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13.父の謝罪

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 周囲がどんよりと反省する中、調査担当者の説明は続く。

「あの賊は、ローラ殿下の伯父であるの国の王が送ってきたものでした。矢には眠り薬が塗られており、掠るだけで意識を失います。護衛がいればそのまま殺し、ローラ殿下を連れ出すつもりだったそうです」

 説明が進む度に、それを聞いている者たちの顔色が憤怒に塗れていくので、担当者は生きた心地がしなかった。

 亡き側妃を愛していた王は彼女の母国と戦争を構えるつもりはなかったが、ついに完全に怒ってしまい、国交断絶を言い渡した。

「あの流行り病の時に、我が国が特効薬を少数しか送れなかったことを彼奴はいつまで恨んでいるのだ。だが、この国でも同じ病が流行っていて、友好国相手であろうとそれほどの量を融通できる訳がなかった」

 それでも、側妃たっての願いで国王など高齢者たちの分ぎりぎりを送ったらしい。
 しかし時の宰相であった伯父は、自分の派閥内にすべて配ってしまったのだ。
 体力のある大人ならば苦しもうとも死ぬことはない。にもかかわらず、人気取りの為に使い切ったのだ。
 そうして国王と王妃の分すら残さず、彼らが重症になったら追加でもっと送ってくるだろうと高をくくったのだ。

 けれどこの国がそれを受け入れる筈もない。それを今も逆恨みし続けているのだという。

「挙句、側妃が亡くなったら、お前を持参金つきで国へ戻せといい出してな。どうなったらそんな考えになるのだと断った」

 次々と明かされる幼いローラには教えられることのなかった内情に、目を白黒させるしかない。

「済まなかった。側妃に恨まれているのが怖くて、そのせいで晩年を寂しく過ごさせた。そしてお前からも。きっと嫌われ……いや、憎まれていると思っていたのだ。お前がしたいと望むことをすべて受け入れることが罪滅ぼしだと思っていた。だが、そんなことは間違っていた。私は自分の罪から逃げていただけだった。間に誰かを挟まず、お前とこうして話し合うことこそをするべきであったのに。許せ、とは言わない。だが、すまなかった。謝罪だけは言わせてくれ」

 目を潤ませてそう言った父に、ローラはひとつだけ質問を返した。

「国王陛下は、母の事を、愛していたのですか?」
「国王…へいか」

 うぐぅっと呻き声を上げながらも、ローラへしっかりと視線を合わせて、国王は話し出した。

「愛していた。控えめに笑う仕草も愛らしく、守ってやりたいと思った。だが、彼女が母国に残してきた愛する両親ではなく、この国の民を守ることを選んだ私を、あれは恨んでいたのだろう。気にしないでいいと口では言いながら、私を見るだけで辛そうだった」

 母国に残してきた両親と愛する夫を天秤にかけてもどちらが重いかなど決められるものではない。
 あまり仲の良くない兄のせいで、嫁ぎ先に迷惑を掛けていることなどが重なってしまったのだ。母も父も悪くない。悪いとすれば伯父だろうとローラの心は判断した。

「母は、父上がいらして下さることを、最後までお待ちしておりました。亡くなったのは突然で私も母の最期を見送った訳ではありません。それでも起きている時は、父上とのなれそめを嬉しそうに語り、時には胎の子を産めなかったことへの謝罪を繰り返し、それでもやっぱり、会いに来て下さる日を指折り数えて楽しみにしておりましたよ」

 母は父を恨んでいた訳ではなかった。ただ、自分が国王である愛する人を悩ませてしまった事と、両親が亡くなったのは実兄のせいであるのに、それをその愛する人ならなんとかできたのではないかと考えてしまう自分こそが、嫌だったのだ。だから、会いたくても会いたいと伝えられなかったのだと、今のローラは思った。

 そうなのだ。母は父に会いたがっていた。その来訪をずっと心待ちにしていた。
 だが、それを聞かされるのはローラだけだった。
 会いたいのだと口にする母は、けれど最後には必ず「誰にも内緒よ」と口止めをしてくる。

 だからローラはその約束を守り、誰にも教えたことはなかった。けれど。

「誰かに、伝えればよかった。母に内緒だといわれても、母が父上に会いたがっていると、そう伝えて、来てもらえるように、たのめば……」

 頼んでいたら、何かが、すべてが変わっていたのかもしれない。

「すまない。私に勇気が持てなかったばかりに。お前にもあれのことも苦しませた」

 大きな腕に抱きしめられて、ローラは初めて、父の愛を知ったのだ。



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