「君を愛することはできない」と仰いましたが、正確にその意味を説明してください、公爵様

メカ喜楽直人

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14.愛は舞い降りる

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「え、しろい?」
「あ」

 空白が、広がる。

 さすがのイボンヌも、夫婦仲が上手くいっていなかったという情報までは得ていたが、そこまで何もなかったとは想像だにしていなかった。

 テオフィルスからの先の説明も、その辺りを暈かしたままであった。
 だが、こうして口にしてしまった以上、説明するしかないと覚悟を決めて、新妻にそれを告白する。

「そうだ、私とユリアの間には一度も夫婦生活というものは、なかった。床入りをしてすぐに拒否されてしまったのでね。私にとっても、イボンヌとの今夜が、正真正銘の、初夜だ」

 苦しそうにそう告白したテオフィルスは、感極まった様子のイボンヌに再び押し倒された。

 イボンヌは愛する夫へと顔中にくちづけを贈り、頬を擦りつけた。

 大人しく新妻からの熱烈すぎる求愛行動を受け入れて、テオフィルスが浴びた媚薬でふたり揃って顔をべとべとになって、笑い合った。

「ではすべて、わたくしのものですね、テオ。私の愛しい図書館の御方」

「あはははは。ではやはりあの令嬢が、キミだったのか。イボンヌ」

「覚えていて下さったのですか?!」

 興奮した様子で顔を離して叫んだイボンヌをテオフィルスは引き寄せた。
 その甘い柔らかな身体が離れていくことを拒む。

「すまない。思い当たったのはつい先ほどだ。だが私がキミほど年の離れた令嬢から『助けられた』などと言って貰えることはそうないからね」

 デビュタント前から未亡人にまで秋波をおくられることに辟易していたテオフィルスは、できる限りそういった誤解をされないように、婚姻前からユリア以外の女性から距離をおいて過ごしてきた。

 学園に通っていた時ですら、手を触れたりするのは婚約者であったユリアだけにしたほどだ。その婚約者とでさえ、エスコートする際でも最低限しか触らない紳士的な態度を崩すことはなかった。

 だからこそ、浮気されたともいえるのだが。

 テオフィルスとて結婚してからまでクールな関係を望んでいた訳ではない。籍を入れ、確かな関係を築いてからそうなりたかっただけだ。

 当時はまったく理解できなかったが、実際にこうして熱烈に愛を伝えられるという幸せを知ってみれば、反省できる部分も見えてくる。

『私ももっと積極的に関係を築く努力をするべきだったのかもしれない』
 そんな風にも、思う。

 だが、ただひたすらに熱く情熱的に愛されることだけを望んでいたユリアと過度な触れ合いを望まずゆっくりと関係を築きたかったテオフィルスは、相性が悪かったのだろう。
 お互いが違う方向で、愛されることを望んでいた。
 相手の愛を掴む為に自分から動く気持ちが持てなかった。
 それだけだ。


 今、テオフィルスの腕の中で愛の籠ったまなざしで見上げてくるイボンヌの頬を、そっと指先でなぞった。

 愛しい、という気持ちが自然と胸に溢れてくる。

「視線に気が付いた時には赤毛ではなくなっていたから。あの可哀想な誤解を受けていた幼い令嬢とキミが重ならなかった」

 抱き締め合ったまま、テオフィルスはちょいちょいっと悪戯っぽく粘度のある液体に濡れて色が濃くなっているイボンヌのストロベリーブロンドを指で揺らした。

 誤解を解こうと必死になって説明する令嬢を助けたのは、あまりに理不尽がすぎたからだった。
 頭が良すぎる人間にありがちな、見ればわかるだろうと言葉にしないでも理解して貰って当然だといわんばかりのある種の傲慢さを感じる説明。
 それをしているのがまだ少女と言える年齢の令嬢であったことが、更なる不幸の入り口だったとテオフィルスは分析していた。
 だからこそ、大人であるあの司書は、素直にその言葉を聞き入れることができずに、自分の誤解であったと認められなかったのだろう。

 聡明さと幼さを持ち合わせてしまった故の悲劇だ。

 なんにせよ、その場で助けを差し伸べられて良かったと心から思う。
 情けは人の為ならず回りまわって己が為とはよく言ったものだ。

 こうして今、助けられているのは、テオフィルス自身だ。


「図書館で颯爽と助けて下さった御方が美しすぎて。憧れを抱くにも、自分が少しでも誇れる自分にならねばいけない気がしたのです。傍に居れなくとも相応しい存在であろうと。努力いたしました」

 頬を染め、テオフィルスに憧れ続ける為に努力した、と素直に告白する妻へさらに愛しさが湧き上がる。

「それもお勉強したのかい?」
「えぇ、勿論です。美しくなるためには努力が必要だったのです。実践も頑張りましたわ」

 恥ずかしがるかと思ったのに。なぜか満面の笑みを浮かべて自慢げに肯かれる。
 お陰でテオフィルスの頬は緩みっぱなしだ。

 冷徹、冷酷といわれたのは誰のことだろうか。

「いいね。私の妻は、尊敬に値する存在のようだ」

 抱き締める腕に力を籠めると、腕の中から抱き締め返された。
 その力強さに、幸せを噛みしめる。


 ようやく、本当に愛し愛される存在を得たことをテオフィルスは実感し、天に感謝した。



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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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