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第一章:神の裁きは待たない
1-4.凶行の朝
しおりを挟む夜会のあった翌朝は、陽が昇りきってから起きる令嬢は多い。
けれども王宮内に急遽泊まることになったピリア・ゾール侯爵令嬢は寝る前の支度を手伝った王宮侍女へ「午前中の内に、自邸へ帰りたいのです。婚約した途端、図々しくも王宮で自堕落に過ごしているなどと噂されたくないのです」と恥ずかしそうに願い出ていた。
新しい王太子の婚約者となった令嬢は、頭脳明晰であり特に語学力に長けるという反面どこか後ろ暗い悪い噂が絶えなかった前の婚約者である令嬢とは全く違うと評判ではあったが、本当にとても愛らしく慎ましやかな性格なのだとその願いを聞いた侍女はやわらかな微笑みをもってその願いを受け入れた。
「はい。お申し出を承りました。他にも何か申し付けが御座いましたら、いつでもなんなりとお申し出ください」
就寝準備を手伝いながら侍女がそう伝えると、嬉しそうに「ありがとう」とお礼まで言ってくる。
愛らしい表情と受け答えにすっかり魅了された侍女は、朝の担当となる侍女へ新しい婚約者の好ましい感想と共に、その旨の申し渡しをしたのだった。
「おはようございます、ゾール侯爵令嬢ピリア様」
貴族令嬢の朝はすることが多い。
特に、昨夜は急遽お泊りになったことと夜遅くなっていてお疲れということだったので化粧を落としただけでお休みになられてしまわれたという。
入浴して身綺麗にされてからのご出立を希望されるかもしれないし、疲れと睡眠不足から浮腫みがあるようならばマッサージも希望されるかもしれないと、昨晩担当した者から「とても感じの良い令嬢だった」と話を聞いていた朝の担当を受け持った者たちは、未来の王太子妃となるご令嬢の為に万全の準備を整え人数も多めにして朝のご挨拶に参じたのだ。
返事がないまま部屋の扉を開き、部屋に籠った酒精の香りに苦笑しながらも朝陽を遮る分厚い緞帳を手分けして開き、窓も大きく開けて気持ちの良い朝の空気と入れ替えた。
そうして、再びお声掛けをしつつ、愛らしいメイプル材で出来た四柱式ベッドの天蓋を開けた。
「ピリア・ゾール様、おはようございます。お食事の前に、ご入浴は召されますか?」
そうして目の前に広がっていたのは、昨夜の祝宴で幸せに輝いていた美しい未来の王太子妃となるご令嬢が、その身を穢されてベッドの端で丸まるようにして声を潜めて泣いている姿だった。
ベッドの中央には、その犯行を行った犯人が、堂々と五体を伸ばして鼾を掻いて寝転んでいる。
「きゃ、きゃーっ! ぴ、ピリア様が!! アルフェルト様が、御乱心召されました!」
万全を期して人数を揃えた、それが大いに裏目に出た。
侍女のひとりが、あまりに突然目の前に広がった惨劇に、大きな声で叫んでしまったのだ。
しかも、よろめいた挙句にベッド脇にあったテーブルセットを巻き込んで倒してしまった。
お陰で、テーブルが倒れる音だけでなく、上に乗せておいた水差しやモーニングティーの用意をしておいたティーセットが床に落ちて割れる大きな音が、開け広げた窓の外に響き渡る。
勿論、泣き叫ぶ侍女の、王太子であるアルフェルトが犯した罪を指摘する声もだ。
「如何されましたか?!」
当然、異変に気が付いて慌てて駆けつけた衛兵までがその現場を目にすることになり、王太子の破廉恥すぎる悪事は隠すことの出来ない公然の秘密となった。
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