イヴェット・ペルティエ侯爵令嬢は、嘘告を絶対に許さない

喜楽直人

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5.こんな婚約続けちゃ絶対に駄目

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「それで、その次のおやすみなんですが、どこか行きたい場所はありませんか? あぁ、植物園で百年に一度と言われている花が咲くかもしれないそうなんです。よろしければ、一緒に蕾を見に行きませんか。咲いたらまた見に行けば、きっと一生の記念になると思うんです。それとも、前にお話した湖へ、一緒に遠乗りに行きましょうか」

 婚約が決まってからというもの、すべての週末にユーセフとの約束が入れられている。
 それでもまだ足りないのだと主張してくる偽物の愛ユーセフに、イヴェットは溺れる寸前だった。

 そろそろ一旦線引きをして、仕切り直しをしたい。なんならすべて暴露して、第二王子共々破滅へ突き落としてやりたい。

「あの、次のお休みは、友人たちとお茶会を開くつもりなのです」

 ですから、会えませんと続けようとした言葉は、けれども最後までは言わせて貰えなかった。

「お茶会は侯爵家でですか? なら午前中、いえ朝の散歩を、ご一緒させて頂けませんか」

 今日のユーセフは、妙に押しが強かった。
 押されるとつい押し返したくなるのは人の常だろう。
 イヴェットは、なんとか断ろうと頑張った。

「いえその、いろいろと準備がございますので」
「では、その準備を手伝わせてください。そうしたら、イヴェット様のお顔を見るだけでもできますよね」

「伯爵令息のお手を煩わせるようなことはできませんわ」
「では、では私もお茶会の末席に」
「ごめんなさい。令嬢の交流の場へ男性を招き入れるのは、マナー違反ですから」
「そう、ですか。そうですよね。ははっ」

 力なく笑って肩を落とす姿に、罪悪感が募る。
 なぜこんな思いをイヴェットがしなくてはならないのだろう。

 理不尽だ。そのひと言が頭の中を埋め尽くしていく。

 そうして、それはついにイヴェットの心のフチを超え、強い言葉となって溢れた。

「……もう、いい加減にして下さいませんか」
「え、あの? どうなさったのでしょうか、イヴェット様」

 突然のイヴェットの豹変に、オロオロするユーセフは、きっと自分の演技に対して完璧だという自信を持っていたに違いない。

 いいや、完璧だった。十分すぎるほど、完璧すぎた。

 茶番なのだと知っているのに。
 本当に愛されているのだと思わせてしまうほど。

「この婚約は、あなたの有責で破棄させて頂きますわね。お父様には私から伝えておきます。どうぞ、ダラディエ伯爵にはユーセフ様からお伝えください。ご自分が何をしでかしたのかも、きっちり説明してくださいね」

 もう絶対に視線を合せたりしない。
 偽りでしかない愛は要らない。

 蕩けるように甘く見つめてくる赤い瞳に、これ以上心を捕えられてしまう前に、決着をつけるのだ。

「え、あの……なにか、何がお気に障ったのでしょう。申し訳ありません。もう二度としないと誓います。ですから、どうか許してください。あなたに婚約破棄などされたら、死んでしまいます」

「しらじらしい」
「え?」

 みっともなく縋ってくる姿を、笑ってやれれば良かったのに。

 笑ってやるつもりだった。こんなところではなく、第二王子やそのくだらない取り巻きの前で。

 お前たちの悪巧みなど全部お見通しで、偽りの愛を囁かせ侯爵令嬢であるイヴェットを愚弄した悍ましい性根を、全生徒の前で突き付けてやるつもりだったのに。

 嬉しそうに駆け寄ってくるユーセフの姿に絆されそうになった。いいや。多分すでにちょっとだけ、絆されてた。

 柔らかく微笑まれ、時に熱く見つめる瞳に溶かされて、結局学園でも家でも、反抗的な態度ひとつ取れなかった。取れなくなっていた。

 それでも、これ以上偽物の愛を囁かれるのには心がもう耐えきれない。無理だ。


 できるだけ美しく見えるように、姿勢を正して立ち上がる。
 きっと、ユーセフとこうしてふたり切りで会話をするのは、これで最後だろうから。
 一番美しいと思える自分で、この言葉を告げたかった。

「帰って、バルテルミ・デシャルム第二王子殿下に報告なさい。『イヴェット・ペルティエは、ユーセフ・ダラディエからの告白が、あなたからの命令を受けただけの嘘の告白であると最初から知っていました。嘘告は失敗でした』とね」

「待って、イヴェット! 違う。誤解です」
「お客様のお帰りよ」

 縋るユーセフの手を避ける。
 イヴェットの告発を聞いていた、隅で控えていた侍女は、すでに従僕を呼びつけていたらしい。
 怖い顔をした従僕たちにユーセフはあっという間に取り囲まれて、それでもなんとかこちらへと手を伸ばそうと藻掻いていた。

「どうぞお帰りを」
「イヴェット様! お願いです、話を聞いて!」

「力尽くでお帰り願って」

 衝撃で真っ青になっていた侍女の顔が、今や真っ赤になっていた。
 たぶんきっと、イヴェット以上に怒りに震えているのだろう。

 侯爵家のすべての者が、イヴェットとユーセフの婚約を祝い喜んでいた。
 その信頼を、彼は失ったのだ。

 イヴェットの、言葉で。

「ざまぁみろ」

 呟いた言葉を投げつけるべきユーセフはすでにその場にいなかったけれど。
 代わりに聞いていた侍女が、やさしくイヴェットの前に、身を寄せてくれた。

 そうして無言で、顔を拭ってくれた。

「あとで甘い紅茶と一緒に、蒸しタオルをお持ちいたしますね。あんな男の為に、お嬢様が泣いたりする必要は、まったくありません」

 そうしてイヴェットは、自分が泣いていることに、気が付いたのだった。




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