8 / 15
結婚編
3.愛を告げるのはあなた
しおりを挟む……他の女性のところに、行っていたのではないのですか?
言葉の続き、本題を告げることができずに止まってしまったミリアに、オレファンが「あぁ!」と慌ててミリアから離れていく。
突然、肩に感じていた夫のてのひらの温度が失われて、ミリアは放り棄てられたような気がした。
悲しくて、寂しくて。
涙の溢れる速度が一段と早くなる。
溢れて、溢れて。瞳が溶けて無くなってしまうのではないかと思う程、涙が溢れて止められなかった。
「愛しています。ずっとずっと、あなたが母親になっても、僕の恋人でいて下さい」
そんな言葉と共に、泣いているミリアに向かって差し出されたのは、チョコレート色をした一輪の薔薇の花だった。
いや、花ではなかった。
受け取った花から漂ってくる甘い香りは、チョコレートそのものだ。
「……本当は、ひと月前のバレンタインデーに贈るつもりだったんだけど、全然上手にできなくて。師匠に合格を貰えたのが昨夜だったんだ。ごめんね、当日は普通の花束と髪飾りで」
しょんぼり顔のオレファンから聞かされた事情に、ミリアは全身から力が抜けていくのが分かった。
男性から愛を告げられる恋人の日とされるバレンタインデーには、すでにオレファンの瞳の色をした色石で作られた髪飾りと赤い薔薇の花束を貰っていた。
愛らしい髪飾りは、オレファンの瞳の色と同じエメラルド。金の枠に施された細工も細やかで、既製品であったとしても王都でも人気のある宝飾品職人作の手による一点物であることに間違いない。
けれども、あの日の渡し方が素っ気なく感じた理由が、予定していた手作りの品物を用意できなかったから等というミリアの想像していた所とはまったく別の部分に在ったなど、想像できる人間がいるだろうか。
チョコレート細工というのはとても繊細で、作るのには相当な技量が必要になる筈だ。王都でも、花の形に作られたチョコレート細工が売られているのは一軒だけである。
そうしてそのお店のチョコレートを、ミリアはとても好きで好んで食べていた。
「まさか、あのお店へ修行に?」
だから、帰って来るのが遅かったのか。
「自分で作ったチョコレートの薔薇の花をプレゼントしたいと思って、店主に伝授して貰おうとしたんだけど門前払いを喰らっていたのが三か月前かな。そこから王宮のパティシエにチョコレートの作り方の基本を教えて貰うことにして、そこで合格を貰えるようになったんで、それを持ってもう一度店主に願い出て、やっと許可を貰えたのがふた月前だった。でもそこからもう一度チョコレート菓子を作る基本から教え直されて、細工に取り掛かれた時にはバレンタイン過ぎててさぁ」
しょんぼりした様子で明かされていく事実に、ミリアが呆然とする。
「だから、当日はお店で既製品を選んだだけになっちゃったんだ。ごめん。本当にごめんね?」
大きな瞳に涙をいっぱい湛えて謝罪するオレファンに、ミリアの涙が止まった。
震える声で、確認する。
「……では、先々週の休日出勤も?」
「そう。だって、平日の仕事帰りに寄るだけじゃ時間が足りなくてさぁ」
「…………では、昨夜、にゅ、入浴を済まされてからお帰りになったのは?」
「あぁ、あれね。このチョコレートの薔薇を褒めて貰って嬉しくて。バンザイってしたら、ボウルに残ってた溶けたチョコレートをひっくり返しちゃってさぁ。頭から被っちゃった☆」
「火傷は!? 怪我はされていないのですか?」
「うん。大丈夫。結構冷めてたから固まり掛けだったんだ。でも髪の間に入っちゃって、どうにもならなくてお風呂借りたんだ」
「そう……なのですか」
ホッとした様子で力が抜けたミリアに、オレファンが嬉しそうだった。
「ふふっ。嬉しいな。ミリィに火傷の心配されちゃった」
「ファレ、私は怒っているんですよ?」
「ごめん。でも、うれしくて」
ニコニコと嬉しそうに笑うオレファンに、ミリアは絶対零度の怒気を覚えた。
「ファレ様、謝る所をお間違えですわ?」
「え?」
突然、様子の変わったミリアに、オレファンは驚いて挙動不審になる。瞳が定まらず、オロオロとしだした。
「え、がんばったんだけど。ミリィは気に入ってくれなかった? モデルにした薔薇が悪かったかな。先生の作ってくれたのはアイーダだったんだけど、木瓜薔薇が良かった? もっと花弁の多い八重咲の……アブラハムダービーとか、あっ、アフロディーテとか?!」
「ちがいますっ!」
あまりに明後日なオレファンに、ミリアは即行で否定を入れる。
「え。じゃあ?」
完全に首を傾げて悩みだしたオレファンに、ミリアは大きなため息を吐いた。
「……わたしはっ。私は、ファレに、傍にいて貰えた方が嬉しいです。休日も、行き先を嘘を吐いて出掛けてしまうとか、夕食を共にできないとか……ひとりで過ごすのは、寂しくて」
「ごめん! ミリィ」
がばりと強く抱き締められた。
そして再び、慌てた様子で顔を背けて身体を離された。
意味が分からなすぎて、ミリアはやっぱり泣きたくなった。
「ごめん、ごめんなさい。嘘吐いたことは、全面的に僕が悪かった。ひとりにしてしまったのも、僕が悪かった。僕は、ミリィの為に努力できることが楽しかったし、これを受け取ったミリィの顔を想像すると嬉しくて愉しみで仕方がなかったけど。でも、ごめんなさい!」
許して下さい、とそう泣くオレファンの胸に、ミリィは自分からしがみついた。
「え、あの……ミリィ、ミリアさん? あの……駄目だよっ」
あわあわと、何故か懸命にミリアから身体を離そうとするオレファンに強引にミリアはしがみつく。
そうだ。欲しいならば、そう主張して、自分から手を伸ばせばよかったのだ。
常に与えられていたから、忘れていた。思い付きもしなかった。
「さみしかったんですからね。さみしくて、悲しくて。……ファレに、他に好きな女性ができたんじゃないかって、おもっちゃったほど」
言葉に出してみればあまりにも簡単な事だった。
ミリアだってオレファンとこうして触れ合うことが好きなのだ。
欲しければ自分から手を伸ばせばいい。それだけだ。
「えぇっ?! 無いない。そんな事、ある訳がない。ミリィ以外の女の子を好きになるなんていない」
「……子供は? 女の子だったら?」
つい、思ってもみなかった意地悪をミリアは口にする。
だってなんだか、今更ながら恥ずかしくなってきたからだ。
思えば、出会ってからずっと、オレファンから愛を告げられてそれに応える形でなら想いを告げたこともあったけれど、ミリアの方からそれを告げたのは初めてであった。
「ママになっても、ミリィは僕の、僕だけの恋人でいてくれるでしょう?……それに、それをいうならミリィの方が心配だ。息子が生まれたら、僕は二の次になったりしない?」
唇を尖らせて、言い難そうに告げられた言葉に、思わずミリアは破顔した。
「くっ。笑うミリィが可愛い。抱き締めたい」
拳を握って顔を背けるオレファンに、ミリアが抱き着く。
「なんで? 抱き締めてくれないの、ファレ」
嬉しそうに、全身で愛を伝えるが如く幸せそうに笑うミリアに抱き着かれて、オレファンは慌てて強引になりすぎないように、慎重な手付きで、身体を離そうと四苦八苦していた。
「だ、だって! ミリィを抱き締めたりしたら、それ以上の事をしたくなっちゃうじゃないか!! 添い寝するのだって怖いのに。お腹を蹴っ飛ばしたり強く抱きしめすぎて、お腹の赤ちゃんに何かあったらどうするのさっ」
「寝顔を見るのだって我慢してたのに!」
泣きそうな顔でされた告白に、ミリアの止まっていた涙が流れていく。
痙攣するように。声も出せずに、涙を流し出したミリアに、オレファンが弾かれたように彼女の身体を心配しだした。
「えっ?! えっ?!! ミリィ? 大丈夫? お腹痛くなっちゃった? ミリア、だ、誰か医者を! ミリィが、ミリィを、ミリィとお腹の子供をたすけてぇえぇぇ!!!」
廊下へと慌てて駆けだしていくオレファンを、ミリアは慌てて涙を拭きつつ、けれども満面の笑みで追いかけた。
もう安定期に入っているのだと、どうやって教えようかと考えながら。
19
表紙イラスト:テン様(@saikomeimei)♡
お気に入りに追加
435
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仕方がないので結婚しましょう
七瀬菜々
恋愛
『アメリア・サザーランド侯爵令嬢!今この瞬間を持って貴様との婚約は破棄させてもらう!』
アメリアは静かな部屋で、自分の名を呼び、そう高らかに宣言する。
そんな婚約者を怪訝な顔で見るのは、この国の王太子エドワード。
アメリアは過去、幾度のなくエドワードに、自身との婚約破棄の提案をしてきた。
そして、その度に正論で打ちのめされてきた。
本日は巷で話題の恋愛小説を参考に、新しい婚約破棄の案をプレゼンするらしい。
果たしてアメリアは、今日こそ無事に婚約を破棄できるのか!?
*高低差がかなりあるお話です
*小説家になろうでも掲載しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この恋を忘れたとしても
メカ喜楽直人
恋愛
卒業式の前日。寮の部屋を片付けていた私は、作り付けの机の引き出しの奥に見覚えのない小箱を見つける。
ベルベットのその小箱の中には綺麗な紅玉石のペンダントが入っていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?
下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。
主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。
小説家になろう様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。
その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。
学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために
ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。
そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。
傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。
2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて??
1話完結です
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる