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7.王族だからって傲慢は絶対に駄目

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「……せっかくお嬢様がお元気になられたというのに。廊下が騒がしいですね。少し様子を見て参ります」

 そう言って、侍女のひとりがドアを開けた時だった。

「ここに隠れていたのか、イヴェット・ペルティエ侯爵令嬢。謂れのない批難を好き勝手言いたい放題してくれた癖に学園へやってこようとしないから、忙しい僕がわざわざ足を運んでやったぞ! 感謝するがいい」

 豪奢な金色の髪、透き通るような青い瞳。
 それはどちらも我がデシャルム王国の王族の証だ。

「……バルテルミ・デシャルム殿下」

 さっと一斉に腰を落として王族に対する最高位の礼をとる。

 学園内ならいざ知らず、ここは学外であり、ペルティエ侯爵家の邸内だ。
 ここでの王族への不敬は、そのまま侯爵家の恥となる。


 それがたとえ、令嬢個人の部屋へ案内も受けずに勝手に押し入ってきた状態であっても、だ。

 着替えていて本当に良かったと思わずにいられない。
 デイドレスは王族の方とお会いするには相応しいとは言えないが、部屋着のままお会いするよりずっとマシだ。
 そんなことになっていたらと想像するだけで背筋が凍る。

 小花模様が愛らしいやわらかなモスリンの生地は疲れた心を癒してくれたが、居丈高な態度でイヴェットと対峙しているバルテルミ殿下から守ってくれる盾と鎧にするには心許ない。

 それでもイヴェットは令嬢としてプライドを掻き集めると、その膨らみの少ない裾をできるだけ上品に抓んで、王族に対する最上級の礼をとる。

「王国の小太陽、 バルテルミ・デシャルム第二王子殿下へ、ペルティエ侯爵家一女イヴェットがお目文字いたします」

 腰を深く落したまま、王族に拝謁する口上を述べた。
 目線を合せないイヴェットに、殿下の視線が刺さる。

 どれだけそのまま睨まれていただろうか。ほんの数分かもしれないし、数十分を超えたかもしれない。

 ずっとベッドの中でごろごろしていた身には少々厳しいだけの時間が過ぎた。
 ヒールのない靴でも、そろそろ厳しい。
 悔しかったが、もう音を上げてしまおうかという弱音が頭を掠め始めた頃、その人はやって来た。

「殿下! イヴェット様にご迷惑をお掛けするのはやめて下さい。すべて私が悪いのです」

「やっと来たか、ヘタレ男め。お前のせいで、侯爵から『話が違うではありませんか』と僕のところへ苦情が来たではないか」
「ぐっ。申し訳アリマセン」
「よし、ようやく役者がそろった。イヴェット嬢も楽な体勢にしていいぞ」

 胸を張ったまま、ひらひらと手を振る。
 王子は、まったく自分の仕出かした悪ふざけを反省している様子はなかった。
 むしろ自分こそが被害者だと主張しているような物言いだ。
 そして、それを言われたユーセフが、その場に蹲ったまま謝罪したのがイヴェットには気にかかった。

 というか、ユーセフは何故蹲ったままなのだろう。

 イヴェットにはユーセフを視界に入れるつもりはなかったが、どうしてもチラチラと視線が吸い寄せられてしまう。それが悔しい。

「して、イヴェット嬢。君は、僕が剣の勝負でこのヘタレを負かした場に居合わせたということでいいのか」
「はい。図書館へ本を返しに行く途中で、殿下の笑う声が聞こえて参りまして。その、……その時点でどなたのお声かわかりませんでしたので、万が一を考えて様子を見に参りました」
「んー、もしかして、その時点で虐めを想定したのか」
「申し訳ありません。ですが、万が一そうである可能性がある限り、私は何度でも確認に行くでしょう。関係ないと無視して素通りすることは、私にはできませんでした」
「うむ。それもまた高位貴族として正しい道であるな」
「ありがとうございます」
 
「だが……最初に浮かんだ悪い想像に引き摺られて、その後の会話の主旨を勘違いしてしまうのは良くないな」
「主旨を勘違い、ですか?」

 ふんすとばかりに胸を張ったまま王子は鷹揚に頷くと、足元に頽れたままのユーセフに視線を向ける。
 形のいい眉をぴくりと動かし、いつまでも動こうとしない未来の側近へ呆れを込めた声で問い掛けた。

「……おい、ヘタレ。ここから先についても、僕が説明してしまっていいのか」
「しかし、私には、イヴェット嬢と直接会話をする権利がありません」

 頑ななまでにイヴェットを視界に入れようとせず話すことすら拒否した様子のユーセフに、「面倒臭い奴だなぁ」と呆れた王子は、イヴェットと視線を合わせた。

「王子命令を出す。イヴェット嬢が、このヘタレからあの日の説明をきっかりと聞いた上で、先ほどの会話の続きを僕としよう。反論も抗議も、すべてその後に受け付けよう」

「畏まりました」

 すべての元凶でありながら、どうしてこれほど強気でいられるのか。
 その理由が王族であるからというならば、イヴェットは不敬だと言われようとも絶対に許しはしない。

 けれど、ユーセフがこれほど打ち拉がれている、その理由を本人の口から聞きたかった。




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