2 / 10
2.嘘告絶対に駄目
しおりを挟むそうして実際に、「今すぐ」と殿下から言われていたけれど、イヴェットはその後何事もなく家に帰り着いた。
だからすっかり安心して翌朝いつものように登校したのだ。
なのに。
「ずっと好きでした。私と付き合って下さい。むしろ結婚……いや、まだ学生なので、とりあえず婚約してください」
「「「「「きゃー!!」」」」」
よりにもよって、登校時間の校門でそれは実行されてしまったのだ。
登校中の生徒たち特に令嬢たちから、本気の悲鳴が上がった。
当然だがユーセフ・ダラディエ伯爵令息は令嬢たちから人気がある。最悪の事態だ。
目の前に掲げられているのは、12本の赤い薔薇で作られたブーケだ。
正しくプロポーズのために作られた完璧なブーケだった。瑞々しい花弁は艶やかで美しい。
対して、跪いたユーセフ・ダラディエ伯爵令息の顔は真っ青だ。
その中で、ひと際赤く輝く宝石のような瞳は不安の色に揺れている。
どう見ても本意ではないと言わんばかりだった。
そんな顔をしてまで第二王子殿下の側近になりたいというのだろうか。
──イヴェットを、傷つけてまで?
本意ではないこのプロポーズは、バルテルミ第二王子殿下の悪ふざけによって強制されたものだと分かっていた。
悪いのは、バルテルミ殿下で、ユーセフ・ダラディエ伯爵令息だって被害者だ。
分かっている。分かっていても、イヴェットは傷ついた。
直接その傷をつけたのは、ユーセフ・ダラディエ本人だ。だから。
「喜んで」
真っ赤な薔薇の花束を受け取ってイヴェットがそう答えると、周囲からものすごい歓声と悲鳴が上がった。
「……え、あ。本当、に?」
「あら、受けてはいけませんでしたか?」
「いや、そんなことは。ちょっと……嬉し、すぎて、信じられなくて」
呆然とした彼にそう言われて、微笑みを返した。
まさか自分のこの嘘告が、受け入れられるとは思わなかっただろう。
イヴェットは侯爵令嬢で、彼は第二王子の側近候補ではあるものの今はまだその地位は確定したものではない。今突然、実兄がダラディエ伯爵家を継いでしまえば、単なる騎士爵持ちという称号のみになる。つまり、爵位を次代に継げない吹けば飛ぶような存在だ。
どうせ断られるからと思って安易に嘘告を選んだのだろう。
──でも、残念でしたわね。私、これが程度の低い悪ふざけだと知っているの。
「まぁ。こんなに大胆に朝の登校時間の真っ最中で告白をしておきながら、振られることが前提でしたの? 私、お断りした方がよろしかったかしら」
わざとらしいかと思いつつ、小首をかしげて受け取った花束に顔を伏した。
そうやって罪悪感を誘いながら図星を突いてやると、飛び上がらんばかりに焦っている。
「いやっ、そんなことは! 受けてくれて、光栄です。とても、嬉しい。ありがとう」
これほど簡単に、焦りを見せては駄目ではないかしら。
完璧なユーセフ様も、こんな茶番には向いていらっしゃらないようね。
たぶんきっと、どこかでバルテルミ殿下とその仲間たちはこの茶番を見て笑っているのだろう。
好きなだけ笑っているといい。こんな馬鹿な遊びを思いついたことを、後悔させて差し上げましょう。
「うふふ。早速侯爵家へ報告しておきますね。お父様に挨拶に来て下さるのでしょう?」
「はい」
ハッと表情を硬くして頷く。その緊張した様子にイヴェットはほくそ笑んだ。
口が滑ったのかもしれないけれど、結婚とか婚約などという必要はなかったのに。
わざわざ傷を広げようとなさったりなさるから悪いのよ?
学園でこれだけ人気の高いあなたからの婚約の申し入れをこれだけの観衆の目の中で、振ってしまったなら、どれだけお高くとまっているのかと陰口を叩かれることになってしまうに違いない。
親との話し合いで「実は水面下ですでに縁談がある」とでも言って断って貰う方がましだと判断した。
ついでにそれまでの時間、精々冷汗を掻くとよろしいわ。
楽しみにしていて。
絶対に、この嘘告に乗ったことを、あなたにも後悔させて差し上げますわ。
98
表紙イラストは束原ミヤコ様(@arisuthia1)から頂きました。ありがとうございます♡
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
【完結】物憂げな王弟殿下は幼き公女さまと、かりそめの婚約をする
江崎美彩
恋愛
甥である王太子の華やかな婚約発表の場から抜け出したテオドール。
自分の住処である離れに戻ろうとすると小さな少女が泣いていた。
「どうして泣いているの? 小さなレディ」
「私の王子様が結婚しちゃうの」
少女を慰めるためについ呟いてしまった……
「君は昔の王子様の婚約者になるかい?」
登場人物
テオドール・ヴァーデン
王弟殿下(元第三王子)
ジル
王弟殿下の専属侍従
オフィーリア・シーワード
公爵家の次女
※『転生先の物語と役割がわかりません!』もお読みいただいている方へ
お読みいただきありがとうございます。
独立した話ですが、十数年先が舞台の話なので未来のシリル殿下に関わる描写があります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】大嫌いなあいつと結ばれるまでループし続けるなんてどんな地獄ですか?
杏
恋愛
公爵令嬢ノエルには大嫌いな男がいる。ジュリオス王太子だ。彼の意地悪で傲慢なところがノエルは大嫌いだった。
ある夜、ジュリオス主催の舞踏会で鉢合わせる。
「踊ってやってもいいぞ?」
「は?誰が貴方と踊るものですか」
ノエルはさっさと家に帰って寝ると、また舞踏会当日の朝に戻っていた。
そしてまた舞踏会で言われる。
「踊ってやってもいいぞ?」
「だから貴方と踊らないって!!」
舞踏会から逃げようが隠れようが、必ず舞踏会の朝に戻ってしまう。
もしかして、ジュリオスと踊ったら舞踏会は終わるの?
それだけは絶対に嫌!!
※ざまあなしです
※ハッピーエンドです
☆☆
全5話で無事完結することができました!
ありがとうございます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冴えない子爵令嬢の私にドレスですか⁉︎〜男爵様がつくってくれるドレスで隠されていた魅力が引きだされる
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のラーナ・プレスコットは地味で冴えない見た目をしているため、華やかな見た目をした
義妹から見下され、両親からも残念な娘だと傷つく言葉を言われる毎日。
そんなある日、義妹にうつけと評判の男爵との見合い話が舞い込む。
奇行も目立つとうわさのうつけ男爵なんかに嫁ぎたくない義妹のとっさの思いつきで押し付けられたラーナはうつけ男爵のイメージに恐怖を抱きながらうつけ男爵のところへ。
そんなうつけ男爵テオル・グランドールはラーナと対面するといきなり彼女のボディサイズを調べはじめて服まで脱がそうとする。
うわさに違わぬうつけぷりにラーナは赤面する。
しかしテオルはラーナのために得意の服飾づくりでドレスをつくろうとしていただけだった。
テオルは義妹との格差で卑屈になっているラーナにメイクを施して秘められていた彼女の魅力を引きだす。
ラーナもテオルがつくる服で着飾るうちに周りが目を惹くほどの華やかな女性へと変化してゆく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私は恋をしている。
はるきりょう
恋愛
私は、旦那様に恋をしている。
あれから5年が経過して、彼が20歳を超したとき、私たちは結婚した。公爵家の令嬢である私は、15歳の時に婚約者を決めるにあたり父にお願いしたのだ。彼と婚約し、いずれは結婚したいと。私に甘い父はその話を彼の家に持って行ってくれた。そして彼は了承した。
私の家が公爵家で、彼の家が男爵家だからだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。
BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。
父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した!
メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?
江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。
大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて……
さっくり読める短編です。
異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。
氷の公爵の婚姻試験
黎
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる