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冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい
40.さぁ、賭けのお時間です
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「この娘は私が期待している新人なの。今日が正真正銘の初日だから、閣下のような紳士のところでお勉強させて貰おうと思って呼んだんです。どうぞお手柔らかにお願いしますね」
「オリーと申します。まだ勉強中の身です。よろしくお願い致します」
カリンお姉さまが紹介してくれたのに合わせてカッツィをとる。
緊張して口から心臓が飛び出してきそうなほどだったけれど、震える足は長いスカートの中で見えない。そう心の中で自分を納得させて、大丈夫だと暗示をかける。
ふかふかの緞通に足を取られないよう気を付け、腰を沈めて、心の中で、いち、に、さん……とゆっくり目に数えて、さらに一呼吸置いてから静かに身体を元に戻した。
「緊張してるね、綺麗なお嬢さん」
「カリン嬢のお気に入りということは肝が据わっているタイプかと思ったのに」
「可愛らしいことじゃあないか。はっはっは」
ゆったりとしたソファに身を沈めたまま、お貴族様らしい三人のお貴族様方もとい閣下方が口々にオリーへの感想をカリンに告げていく。
カリンおねえさまの正面にいる白髪の閣下は痩せ型だ。真っ白な髪を綺麗に撫でつけていらっしゃる。立衿のウェストコートがとてもお似合いだ。
その右側に座っている赤毛の閣下はすこし丸みを帯びた体形をされている。うん。悪口じゃない。着ている軍服がはち切れそうだとは思ったけれど。というか、軍服を着てこんなところに来る人いるんだなぁ。
左側にいる少し気難しそうに見える閣下は癖のある金髪。濃紺のジュストコールを上品に着こなしている。
よし。目印は大体覚えた。
接客する側の基本として、客の誰が何を喋ったか覚えておくことは大切だ。総菜屋で働いている時ですらそうだったんだから。
一、二回しか来店していないのに「いつもの」で注文を通そうとする客がどれだけいた事か。
女将と目配せで合図を送り、会話の中から前回のメニューを絞り込むのだ。「あれがお口に合いましたか」「甘すぎませんでしたか」「肉は硬くありませんでした? あれ、魚でお作りしましたっけ? 小さい総菜屋なものでその日の仕入れに左右されちゃうんですよねーあっはっは」
こんな感じで探っていって、それっぽい何かを作って、外れても言葉巧みに丸め込む。尊敬しかない。
たぶんこのサロンでは相手が喋った内容を覚えておくことはもっと大事だと心して、引き攣りそうな顔でオリーは黙って耳を傾け続けた。勿論笑顔は貼り付けてある。
そう。そうして黙って聞いてはいたものの、つい、『可愛らしい』のひと言に反論したくなったが、ぐっと飲み込んだ。我慢できた私、エラい。
けれどもやっぱり、どうしてもマダムとカリンお姉さまとエラさんの合作である人造美人に向かって可愛いなんて軽々しい評価をして欲しくなかった。
アンタ、それ、ただ閣下たちより歳が若いっていうだけで、条件反射的に言ってるだけだろう。ムカつく。
おじいさんに対してならば、間違いなくそのまま言い放っていただろう自分を想像し、きゅっと眉の間に力が入る。
こうして賭けが始まった今も、姿を現さないおじいさんに、オリーは腹が立って仕方がなかった。
「ふふふ。初めてのお席がお優しい閣下たちとご一緒できて、良かったわね、オリー。……オリー?」
ぎゅむっ。
「ひ(ぎゃっ)……ありがとうございます、嬉しいですぅ」
脇腹のあたりをぎゅっと抓まれた悲鳴を、なんとか喉の奥へと押し込める。
あれだけ怒られていたのに、つい意識をこの席以外へと飛ばしてしまっていた自分に焦る。
やってしまったと、目の前が暗くなった気がした。
おもわず今日この席へと連れてこられる際に教えを受けた伝家の宝刀・最終奥義、「会話に詰まったら、上目遣いで礼を言うのよ」というカリンお姉さまの教えを発動させる。
どうやらそれは正解だったようで、「うわー、初々しい」とかなんとか閣下どもがわいわいとはしゃいで浮かれていた。爺どもめが。
伝家の宝刀を初手で使った私にカリンお姉さまの視線が痛かったが、仕方がないのだ。
これは不可抗力。もしくはおじいさんのせいなのだ。
オリーは悪くない。
……たぶん。
「この娘は私が期待している新人なの。今日が正真正銘の初日だから、閣下のような紳士のところでお勉強させて貰おうと思って呼んだんです。どうぞお手柔らかにお願いしますね」
「オリーと申します。まだ勉強中の身です。よろしくお願い致します」
カリンお姉さまが紹介してくれたのに合わせてカッツィをとる。
緊張して口から心臓が飛び出してきそうなほどだったけれど、震える足は長いスカートの中で見えない。そう心の中で自分を納得させて、大丈夫だと暗示をかける。
ふかふかの緞通に足を取られないよう気を付け、腰を沈めて、心の中で、いち、に、さん……とゆっくり目に数えて、さらに一呼吸置いてから静かに身体を元に戻した。
「緊張してるね、綺麗なお嬢さん」
「カリン嬢のお気に入りということは肝が据わっているタイプかと思ったのに」
「可愛らしいことじゃあないか。はっはっは」
ゆったりとしたソファに身を沈めたまま、お貴族様らしい三人のお貴族様方もとい閣下方が口々にオリーへの感想をカリンに告げていく。
カリンおねえさまの正面にいる白髪の閣下は痩せ型だ。真っ白な髪を綺麗に撫でつけていらっしゃる。立衿のウェストコートがとてもお似合いだ。
その右側に座っている赤毛の閣下はすこし丸みを帯びた体形をされている。うん。悪口じゃない。着ている軍服がはち切れそうだとは思ったけれど。というか、軍服を着てこんなところに来る人いるんだなぁ。
左側にいる少し気難しそうに見える閣下は癖のある金髪。濃紺のジュストコールを上品に着こなしている。
よし。目印は大体覚えた。
接客する側の基本として、客の誰が何を喋ったか覚えておくことは大切だ。総菜屋で働いている時ですらそうだったんだから。
一、二回しか来店していないのに「いつもの」で注文を通そうとする客がどれだけいた事か。
女将と目配せで合図を送り、会話の中から前回のメニューを絞り込むのだ。「あれがお口に合いましたか」「甘すぎませんでしたか」「肉は硬くありませんでした? あれ、魚でお作りしましたっけ? 小さい総菜屋なものでその日の仕入れに左右されちゃうんですよねーあっはっは」
こんな感じで探っていって、それっぽい何かを作って、外れても言葉巧みに丸め込む。尊敬しかない。
たぶんこのサロンでは相手が喋った内容を覚えておくことはもっと大事だと心して、引き攣りそうな顔でオリーは黙って耳を傾け続けた。勿論笑顔は貼り付けてある。
そう。そうして黙って聞いてはいたものの、つい、『可愛らしい』のひと言に反論したくなったが、ぐっと飲み込んだ。我慢できた私、エラい。
けれどもやっぱり、どうしてもマダムとカリンお姉さまとエラさんの合作である人造美人に向かって可愛いなんて軽々しい評価をして欲しくなかった。
アンタ、それ、ただ閣下たちより歳が若いっていうだけで、条件反射的に言ってるだけだろう。ムカつく。
おじいさんに対してならば、間違いなくそのまま言い放っていただろう自分を想像し、きゅっと眉の間に力が入る。
こうして賭けが始まった今も、姿を現さないおじいさんに、オリーは腹が立って仕方がなかった。
「ふふふ。初めてのお席がお優しい閣下たちとご一緒できて、良かったわね、オリー。……オリー?」
ぎゅむっ。
「ひ(ぎゃっ)……ありがとうございます、嬉しいですぅ」
脇腹のあたりをぎゅっと抓まれた悲鳴を、なんとか喉の奥へと押し込める。
あれだけ怒られていたのに、つい意識をこの席以外へと飛ばしてしまっていた自分に焦る。
やってしまったと、目の前が暗くなった気がした。
おもわず今日この席へと連れてこられる際に教えを受けた伝家の宝刀・最終奥義、「会話に詰まったら、上目遣いで礼を言うのよ」というカリンお姉さまの教えを発動させる。
どうやらそれは正解だったようで、「うわー、初々しい」とかなんとか閣下どもがわいわいとはしゃいで浮かれていた。爺どもめが。
伝家の宝刀を初手で使った私にカリンお姉さまの視線が痛かったが、仕方がないのだ。
これは不可抗力。もしくはおじいさんのせいなのだ。
オリーは悪くない。
……たぶん。
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