「君を愛することはできない」と仰いましたが、正確にその意味を説明してください、公爵様

メカ喜楽直人

文字の大きさ
上 下
6 / 15

6.百科事典事件(過去)

しおりを挟む



「綺麗な絵がたくさん載っていても、それは絵本ではないです」

 念願の対面を果たしたと感動に震えていたイボンヌは、最初それが自分に向かって掛けられたものだとわからなかった。

 目の前に置いたその本は装丁も美しい大型のもので、イボンヌはちいさな手で抱えるようにして大事に大事に確保しておいた机まで運んできたというのに。

「綺麗な絵がたくさん載っていても、それは絵本ではないと言っているんですよ」

 ようやくその目次を開いたところで、見覚えのない司書から再度声を大きくして咎められてしまい困惑した。

「えっと、あの。エットランドで出版された百科事典です、よね」

 北の大国エットランドとは最近ようやく我がロードライト王国との国交が開かれたばかりだ。
 この事典も友好の証として寄贈されたものであるという。

「え、ええ。そうです。ですから説明文はすべてエットランド語で書かれております。どなたかご親族の付き添いでいらしたのですか? 残念ながら、この王宮図書館においてある本はどれも専門書ばかりですし、お嬢様には難しいと思いますよ」

 エットランドの百科事典であることを知っていると告げた筈なのに、なぜ自分には難しいと判断されてしまったのかが分らず、イボンヌは困ってしまった。

 確かに、イボンヌはエットランド語を話せないし、読むことも不慣れだ。
 けれどすぐ横にはエットランド語をセナ語に訳す辞書を用意してあった。セナ語はそれなりに読み書きできるようになってはいるものの、念の為にセナ語をロードライト語へと訳す辞書も用意してある。ちなみにこちらは自宅から持ってきたイボンヌ私物であり、たくさん書き込みもしてある。
 これまで自宅で学習していたノートも持ち込んでおり、ゆっくりとなら読める筈なのだ。

 机の上に用意されているこれらを見れば、イボンヌが絵を目当てに遊び半分でそれを開いた訳ではないとすぐに分って貰えると思っていたのだが。

 あっさりとイボンヌの手から、そのイボンヌの知らない世界がたくさん詰まっている筈の本、なんなら大きくて重くてここまで傷をつけないように運んでくるのにどれだけ苦労したことかと言いたいその本を取り上げられてしまい、イボンヌはそれはそれは情けない声を上げた。

「あぁ~」

「まったく。連れてきた子供が邪魔になったとはいえ、王宮図書館を子供の遊び場にさせるなんて。お嬢さん、あなたの親御さんはどこにいるんだい? 呼び出して叱ってやらねば」

 興奮してありもしない設定をイボンヌに作り上げて叱るなんて言い出した司書の異様さに、イボンヌはどう説明すればいいのか分からなかった。

『大人の指示には従うんだ。いいな?』

 毎朝言われ続けた父の言葉を思い出す。
 やはり、目の前で怒り狂う司書の言葉に従って百科事典の閲覧は諦めるべきなのだろうか。

 だがそれは、この本を読む為にしてきた努力をすべて無駄にするということだ。

 だが、この司書は、宰相補佐である父を呼び出して叱るという。目の前のこの人はどれだけ偉い人なのだろう。
 そんな人に誤解させ、きちんと説明することもできない自分が情けなく悲しくて。
 イボンヌはその碧玉石のような瞳に涙をいっぱい浮かべて震えていた。



しおりを挟む
表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
感想 4

あなたにおすすめの小説

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する

みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...