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エピローグ:そうしてふたりは永遠に幸せに暮らしました

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 さすがに、どれほど勝利の立役者たる花嫁が望もうとも、一国の将軍の結婚式をたった2週間の準備で行うことが出来る筈もなく。
 結局ふたりが夫婦となれたのは、あの戦勝褒賞会から3か月経ってからだった。

 そうして今、ふたりはこの国でもっとも格式の高い教会の、長い赤い絨毯の上を歩いている。

 残念ながらハンスもリンデも、それを共に喜んでくれる親兄弟はすでに喪っていた。
 だから、新婦の手を取り新郎まで届けてくれる人はいない。
 だから、最初からふたりで腕を組んで神の御許まで歩いていくことにした。 
 それに親しい友人たちが祝ってくれるから、それでいいのだと思っていた。

 ちなみに国王からは、国を挙げての挙式についての提案もあったが慎んで辞退申し上げた。
 リンデが、「そんなことをしたら1年後でも式が挙げられないに違いない」と嫌がったからだ。
 ただし、国を挙げてのお祭り騒ぎだけが王都のみならず国中で新郎新婦に無許可で開かれているらしい。「戦後の国には、明るい慶事が必要なのだ」そうだ。
 あれしろこれしろと言われなくていいのなら、ふたりに否はないのだ。

「なぁ、なんで戦争が終わるまで会いに来なかったんだ?」
「それは今この場で確認しないといけない話なのでしょうか」

 急ごしらえのドレスなので繊細な刺繍や凝ったレースなどの装飾は最小限しか施されていなかったが、その分、深い光沢を帯びた練り絹を贅沢にもたっぷりと使ったドレスは、スカートの裾もトレーンも長く、軍服に慣れたリンデには転ばないように歩くのは至難の業であった。なんなら戦時の行軍の方がずっとマシだと思ったほどだ。
 だからできれば会話で意識を奪う事もしないで欲しかったリンデだったが、愛しい夫が自分の事について「知りたい」と言ってくれるのはやはり嬉しくもあった。

「つい。急に知りたくなった。できれば神に誓う前に知りたいな、と」
 何故、今そんな可愛げのあることを言うのだと、リンデは思った。
 思わず顔が見たくなり、その顔を見上げるとそこにもリンデに負けないくらい赤くなった顔があって息が詰まった。
 ぎゅっとエスコートを受ける手に力が入り、立ち止まる。

「……ヨハネス様が、剣を取れなくなったと泣いたからです」

 予想外の被弾に、今度はハンスの息が止まる。

「『この非常時に剣を持てなくなった自分は、もう大公家の人間ではない』と魘されるヨハネス様の手を取り私は約束をいたしました。『私があなたの剣になる』と」

 何も言えなくなったハンスに、リンデが寂しそうに笑った。

「剣になれるまで、8年近く掛かりました。もう少し早く祖父から許可を貰えるようになっていれば、もしかしたら今日、この場所に、一緒にいて貰えたのかもしれません」
 
 彼女の尽力に、感謝するべきだろうか。
 それとも幼い彼女に無理をさせたと労わり、謝るべきだろうか。
 ここで謝ることは、むしろ彼女の努力に対して失礼だろうかと悩んだハンスは、じっとリンデの瞳を見つめた。

「きっと、今ここに、ジーク伯もいらっしゃっている」

 それは確かにそう思ったのだけれど。でも、今の自分が彼女に伝えるべき言葉はこれではない。
 ハンスは、すぅっと大きく息を吸った。

「幸せに、する。幸せに、なろう」

「私はもう幸せです。だって、あなたの腕が取れたのですから」


 そうリンデが笑うから。


 ハンスも一緒に笑顔になって、二人で一緒に、生涯を誓う言葉を告げる為、神の御許まで歩いて行けた。 

 


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