イヴェット・ペルティエ侯爵令嬢は、嘘告を絶対に許さない

喜楽直人

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8.知らないままじゃ絶対に駄目

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 ふたり、連れ立って庭へ出る。
 俯きながら少し前を歩くユーセフは、すこし痩せて見えた。

 イヴェットも人のことは言えない。けれど、イヴェットは侍女たちからなんやかやと世話を焼かれ甘やかされていた。
 甘いケーキや紅茶を家族からしょっちゅう差し入れされていた。どれも全部を食べきれたわけではないが、だから窶れてはいない。

 それに比べて、元がしっかりとした筋肉のついた身体をしていたユーセフの肩が、たかが一週間でひと回り細くなっているのを見ると、さすがに心配になった。


 初夏の庭は、ペチュニアやサルビア、モナルダなどこれから来る暑い夏の季節に耐えられる強い草花が咲き誇っていた。

「たった一週間で、咲く花の種類って変わってしまうものなんですね」
 庭を見渡したユーセフが呟く。

 ふたり一緒に眺めて歩いた庭とは、まったく違っていることにショックを受けているようだった。

 仕方がないのだ。イヴェットが、何を見てもユーセフを思い出して泣いていたから。

 一緒に見上げ笑顔で潜り抜けた薔薇のアーチも、何度も一緒にお茶をした庭のガゼボまでも。

 お母様が庭師に申し付けて、すべて替えてしまったのだから。



「イヴェット様は、私からの告白を、殿下の命令に背けなかったから行なっただけの、罰ゲームかなにか、だと思われながら、受けて下さったのですよね。質の悪い悪ふざけを諫めようとされた、だけだった、と、言うことで、合ってますか」

 覚悟を決めたユーセフが、震える唇を開いた。

「えぇ、そうね」

「……そうですか。ようやく分かりました。納得した、の方が合ってるかも。そうですよね、私のように情けない男の心を、イヴェット様のように素晴らしい方が受け入れて下さる方がおかしかったんです。素晴らしい夢を、ありがとうございました」

 深く頭を下げられて混乱する。

 謝罪される夢は何度も見た。
 心の底から反省したのだと、もう一度手を取らせてくれと懇願される、都合のいい夢を。

 けれど、実際のユーセフの言葉には違和感しかない。

「あの?」

「あぁ、すみません。殿下から言われたように、あの日にあったことを、きちんときっかり説明させて頂きます。お怒りは、その後に改めて、如何様にもお受けいたします」

 そうして、ユーセフは頭を下げたまま語りだした。



「では、あの日のあの会話は」
「殿下の婚約者候補として、イヴェット・ペルティエ侯爵令嬢が挙がっていると聞かされまして。それで……お祝いを、述べようとしたのですが、どうしても、言葉が出せなくなってしまって。そうしたら殿下が、『根性みせろ』と対戦を」
「……根性」
「それで、頭がまっしろになったまま剣を取ったのですが、挙句に『イヴェット嬢との見合いは明日だ』とか言われて」
「私はなにも聞いておりませんでしたが」
「そうでしたか。どうしよう。殿下なら、イヴェット嬢との見合いだけでなく婚約者候補に挙がっているということも、すべてが出鱈目だったとか、ありそう」

 ……。

 思わず胡乱な目になりそうになるのを、目を閉じてやり過ごす。

 どういうことだろう。順序立てて理解しようとしても、何故か途中でよく分からなくなる。

「あの、殿下が何故そのような嘘をつく必要があるのでしょうか」

 そう、そこが分からないので、イヴェットには話の筋が見えないままなのだ。すべてが腑に落ちないでいる。

「……それは」
「それは?」

 それまでずっと、頭を深く下げたままだったユーセフが、顔を上げた。

 よほど慌ててこのペルティエ侯爵家へとやってきたのだろう。
 いつも仕立てのいい服を隙なく颯爽と着こなし、綺麗に整えられているユーセフ・ダラディエ伯爵令息の紺色の髪は、乱れていた。
 痩せてしまったせいだろうか、肩が若干落ちているなど、イヴェットの知っているユーセフ・ダラディエ伯爵令息とはまるで別人に見えた。

 けれど唯一。彼の他には見たことのない赤い瞳。乱れた前髪から覗くその赤い瞳が苦し気に歪んでいた。

 どこか高慢な発言をしながらも、バルテルミ第二王子殿下が周囲から認められているのは、彼のような人間がすぐ傍で支えているからだ。
 実際に、イヴェットだってあの日、高笑いするバルテルミ殿下と一緒にユーセフがいるところを見た時には、安心したのだ。彼が共にいるならば、大丈夫だろうと。

 彼を象徴するような赤い瞳。その瞳を不安に揺らしながら、ユーセフは、まっすぐにイヴェットを見つめて、言った。

「それは私が、ずっと、幼い頃より、ずっとずっと、イヴェット様を、お慕いしているから、です」


 ザァッと風が強く吹いた。

 足に力が入らなくて、みっともなくよろけてしまったイヴェットを、大きくて力強い手が、支えた。

 ずっとイヴェットを見つめるだけで甘く蕩けていた赤い瞳が、今は悲しみに沈んでいた。


 その瞳を見上げた瞬間、いつか思い出しそうになったのに消えてしまった遠い記憶が、一気に戻ってきた。




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表紙イラストは束原ミヤコ様(@arisuthia1)から頂きました。ありがとうございます♡
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