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冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい
51.終劇
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「ありがとうございました。将軍のお陰で、助かりました」
あと少しでも将軍の到着が遅ければ、髪を数本引き抜かれる以上の怪我を負わされていてもおかしくなかった。
無様に殴られて鼻血でも噴き出していたら目も当てられなかったことだろう。
ふたたび療養生活送りになるところだった。そうならなくて、本当によかった。
「あぁそれなんだが……」
将軍が、キョロキョロと辺りを見回している。
カリンおねえさまの横に立っている癖のある金髪閣下と、白髪の閣下が将軍の視線に気が付いて手を上げている。
それに気が付いた将軍は、不機嫌そうに眼を眇めた。
「あいつはどこにいるんだ」
……あいつ? え、おじいさんのことかしら。
そういえば、今おじいさんはどこにいるのだろう。
ここで無理矢理治療を受けされられたことをあんなに恨んだけれど、それがなければ呪いの言葉を跳ね返すことなんかできなかった。間違いなく直接対決に完全勝利を収めるどころか泥仕合になってただろう。
御礼をいわねば。伝言で済ませるのではなく、ちゃんと目を見て伝えたいと思う。
けれど、もう何日、おじいさんと会っていないのだろう。
俯いた時、耳元でしゃらりと髪飾りが音を立てた。
その音を聴いた時、髭モジャでぼさぼさ頭のおじいさんに、もう会えないような気がした。何故なのかはわからない。
「なんて。そんな訳ないわよね。うん。後でマダムに聞いてみよう」
あはは、と笑い飛ばしたオリーへ後ろから声が掛けられる。
「はー。危なかったぁ。オリー嬢、お待たせして悪かったねぇ」
大きなお腹を揺すった赤毛の閣下が、ブリーチーズを引き上げながらトイレから出てきた。
ストラが起こした騒動に、まったく気が付いてなかった様子に笑みが浮かぶ。
「いいえ、お気になさらず。ただいまお手拭きをご用意いたしますね」
閣下へお声掛けしつつ、一番傍にいる黒服を目線で探した。
「おい。なんでこのタイミングでいなかったんだ」
どうやら英雄将軍の探していた相手は、赤毛の閣下だったようだ。
腰に手をあて、仁王立ちになっている。
これは……かなり怒っている?
「あ。あれ。シュトラール。来ていたのかい。え? もしかして、本当にあいつオリビア嬢になにかしたの? うっそぉ」
赤毛の閣下は、慌てて周囲を見回して、周辺が荒れていることや、オリーの髪型が、ここまで案内した時とは大きく変わってしまっていることに気が付くと、大きく天を仰いで嘆息した。
そのまま片手で顔を覆う。
「何の為にお前をこちらに寄越したと思っている」
「いやぁすまんすまん。でもさ、出物腫れ物所嫌わずっていうだろう? 仕方がないじゃないか、漏らす訳にもいかないし」
何を頼まれていたのか会話の内容がオリーにはイマイチわからなかったが、悪びれない様子の赤毛の閣下に、あの英雄将軍が、がくりと肩を落とした。
ふたりの会話がおかしくて、つい声に出して笑う。
それに釣られたように赤毛の閣下が笑い出し、ついにはシュトラール将軍の怒りが解けたようだった。彼も笑いを浮かべていた。でもどっちかというと苦笑してる感じだった。
その、苦笑している顔がオリーの記憶の中のある人と重なる。
「…………」
騒ぎの元凶であるストラが連行され、残った私達が笑っていることで周囲の緊張も解けたのか、カリンおねえさまが駆け込んできた。
ぎゅっと抱き着かれて、そのお胸のやわらかさと甘くていい香りに包まれる幸せを堪能する。うわー、ウエスト思った以上にほっそいなぁ。はー。最高か。
「よく頑張ったわ、オリー。偉かった」
なぜか涙目のカリンおねえさまにぎゅうぎゅうに抱き締められながら褒められた。
嬉しい。
このお屋敷に連れてきて貰って、一番うれしかったのは皆が褒めてくれることだ。
でも、おいしいゴハンも嬉しい。支払いを考えると怖くなるけど。でもおいしくて嬉しい。
全部ぜんぶ諦めていた。日々の生活に追われて、自分が元貴族令嬢であることからも逃げていた。
新しく知識を得ることも、不細工な自分から脱却する努力も全部放り出して。
大好きだった父と母の名誉を傷つける借金に疑問を持つことすらしなかった。
全部ぜんぶ濡れ衣だったのに。
愚かなのは私だった。
騙されたのは、父と母ではない。
詐欺師を信じ、屋敷へと引き入れたのは、私だ。
取り返しのつかない長い時間ずっと筋違いにも父と母を憎んでいた自分が情けなかった。
悔しくて。悲しくて。
弟にも謝らなければいけない。
知らされた事実が胸に痛くて。
そんな馬鹿な子供であった自分を甘やかしてくれる、カリンおねえさまの抱擁が嬉しくて。
ただ大粒の涙を、流した。
「ありがとうございました。将軍のお陰で、助かりました」
あと少しでも将軍の到着が遅ければ、髪を数本引き抜かれる以上の怪我を負わされていてもおかしくなかった。
無様に殴られて鼻血でも噴き出していたら目も当てられなかったことだろう。
ふたたび療養生活送りになるところだった。そうならなくて、本当によかった。
「あぁそれなんだが……」
将軍が、キョロキョロと辺りを見回している。
カリンおねえさまの横に立っている癖のある金髪閣下と、白髪の閣下が将軍の視線に気が付いて手を上げている。
それに気が付いた将軍は、不機嫌そうに眼を眇めた。
「あいつはどこにいるんだ」
……あいつ? え、おじいさんのことかしら。
そういえば、今おじいさんはどこにいるのだろう。
ここで無理矢理治療を受けされられたことをあんなに恨んだけれど、それがなければ呪いの言葉を跳ね返すことなんかできなかった。間違いなく直接対決に完全勝利を収めるどころか泥仕合になってただろう。
御礼をいわねば。伝言で済ませるのではなく、ちゃんと目を見て伝えたいと思う。
けれど、もう何日、おじいさんと会っていないのだろう。
俯いた時、耳元でしゃらりと髪飾りが音を立てた。
その音を聴いた時、髭モジャでぼさぼさ頭のおじいさんに、もう会えないような気がした。何故なのかはわからない。
「なんて。そんな訳ないわよね。うん。後でマダムに聞いてみよう」
あはは、と笑い飛ばしたオリーへ後ろから声が掛けられる。
「はー。危なかったぁ。オリー嬢、お待たせして悪かったねぇ」
大きなお腹を揺すった赤毛の閣下が、ブリーチーズを引き上げながらトイレから出てきた。
ストラが起こした騒動に、まったく気が付いてなかった様子に笑みが浮かぶ。
「いいえ、お気になさらず。ただいまお手拭きをご用意いたしますね」
閣下へお声掛けしつつ、一番傍にいる黒服を目線で探した。
「おい。なんでこのタイミングでいなかったんだ」
どうやら英雄将軍の探していた相手は、赤毛の閣下だったようだ。
腰に手をあて、仁王立ちになっている。
これは……かなり怒っている?
「あ。あれ。シュトラール。来ていたのかい。え? もしかして、本当にあいつオリビア嬢になにかしたの? うっそぉ」
赤毛の閣下は、慌てて周囲を見回して、周辺が荒れていることや、オリーの髪型が、ここまで案内した時とは大きく変わってしまっていることに気が付くと、大きく天を仰いで嘆息した。
そのまま片手で顔を覆う。
「何の為にお前をこちらに寄越したと思っている」
「いやぁすまんすまん。でもさ、出物腫れ物所嫌わずっていうだろう? 仕方がないじゃないか、漏らす訳にもいかないし」
何を頼まれていたのか会話の内容がオリーにはイマイチわからなかったが、悪びれない様子の赤毛の閣下に、あの英雄将軍が、がくりと肩を落とした。
ふたりの会話がおかしくて、つい声に出して笑う。
それに釣られたように赤毛の閣下が笑い出し、ついにはシュトラール将軍の怒りが解けたようだった。彼も笑いを浮かべていた。でもどっちかというと苦笑してる感じだった。
その、苦笑している顔がオリーの記憶の中のある人と重なる。
「…………」
騒ぎの元凶であるストラが連行され、残った私達が笑っていることで周囲の緊張も解けたのか、カリンおねえさまが駆け込んできた。
ぎゅっと抱き着かれて、そのお胸のやわらかさと甘くていい香りに包まれる幸せを堪能する。うわー、ウエスト思った以上にほっそいなぁ。はー。最高か。
「よく頑張ったわ、オリー。偉かった」
なぜか涙目のカリンおねえさまにぎゅうぎゅうに抱き締められながら褒められた。
嬉しい。
このお屋敷に連れてきて貰って、一番うれしかったのは皆が褒めてくれることだ。
でも、おいしいゴハンも嬉しい。支払いを考えると怖くなるけど。でもおいしくて嬉しい。
全部ぜんぶ諦めていた。日々の生活に追われて、自分が元貴族令嬢であることからも逃げていた。
新しく知識を得ることも、不細工な自分から脱却する努力も全部放り出して。
大好きだった父と母の名誉を傷つける借金に疑問を持つことすらしなかった。
全部ぜんぶ濡れ衣だったのに。
愚かなのは私だった。
騙されたのは、父と母ではない。
詐欺師を信じ、屋敷へと引き入れたのは、私だ。
取り返しのつかない長い時間ずっと筋違いにも父と母を憎んでいた自分が情けなかった。
悔しくて。悲しくて。
弟にも謝らなければいけない。
知らされた事実が胸に痛くて。
そんな馬鹿な子供であった自分を甘やかしてくれる、カリンおねえさまの抱擁が嬉しくて。
ただ大粒の涙を、流した。
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