愚者の恋

喜楽直人

文字の大きさ
上 下
2 / 5

2.努力が実を結ばないなら自ら踏みつぶすまで

しおりを挟む


「冗だ……「冗談はおやめください。私は、私の敬愛する主を害する虫けらを排除したまでです。私はなにも間違ったことなど、しておりません!」

 私とネビル殿下の視線を遮るように、ずっと後ろで控えていたアリスが私の前へと進み出て、ハッキリとした口調で、それを宣言した。

「アリス?」

 まるで、数々の行為を自分が行ったかのような発言に、違和感と不安が募る。

 アリス・ナール子爵令嬢。母親同士が親友であったこともあり、幼い頃からずっと傍に居てくれたレーシアの親友。いずれネビル殿下と婚姻を結んだ暁には、王子妃側近として仕えてくれる約束をしていた存在だ。

 殿下がピーネを横に置くようになってからも、殿下の問い質す声に人影が散った今も、彼女だけはレーシアの傍にずっといてくれた。

 だから、レーシアはまっすぐ前を向いていられたのだ。

「アリス? あなた、なにを」

「やめるんだ、レーシア。君が影で彼女を諫めようと心を砕いていたのは知っている。けれどどう取りなそうとしても、もう遅いんだ。なにより彼女はまったく反省していない」

「えぇ、その通りです。さすが我がレーシア様の婚約者。あぁ、不実な婚約者ですけれど、ね?」

「違う! 何度でもいうが、私はレーシアを裏切ったりしていない!」

「ほほほ。口ではなんとでも言えますわね? けれど、何度レーシア様から忠言をされても婚約者のある身でありながら他の女性を傍に侍らせていらしたではありませんか。なぜでしょう? 一体どのような理由が? 貴族のしきたりに不安があったからとて、他の方にお預けになられればよろしいではありませんか。令嬢の補佐を異性がする必要がどこにあるのです? しかもそれを一国の王子するなどありえないことではありませんか。その理由すら説明できない。それで不実を否定されても誰が納得できるというのです!」

「それは……」

 アリスの詰問に、ネビルはどこか苦しげに言葉を詰まらせた。
 ちらちらと横にいる少女へ視線を送る。

「それは、ネビル殿下には不可能な相談です。これは私が陛下に願い出て、私の我儘を叶えて戴いたものですので」

 少女が一歩前に出て、そう宣言する。

 その顔は、この場にあっても静謐で、どこか超然としていた。

「ピーネ嬢。まだ一日ある。いいのか?」

 ネビルの問い掛けに、ピーネは少し寂し気な笑顔を浮かべ首を横に振った。

「いいのです。もう十分、ネビル様はお務めを果たして下さいました」

「ピーネ嬢。ありがとう、ございました」

 周囲にはまったく分らない会話が壇上で交わされていた。

 その会話の内容は壇下には聞こえない。すぐ傍にいた側近たちにも会話の意味するところは理解できなかった。

 けれど。ふたりだけに通じる会話を交わしている、それだけでレーシアには十分だった。

 まるで今生の別れのような愁嘆場を見せられて、レーシアの心は張り裂けんばかりに苦しくなった。
 いますぐ壇上へ駆け上がり、ふたりの間に割って入ってやろうとした。

 しかし周囲から見えない角度でぎゅっと腕をアリスに掴まれて、動けない。

「アリス。放しなさい」

 いつだってレーシアの命令に忠実であった親友であり腹心は、しかし今こそそれを受け入れず、レーシアの叱責を覆い隠すように声を張り上げ笑い出した。

「ふふふっ。あはははは! 婚約者でもない女性に、名前で呼ぶことを許しておきながら、不実ではないとまだ仰る?」

 あははと派手に笑うアリスに、レーシアは訳が分からなかった。

「違うのだ、ナール子爵令嬢。俺は本当に不実な真似などしていない」

 よほど焦ったのだろう。ネビルの一人称が俺になっていた。
 それでも頑なに否定するのは、自分の非を認めては、この後に影響がでると思っているからだろうか。

 この後──レーシアとの婚約を破棄した後。
 ネビルはピーネと新たに婚約を結ぶのだろう。

 それを思うと、自分から選び取ったのだと胸を張る気力が薄れていく。

 レーシアよりもずっと好きになった女性ができたと振られるくらいならば、自ら婚約者として相応しくない行動を冒すことをレーシアは選んだ。

 自ら選択して、婚約者という地位を捨てたのだとする為に。

 だって、レーシアはネビルが好きなのだ。

 婚約者として初めて顔合わせをするより前から。ずっとずっと。その笑顔が好きだった。憧れていた。

 正式に婚約者となり、すぐ傍でその努力をする姿を見ることができるようになり、憧れは尊敬を伴って恋となった。

 自らも彼の隣に相応しくあるために苦手な語学も頑張ったし、国内について不勉強な王子妃などいないと常に最新の情報を集め徹底的に覚えた。

 お陰で毎年卒業生の中から十名選出される優秀者として選ばれるまでにもなった。

 美しくある為に、すきなケーキも我慢して2個食べたくとも1個だけにした。
 時にはアリスと半分ずつだけ食べて我慢することもあった。

 どんなに疲れて眠くなっても、丁寧に化粧を落としてマッサージを受け、ストレッチを行なってから寝ることにしていたし、誰よりも美しい所作を身に着ける為に笑う時の首を傾げる角度も、食べたり飲んだりする姿も、すべてアリスと共に徹底的に研究し、理想を実現できるよう努力を重ねた。

 しかしそんな努力も無駄になろうとしている。いや完全に無駄だった。努力などしなければよかったとさえ思う。

 そんな努力をしているとは思えない、つい一年前まで平民であった名ばかりの伯爵令嬢であるピーネが選ばれたのだから。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

婚約破棄を言い渡された側なのに、俺たち...やり直せないか...だと?やり直せません。残念でした〜

神々廻
恋愛
私は才色兼備と謳われ、完璧な令嬢....そう言われていた。 しかし、初恋の婚約者からは婚約破棄を言い渡される そして、数年後に貴族の通う学園で"元"婚約者と再会したら..... 「俺たち....やり直せないか?」 お前から振った癖になに言ってんの?やり直せる訳無いだろ お気に入り、感想お願いします!

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

欲しいものが手に入らないお話

奏穏朔良
恋愛
いつだって私が欲しいと望むものは手に入らなかった。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...