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『わたくし、賢い子は好きよ』

 公爵令嬢の、誇り高き声。
 マーガレット個人の資質を見極めようとするように見つめる瞳も。

『ふふ。本当に飲んだのね。凄いわ、貴女。わたくしには死んでも無理だわ』

 あの言葉の意味する所は。
 あの声に、嘲りではなく、憧憬を感じたのは気のせいだろうか。



「あの、……本当に、ダルトン先生は、公爵令嬢の婚約者候補に、挙がった事すらないのですか?」

 意を決して口にした問い掛けだったのに、ダルトン先生は心底嫌そうにそれを否定した。

「私は伯爵家のしがない三男だ。継ぐ爵位もなく、騎士になるほどの才能もなかった。だから必死で勉強に励み、幸運にも法学の資格を取ることができて王宮に勤めることが叶うも、こうして学園に派遣されて教師をするような出世とは縁遠い男だ。そんな男が、公爵令嬢の婚約者になど。候補ですら挙がる筈がない」

 つらつらと説明を受ければ納得するしかなく、確かに選ばれる可能性はなさそうに聞こえる。

 それでも、と私は思ってしまうのだ。

 ダルトン先生の中にある真実と、公爵令嬢の心の中にある真実は、まるで違っていたのではないかと。

「プロポーズを受けてくれた筈の君から無視を受けるようになった時、どれだけ私がショックを受けたか。君にはわからないだろう。そのペンダントを受け取ってくれて嬉しかった。だからこそ、苦しかった。冷静になってみれば、歳が離れすぎているし、私は流行も、遊び方もよく知らない。勉強ばかりしてきた男の心を受け入れてくれる筈がなかったんだと」

「そんなことっ。先生は、素敵です。いつも姿勢が良くて、どんな生徒にも平等で。厳しいところもあるけど、それでも優しいところもちゃんとあって。それに、あっ」

 ぎゅっと。つよく抱き締められた。

 夕方会った時には、綺麗に撫でつけられていた髪が、今はぼさぼさになっていてマーガレットの頬を擽る。

「君は、あの薬を飲まされていなければ、今もずっと、私の傍にいてくれたと思っていいのだろうか」
「先生、その表現はあまりにも遠回りすぎませんか」
「好きだ。さきほどの解呪薬で解呪する処置の効果がでなかったとしても、もう一度君に好きになって貰えるように努力する。だから、どうか私のことを、もう一度視界に入れてくれないだろうか」

 授業についていけずに質問にいけば、丁寧に言葉を噛み砕くように説明してくれる。優しく尊敬できる教師。最初はただそれだけだったのに。

 誰に対しても紳士的な態度を崩さずにいる彼を、目で探すようになるまでそれほど時間を要さなかった。

 仕立ての良いスーツを着こなす姿勢のよい姿が視界にあるだけで世界が明るく感じた。

 あのお茶会の後だって。
 いつの間にか、そうなっていた。

「私の実家の領地、すっごい田舎ですよ? 先生が勉強してきた知識は、寄親の侯爵家では引き立てられると思いますけど」

「その返事ならすでに一度している。問題ない」

「娯楽も少ないし」

「楽しみは作り出せばいいのだろう? 本は幾らでも取り寄せればいい。それ位の給金は貰っているし、貯めてある。本が増えたら領民に貸し出してもいい。勉強を教えるのも楽しそうだ」

「それに……」

「だいじょうぶだ。君がいてくれるなら、それだけで私は幸せなのだから」

 この恋を忘れさせられようとも。
 何度でも。

 あなたがあなたでいる限り。

「私も、お慕いしております。何度忘れさせられようとも。何度でも、あなたを」


 
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