愚者の恋

メカ喜楽直人

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2.努力が実を結ばないなら自ら踏みつぶすまで

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「冗だ……「冗談はおやめください。私は、私の敬愛する主を害する虫けらを排除したまでです。私はなにも間違ったことなど、しておりません!」

 私とネビル殿下の視線を遮るように、ずっと後ろで控えていたアリスが私の前へと進み出て、ハッキリとした口調で、それを宣言した。

「アリス?」

 まるで、数々の行為を自分が行ったかのような発言に、違和感と不安が募る。

 アリス・ナール子爵令嬢。母親同士が親友であったこともあり、幼い頃からずっと傍に居てくれたレーシアの親友。いずれネビル殿下と婚姻を結んだ暁には、王子妃側近として仕えてくれる約束をしていた存在だ。

 殿下がピーネを横に置くようになってからも、殿下の問い質す声に人影が散った今も、彼女だけはレーシアの傍にずっといてくれた。

 だから、レーシアはまっすぐ前を向いていられたのだ。

「アリス? あなた、なにを」

「やめるんだ、レーシア。君が影で彼女を諫めようと心を砕いていたのは知っている。けれどどう取りなそうとしても、もう遅いんだ。なにより彼女はまったく反省していない」

「えぇ、その通りです。さすが我がレーシア様の婚約者。あぁ、不実な婚約者ですけれど、ね?」

「違う! 何度でもいうが、私はレーシアを裏切ったりしていない!」

「ほほほ。口ではなんとでも言えますわね? けれど、何度レーシア様から忠言をされても婚約者のある身でありながら他の女性を傍に侍らせていらしたではありませんか。なぜでしょう? 一体どのような理由が? 貴族のしきたりに不安があったからとて、他の方にお預けになられればよろしいではありませんか。令嬢の補佐を異性がする必要がどこにあるのです? しかもそれを一国の王子するなどありえないことではありませんか。その理由すら説明できない。それで不実を否定されても誰が納得できるというのです!」

「それは……」

 アリスの詰問に、ネビルはどこか苦しげに言葉を詰まらせた。
 ちらちらと横にいる少女へ視線を送る。

「それは、ネビル殿下には不可能な相談です。これは私が陛下に願い出て、私の我儘を叶えて戴いたものですので」

 少女が一歩前に出て、そう宣言する。

 その顔は、この場にあっても静謐で、どこか超然としていた。

「ピーネ嬢。まだ一日ある。いいのか?」

 ネビルの問い掛けに、ピーネは少し寂し気な笑顔を浮かべ首を横に振った。

「いいのです。もう十分、ネビル様はお務めを果たして下さいました」

「ピーネ嬢。ありがとう、ございました」

 周囲にはまったく分らない会話が壇上で交わされていた。

 その会話の内容は壇下には聞こえない。すぐ傍にいた側近たちにも会話の意味するところは理解できなかった。

 けれど。ふたりだけに通じる会話を交わしている、それだけでレーシアには十分だった。

 まるで今生の別れのような愁嘆場を見せられて、レーシアの心は張り裂けんばかりに苦しくなった。
 いますぐ壇上へ駆け上がり、ふたりの間に割って入ってやろうとした。

 しかし周囲から見えない角度でぎゅっと腕をアリスに掴まれて、動けない。

「アリス。放しなさい」

 いつだってレーシアの命令に忠実であった親友であり腹心は、しかし今こそそれを受け入れず、レーシアの叱責を覆い隠すように声を張り上げ笑い出した。

「ふふふっ。あはははは! 婚約者でもない女性に、名前で呼ぶことを許しておきながら、不実ではないとまだ仰る?」

 あははと派手に笑うアリスに、レーシアは訳が分からなかった。

「違うのだ、ナール子爵令嬢。俺は本当に不実な真似などしていない」

 よほど焦ったのだろう。ネビルの一人称が俺になっていた。
 それでも頑なに否定するのは、自分の非を認めては、この後に影響がでると思っているからだろうか。

 この後──レーシアとの婚約を破棄した後。
 ネビルはピーネと新たに婚約を結ぶのだろう。

 それを思うと、自分から選び取ったのだと胸を張る気力が薄れていく。

 レーシアよりもずっと好きになった女性ができたと振られるくらいならば、自ら婚約者として相応しくない行動を冒すことをレーシアは選んだ。

 自ら選択して、婚約者という地位を捨てたのだとする為に。

 だって、レーシアはネビルが好きなのだ。

 婚約者として初めて顔合わせをするより前から。ずっとずっと。その笑顔が好きだった。憧れていた。

 正式に婚約者となり、すぐ傍でその努力をする姿を見ることができるようになり、憧れは尊敬を伴って恋となった。

 自らも彼の隣に相応しくあるために苦手な語学も頑張ったし、国内について不勉強な王子妃などいないと常に最新の情報を集め徹底的に覚えた。

 お陰で毎年卒業生の中から十名選出される優秀者として選ばれるまでにもなった。

 美しくある為に、すきなケーキも我慢して2個食べたくとも1個だけにした。
 時にはアリスと半分ずつだけ食べて我慢することもあった。

 どんなに疲れて眠くなっても、丁寧に化粧を落としてマッサージを受け、ストレッチを行なってから寝ることにしていたし、誰よりも美しい所作を身に着ける為に笑う時の首を傾げる角度も、食べたり飲んだりする姿も、すべてアリスと共に徹底的に研究し、理想を実現できるよう努力を重ねた。

 しかしそんな努力も無駄になろうとしている。いや完全に無駄だった。努力などしなければよかったとさえ思う。

 そんな努力をしているとは思えない、つい一年前まで平民であった名ばかりの伯爵令嬢であるピーネが選ばれたのだから。

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