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6.百科事典事件(過去)
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「綺麗な絵がたくさん載っていても、それは絵本ではないです」
念願の対面を果たしたと感動に震えていたイボンヌは、最初それが自分に向かって掛けられたものだとわからなかった。
目の前に置いたその本は装丁も美しい大型のもので、イボンヌはちいさな手で抱えるようにして大事に大事に確保しておいた机まで運んできたというのに。
「綺麗な絵がたくさん載っていても、それは絵本ではないと言っているんですよ」
ようやくその目次を開いたところで、見覚えのない司書から再度声を大きくして咎められてしまい困惑した。
「えっと、あの。エットランドで出版された百科事典です、よね」
北の大国エットランドとは最近ようやく我がロードライト王国との国交が開かれたばかりだ。
この事典も友好の証として寄贈されたものであるという。
「え、ええ。そうです。ですから説明文はすべてエットランド語で書かれております。どなたかご親族の付き添いでいらしたのですか? 残念ながら、この王宮図書館においてある本はどれも専門書ばかりですし、お嬢様には難しいと思いますよ」
エットランドの百科事典であることを知っていると告げた筈なのに、なぜ自分には難しいと判断されてしまったのかが分らず、イボンヌは困ってしまった。
確かに、イボンヌはエットランド語を話せないし、読むことも不慣れだ。
けれどすぐ横にはエットランド語をセナ語に訳す辞書を用意してあった。セナ語はそれなりに読み書きできるようになってはいるものの、念の為にセナ語をロードライト語へと訳す辞書も用意してある。ちなみにこちらは自宅から持ってきたイボンヌ私物であり、たくさん書き込みもしてある。
これまで自宅で学習していたノートも持ち込んでおり、ゆっくりとなら読める筈なのだ。
机の上に用意されているこれらを見れば、イボンヌが絵を目当てに遊び半分でそれを開いた訳ではないとすぐに分って貰えると思っていたのだが。
あっさりとイボンヌの手から、そのイボンヌの知らない世界がたくさん詰まっている筈の本、なんなら大きくて重くてここまで傷をつけないように運んでくるのにどれだけ苦労したことかと言いたいその本を取り上げられてしまい、イボンヌはそれはそれは情けない声を上げた。
「あぁ~」
「まったく。連れてきた子供が邪魔になったとはいえ、王宮図書館を子供の遊び場にさせるなんて。お嬢さん、あなたの親御さんはどこにいるんだい? 呼び出して叱ってやらねば」
興奮してありもしない設定をイボンヌに作り上げて叱るなんて言い出した司書の異様さに、イボンヌはどう説明すればいいのか分からなかった。
『大人の指示には従うんだ。いいな?』
毎朝言われ続けた父の言葉を思い出す。
やはり、目の前で怒り狂う司書の言葉に従って百科事典の閲覧は諦めるべきなのだろうか。
だがそれは、この本を読む為にしてきた努力をすべて無駄にするということだ。
だが、この司書は、宰相補佐である父を呼び出して叱るという。目の前のこの人はどれだけ偉い人なのだろう。
そんな人に誤解させ、きちんと説明することもできない自分が情けなく悲しくて。
イボンヌはその碧玉石のような瞳に涙をいっぱい浮かべて震えていた。
「綺麗な絵がたくさん載っていても、それは絵本ではないです」
念願の対面を果たしたと感動に震えていたイボンヌは、最初それが自分に向かって掛けられたものだとわからなかった。
目の前に置いたその本は装丁も美しい大型のもので、イボンヌはちいさな手で抱えるようにして大事に大事に確保しておいた机まで運んできたというのに。
「綺麗な絵がたくさん載っていても、それは絵本ではないと言っているんですよ」
ようやくその目次を開いたところで、見覚えのない司書から再度声を大きくして咎められてしまい困惑した。
「えっと、あの。エットランドで出版された百科事典です、よね」
北の大国エットランドとは最近ようやく我がロードライト王国との国交が開かれたばかりだ。
この事典も友好の証として寄贈されたものであるという。
「え、ええ。そうです。ですから説明文はすべてエットランド語で書かれております。どなたかご親族の付き添いでいらしたのですか? 残念ながら、この王宮図書館においてある本はどれも専門書ばかりですし、お嬢様には難しいと思いますよ」
エットランドの百科事典であることを知っていると告げた筈なのに、なぜ自分には難しいと判断されてしまったのかが分らず、イボンヌは困ってしまった。
確かに、イボンヌはエットランド語を話せないし、読むことも不慣れだ。
けれどすぐ横にはエットランド語をセナ語に訳す辞書を用意してあった。セナ語はそれなりに読み書きできるようになってはいるものの、念の為にセナ語をロードライト語へと訳す辞書も用意してある。ちなみにこちらは自宅から持ってきたイボンヌ私物であり、たくさん書き込みもしてある。
これまで自宅で学習していたノートも持ち込んでおり、ゆっくりとなら読める筈なのだ。
机の上に用意されているこれらを見れば、イボンヌが絵を目当てに遊び半分でそれを開いた訳ではないとすぐに分って貰えると思っていたのだが。
あっさりとイボンヌの手から、そのイボンヌの知らない世界がたくさん詰まっている筈の本、なんなら大きくて重くてここまで傷をつけないように運んでくるのにどれだけ苦労したことかと言いたいその本を取り上げられてしまい、イボンヌはそれはそれは情けない声を上げた。
「あぁ~」
「まったく。連れてきた子供が邪魔になったとはいえ、王宮図書館を子供の遊び場にさせるなんて。お嬢さん、あなたの親御さんはどこにいるんだい? 呼び出して叱ってやらねば」
興奮してありもしない設定をイボンヌに作り上げて叱るなんて言い出した司書の異様さに、イボンヌはどう説明すればいいのか分からなかった。
『大人の指示には従うんだ。いいな?』
毎朝言われ続けた父の言葉を思い出す。
やはり、目の前で怒り狂う司書の言葉に従って百科事典の閲覧は諦めるべきなのだろうか。
だがそれは、この本を読む為にしてきた努力をすべて無駄にするということだ。
だが、この司書は、宰相補佐である父を呼び出して叱るという。目の前のこの人はどれだけ偉い人なのだろう。
そんな人に誤解させ、きちんと説明することもできない自分が情けなく悲しくて。
イボンヌはその碧玉石のような瞳に涙をいっぱい浮かべて震えていた。
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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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