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冷めたイモフライは本当は誰かに愛されたい

2.ここはどこ、私はイモフライ

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「ありがとうございます。またお手伝いできるような事があったら、よろしくお願いします」

 掌の上には歪な形のクズ野菜が3つ。
 陽が昇る前にお世話になっている孤児院を出て、収穫作業を行なっている農家を廻り、手伝わせて貰えるか聞いていく。今日は昨日手伝わせて貰った家でまた使って貰えたけれど、昨日の半分も報酬は受け取れなかった。
 それでも、ここで文句を言って、「じゃあ次からは来なくていいから」と切られてしまうのが怖くて何も言えなかった。それどころか笑顔で礼を告げている。そんな自分が、情けなくて仕方がない。

 それでも、どんなに頭を下げて回ろうとも、まったく仕事にありつけないよりずっといい。そう自分を納得させた。

「また明日もお仕事があったらよろしくお願いします」

 我ながら卑屈だと思うけれど、笑顔で頭を下げる。
 やっぱり返事はなくって、軽く手で追い払われるような仕草だけが返ってきた。
 惨めすぎて目頭が熱くなるけれど、ここで泣き出す訳にはいかない。更に鬱陶しがられてしまうだけだ。

 だから、頭の中で繰り返すあの言葉から逃れるように、懸命に足を一歩一歩前へと動かし、孤児院へ戻る道を歩き出す。

『不細工な上に借金まみれとか。冗談じゃない』 

 分かってる。

 才能も、美しさも何も持っていない私には、ここから連れ出してくれる王子様なんて、こないって事くらい。


 …………

 ……



「──って、そんなことないわ。私にはもう、お総菜屋さんの店員っていう立派な仕事が、……痛ったぁい!!」

 慌てて飛び起きたらもの凄く頭が痛くて蹲る。

 ぼふん。

 その身体が、ふかふかの布団に包まれた。

 なにこれすごい。ふかふかだ。
 マットレスも柔らかすぎずに気持ちいい。蕩けるぅ。

 木のベッドしか知らなかったから、その違いに吃驚するしかない。

「お貴族様か、お姫様にでもなったみたい」

 へにゃっと顔が駄目な感じに蕩けて起き出したばかりの布団に沈む。

 じゃあなくて!

 周囲を軽く見回して、思わず呟いた。

 「ここどこ?!」

 今更感満載の疑問を口にして慌てて起き上がると、頭部にものすごい痛みが奔った。特に後頭部が痛い。でも全部?
 思わず蹲る。
 手を当てると、頭に包帯が巻かれているようだった。

「もう27才おとななのに。みっともなさすぎでしょう、わたし」

 これでも一応嫁入り前の乙女()なのに。後頭部にハゲができていたらどうすればいいんだろう。ただでさえ美しくも若くもないというのに。

 いいや、それはもうどうでもいいのかもしれない。今更だ。


 深夜、泣きながら鼻水垂らして、手掴みで売れ残りのイモフライを食べることになった理由を思い出して、嗤った。

「はぁ。それにしてもあの人、よく私に声掛けたなぁ」

 昨夜の記憶を思い出そうとするだけで羞恥が先に立つが、どう考えてもここは病院とは考えにくい。病院だとしても、貴族相手のものだろう。どんなところか想像もつかないけれど。
 あのおじいさんが、ここに連れてきてくれて治療してくれたのだろうか。
 でも、何の為に?

 ベッドマットの感触とやわらかで清潔なシーツ。そして雲の上にいるような包み込まれるような枕と布団。

 壁に当たる仄かな間接照明で照らされた部屋を見回した。

「……え、お城?」

 厭な予感がして、ばっと布団を剥ぐ。
 頭を過ぎった最悪の想定に、頭の痛さなんてふっ飛んだ。布団だけに。

 果たしてそこにあったのは、見覚えのある肌着と下履きを身に着けた私だった。
 尚、着ていたワンピースとエプロン、そして木綿の擦り切れる寸前の靴下は脱がされた模様。

 ちなみに膝には湿布、肘にはガーゼが貼ってあった。うん、満身創痍だ。
 
「でも良かった。下着だけだけど、ちゃんと着てたわ」

 剥いてみたものの、色気もなにもない庶民派の下着に萎えたってことかしら。

 ううん。ちゃんと治療してくれてるし、怪我の有無を確認する為って方がありそう。

「ワンチャン、自分で脱いだ可能性もありかな。覚えていないだけで」


 紫檀の家具は暗い中でもわかるほど磨き上げられてピカピカで、嵌め込み細工になっている木の床はまるで芸術作品だ。
 掛けられたぶ厚いカーテンの傍には観葉植物。そして品の良いソファーとフットスツールのセットがふた組。

 それらがぎゅうぎゅう詰めではなくてゆったりと配置されているこの部屋だけで、私が借りているアパートの部屋よりずっと広い。

 さて。それにしてもどうしよう。いや、悩むほどのことも無いか。
 とにかく部屋を出る為にも服装を整えねば。
 まさか下着姿で此処から出ていく訳にはいかないのだ。幾ら私がそろそろオバサンと呼ばれることに抵抗が無くなる歳であろうとも、無理。一応、私にだって恥じらいくらい残ってる。昨夜のあれは、特別なのだ。

 ベッドの厚織りシーツを剥ぎ取り身体に巻きつけ部屋を物色する。

 まずはぶ厚いカーテンの隙間から外をそっと覗いた。





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