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9.あの人だった
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案内されたのは、騎士団の練習場に近い、庭の一角だった。
そうして、指し示された方向に立っていたのは、あの人だった。
名前も知らない、ずっと憧れていた、あの人。
「あなたが、リオン・ボッカルディ騎士団長さま」
「ローラ王女殿下。初めまして、というべきだろうか。明日、あなたと結婚することになっているリオン・ボッカルディです。騎士団長の任命を受ける際に、伯爵位を頂きました」
「失礼したしました。リオン・ボッカルディ騎士団長様。私の名は、ローラ・エミリエンヌ・バルトル。一応この国の王女ですわ。明日までの予定ですけど」
冗談を言うつもりはなかったのに、頭の中が上擦ってしまってまともに働こうとしてくれないのだ。
だってまさかあの人が立っているなど、ローラはまったく思っていなかったのだ。
名前も知らないあの人が自分の結婚相手で、しかもつい先ほど聞かされた事が本当であったなら、わざわざ降嫁を申し入れてくれたなど。
ローラには、とても信じられない。
「先月、突然あなた様との婚姻を許す、と書状が届きまして。急遽、外遊の予定を詰めて早めにこちらへ戻って参りました」
「そう、なのですか。私も、先月廊下ですれ違った際に、陛下から突然『お前の降嫁先が決まった』と告げられまして」
「廊下で?」
「はい」
「……相談も、詳しい説明もなにもなく?」
「申し訳ございません。私、あなた様のお名前と顔が一致したのも、つい先ほどでして」
「……なるほど」
そう呟くように口にして目を伏せると、リオン騎士団長は黙り込んでしまった。
沈みかけていた陽射しが刻一刻と、赤くその色を変えていく。
風が冷たく感じるようになってきた頃、ようやくリオン騎士団長が顔を上げた。
その瞳に、色濃く憂いが混じっている。
──あぁ、私は振られてしまうのだ、と何故だかローラには分かった。
「……この結婚は白い結婚として、三年ののちに離縁したいと考えています」
凛々しいラインを描く眉の真ん中に深い皺を作って、明日、旦那様になられる筈の愛しい御方、リオン・ボッカルディ新騎士団長が無情にもそう告げるのを、ローラは「あぁやっぱり」と心の中で受け止めた。
やはり、愛しい人からの申し入れによる降嫁など、単なる幻だったのだ。
この国の騎士団長は、王族がなるというのが代々の習わしである。
それを補う為、ただその為の降嫁だったのだ。噂は本当だったのだ。
小国出身の亡き第三側妃が産んだ使い捨て出来る王女を有効に使った、それだけだったのだろう。
夕暮れ時の赤い空の下。困った顔をしてローラを見つめるその人は、騎士団長の制服が、誰よりも良く似合う人だった。
堂々たる体躯も、程よい筋肉のついた長い手足も、意志の強そうな顔も。
いつも自信ありげな冷静な顔をしているこの御方を、こんなにも困らせた顔をさせているのが自分なのだと思うと、こんな時なのにローラはくすりと笑顔になった。
「かしこまりました、旦那様。うふふ。まだ籍を入れた訳ではありませんが、せっかくですし“旦那様”って呼ばせて頂いても、いいですよね? 大好きです、旦那様。私ローラ・エミリエンヌ・バルトルは、旦那様からの離縁を、受け入れます」
無様な姿など、見せたくなかった。
せめて潔く、美しかったと思って貰えるように精一杯笑ってみせると、その場を後にするべくカッツィを取る。
案内されたのは、騎士団の練習場に近い、庭の一角だった。
そうして、指し示された方向に立っていたのは、あの人だった。
名前も知らない、ずっと憧れていた、あの人。
「あなたが、リオン・ボッカルディ騎士団長さま」
「ローラ王女殿下。初めまして、というべきだろうか。明日、あなたと結婚することになっているリオン・ボッカルディです。騎士団長の任命を受ける際に、伯爵位を頂きました」
「失礼したしました。リオン・ボッカルディ騎士団長様。私の名は、ローラ・エミリエンヌ・バルトル。一応この国の王女ですわ。明日までの予定ですけど」
冗談を言うつもりはなかったのに、頭の中が上擦ってしまってまともに働こうとしてくれないのだ。
だってまさかあの人が立っているなど、ローラはまったく思っていなかったのだ。
名前も知らないあの人が自分の結婚相手で、しかもつい先ほど聞かされた事が本当であったなら、わざわざ降嫁を申し入れてくれたなど。
ローラには、とても信じられない。
「先月、突然あなた様との婚姻を許す、と書状が届きまして。急遽、外遊の予定を詰めて早めにこちらへ戻って参りました」
「そう、なのですか。私も、先月廊下ですれ違った際に、陛下から突然『お前の降嫁先が決まった』と告げられまして」
「廊下で?」
「はい」
「……相談も、詳しい説明もなにもなく?」
「申し訳ございません。私、あなた様のお名前と顔が一致したのも、つい先ほどでして」
「……なるほど」
そう呟くように口にして目を伏せると、リオン騎士団長は黙り込んでしまった。
沈みかけていた陽射しが刻一刻と、赤くその色を変えていく。
風が冷たく感じるようになってきた頃、ようやくリオン騎士団長が顔を上げた。
その瞳に、色濃く憂いが混じっている。
──あぁ、私は振られてしまうのだ、と何故だかローラには分かった。
「……この結婚は白い結婚として、三年ののちに離縁したいと考えています」
凛々しいラインを描く眉の真ん中に深い皺を作って、明日、旦那様になられる筈の愛しい御方、リオン・ボッカルディ新騎士団長が無情にもそう告げるのを、ローラは「あぁやっぱり」と心の中で受け止めた。
やはり、愛しい人からの申し入れによる降嫁など、単なる幻だったのだ。
この国の騎士団長は、王族がなるというのが代々の習わしである。
それを補う為、ただその為の降嫁だったのだ。噂は本当だったのだ。
小国出身の亡き第三側妃が産んだ使い捨て出来る王女を有効に使った、それだけだったのだろう。
夕暮れ時の赤い空の下。困った顔をしてローラを見つめるその人は、騎士団長の制服が、誰よりも良く似合う人だった。
堂々たる体躯も、程よい筋肉のついた長い手足も、意志の強そうな顔も。
いつも自信ありげな冷静な顔をしているこの御方を、こんなにも困らせた顔をさせているのが自分なのだと思うと、こんな時なのにローラはくすりと笑顔になった。
「かしこまりました、旦那様。うふふ。まだ籍を入れた訳ではありませんが、せっかくですし“旦那様”って呼ばせて頂いても、いいですよね? 大好きです、旦那様。私ローラ・エミリエンヌ・バルトルは、旦那様からの離縁を、受け入れます」
無様な姿など、見せたくなかった。
せめて潔く、美しかったと思って貰えるように精一杯笑ってみせると、その場を後にするべくカッツィを取る。
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