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冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい
5.人生27年、二番目にオイシイ物を食べました
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「なんだ? もしかして卵は半熟派だったか」
泥と血(頭から流血してたんだって! どうりで痛いと思った)で汚れたから着ていた服は洗って貰っているそうで、「コレでも着てて」と渡された、ふわっふわのガウンを着ただけの私は、テーブルの前に供された皿をじっと見つめた。
「半熟も好きですけど、固焼きの目玉焼きもおいしいと思います」
こう見えて、お金が無くて道端の雑草を口にした事だってあるのだ。その後お腹を壊したけれど。
好き嫌いはない。というかしなくなった。違うな、できなくなった。
軽く手を組み合わせ、食事前の祈りを口の中でだけ呟いて、手を伸ばした。
出されたのは、ざく切りされたトマトと固焼きの目玉焼きの乗ったトースト。それと牛乳入りのお茶。
想像よりずっと庶民派のメニューにホッとした。
けれどもただ一つだけ気になる点がある。
「早く食べろよ。温かい物は温かい内に食べるのが作った人間に対する礼儀だろう」
「あ、はい。そうですよね。でもあの、目玉焼きの上に掛かっているのはなんだろうなーって」
目玉焼きの上には、茶色いドロッとしたソースが掛かっていた。
美しい照りを持ったこれとそっくりのソースを知っている。
まだ私が子爵家の令嬢であった頃のことだ。元婚約者との婚約披露パーティの席で出されたメインディッシュ。やわらかな子牛のソテーに掛けられていた艶やかなソースの味わいに、ひと口たべただけで天国に連れていかれた気持ちになった。ウチの料理長渾身の作。あれ以上に美味しいと思ったものは、ない。いや、採れたての苺とかそれを使ったケーキも美味しかったけれど。デザートではなくて料理としてはね。うん、今でも心のナンバーワンだ。
でもまさか、あれと同じものである筈はない。……ないよね?
「ここの調理場でよく使ってるソースだよ」
ははっ。まさかね? 高価な素材をふんだんに使って仕込む手間暇のかかるソースが、そんな気軽に使われる訳がないもの。
私は「いただきます」とちいさく声を掛けて用意して貰った目玉焼きトーストに齧りついた。
「……おいしい」
「だろ?」
にかっと笑うおじいさんには悪いけれど、私は顔が真っ青になっていた。
この国では採れない南国のフルーツの甘味と酸味、そして高価な香辛料各種と、コクのある蜂蜜の甘味、尖りすぎない塩加減、牛骨髄を煮込んだベースの力強さが一体になったこの味には覚えがある。いや、私が知っているものとはフルーツの割合とかちょっとずつ違うかもしれないけど、でも多分基本的には同じものだ。
あの時一度だけ味わった、あのソースとそっくりだった。
深くてまろやかで、ソースだけマッシュポテトと絡めて食べても最高だった。
単なる目玉焼きトーストに使っていいソースじゃないって。
「終わった……私の全財産。貯めてきた給料全部おわりだ……」
おもわず遠い目になる。目の奥がジーンと熱くなってきたけど、二度と口にできないと思っていた感動を味わえたことによるものなのか、高級素材を使ったソースを固焼きの目玉焼きに使ってしまった罪悪感からなのか、貯金への未練なのかは、今の私にはちょっと判別が付かない。いや、今の私じゃなくてもそうかも。きっとずっと引き摺る。
それでもずっと記憶に残っていた味との邂逅は喜ばしい事ではある訳で。
複雑すぎる心情に私の表情筋は機能不全を起こしたらしい。
「おい。そんなに不味いなら無理に喰うな。寄越せ」
目の前に座って同じものを食べていたおじいさんに、ずいっと皿を引き寄せられてしまった。
焦って焦り過ぎて、おもわずトーストに齧りついたまま両手でお皿を握りしめた。
「なんだ? もしかして卵は半熟派だったか」
泥と血(頭から流血してたんだって! どうりで痛いと思った)で汚れたから着ていた服は洗って貰っているそうで、「コレでも着てて」と渡された、ふわっふわのガウンを着ただけの私は、テーブルの前に供された皿をじっと見つめた。
「半熟も好きですけど、固焼きの目玉焼きもおいしいと思います」
こう見えて、お金が無くて道端の雑草を口にした事だってあるのだ。その後お腹を壊したけれど。
好き嫌いはない。というかしなくなった。違うな、できなくなった。
軽く手を組み合わせ、食事前の祈りを口の中でだけ呟いて、手を伸ばした。
出されたのは、ざく切りされたトマトと固焼きの目玉焼きの乗ったトースト。それと牛乳入りのお茶。
想像よりずっと庶民派のメニューにホッとした。
けれどもただ一つだけ気になる点がある。
「早く食べろよ。温かい物は温かい内に食べるのが作った人間に対する礼儀だろう」
「あ、はい。そうですよね。でもあの、目玉焼きの上に掛かっているのはなんだろうなーって」
目玉焼きの上には、茶色いドロッとしたソースが掛かっていた。
美しい照りを持ったこれとそっくりのソースを知っている。
まだ私が子爵家の令嬢であった頃のことだ。元婚約者との婚約披露パーティの席で出されたメインディッシュ。やわらかな子牛のソテーに掛けられていた艶やかなソースの味わいに、ひと口たべただけで天国に連れていかれた気持ちになった。ウチの料理長渾身の作。あれ以上に美味しいと思ったものは、ない。いや、採れたての苺とかそれを使ったケーキも美味しかったけれど。デザートではなくて料理としてはね。うん、今でも心のナンバーワンだ。
でもまさか、あれと同じものである筈はない。……ないよね?
「ここの調理場でよく使ってるソースだよ」
ははっ。まさかね? 高価な素材をふんだんに使って仕込む手間暇のかかるソースが、そんな気軽に使われる訳がないもの。
私は「いただきます」とちいさく声を掛けて用意して貰った目玉焼きトーストに齧りついた。
「……おいしい」
「だろ?」
にかっと笑うおじいさんには悪いけれど、私は顔が真っ青になっていた。
この国では採れない南国のフルーツの甘味と酸味、そして高価な香辛料各種と、コクのある蜂蜜の甘味、尖りすぎない塩加減、牛骨髄を煮込んだベースの力強さが一体になったこの味には覚えがある。いや、私が知っているものとはフルーツの割合とかちょっとずつ違うかもしれないけど、でも多分基本的には同じものだ。
あの時一度だけ味わった、あのソースとそっくりだった。
深くてまろやかで、ソースだけマッシュポテトと絡めて食べても最高だった。
単なる目玉焼きトーストに使っていいソースじゃないって。
「終わった……私の全財産。貯めてきた給料全部おわりだ……」
おもわず遠い目になる。目の奥がジーンと熱くなってきたけど、二度と口にできないと思っていた感動を味わえたことによるものなのか、高級素材を使ったソースを固焼きの目玉焼きに使ってしまった罪悪感からなのか、貯金への未練なのかは、今の私にはちょっと判別が付かない。いや、今の私じゃなくてもそうかも。きっとずっと引き摺る。
それでもずっと記憶に残っていた味との邂逅は喜ばしい事ではある訳で。
複雑すぎる心情に私の表情筋は機能不全を起こしたらしい。
「おい。そんなに不味いなら無理に喰うな。寄越せ」
目の前に座って同じものを食べていたおじいさんに、ずいっと皿を引き寄せられてしまった。
焦って焦り過ぎて、おもわずトーストに齧りついたまま両手でお皿を握りしめた。
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