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冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい
44.油断しすぎた
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オリーが席へと戻ると、入れ替わるように赤毛の閣下が立ち上がった。
「ちょうど良かった。トイレに行きたかったんだよ」
常連である赤毛の閣下は当然トイレの場所を知っていた。
けれど店のシステムとして、トイレは席についている者が他の客と重ならないように別の場所へと案内することになっているので、悩んでいたらしい。
勿論、通路には黒服が待機しているので彼らに声を掛ければ連れて行ってくれる。
だがそれをするということは、席を担当した接客係が客を放置したとみなされてしまうことになる。それを懸念してくれたのだろう。
「お待たせして申し訳ありません。ご案内いたしますね」
マダムの教えを思い出しつつ黒服へと視線を送ると、一番ちかい場所ではないトイレを指し示された。
なるほど。あそこまで送っていけばいいのか。
「では閣下、こちらへどうぞ」
赤毛の閣下が横に並んだことを確認して、オリーは空いているトイレへと歩き出した。
「それにしても、まさか本当にダンスが苦手な嬢がこのサロンにいると思わなかったなぁ」
「私ひとりくらい下手な者が混ざっていた方が、ダンスの苦手な閣下方のお心が慰められるというものでございましょう」
「あはははは。あるかもしれんな」
勿論、これはオリーの法螺話だ。
ただ単に、オリーの怪我が治るまでの時間で、つけペンの遣い方から指導教育を施す羽目になったので、ダンスまで完璧にできなかったというだけである。
もっとも、もっとオリーにダンスの才能があればよかったのだろう。
リズムはとれる。しかし、それに合わせて足を動かそうとしてもどうしても足がついてこない。
子供の頃はもっと踊れた気がしたのにとオリーは悔しがった。
しかし、子供用の踵の低い靴で練習するのと成人の証でもある踵の高い靴を履いて踊るのとではまったく違っていて、悲しくなるほど下手なままだった。
それでもなんとか足を踏まない程度までにはなったということで、早くこの屋敷から出ていきたいオリーは今日という日を迎えることになったのだが。
やはりもう少し練習に時間を取ってから、サロンに出るべきだった。
そんな風にまたしても意識が他所にやっていたからだろうか。
赤毛の閣下を男性用のそこへと送り出し、ほっとひと息ついたところで、ダンッと背後から頭を掴まれて、壁際へと叩きつけられた。
痛みと衝撃で、声が出なかった。
治ったばかりの頭への不意打ちに目がチカチカした。
何が起こったのか理解できずに、周囲を見回そうとしたけれど、オリーを押さえつける手が更に力を籠めてきた。
振り返る事どころか、壁へと押し付けられて息すら碌に吸うことができずにあえいでいる私の耳元へ、嘲る男の声がした。
「んー? なんで貴族専用のこの場所に、不細工な平民が紛れ込んでるんだ」
聞き覚えのある、嫌味な声だった。
嫌な記憶がそこに重なる。
『不細工な上に借金まみれとか。冗談じゃない』
「……ストラ・ボッティ」
記憶にあるよりずっと不快な方向へと成長を遂げた、元婚約者がそこにいた。
オリーが席へと戻ると、入れ替わるように赤毛の閣下が立ち上がった。
「ちょうど良かった。トイレに行きたかったんだよ」
常連である赤毛の閣下は当然トイレの場所を知っていた。
けれど店のシステムとして、トイレは席についている者が他の客と重ならないように別の場所へと案内することになっているので、悩んでいたらしい。
勿論、通路には黒服が待機しているので彼らに声を掛ければ連れて行ってくれる。
だがそれをするということは、席を担当した接客係が客を放置したとみなされてしまうことになる。それを懸念してくれたのだろう。
「お待たせして申し訳ありません。ご案内いたしますね」
マダムの教えを思い出しつつ黒服へと視線を送ると、一番ちかい場所ではないトイレを指し示された。
なるほど。あそこまで送っていけばいいのか。
「では閣下、こちらへどうぞ」
赤毛の閣下が横に並んだことを確認して、オリーは空いているトイレへと歩き出した。
「それにしても、まさか本当にダンスが苦手な嬢がこのサロンにいると思わなかったなぁ」
「私ひとりくらい下手な者が混ざっていた方が、ダンスの苦手な閣下方のお心が慰められるというものでございましょう」
「あはははは。あるかもしれんな」
勿論、これはオリーの法螺話だ。
ただ単に、オリーの怪我が治るまでの時間で、つけペンの遣い方から指導教育を施す羽目になったので、ダンスまで完璧にできなかったというだけである。
もっとも、もっとオリーにダンスの才能があればよかったのだろう。
リズムはとれる。しかし、それに合わせて足を動かそうとしてもどうしても足がついてこない。
子供の頃はもっと踊れた気がしたのにとオリーは悔しがった。
しかし、子供用の踵の低い靴で練習するのと成人の証でもある踵の高い靴を履いて踊るのとではまったく違っていて、悲しくなるほど下手なままだった。
それでもなんとか足を踏まない程度までにはなったということで、早くこの屋敷から出ていきたいオリーは今日という日を迎えることになったのだが。
やはりもう少し練習に時間を取ってから、サロンに出るべきだった。
そんな風にまたしても意識が他所にやっていたからだろうか。
赤毛の閣下を男性用のそこへと送り出し、ほっとひと息ついたところで、ダンッと背後から頭を掴まれて、壁際へと叩きつけられた。
痛みと衝撃で、声が出なかった。
治ったばかりの頭への不意打ちに目がチカチカした。
何が起こったのか理解できずに、周囲を見回そうとしたけれど、オリーを押さえつける手が更に力を籠めてきた。
振り返る事どころか、壁へと押し付けられて息すら碌に吸うことができずにあえいでいる私の耳元へ、嘲る男の声がした。
「んー? なんで貴族専用のこの場所に、不細工な平民が紛れ込んでるんだ」
聞き覚えのある、嫌味な声だった。
嫌な記憶がそこに重なる。
『不細工な上に借金まみれとか。冗談じゃない』
「……ストラ・ボッティ」
記憶にあるよりずっと不快な方向へと成長を遂げた、元婚約者がそこにいた。
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