7 / 10
7.王族だからって傲慢は絶対に駄目
しおりを挟む
「……せっかくお嬢様がお元気になられたというのに。廊下が騒がしいですね。少し様子を見て参ります」
そう言って、侍女のひとりがドアを開けた時だった。
「ここに隠れていたのか、イヴェット・ペルティエ侯爵令嬢。謂れのない批難を好き勝手言いたい放題してくれた癖に学園へやってこようとしないから、忙しい僕がわざわざ足を運んでやったぞ! 感謝するがいい」
豪奢な金色の髪、透き通るような青い瞳。
それはどちらも我がデシャルム王国の王族の証だ。
「……バルテルミ・デシャルム殿下」
さっと一斉に腰を落として王族に対する最高位の礼をとる。
学園内ならいざ知らず、ここは学外であり、ペルティエ侯爵家の邸内だ。
ここでの王族への不敬は、そのまま侯爵家の恥となる。
それがたとえ、令嬢個人の部屋へ案内も受けずに勝手に押し入ってきた状態であっても、だ。
着替えていて本当に良かったと思わずにいられない。
デイドレスは王族の方とお会いするには相応しいとは言えないが、部屋着のままお会いするよりずっとマシだ。
そんなことになっていたらと想像するだけで背筋が凍る。
小花模様が愛らしいやわらかなモスリンの生地は疲れた心を癒してくれたが、居丈高な態度でイヴェットと対峙しているバルテルミ殿下から守ってくれる盾と鎧にするには心許ない。
それでもイヴェットは令嬢としてプライドを掻き集めると、その膨らみの少ない裾をできるだけ上品に抓んで、王族に対する最上級の礼をとる。
「王国の小太陽、 バルテルミ・デシャルム第二王子殿下へ、ペルティエ侯爵家一女イヴェットがお目文字いたします」
腰を深く落したまま、王族に拝謁する口上を述べた。
目線を合せないイヴェットに、殿下の視線が刺さる。
どれだけそのまま睨まれていただろうか。ほんの数分かもしれないし、数十分を超えたかもしれない。
ずっとベッドの中でごろごろしていた身には少々厳しいだけの時間が過ぎた。
ヒールのない靴でも、そろそろ厳しい。
悔しかったが、もう音を上げてしまおうかという弱音が頭を掠め始めた頃、その人はやって来た。
「殿下! イヴェット様にご迷惑をお掛けするのはやめて下さい。すべて私が悪いのです」
「やっと来たか、ヘタレ男め。お前のせいで、侯爵から『話が違うではありませんか』と僕のところへ苦情が来たではないか」
「ぐっ。申し訳アリマセン」
「よし、ようやく役者がそろった。イヴェット嬢も楽な体勢にしていいぞ」
胸を張ったまま、ひらひらと手を振る。
王子は、まったく自分の仕出かした悪ふざけを反省している様子はなかった。
むしろ自分こそが被害者だと主張しているような物言いだ。
そして、それを言われたユーセフが、その場に蹲ったまま謝罪したのがイヴェットには気にかかった。
というか、ユーセフは何故蹲ったままなのだろう。
イヴェットにはユーセフを視界に入れるつもりはなかったが、どうしてもチラチラと視線が吸い寄せられてしまう。それが悔しい。
「して、イヴェット嬢。君は、僕が剣の勝負でこのヘタレを負かした場に居合わせたということでいいのか」
「はい。図書館へ本を返しに行く途中で、殿下の笑う声が聞こえて参りまして。その、……その時点でどなたのお声かわかりませんでしたので、万が一を考えて様子を見に参りました」
「んー、もしかして、その時点で虐めを想定したのか」
「申し訳ありません。ですが、万が一そうである可能性がある限り、私は何度でも確認に行くでしょう。関係ないと無視して素通りすることは、私にはできませんでした」
「うむ。それもまた高位貴族として正しい道であるな」
「ありがとうございます」
「だが……最初に浮かんだ悪い想像に引き摺られて、その後の会話の主旨を勘違いしてしまうのは良くないな」
「主旨を勘違い、ですか?」
ふんすとばかりに胸を張ったまま王子は鷹揚に頷くと、足元に頽れたままのユーセフに視線を向ける。
形のいい眉をぴくりと動かし、いつまでも動こうとしない未来の側近へ呆れを込めた声で問い掛けた。
「……おい、ヘタレ。ここから先についても、僕が説明してしまっていいのか」
「しかし、私には、イヴェット嬢と直接会話をする権利がありません」
頑ななまでにイヴェットを視界に入れようとせず話すことすら拒否した様子のユーセフに、「面倒臭い奴だなぁ」と呆れた王子は、イヴェットと視線を合わせた。
「王子命令を出す。イヴェット嬢が、このヘタレからあの日の説明をきっかりと聞いた上で、先ほどの会話の続きを僕としよう。反論も抗議も、すべてその後に受け付けよう」
「畏まりました」
すべての元凶でありながら、どうしてこれほど強気でいられるのか。
その理由が王族であるからというならば、イヴェットは不敬だと言われようとも絶対に許しはしない。
けれど、ユーセフがこれほど打ち拉がれている、その理由を本人の口から聞きたかった。
そう言って、侍女のひとりがドアを開けた時だった。
「ここに隠れていたのか、イヴェット・ペルティエ侯爵令嬢。謂れのない批難を好き勝手言いたい放題してくれた癖に学園へやってこようとしないから、忙しい僕がわざわざ足を運んでやったぞ! 感謝するがいい」
豪奢な金色の髪、透き通るような青い瞳。
それはどちらも我がデシャルム王国の王族の証だ。
「……バルテルミ・デシャルム殿下」
さっと一斉に腰を落として王族に対する最高位の礼をとる。
学園内ならいざ知らず、ここは学外であり、ペルティエ侯爵家の邸内だ。
ここでの王族への不敬は、そのまま侯爵家の恥となる。
それがたとえ、令嬢個人の部屋へ案内も受けずに勝手に押し入ってきた状態であっても、だ。
着替えていて本当に良かったと思わずにいられない。
デイドレスは王族の方とお会いするには相応しいとは言えないが、部屋着のままお会いするよりずっとマシだ。
そんなことになっていたらと想像するだけで背筋が凍る。
小花模様が愛らしいやわらかなモスリンの生地は疲れた心を癒してくれたが、居丈高な態度でイヴェットと対峙しているバルテルミ殿下から守ってくれる盾と鎧にするには心許ない。
それでもイヴェットは令嬢としてプライドを掻き集めると、その膨らみの少ない裾をできるだけ上品に抓んで、王族に対する最上級の礼をとる。
「王国の小太陽、 バルテルミ・デシャルム第二王子殿下へ、ペルティエ侯爵家一女イヴェットがお目文字いたします」
腰を深く落したまま、王族に拝謁する口上を述べた。
目線を合せないイヴェットに、殿下の視線が刺さる。
どれだけそのまま睨まれていただろうか。ほんの数分かもしれないし、数十分を超えたかもしれない。
ずっとベッドの中でごろごろしていた身には少々厳しいだけの時間が過ぎた。
ヒールのない靴でも、そろそろ厳しい。
悔しかったが、もう音を上げてしまおうかという弱音が頭を掠め始めた頃、その人はやって来た。
「殿下! イヴェット様にご迷惑をお掛けするのはやめて下さい。すべて私が悪いのです」
「やっと来たか、ヘタレ男め。お前のせいで、侯爵から『話が違うではありませんか』と僕のところへ苦情が来たではないか」
「ぐっ。申し訳アリマセン」
「よし、ようやく役者がそろった。イヴェット嬢も楽な体勢にしていいぞ」
胸を張ったまま、ひらひらと手を振る。
王子は、まったく自分の仕出かした悪ふざけを反省している様子はなかった。
むしろ自分こそが被害者だと主張しているような物言いだ。
そして、それを言われたユーセフが、その場に蹲ったまま謝罪したのがイヴェットには気にかかった。
というか、ユーセフは何故蹲ったままなのだろう。
イヴェットにはユーセフを視界に入れるつもりはなかったが、どうしてもチラチラと視線が吸い寄せられてしまう。それが悔しい。
「して、イヴェット嬢。君は、僕が剣の勝負でこのヘタレを負かした場に居合わせたということでいいのか」
「はい。図書館へ本を返しに行く途中で、殿下の笑う声が聞こえて参りまして。その、……その時点でどなたのお声かわかりませんでしたので、万が一を考えて様子を見に参りました」
「んー、もしかして、その時点で虐めを想定したのか」
「申し訳ありません。ですが、万が一そうである可能性がある限り、私は何度でも確認に行くでしょう。関係ないと無視して素通りすることは、私にはできませんでした」
「うむ。それもまた高位貴族として正しい道であるな」
「ありがとうございます」
「だが……最初に浮かんだ悪い想像に引き摺られて、その後の会話の主旨を勘違いしてしまうのは良くないな」
「主旨を勘違い、ですか?」
ふんすとばかりに胸を張ったまま王子は鷹揚に頷くと、足元に頽れたままのユーセフに視線を向ける。
形のいい眉をぴくりと動かし、いつまでも動こうとしない未来の側近へ呆れを込めた声で問い掛けた。
「……おい、ヘタレ。ここから先についても、僕が説明してしまっていいのか」
「しかし、私には、イヴェット嬢と直接会話をする権利がありません」
頑ななまでにイヴェットを視界に入れようとせず話すことすら拒否した様子のユーセフに、「面倒臭い奴だなぁ」と呆れた王子は、イヴェットと視線を合わせた。
「王子命令を出す。イヴェット嬢が、このヘタレからあの日の説明をきっかりと聞いた上で、先ほどの会話の続きを僕としよう。反論も抗議も、すべてその後に受け付けよう」
「畏まりました」
すべての元凶でありながら、どうしてこれほど強気でいられるのか。
その理由が王族であるからというならば、イヴェットは不敬だと言われようとも絶対に許しはしない。
けれど、ユーセフがこれほど打ち拉がれている、その理由を本人の口から聞きたかった。
88
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説
【完結】昨日までの愛は虚像でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。
私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。
予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫
紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。
スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。
そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。
捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。
「君を愛す気はない」と宣言した伯爵が妻への片思いを拗らせるまで ~妻は黄金のお菓子が大好きな商人で、夫は清貧貴族です
朱音ゆうひ
恋愛
アルキメデス商会の会長の娘レジィナは、恩ある青年貴族ウィスベルが婚約破棄される現場に居合わせた。
ウィスベルは、親が借金をつくり自殺して、後を継いだばかり。薄幸の貴公子だ。
「私がお助けしましょう!」
レジィナは颯爽と助けに入り、結果、彼と契約結婚することになった。
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0596ip/)
悪役令息の婚約者になりまして
どくりんご
恋愛
婚約者に出逢って一秒。
前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。
その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。
彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。
この思い、どうすれば良いの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる