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10.この恋を手離しては絶対に駄目

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「どうやら落ち着くところに落ち着いたようだな。さすが、僕。お前たちは寛大な僕に心から感謝して、次代、兄上の治世のために尽くすがいいよ。あと、ユーセフはリラ嬢に似合うドレスとパリュールのデザインを急ぐように。お前がこの一週間腑抜けていたお陰で、彼女の誕生日に間に合わなかったら、絶対に許さないからな」

 待ちくたびれたのか、バルテルミ殿下が庭まで来てしまった。

 リラ嬢というのは、バルテルミ殿下の想い人のようだった。
 伯爵令嬢だというその人は、王子妃になるには爵位が低いということを気にしていて、なかなか殿下を受け入れてくれないらしい。
 「彼女が引かない程度に豪華すぎない、けれど彼女の可憐さと優しさを最大限引き出すデザインにするように」などと、次々と条件を挙げていた。

「必ず。納期に間に合わせるとお約束いたします」
「申し訳ありませんでした」

 ふんすとばかりに胸を張るバルテルミ殿下に、ふたりで頭を下げる。
 偉そうな態度をとる殿下のその耳がちょっと赤くなっている。テレていらっしゃるのだ。
 あの日も、間近で見ればこんな風に仲の良い者同士間で通じ合う微笑ましい会話であったのだろう。
 こんな口調ではあっても、ユーセフは殿下に大切にされているのだ。

 それにしても、ふたりの会話の中で騎士であるユーセフに対する要求として不可解な部分がある。
 疑問が顔に出ていたのだろう。ちょっと恥じらった様子で、ユーセフが教えてくれた。

「実は、イヴェット様と会話ができなくなってから、あなたの絵を描くようになったんです。その時、こんなドレスを着せたいとか、似合いそうなアクセサリーを考えるのが楽しくなってしまって。それはそれで描きためていたのです。そうしたらそれをバルテルミ殿下に見つかって。それからずっと、……デザイナーのような真似もさせて頂いているのです」
 真っ赤になって告白したユーセフはかわいらしかった。
「ではたくさん贈って頂いたドレスやアクセサリーたちは、もしかして?」
「えぇ。私のデザインです。あの工房も、その、私のデザインしたドレスを作る為に王妃様が立ちあげてくださいました。あの……男の癖に、気持ち悪いですよね」
 恥じ入る様子のユーセフに飛びついた。
「とても素敵だわ。あなたが私の事を考えてデザインしてくれた物を贈ってくれていたなんて。なんてロマンティックなの!」


「おい、いちゃつくなら僕が帰った後にしろ! いいや、リラ嬢のデザインをしてからだ! 分かったな、ユーセフ。おい、僕の言葉を、聞けよ!」




***おまけ***


「バルテルミにも、そろそろ婚約者を用意しないとな」

 お気に入りのワインを飲み、上機嫌になった父の言葉にバルテルミは片眉を上げた。

 バルテルミの父はこの国の国王だ。普段は煌びやかな服を身に纏い、厳めしい顔をしているが実際にはただの酒好きだというのがバルテルミの父への評価だ。
 こうした家族の時間には、ワインだけでなくブランデーや異国より取り寄せた火酒や蒸留酒を傾けては「旨い酒を飲むには平和でなくてはならん」とよく言っている。

 きっとまた異国の旨い酒に関する新しい噂を耳にしたに違いない。
 そこの王女を貰い受けるなりバルテルミが婿に入るなりすれば、その国との繋がりが持てるとでも思っているのだろう。

 しかし王太子である兄を敬愛しているバルテルミとしては、愛する侯爵令嬢を妃に迎えた兄の立場を考えれば、そんな風に国内が荒れそうなことは受け入ることはできない。

 すでに条件にピッタリの伯爵令嬢にも目星をつけている。
 愛らしく可憐な伯爵令嬢。
 控えめな性格な彼女ならば、きっとでしゃばることなく兄と兄嫁を共に支えていってくれるに違いないのだ。

「この子のようなお調子者には、しっかり者の令嬢が似合いそうですわね。そう、ペルティエ侯爵家のイヴェット嬢とかよろしいのでは。まだ婚約者はいないはずですし、成績も優秀だと聞いていますわ」

 なのに。バルテルミの考えなど露ほども知らない母が、余計な提案をしてきた。
 勿論、挙げられたペルティエ侯爵家の領地は別にワインの産地でもなければ、珍しい酒の産地でもないので、母から父への牽制であることは想像できる。
 兄嫁とも同じ爵位であるので、その辺りもクリアしている。さすがだ。

 しかしそれでもバルテルミにはその提案を排除すべき理由があった。

「あ。無理です。かの令嬢は、友人の想い人なので」

 びしっと否定したつもりだったが、王妃には枷にもならないようだ。
 綺麗な笑顔を浮かべて、バルテルミを諭しにかかる。

「あら。でも、その言い方だと、お付き合いしている訳ではないのでしょう? 大丈夫よ。結婚と恋愛は別物だもの。それに、誰も欲しいと手を挙げようとしない令嬢よりも、貴方が信頼している友人がこの人と惚れこみ選んだ令嬢ならば、安心というものではないかしら」

「なに言ってんですか、母上。頭沸いてるんじゃないですか」

 思わず王族にあるまじき、あまりにも直接すぎる言葉を返してしまった。
 本意を包み隠して耳障りの良い言葉にして相手を突き刺してこそ王族であると常々言っている母の瞳が、不穏に弧を描いた。

「あらあら。私の息子には、まだ結婚など早いみたいね」

 勉強不足だと暗に示されて凹む。

「そうですね、私にはまだ、勉強が必要かと」

 ほほほと笑う母の声で、バルテルミの婚約の話は流されていった。

 しかし、バルテルミはいつまでも凹んでなどいられない。
 とにかくあの初恋を拗らせまくった友人の恋を一刻も早くなんとかしなければならなくなった。

 側近として、護衛として、友人としてだってバルテルミは彼を失う訳にはいかないのだから。





 

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