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3.偽りの溺愛絶対に駄目
しおりを挟むそのつもりだったのに。
──おかしいわ。なんで私は、ニコニコと笑顔のユーセフ様とふたりでお茶を飲んでいるのかしら。
あの日の夕方、同じ馬車で侯爵家へとやってきたユーセフ様を、お父様は喜んで迎え入れた。
そうしてなんと即日その場で、イヴェットたちの婚約は本当に誓約が為されてしまったのだ。
ユーセフ様は、毎朝、侯爵家まで迎えに来ては学園へご一緒して、夕方は侯爵家まで馬車で送って下さる。
勿論学園でもほぼずっと一緒だ。
あのムカつくバルテルミ・デシャルム第二王子殿下とは、ほとんど一緒にいるところを見なくなった。
たまに目配せをしているような気もするが、イヴェットが視線を送るとそっぽを向いてしまうので、確かではない。
だから、イヴェットに分かる彼らの交流といえるものは、今や挨拶くらいのものだろう。
彼らの間はまるで、それまでのユーセフとイヴェットの関係のように遠くなってしまった。
「イヴェット様と、またこうして一緒にお茶を飲める日がくるなんて思いもしませんでした。幸せすぎる」
それにしても、このところのユーセフ・ダラディエ伯爵令息の演技力が、異様に高くなっていて目のやり場に困る。
頬を染め、熱く見つめる。この表情がすべて演技、偽物だなんて。
あのバルテルミ殿下とのくだらない賭けの現場に居合わせていなかったら、完全に騙されてしまうところだった。
いいえ、私イヴェット・ペルディエでなかったら、あの賭けの現場で見聞きしたことの方を夢かなにかであったのではないかと思うに違いない。
演技することに慣れてしまえば、知恵者なユーセフには、乙女をたぶらかすことなど造作もないのだ。たぶん。
侯爵令嬢たるイヴェットだからこそ、こうやって自分を律することができているのだ。そうでなかったらひとたまりもないだろう。
「次の休日は観劇に行く約束ですよね。お迎えに上がりますね。できれば前にお贈りしたドレスを着ていただけたら嬉しいです」
「えっと、赤いドレスでしたでしょうか」
まるで自身が薔薇になったような素敵な赤いドレス。色味のちがう赤いシフォンを何層も重ねたやわらかなドレスは、軽くて着心地が最高によかった。
「赤いドレスを着たイヴェット様もお美しかったですけど、紺地に金の刺繍が入ったドレスがいいです。あの……実は、あのドレスに似合いそうなチョーカーを見つけてしまいまして。イヴェット様の細い首にきっと映えると思うんです」
にこにことベルベットの箱を差し出してくる。
そっと開けてみれば、中にはルビーがちりばめられたチョーカーが入っていた。
ドレスの刺繍と同じ葡萄の葉をモチーフとした金の細工で出来ており、ルビーはその色の濃淡を使って葡萄の実を模しているらしい。美しく愛らしい逸品だ。
紺色のエナメルがところどころに使われていて差し色になっていて、確かにこれならばあの紺色のドレスに似合うだろう。
「素敵」
「気に入ってくれたなら良かった」
毎回会う度に渡される花束、何着も届くドレス、それに合わせたアクセサリーの数々。
ドレス工房も超一流だ。侯爵夫人である母だって数着しか持っていない王族御用達の工房の手によるものばかり。
これはたぶんきっと、第二王子の伝手を使っているに違いない。そう思うと少しだけ素直に喜べなくなる。
それにしても、学生で、なにより伯爵家の次男でしかないユーセフ様がどうやってその費用を捻出しているのか。心配になる。
「あの、こんなに毎回、高価なプレゼントを頂かなくとも」
贈られたばかりで身に着けていない今ならば、お店に返品できるのではないかとベルベットの蓋を閉めて、そっと差し戻した。
けれど、その箱をじっと見つめて受け取っては貰えなかった。
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