約束の、破滅の日

喜楽直人

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第一章:神の裁きは待たない

1-7.亡き王子が遺したもの

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 この計画のすべては、アズノル国の十三番目の王子が齎した、まるで絵空事のような話から生まれた。

 その王子は、王が戯れに手を付けた、王宮へ侍女として上がっていた男爵家令嬢から庶子としてお生まれになられた。だから王位継承権など与えられる筈もなく、見目を認められて王室の功を上げた臣下への報償となるか、才を伸ばして爵位を賜る価値を身に着けるかのどちらかしかないと思われた。

 実際の王子は、まだ自分の足で立つこともできない時分に言葉を話し始めた天才であった。
 ただし、彼が話し始めたのは異国の言葉だ。
 幼児が話す擬音めいたものではない。はっきりとした母音と子音からなる発音。リズムにも規則性が認められ、誰もが絶句した。
 身振り手振りで請われるままに羽ペンを持たせてみると、さすがに初めこそ使い方が分からないのか戸惑った様子を見せたが、すぐに羽の軸へとインクを吸いあげさせるのだと気付いてからは、ゆっくりと文字を書き連ねていく。
 それは、出鱈目というにはあまりにも規則性を感じさせる異国の文字だった。
 記されていく文字の線は拙く所々掠れいたし、ゆっくりと休み休みにしか文字は増えていかない。
 幼子のふくふくとした柔らかな指では、細い鳥の羽を上手く操つれないのだろう。また筋力もまだ弱く持久力に欠ける。拙く見えるのはそのせいであって、彼が出鱈目を思いつくのに時間が掛かっている訳ではないのだということは、傍で固唾を呑んで見守っていた誰の目にも明らかだった。
 神の使いか、悪魔の使いか。
 幼い瞳に知性の輝きを湛えた、彼以外には通じぬ言葉と文字を操る王子は、長じてアズノルの言葉も覚え意思の疎通ができるようになったある日突然、その才覚を見せつける。

 壊れない橋梁の建設方法、優美な高層建築物の構造、画期的な井戸の掘り方、上下水道を提唱し、灌漑設備の必要性を謳い、大水に備えた調整池の効用について活舌の悪い舌ったらずの声で幼い王子が大人たちを前にしてその必要性について切々と説き訴えていく。
 誰もが、その神童という言葉すら物足りないと思わせる王子の様に、うすら寒いものを感じながらも魅入られるように真剣に耳を傾けていた。
 それらすべてを彼が生きている間に作れるとは限らない。材料や建設機材など、彼の知識で埋めきらない物は沢山あったからだ。
 けれども彼は、彼が持つ知識において、このアズノル国の生活を豊かで安全にしていける設備について、その構造やその設備を造る意義を纏めたものをノートへと書き記し、王へと献上し宣言してみせたのだ。

「私はここより文明の進んだ世界で生きていたという前世の記憶があります。その前世の知識を生かして、ここに強固な国を造りたいのです。すぐにではなくとも、いつかそんなお手伝いができたらと思います」と堂々と述べたのだという。

 そうして王は、そのノートに掛かれた都市計画についての検証を学者や各専門部署に求め、結果、それらすべての建設する為の研究を承認したのだ。

「お前の力、お前の知識をもってして、この国の行く末を明るく照らして見せるがよい」

 更に、本来ならば与えられる筈のなかった王位継承権第三位の地位を与え、その計画における総指揮に就くことを許されたのだった。


 そうして。

 ──だから彼は死んだのだ。

 第一王子として生まれた、既に成人していた長兄の指示によって。
 第二王子である次兄の計画により、第三王子と第四王子がその手を汚し実行へと移し、後ろ盾のない幼い庶子の王子の命は刈り取られた。

 十三人目に産まれた庶子の王子へ、王位継承権第三位という身に余る栄誉が与えられて、たった十日後の事だった。


 王子の死後、王の命により彼の部屋にあったもの、彼の使っていた家具や衣服や道具のすべて、床板、天井、壁板までありとあらゆるものが壊されて、献上されたノート以外に彼が遺したものがないか精査された。

 そうして発見された三冊のノートには、この国と敵対する隣国の未来が書かれた予言が遺されていた。
 正しくはアズノルの言語と異国の言語について王子自身が作ったと思われる辞書と、第十三子として産まれた王子が自身におきた転生というものについて検証したノートと、予言の書だ。
 これも正しくない。このその時点では予言として認められることはなかったからだ。

 転生に関する検証ノートと予言の書は異国の言語にて書かれていた為、ルドの作った辞書をアズノルの研究者たちが徹夜で解読した。

 そうしてそこに書かれていた話は、まるで少女が好んで読むくだらない夢物語だった。
 幼い頃に誘拐され遠い森の中で捨てられた男爵令嬢フィリアが自身の地位を取り戻し、貴族の子息令嬢が通う学園で出会った王太子アルフェルト・ゲイルと恋に落ちる物語だ。
 辺境の村で年老いた猟師に育てられたフィリアは、令嬢としての所作も言葉遣いも満足にできないが、腹芸などない屈託のない言動と行動に、その周囲は徐々に絆されていく様が描かれている。

 王妃となるべく育てられた侯爵家の令嬢ではなく、16歳で市井から見つけ出された男爵家の令嬢を王妃に戴くなど民草はともかく貴族たちが許す筈もない。もしそれを善とするならば、よほど元の婚約者に王妃たる器がなく、男爵令嬢にその才を見出した時のみだろう。ふたつの要因のどちらが欠けても国という歯車はうまく回りはしまい。

「くだらない。単なる作り話、夢物語ではないか!」
 あの素晴らしい都市計画が記されたノートとは価値も重みも全く違うと王は吐き捨てテーブルの上に放り投げた。
「第三位という名ばかりの王位継承権を与えたことでその生涯を囲い込み、王への感謝を捧げさせ使い潰してやるつもりだったのに」と、計画が無に帰したことを残念がると共に、王の構想を無に帰した息子達へ罰を与えた。
 王太子を空席として、王子たち全員の継承権を剥奪したのだ。

「初心に還り、お前等一人一人が、自身の、早く生まれたという以上の価値を提示してみせるがいい」

 アズノル国に激震が奔った。

 そうしてそのノートは、「もしや、ということもある。隣国を監視し、検証しておけ」と命じられた、幼い王子の暗殺計画に関わることのなかった第八王子に引き渡されたのだった。

 王太子が確定しないまま月日は流れた。アズノル国の都市計画が彼の王子のノートを基に進められていくにつれ、災害に負けない国として国は栄え、いつしか強国と呼ばれるようになった。

 その計画を提唱した人物が年嵩の兄達に疎まれて殺されてしまった庶子の王子によるものだと誰もが忘れ去った頃。

 敵国のままである隣国に待望の王子が生まれた。その王子の名前が、ノートに書いてあった名前と同じだと判明し、長じてその婚約を破棄されることとなる侯爵家に令嬢が生まれたことが確認された辺りで、まさかという思いがノートを精査するように命じられていた第八王子の頭の中で浮かんだ。

 しかも、生まれた王子の容姿も侯爵令嬢の容姿も、あのノートにあるそのもののである事が判った。また、まだ幼いその令嬢がひと際残忍な性格だという報告を受けた時には「頭の奥が痺れる気持ちになった」と後に彼は側近に述べている。

 ついには、「産まれたばかりのノーブル男爵家の令嬢が身代金目当てで誘拐されていた」「そのまま辺境の地で捨てられたが、猟師に拾われ孤児として育てられている」「その娘の髪は美しいプラチナブロンドで瞳は柔らかな若草のようなグリーン」だと調べが付いた時、第八王子により、ひとつの計画が立てられた。

 アズノル国の十三番目の王子が齎した絵空事のような夢物語に、第八王子パススによる酔狂という手が加えられ、開演となったのだった。





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