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冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい
43.きっと別人
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「綺麗な髪だね」
「……」
「オリー嬢の髪は、父親譲りだったりするのかな」
「……」
(左足、右足。右足を斜め前に踏み出して、左足をクロスして後ろへ、えーっと???)
音楽に合わせてステップを踏むのに必死になっているところに声を掛けられても、オリーは話し掛けられていた事すら気が付かなかった。
「ご両親の話は、したくない?」
「え?」
重ねて問われて初めて、白髪の閣下がどこか懐かしそうな目でオリーを見つめていることに気が付いた。
「いや。すこし年は離れていたけれど、オリビアという名前の幼い娘を持った友人がいたんだ。戦争が始まってそれほどしない頃に亡くなってしまったんだけれどね。気のいい男だった」
その、閣下にとって気のいい男とやらとの記憶でも思い出しているのだろう。
閣下の目がやわらかな光を帯びた。
けれどもオリーには、それが不快で仕方がなかった。
「……そう、ですか。存じませんね」
なるほど。そんな話をする為に、わざわざダンスに誘いだされたのかと得心した。
声が震えそうになるのを、懸命に堪える。
それでも返した声が、冷たく平坦なものになったのは仕方がない。
オリーの父親は、借金だらけの癖に見栄を張って裕福な振りをしていた屑だ。
決して、気のいい男などという言葉で表していい人間ではない。
だから、きっと、別人だ。
「それは、御父上の髪の色を知らないということ? それとも」
「髪の色は覚えています。……すみません、演奏に合わせてステップを踏むこと以外は、今の私にはできそうにないです。閣下の足を踏んでしまいます」
つい切り口上でかぶせ気味に言葉を発してしまった。駄目だ。客との会話で感情的になるなど論外だと自分で自分に失望する。
とってつけたような後半部分の言葉を、閣下が信じてくれたかは分からない。
けれど「それは申し訳ない」と言って引き下がり、それ以上同じ話題を続けようとしなかった。
その後は、無言でステップを踏む足を見つめ続けた。
早く、この曲が終わって欲しいとだけ念じ、なんとか踊り続ける。
音楽の途中で入ったからだろうか。その後すぐに曲が終わったことを幸いに、オリーは作り笑顔で「席に戻りませんか。慣れないダンスを踊ったら疲れちゃいました」と告げた。
これ以上、あんな男を褒めるような見る目のない人とふたりきりで話を続けるなど、まっぴらだった。
白髪頭の閣下がオリーの申し出を受ける前にすたすたと席へと戻る。
この日も、サロンは盛況だった。
席と席との間は十分な空間が開けられているが、それでも二十近くあるソファセットのほぼ全てが埋まっている。
そのすべてに美しい女性がついて、お客様である閣下たちに美しい笑顔を向けていた。
何を話しているのかは全く分からないけれど、どの席も会話が弾んでいるのがわかる。
カリンお姉さまがしていたように、会話がスムーズに運ぶように情報を提供し、気持ちよく進むようにサポートしているのだろう。
どんな相手とも一番綺麗に見える角度に気をつけつつ笑顔で会話を続けることができることを当然としている人達。
会話のエキスパートたちばかりなのだ。
楽しそうに会話しているけれど、彼女たちの素性が私と大差ないものであるならば、さきほどのような腹が立つような話題を持ち出されることもあるのだろう。
それでも皆、不快さを飲み込んで笑顔で会話を続けられるのだ。きっと。
「……無理ね」
私には、やっぱりこの仕事は向いていない。
賭けはまだ始まったばかりだというのに、今すぐでも逃げ帰りたい。
オリーがそれをしないのは、賭けの事もあるし、支払い分を賄えるだけの給金を稼げないとここを出て行ってからの生活が破綻するからだ。
そしてそれ以上に、今日という日を迎える為に協力してくれたマダムと、まだ中央で踊っているカリンに対する敬意が大きかった。
「綺麗な髪だね」
「……」
「オリー嬢の髪は、父親譲りだったりするのかな」
「……」
(左足、右足。右足を斜め前に踏み出して、左足をクロスして後ろへ、えーっと???)
音楽に合わせてステップを踏むのに必死になっているところに声を掛けられても、オリーは話し掛けられていた事すら気が付かなかった。
「ご両親の話は、したくない?」
「え?」
重ねて問われて初めて、白髪の閣下がどこか懐かしそうな目でオリーを見つめていることに気が付いた。
「いや。すこし年は離れていたけれど、オリビアという名前の幼い娘を持った友人がいたんだ。戦争が始まってそれほどしない頃に亡くなってしまったんだけれどね。気のいい男だった」
その、閣下にとって気のいい男とやらとの記憶でも思い出しているのだろう。
閣下の目がやわらかな光を帯びた。
けれどもオリーには、それが不快で仕方がなかった。
「……そう、ですか。存じませんね」
なるほど。そんな話をする為に、わざわざダンスに誘いだされたのかと得心した。
声が震えそうになるのを、懸命に堪える。
それでも返した声が、冷たく平坦なものになったのは仕方がない。
オリーの父親は、借金だらけの癖に見栄を張って裕福な振りをしていた屑だ。
決して、気のいい男などという言葉で表していい人間ではない。
だから、きっと、別人だ。
「それは、御父上の髪の色を知らないということ? それとも」
「髪の色は覚えています。……すみません、演奏に合わせてステップを踏むこと以外は、今の私にはできそうにないです。閣下の足を踏んでしまいます」
つい切り口上でかぶせ気味に言葉を発してしまった。駄目だ。客との会話で感情的になるなど論外だと自分で自分に失望する。
とってつけたような後半部分の言葉を、閣下が信じてくれたかは分からない。
けれど「それは申し訳ない」と言って引き下がり、それ以上同じ話題を続けようとしなかった。
その後は、無言でステップを踏む足を見つめ続けた。
早く、この曲が終わって欲しいとだけ念じ、なんとか踊り続ける。
音楽の途中で入ったからだろうか。その後すぐに曲が終わったことを幸いに、オリーは作り笑顔で「席に戻りませんか。慣れないダンスを踊ったら疲れちゃいました」と告げた。
これ以上、あんな男を褒めるような見る目のない人とふたりきりで話を続けるなど、まっぴらだった。
白髪頭の閣下がオリーの申し出を受ける前にすたすたと席へと戻る。
この日も、サロンは盛況だった。
席と席との間は十分な空間が開けられているが、それでも二十近くあるソファセットのほぼ全てが埋まっている。
そのすべてに美しい女性がついて、お客様である閣下たちに美しい笑顔を向けていた。
何を話しているのかは全く分からないけれど、どの席も会話が弾んでいるのがわかる。
カリンお姉さまがしていたように、会話がスムーズに運ぶように情報を提供し、気持ちよく進むようにサポートしているのだろう。
どんな相手とも一番綺麗に見える角度に気をつけつつ笑顔で会話を続けることができることを当然としている人達。
会話のエキスパートたちばかりなのだ。
楽しそうに会話しているけれど、彼女たちの素性が私と大差ないものであるならば、さきほどのような腹が立つような話題を持ち出されることもあるのだろう。
それでも皆、不快さを飲み込んで笑顔で会話を続けられるのだ。きっと。
「……無理ね」
私には、やっぱりこの仕事は向いていない。
賭けはまだ始まったばかりだというのに、今すぐでも逃げ帰りたい。
オリーがそれをしないのは、賭けの事もあるし、支払い分を賄えるだけの給金を稼げないとここを出て行ってからの生活が破綻するからだ。
そしてそれ以上に、今日という日を迎える為に協力してくれたマダムと、まだ中央で踊っているカリンに対する敬意が大きかった。
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