起こしたというガリアンに交代させられた。
 王城で定期的に開かれるパーティへの招待もめっきり来なくなり、国営新聞で活躍が報じられる事も減った。

「何なの……」

 溜まり続ける不満から一人ごちたウラリア。
 いっそ、他の国にでも亡命しようかとも考えるが、どこに行っても同じ事になると察してしまう。
 そんな事を考えている横で馬車は宿泊予定の宿を通り過ぎ、何度目かも分からない溜息を吐く。
 
「ザバルスク神の教えは絶対である! 信じる者だけが救われるのだ!」

 ザバルスク教の信徒が熱心な布教活動をしている姿が窓から見える。
 国教に指定されているのもあって前まで布教活動をしている姿を見る事なんて無かった。
 
「大変なんだなぁ……」

 国営新聞の記事で信者離れが問題になっていると読んだ記憶が蘇ったウラリアは、そんな同情の言葉を呟く。
 と、窓の側に寄ってくる小さな影が見え、視線を落とせば新聞紙を手にする子供の姿が見えた。
 麻布のフードを被っているため顔は見えないが、頭にポンと生えている真っ白な獣耳と、ふさふさな尻尾から、獣人であることだけ分かる。

 迫害を受けているのかもしれない……そう察したウラリアは窓を開ける。
 新聞を買ってやるくらいはしよう、そう思いながら獣人の子へ声をかけようとすると。

「おわっ」

 大きく振りかぶったと思いきや、新聞紙を勢いよく投げ入れられ、彼女は小さな悲鳴を上げた。
 それを投げ込んだ少女は素早い動きで逃げて行き、元音で気付いた御者席のガリアンがこちらを振り返る。

「ウラリア様、何してるんですか?」

「何も」

 ガリアンに対する嫌悪感から雑な返事をしながら窓を閉めた彼女は、投げ入れられた新聞を手にする。
 
「終焉新聞……?」

 この国の新聞社は四つしか無く、その全てが国営である。
 その中に終焉新聞なんて名前を聞いた事は無く、首を傾げながら内容に目を向ける。

「……え?」

 そこに書かれている内容は、どこの新聞でも聞く事のなかった様々な組織の裏情報だった。
 王都や一部の貴族たちの間でウラリアを王にすべきだとする声が上がり始め、王族や高官らが警戒を強めていること。
 ザバルスク教の信者離れの原因はウラリアであり、過激派は彼女を悪魔の使いであるとして殺害を目論む者まで現れ始めていること。
 二つとも国営新聞では絶対に載せられないような内容の文字が並んでいて、新聞を持つ手が震え始める。

 もしかしたらただのイタズラかもしれない……そう自分に言い聞かせようとしてみるが、紙質と印字の綺麗さがそれを否定する。
 国営新聞の、それも貴族向けに発刊されている物と同等か、それ以上の品質を持つ事を証明する紙面から目を離せないでいると馬車が止まった。
 慌てて椅子の下の収納にそれを隠したウラリアは外していたマスクを付け直し、ガリアンが扉を開けるのを待つ。
 
「神浄の巫女、ウラリア・クロンシュタート様です。拍手でお出迎え下さい」

 その言葉と共に馬車から降りれば、辺境の貴族らしい下卑な目とやる気のない拍手が彼女を出迎えた。
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