イヴェット・ペルティエ侯爵令嬢は、嘘告を絶対に許さない

喜楽直人

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9.この想いは伝えなくちゃ絶対に駄目

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『泣いてるの?』
『泣いてない』
『嘘。大きくて綺麗な瞳。葡萄みたいで綺麗なのにね』
 子供同士の茶会の席。
 隣り合わせた令嬢から『怖い』と言われてショックを受けた様子で逃げていった令息の背中を追った。
 花の陰で、声を潜めてしゃくりあげる後姿が悲しくて、声を掛けた。
『なにそれ。変なの。葡萄は紫でしょ。僕の瞳みたいに赤くない』
『そういう品種もあるんだよ。すっごく甘くて美味しいのよ。いつか探して食べてみてね』
 一緒に食べようとは言えなかった。なんとなく、ここまで追ってきてしまったことが急に気恥ずしくなったから。

 だからそれきり、イヴェットはその葡萄のように美味しそうな赤い瞳のあの子を他の茶会で見かけても、近づこうとはしなかった。



「葡萄みたいな、赤い瞳の……」

 擦れた声で思い出を囁けば、ずっと硬い表情だった赤い瞳が、まるで花ひらくように綻んで見えた。

 今日、初めてイヴェットに見せたユーセフの笑顔に、胸の奥がきゅうっと音を立てる。

「あの後、母に強請って、自分の瞳みたいに赤くて甘いという葡萄を探して貰いました。本当にすっごく甘くて美味しくて。だから、あなたに報告したかったのに。あの後、他のお茶会で会えても、あなたは二度と視界に、この赤い瞳を入れようとしてくれなかった。きっと、思い返して怖くなったんですよね。うん。それは仕方がないです。仕方がない」

 けれど、まるで自分に言い聞かせるような言葉を言い終わる頃には、あれほど嬉しそうだった顔は、笑っているのに寂しそうな、まるで泣いているような顔になっていた。

 イヴェットは、ユーセフの、そんな顔を見たかった訳ではなかった。

 先ほど見せてくれた、花が綻ぶような笑顔が見たかった。

 罪悪感で、胸が潰れそうだった。

「ごめんなさい。そうじゃないの、あれは、泣いてるあなたを追いかけて話し掛けたり、あなたの、赤い瞳も、あの甘い葡萄みたいにおいしそうだなって考えてしまった自分とか、そういうの纏めて全部恥ずかしくなってしまって。それで、あなたの瞳を見れなくなってしまった、だけなの」

 きっと、今のイヴェットの頭のてっぺんからは、湯気が上がっていることだろう。
 それほどに、全身が、熱い。


「あー……だから、その。あの時の殿下は、ずっと好きで、でも遠くから見ていることしかできなかった自分に、ちゃんと振られて来いと鼓舞してくれていただけなんです。殿下ではなかったとしても、あなたに正式な婚約者ができてしまったら、振られることすらできませんでしたから」

「ユーセフ様は、私に、振られたかったのですか?」

 あの朝、告白を受けた時の反応を思い出して、顔から血の気が引いた。

 道理であんな反応になるはずだ。

 プロポーズに相応しい、12本の薔薇の花束。
 12本の薔薇それぞれに、愛情、情熱、感謝、希望、幸福、永遠、尊敬、誠実、信頼、努力、真実を込めて捧げる古いセオリーに則った結婚を申し込む為の贈り物だ。

 それを捧げて幼い頃の想いをそのまま伝えれば、それまでずっとただのクラスメイトとしてしか付き合いのなかったのだから、無事振られる筈だったのだ。

 イヴェットが、勘違いなどしなければ。

 あのプロポーズは、幼い思い出に蹴りをつけて、前を向くための儀式でしかなかったのだ。

「つまり、あの日の私は、とんでもない勘違い女だったということですね」

 声が震えた。イヴェット自身の声なのに、まるで誰か他人が喋っているようだった。
 みっともなかろうが、不敬と言われようが、待たせている王子のことなどもうどうでも良かった。
 今すぐ走って逃げだしたかった。

 スカートの裾をくしゃくしゃに掴んでいる手を、取られた。

「違います! 嬉しかった! 凄く、凄く嬉しかった。今だって、あなたとこうして会話できて、あなたを苦しませていると分かっていてとても辛いのに、嬉しくて堪らない」

 ごめんなさいと謝罪されて、胸が詰まった。

 視界が涙で歪んでいく。

 あの日の放課後、あの会話を聞いてからずっと、彼に本気で謝罪させたかった。ずっとそう思ってきたけど、今はそんなことちっとも思えなかった。

 むしろ謝るのは自分の方だと思っているのに、声が喉に詰まって出てこない。

 それでも、想いを伝えたくて、何度も首を横に振った。

 涙が、散った。

「泣かないでください、イヴェット様。あなたを泣かせているのが自分だと思うと、死にたくなる。お願いです。私にできることなら、何でもします。二度と視界に入るなというなら、国外に出て行ってもいい。死ねというなら死んでもいい。だから」

 それ以上は、もう何も言わせたくなくて、その胸元へ飛び込んだ。
 力いっぱい彼の服にしがみつく。

「なら、笑って。笑顔で、わたしの、そばに、いて。わたしと、ずっといっしょに」
「いいの? やっぱり間違いだったなんて言われても、この次は受け入れられない。もう、逃がしてあげられなくなる」
「うん、うん。離さないで。ごめんなさい。わたし、勘違いして、あんなことを言ってしまったのに。それでも、やっぱり、私はあなたの傍に、いたい」

 ぎゅうぎゅうに抱き締められて、抱き着いて。
 ふたりで、ずっとそうしていた。




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