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2.嘘告絶対に駄目
しおりを挟むそうして実際に、「今すぐ」と殿下から言われていたけれど、イヴェットはその後何事もなく家に帰り着いた。
だからすっかり安心して翌朝いつものように登校したのだ。
なのに。
「ずっと好きでした。私と付き合って下さい。むしろ結婚……いや、まだ学生なので、とりあえず婚約してください」
「「「「「きゃー!!」」」」」
よりにもよって、登校時間の校門でそれは実行されてしまったのだ。
登校中の生徒たち特に令嬢たちから、本気の悲鳴が上がった。
当然だがユーセフ・ダラディエ伯爵令息は令嬢たちから人気がある。最悪の事態だ。
目の前に掲げられているのは、12本の赤い薔薇で作られたブーケだ。
正しくプロポーズのために作られた完璧なブーケだった。瑞々しい花弁は艶やかで美しい。
対して、跪いたユーセフ・ダラディエ伯爵令息の顔は真っ青だ。
その中で、ひと際赤く輝く宝石のような瞳は不安の色に揺れている。
どう見ても本意ではないと言わんばかりだった。
そんな顔をしてまで第二王子殿下の側近になりたいというのだろうか。
──イヴェットを、傷つけてまで?
本意ではないこのプロポーズは、バルテルミ第二王子殿下の悪ふざけによって強制されたものだと分かっていた。
悪いのは、バルテルミ殿下で、ユーセフ・ダラディエ伯爵令息だって被害者だ。
分かっている。分かっていても、イヴェットは傷ついた。
直接その傷をつけたのは、ユーセフ・ダラディエ本人だ。だから。
「喜んで」
真っ赤な薔薇の花束を受け取ってイヴェットがそう答えると、周囲からものすごい歓声と悲鳴が上がった。
「……え、あ。本当、に?」
「あら、受けてはいけませんでしたか?」
「いや、そんなことは。ちょっと……嬉し、すぎて、信じられなくて」
呆然とした彼にそう言われて、微笑みを返した。
まさか自分のこの嘘告が、受け入れられるとは思わなかっただろう。
イヴェットは侯爵令嬢で、彼は第二王子の側近候補ではあるものの今はまだその地位は確定したものではない。今突然、実兄がダラディエ伯爵家を継いでしまえば、単なる騎士爵持ちという称号のみになる。つまり、爵位を次代に継げない吹けば飛ぶような存在だ。
どうせ断られるからと思って安易に嘘告を選んだのだろう。
──でも、残念でしたわね。私、これが程度の低い悪ふざけだと知っているの。
「まぁ。こんなに大胆に朝の登校時間の真っ最中で告白をしておきながら、振られることが前提でしたの? 私、お断りした方がよろしかったかしら」
わざとらしいかと思いつつ、小首をかしげて受け取った花束に顔を伏した。
そうやって罪悪感を誘いながら図星を突いてやると、飛び上がらんばかりに焦っている。
「いやっ、そんなことは! 受けてくれて、光栄です。とても、嬉しい。ありがとう」
これほど簡単に、焦りを見せては駄目ではないかしら。
完璧なユーセフ様も、こんな茶番には向いていらっしゃらないようね。
たぶんきっと、どこかでバルテルミ殿下とその仲間たちはこの茶番を見て笑っているのだろう。
好きなだけ笑っているといい。こんな馬鹿な遊びを思いついたことを、後悔させて差し上げましょう。
「うふふ。早速侯爵家へ報告しておきますね。お父様に挨拶に来て下さるのでしょう?」
「はい」
ハッと表情を硬くして頷く。その緊張した様子にイヴェットはほくそ笑んだ。
口が滑ったのかもしれないけれど、結婚とか婚約などという必要はなかったのに。
わざわざ傷を広げようとなさったりなさるから悪いのよ?
学園でこれだけ人気の高いあなたからの婚約の申し入れをこれだけの観衆の目の中で、振ってしまったなら、どれだけお高くとまっているのかと陰口を叩かれることになってしまうに違いない。
親との話し合いで「実は水面下ですでに縁談がある」とでも言って断って貰う方がましだと判断した。
ついでにそれまでの時間、精々冷汗を掻くとよろしいわ。
楽しみにしていて。
絶対に、この嘘告に乗ったことを、あなたにも後悔させて差し上げますわ。
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