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13.王命による婚約(過去)
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それから程無くして、ライトフット公爵家から妻ユリアの葬儀は既に家族のみでしめやかに執り行われた旨の告知があった。
若くして突然の病により愛妻を喪った夫はその哀しみを、身内内で分かち合い極々親しい者で悼み見送りたかったというのがその理由とされた。
実際のところ、美貌で謳われた公爵がやつれ果てた様子で公務に励む姿はなんとも痛々しく、近しくある者たちから伝えられたその様子に心を痛めた人々は、だんだんと亡妻に関する不埒な噂を口にすることはなくなっていった。
その代わりに、公爵のところへは見合いの申し込みが次々と舞い込んでくる。
年上の未亡人からも多かったが、十以上も年下の伯爵令嬢、すでに婚約者のいる令嬢から「申し出を受けてくれるなら今の婚約を破棄する」という旨の但し書き付きの侯爵令嬢までもが立候補の手を挙げる。果ては隣国の王女までもが顔合わせ目当てで視察にやってくる始末だった。
しかし、そのどんな美女からの申し込みであってさえ、顔合わせの席を持つことすら拒否されてしまう。
埒があかないと公爵家へ直接押し掛ける令嬢や未亡人も出る始末であったが、縋ろうとしても近づけさせてはくれない上に、言葉少なく「私は、もう結婚する気はないのだ」とそのかんばせに陰りを宿した美貌の公爵から悲し気に呟かれると、どんな強気な令嬢たちも、しおしおとその意気を消沈させて「お元気を出して下さいませ」と引き下がっていくしかなかった。
その内に、元の冷徹な姿を取り戻されると周囲は信じていたが、ライトフット公爵がその覇気を取り戻すことはなく、一年、二年と月日が流れていく。
さすがに顔の窶れは取れたが、それでも瞳に宿ってしまった陰は消えないままだった。
「お前ももう三十になる。このままでは筆頭公爵家であるライトフット家の血筋が絶えることになる」
王命により呼び出しを受けたテオフィルスは、今日も苦言を呈してくる血の繋がった実の伯父である国王からくどくどと説得という名の説教を聴かされていた。
「親戚縁者を辿って将来有望な者を探し出し、養子に迎えようかと考えております」
「ならん」
かねてより考えていた提案をばっさりと切り捨てられて、テオフィルスは傷ついた。
「ライトフット公爵家と繋がりがあるとしても外戚では困る。ある程度血が濃く、優秀な者となると、最近は子を複数持つことをしない家も増えた故、その家の嫡男を奪うこととなる。その家にまで養子を取れと申すつもりか。親子の縁を幾つ切らせることになるか想像できぬか。それに躊躇はないか」
テオフィルスはそこまで考えてもみなかった。
ライトフット家へ養子を迎えても、親子の縁を切らせるつもりはなかったからだ。
だが交流を続けさせた場合、もし元の家になにか起きた場合、跡を継いだ養子が、引き継いだ財産を実家へ流し続ける可能性が残る。
だから一般的には養子縁組をする際は、離縁書を書く。
自分の我儘により引き離すのだから少しくらいライトフット公爵家の財産を流用することは構わないと思っていたが、それを他家へ押し付ける訳にもいかない。
連鎖的に幾つものその家より弱い家門へそのリスクを押し付けることになるのは、確かに許されない事だ。
「申し訳ありませんでした。浅慮をお詫びし、発言を撤回致します」
素直に謝罪をする甥に、満足げに頷いた国王は、少し溜をとって、ゆっくりとその命を発した。
「ライトフット公爵テオフィルスに、余が婚約者を用意した。かの令嬢が学園を卒業した後、即婚姻を結べ。これは王命である」
はっきりと王命だと告げられたその言葉に、テオフィルスが顔色と表情の一切を無くした。
しばらくの間、硬く目を閉じた後、彼は頭を下げてこれを受け入れた。
それから程無くして、ライトフット公爵家から妻ユリアの葬儀は既に家族のみでしめやかに執り行われた旨の告知があった。
若くして突然の病により愛妻を喪った夫はその哀しみを、身内内で分かち合い極々親しい者で悼み見送りたかったというのがその理由とされた。
実際のところ、美貌で謳われた公爵がやつれ果てた様子で公務に励む姿はなんとも痛々しく、近しくある者たちから伝えられたその様子に心を痛めた人々は、だんだんと亡妻に関する不埒な噂を口にすることはなくなっていった。
その代わりに、公爵のところへは見合いの申し込みが次々と舞い込んでくる。
年上の未亡人からも多かったが、十以上も年下の伯爵令嬢、すでに婚約者のいる令嬢から「申し出を受けてくれるなら今の婚約を破棄する」という旨の但し書き付きの侯爵令嬢までもが立候補の手を挙げる。果ては隣国の王女までもが顔合わせ目当てで視察にやってくる始末だった。
しかし、そのどんな美女からの申し込みであってさえ、顔合わせの席を持つことすら拒否されてしまう。
埒があかないと公爵家へ直接押し掛ける令嬢や未亡人も出る始末であったが、縋ろうとしても近づけさせてはくれない上に、言葉少なく「私は、もう結婚する気はないのだ」とそのかんばせに陰りを宿した美貌の公爵から悲し気に呟かれると、どんな強気な令嬢たちも、しおしおとその意気を消沈させて「お元気を出して下さいませ」と引き下がっていくしかなかった。
その内に、元の冷徹な姿を取り戻されると周囲は信じていたが、ライトフット公爵がその覇気を取り戻すことはなく、一年、二年と月日が流れていく。
さすがに顔の窶れは取れたが、それでも瞳に宿ってしまった陰は消えないままだった。
「お前ももう三十になる。このままでは筆頭公爵家であるライトフット家の血筋が絶えることになる」
王命により呼び出しを受けたテオフィルスは、今日も苦言を呈してくる血の繋がった実の伯父である国王からくどくどと説得という名の説教を聴かされていた。
「親戚縁者を辿って将来有望な者を探し出し、養子に迎えようかと考えております」
「ならん」
かねてより考えていた提案をばっさりと切り捨てられて、テオフィルスは傷ついた。
「ライトフット公爵家と繋がりがあるとしても外戚では困る。ある程度血が濃く、優秀な者となると、最近は子を複数持つことをしない家も増えた故、その家の嫡男を奪うこととなる。その家にまで養子を取れと申すつもりか。親子の縁を幾つ切らせることになるか想像できぬか。それに躊躇はないか」
テオフィルスはそこまで考えてもみなかった。
ライトフット家へ養子を迎えても、親子の縁を切らせるつもりはなかったからだ。
だが交流を続けさせた場合、もし元の家になにか起きた場合、跡を継いだ養子が、引き継いだ財産を実家へ流し続ける可能性が残る。
だから一般的には養子縁組をする際は、離縁書を書く。
自分の我儘により引き離すのだから少しくらいライトフット公爵家の財産を流用することは構わないと思っていたが、それを他家へ押し付ける訳にもいかない。
連鎖的に幾つものその家より弱い家門へそのリスクを押し付けることになるのは、確かに許されない事だ。
「申し訳ありませんでした。浅慮をお詫びし、発言を撤回致します」
素直に謝罪をする甥に、満足げに頷いた国王は、少し溜をとって、ゆっくりとその命を発した。
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はっきりと王命だと告げられたその言葉に、テオフィルスが顔色と表情の一切を無くした。
しばらくの間、硬く目を閉じた後、彼は頭を下げてこれを受け入れた。
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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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