12 / 15
ミリアの知らないオレファンの過去編
宰相補佐オレファン・オリゴマーの日常・2
しおりを挟むそれを糺すのは国益の為となるが、糺した結果を回答することはこれまで流れ作業で受け付けていた監査官には無理だということになっての、本日の流れ作業による申請書類返還である。王族であるオレファン殿下から差し戻されて異議を唱えらえる貴族は少ない。それが下位の貴族であればあるほど、だ。
しかし、極稀にいるのだ。
春に学園を卒業したばかりの若造だと、嘗めた態度に出る本人は老獪だとうぬぼれている老害が。
「エール伯爵、貴方の領地から提出されていたこの補助金申請は不備が大きいので今年度の補正予算から外した。補助金を諦められずどうしてもというのであれば、今週中に資料を纏め直し再提出するように。まぁどんな資料を付けてこようが、私が補佐として裁定を下すからには、その内容で通すことはないがな。では帰って宜しい」
呼び掛ける名前と爵位が違うだけの台詞を繰り返し、オレファンが書類を押し返す。それを受け取った執政官が「却下」の判が押された封筒へ書類を入れ、伯爵の手へ渡そうとしたところを、強く跳ねのけられた。
落ちた封筒から、朱書きだらけの申請書類が床に広がった。
「この補助金制度を決められた偉大なる当時の国王陛下のお心を、無下になされるおつもりですかな、第二王子殿下」
「はぁ。私は今、宰相補佐としての役職を現国王陛下より申し付けられている。現国王陛下の方針に乗っ取り、正しく国策を運営するべく尽力しているところだよ。国の在り方は変わっていく。私が生まれ育っただけ以上の時間が経っているのだ。旧体制の舵取りのままで善い筈がない」
若造が、とちいさく呟いた老伯爵に、けれどもその若い王族である宰相補佐は柔らかく笑顔になると、それまで一度もあげていなかった顔を上げて老害めという視線を隠しもせずに老伯爵へ視線を返した。
しばしふたりの睨み合いが続く。
そうして、ついに視線を外して大きく息を吐いたのは、オレファンだった。
座ったままでいた大きな机の前から立ち上がると、エール伯爵の前まで近付いてきて、床に散らばったままであった書類に手を差し伸べた。
慌てて執政官が代わりに床から書類を拾い上げようとするのを手で制し、「椅子を持ってくるように」と指示を出すと、自分は書類を摘まみ上げて机の上へと戻した。
その様子を見て、老伯爵は「勝った」と内心で若造がと嗤った。
所詮は学園を卒業したばかりの小童である。政治の世界に足を踏み入れたばかりの若造に、自分のような老獪な者を相手取って押し勝つ胆力がある訳がないのだと満足した。
意気揚々と、用意された椅子に座ったエールは、しかし次のオレファンの言葉に冷汗を流す事となった。
「仕方がない。では改めて申し開きを聞こう。貴殿エール伯爵からは領地への補助金申請書類の内容がこの18年間ずっとまったく同じ被害、同じ補修工事内容、同じ工事代金、それと領民への補填金額も内容も一緒で出されている。これについて、残っている過去の全帳簿の提出と説明を。あぁ安心して欲しい。先ほど、王族としての私の名前で腹心たちに取りに向かわせた。失くしたとは言わないですよね、伯爵。最低でも過去十年分は領地経営に関する帳簿は残さなくてはいけないことになっている。それこそ、この国の貴族の義務だものね。さぁ、まず貴方はここできちんとすべてを私に説明して。その説明で私を納得させてくれたら、届いた帳簿と照らし合わせて一緒に確認を。それで双方納得出来たら、議会の席で補助申請に関する申し立てを受け付けてあげよう」
流れるように説明を済ませ、爽やかな笑顔を浮かべる若き宰相補佐から「さぁ」と話を促され、エールは、全身が震え出すのを抑えられなかった。
*****
「案外、あっさりと陥落しましたね。クソ狸」
「不敬だぞ。あれでもまだ伯爵だ」
「それは失礼いたしました、宰相補佐」
「もう勤務時間外だから。それはおしまい」
口を動かすの以上に流れるような素早い動作で、オレファンが宰相補佐の上着を脱いで私服へと着替える。
胸元を飾る記章も外して撫でつけた髪を手櫛でほどいた。
「それじゃ。また明日!」
にこやかに退勤の挨拶を告げるオレファンの背中へ、横から声が掛かる。
「あ。殿下、ちょっとお待ちください。できればこの書類だけでも!」
「だめー。本日の勤務時間はすでに超過してるんだ。いますぐ王宮を出ないと、ミリィの帰宅時間に間に合わないもん。じゃあねー」
「わーい、ミリィ待っててねぇ」というエコーが掛かった声だけを残して去っていった年下上司の後姿に向かって、「今から行ったって、どうぜもう学園は閉まってるじゃないですか」と恨みがましく呟いた同僚の肩を、執務官が叩いた。
「無駄っていうだけ無駄だよ。オレファン殿下は、ファネス公爵令嬢の為だけに有能な宰相補佐の役を演じてるだけなんだから」
「そうでしたね」
力なく、執務室に詰めていたすべての年上部下たちが万感の思いを籠めてそう答えた。
4
表紙イラスト:テン様(@saikomeimei)♡
お気に入りに追加
435
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仕方がないので結婚しましょう
七瀬菜々
恋愛
『アメリア・サザーランド侯爵令嬢!今この瞬間を持って貴様との婚約は破棄させてもらう!』
アメリアは静かな部屋で、自分の名を呼び、そう高らかに宣言する。
そんな婚約者を怪訝な顔で見るのは、この国の王太子エドワード。
アメリアは過去、幾度のなくエドワードに、自身との婚約破棄の提案をしてきた。
そして、その度に正論で打ちのめされてきた。
本日は巷で話題の恋愛小説を参考に、新しい婚約破棄の案をプレゼンするらしい。
果たしてアメリアは、今日こそ無事に婚約を破棄できるのか!?
*高低差がかなりあるお話です
*小説家になろうでも掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この恋を忘れたとしても
メカ喜楽直人
恋愛
卒業式の前日。寮の部屋を片付けていた私は、作り付けの机の引き出しの奥に見覚えのない小箱を見つける。
ベルベットのその小箱の中には綺麗な紅玉石のペンダントが入っていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?
下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。
主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。
その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。
学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために
ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。
そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。
傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。
2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて??
1話完結です
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる