10 / 10
10.この恋を手離しては絶対に駄目
しおりを挟む
「どうやら落ち着くところに落ち着いたようだな。さすが、僕。お前たちは寛大な僕に心から感謝して、次代、兄上の治世のために尽くすがいいよ。あと、ユーセフはリラ嬢に似合うドレスとパリュールのデザインを急ぐように。お前がこの一週間腑抜けていたお陰で、彼女の誕生日に間に合わなかったら、絶対に許さないからな」
待ちくたびれたのか、バルテルミ殿下が庭まで来てしまった。
リラ嬢というのは、バルテルミ殿下の想い人のようだった。
伯爵令嬢だというその人は、王子妃になるには爵位が低いということを気にしていて、なかなか殿下を受け入れてくれないらしい。
「彼女が引かない程度に豪華すぎない、けれど彼女の可憐さと優しさを最大限引き出すデザインにするように」などと、次々と条件を挙げていた。
「必ず。納期に間に合わせるとお約束いたします」
「申し訳ありませんでした」
ふんすとばかりに胸を張るバルテルミ殿下に、ふたりで頭を下げる。
偉そうな態度をとる殿下のその耳がちょっと赤くなっている。テレていらっしゃるのだ。
あの日も、間近で見ればこんな風に仲の良い者同士間で通じ合う微笑ましい会話であったのだろう。
こんな口調ではあっても、ユーセフは殿下に大切にされているのだ。
それにしても、ふたりの会話の中で騎士であるユーセフに対する要求として不可解な部分がある。
疑問が顔に出ていたのだろう。ちょっと恥じらった様子で、ユーセフが教えてくれた。
「実は、イヴェット様と会話ができなくなってから、あなたの絵を描くようになったんです。その時、こんなドレスを着せたいとか、似合いそうなアクセサリーを考えるのが楽しくなってしまって。それはそれで描きためていたのです。そうしたらそれをバルテルミ殿下に見つかって。それからずっと、……デザイナーのような真似もさせて頂いているのです」
真っ赤になって告白したユーセフはかわいらしかった。
「ではたくさん贈って頂いたドレスやアクセサリーたちは、もしかして?」
「えぇ。私のデザインです。あの工房も、その、私のデザインしたドレスを作る為に王妃様が立ちあげてくださいました。あの……男の癖に、気持ち悪いですよね」
恥じ入る様子のユーセフに飛びついた。
「とても素敵だわ。あなたが私の事を考えてデザインしてくれた物を贈ってくれていたなんて。なんてロマンティックなの!」
「おい、いちゃつくなら僕が帰った後にしろ! いいや、リラ嬢のデザインをしてからだ! 分かったな、ユーセフ。おい、僕の言葉を、聞けよ!」
***おまけ***
「バルテルミにも、そろそろ婚約者を用意しないとな」
お気に入りのワインを飲み、上機嫌になった父の言葉にバルテルミは片眉を上げた。
バルテルミの父はこの国の国王だ。普段は煌びやかな服を身に纏い、厳めしい顔をしているが実際にはただの酒好きだというのがバルテルミの父への評価だ。
こうした家族の時間には、ワインだけでなくブランデーや異国より取り寄せた火酒や蒸留酒を傾けては「旨い酒を飲むには平和でなくてはならん」とよく言っている。
きっとまた異国の旨い酒に関する新しい噂を耳にしたに違いない。
そこの王女を貰い受けるなりバルテルミが婿に入るなりすれば、その国との繋がりが持てるとでも思っているのだろう。
しかし王太子である兄を敬愛しているバルテルミとしては、愛する侯爵令嬢を妃に迎えた兄の立場を考えれば、そんな風に国内が荒れそうなことは受け入ることはできない。
すでに条件にピッタリの伯爵令嬢にも目星をつけている。
愛らしく可憐な伯爵令嬢。
控えめな性格な彼女ならば、きっとでしゃばることなく兄と兄嫁を共に支えていってくれるに違いないのだ。
「この子のようなお調子者には、しっかり者の令嬢が似合いそうですわね。そう、ペルティエ侯爵家のイヴェット嬢とかよろしいのでは。まだ婚約者はいないはずですし、成績も優秀だと聞いていますわ」
なのに。バルテルミの考えなど露ほども知らない母が、余計な提案をしてきた。
勿論、挙げられたペルティエ侯爵家の領地は別にワインの産地でもなければ、珍しい酒の産地でもないので、母から父への牽制であることは想像できる。
兄嫁とも同じ爵位であるので、その辺りもクリアしている。さすがだ。
しかしそれでもバルテルミにはその提案を排除すべき理由があった。
「あ。無理です。かの令嬢は、友人の想い人なので」
びしっと否定したつもりだったが、王妃には枷にもならないようだ。
綺麗な笑顔を浮かべて、バルテルミを諭しにかかる。
「あら。でも、その言い方だと、お付き合いしている訳ではないのでしょう? 大丈夫よ。結婚と恋愛は別物だもの。それに、誰も欲しいと手を挙げようとしない令嬢よりも、貴方が信頼している友人がこの人と惚れこみ選んだ令嬢ならば、安心というものではないかしら」
「なに言ってんですか、母上。頭沸いてるんじゃないですか」
思わず王族にあるまじき、あまりにも直接すぎる言葉を返してしまった。
本意を包み隠して耳障りの良い言葉にして相手を突き刺してこそ王族であると常々言っている母の瞳が、不穏に弧を描いた。
「あらあら。私の息子には、まだ結婚など早いみたいね」
勉強不足だと暗に示されて凹む。
「そうですね、私にはまだ、勉強が必要かと」
ほほほと笑う母の声で、バルテルミの婚約の話は流されていった。
しかし、バルテルミはいつまでも凹んでなどいられない。
とにかくあの初恋を拗らせまくった友人の恋を一刻も早くなんとかしなければならなくなった。
側近として、護衛として、友人としてだってバルテルミは彼を失う訳にはいかないのだから。
待ちくたびれたのか、バルテルミ殿下が庭まで来てしまった。
リラ嬢というのは、バルテルミ殿下の想い人のようだった。
伯爵令嬢だというその人は、王子妃になるには爵位が低いということを気にしていて、なかなか殿下を受け入れてくれないらしい。
「彼女が引かない程度に豪華すぎない、けれど彼女の可憐さと優しさを最大限引き出すデザインにするように」などと、次々と条件を挙げていた。
「必ず。納期に間に合わせるとお約束いたします」
「申し訳ありませんでした」
ふんすとばかりに胸を張るバルテルミ殿下に、ふたりで頭を下げる。
偉そうな態度をとる殿下のその耳がちょっと赤くなっている。テレていらっしゃるのだ。
あの日も、間近で見ればこんな風に仲の良い者同士間で通じ合う微笑ましい会話であったのだろう。
こんな口調ではあっても、ユーセフは殿下に大切にされているのだ。
それにしても、ふたりの会話の中で騎士であるユーセフに対する要求として不可解な部分がある。
疑問が顔に出ていたのだろう。ちょっと恥じらった様子で、ユーセフが教えてくれた。
「実は、イヴェット様と会話ができなくなってから、あなたの絵を描くようになったんです。その時、こんなドレスを着せたいとか、似合いそうなアクセサリーを考えるのが楽しくなってしまって。それはそれで描きためていたのです。そうしたらそれをバルテルミ殿下に見つかって。それからずっと、……デザイナーのような真似もさせて頂いているのです」
真っ赤になって告白したユーセフはかわいらしかった。
「ではたくさん贈って頂いたドレスやアクセサリーたちは、もしかして?」
「えぇ。私のデザインです。あの工房も、その、私のデザインしたドレスを作る為に王妃様が立ちあげてくださいました。あの……男の癖に、気持ち悪いですよね」
恥じ入る様子のユーセフに飛びついた。
「とても素敵だわ。あなたが私の事を考えてデザインしてくれた物を贈ってくれていたなんて。なんてロマンティックなの!」
「おい、いちゃつくなら僕が帰った後にしろ! いいや、リラ嬢のデザインをしてからだ! 分かったな、ユーセフ。おい、僕の言葉を、聞けよ!」
***おまけ***
「バルテルミにも、そろそろ婚約者を用意しないとな」
お気に入りのワインを飲み、上機嫌になった父の言葉にバルテルミは片眉を上げた。
バルテルミの父はこの国の国王だ。普段は煌びやかな服を身に纏い、厳めしい顔をしているが実際にはただの酒好きだというのがバルテルミの父への評価だ。
こうした家族の時間には、ワインだけでなくブランデーや異国より取り寄せた火酒や蒸留酒を傾けては「旨い酒を飲むには平和でなくてはならん」とよく言っている。
きっとまた異国の旨い酒に関する新しい噂を耳にしたに違いない。
そこの王女を貰い受けるなりバルテルミが婿に入るなりすれば、その国との繋がりが持てるとでも思っているのだろう。
しかし王太子である兄を敬愛しているバルテルミとしては、愛する侯爵令嬢を妃に迎えた兄の立場を考えれば、そんな風に国内が荒れそうなことは受け入ることはできない。
すでに条件にピッタリの伯爵令嬢にも目星をつけている。
愛らしく可憐な伯爵令嬢。
控えめな性格な彼女ならば、きっとでしゃばることなく兄と兄嫁を共に支えていってくれるに違いないのだ。
「この子のようなお調子者には、しっかり者の令嬢が似合いそうですわね。そう、ペルティエ侯爵家のイヴェット嬢とかよろしいのでは。まだ婚約者はいないはずですし、成績も優秀だと聞いていますわ」
なのに。バルテルミの考えなど露ほども知らない母が、余計な提案をしてきた。
勿論、挙げられたペルティエ侯爵家の領地は別にワインの産地でもなければ、珍しい酒の産地でもないので、母から父への牽制であることは想像できる。
兄嫁とも同じ爵位であるので、その辺りもクリアしている。さすがだ。
しかしそれでもバルテルミにはその提案を排除すべき理由があった。
「あ。無理です。かの令嬢は、友人の想い人なので」
びしっと否定したつもりだったが、王妃には枷にもならないようだ。
綺麗な笑顔を浮かべて、バルテルミを諭しにかかる。
「あら。でも、その言い方だと、お付き合いしている訳ではないのでしょう? 大丈夫よ。結婚と恋愛は別物だもの。それに、誰も欲しいと手を挙げようとしない令嬢よりも、貴方が信頼している友人がこの人と惚れこみ選んだ令嬢ならば、安心というものではないかしら」
「なに言ってんですか、母上。頭沸いてるんじゃないですか」
思わず王族にあるまじき、あまりにも直接すぎる言葉を返してしまった。
本意を包み隠して耳障りの良い言葉にして相手を突き刺してこそ王族であると常々言っている母の瞳が、不穏に弧を描いた。
「あらあら。私の息子には、まだ結婚など早いみたいね」
勉強不足だと暗に示されて凹む。
「そうですね、私にはまだ、勉強が必要かと」
ほほほと笑う母の声で、バルテルミの婚約の話は流されていった。
しかし、バルテルミはいつまでも凹んでなどいられない。
とにかくあの初恋を拗らせまくった友人の恋を一刻も早くなんとかしなければならなくなった。
側近として、護衛として、友人としてだってバルテルミは彼を失う訳にはいかないのだから。
230
表紙イラストは束原ミヤコ様(@arisuthia1)から頂きました。ありがとうございます♡
お気に入りに追加
206
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?

某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

エデルガルトの幸せ
よーこ
恋愛
よくある婚約破棄もの。
学院の昼休みに幼い頃からの婚約者に呼び出され、婚約破棄を突きつけられたエデルガルト。
彼女が長年の婚約者から離れ、新しい恋をして幸せになるまでのお話。
全5話。

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!
よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。
ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。
その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。
短編です。

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

公爵令嬢は愛に生きたい
拓海のり
恋愛
公爵令嬢シビラは王太子エルンストの婚約者であった。しかし学園に男爵家の養女アメリアが編入して来てエルンストの興味はアメリアに移る。
一万字位の短編です。他サイトにも投稿しています。

ガリ勉令嬢ですが、嘘告されたので誓約書にサインをお願いします!
荒瀬ヤヒロ
恋愛
成績優秀な男爵令嬢のハリィメルは、ある日、同じクラスの公爵令息とその友人達の会話を聞いてしまう。
どうやら彼らはハリィメルに嘘告をするつもりらしい。
「俺とつきあってくれ!」
嘘告されたハリィメルが口にした返事は――
「では、こちらにサインをお願いします」
果たして嘘告の顛末は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる