13 / 15
13.王命による婚約(過去)
しおりを挟む
■
それから程無くして、ライトフット公爵家から妻ユリアの葬儀は既に家族のみでしめやかに執り行われた旨の告知があった。
若くして突然の病により愛妻を喪った夫はその哀しみを、身内内で分かち合い極々親しい者で悼み見送りたかったというのがその理由とされた。
実際のところ、美貌で謳われた公爵がやつれ果てた様子で公務に励む姿はなんとも痛々しく、近しくある者たちから伝えられたその様子に心を痛めた人々は、だんだんと亡妻に関する不埒な噂を口にすることはなくなっていった。
その代わりに、公爵のところへは見合いの申し込みが次々と舞い込んでくる。
年上の未亡人からも多かったが、十以上も年下の伯爵令嬢、すでに婚約者のいる令嬢から「申し出を受けてくれるなら今の婚約を破棄する」という旨の但し書き付きの侯爵令嬢までもが立候補の手を挙げる。果ては隣国の王女までもが顔合わせ目当てで視察にやってくる始末だった。
しかし、そのどんな美女からの申し込みであってさえ、顔合わせの席を持つことすら拒否されてしまう。
埒があかないと公爵家へ直接押し掛ける令嬢や未亡人も出る始末であったが、縋ろうとしても近づけさせてはくれない上に、言葉少なく「私は、もう結婚する気はないのだ」とそのかんばせに陰りを宿した美貌の公爵から悲し気に呟かれると、どんな強気な令嬢たちも、しおしおとその意気を消沈させて「お元気を出して下さいませ」と引き下がっていくしかなかった。
その内に、元の冷徹な姿を取り戻されると周囲は信じていたが、ライトフット公爵がその覇気を取り戻すことはなく、一年、二年と月日が流れていく。
さすがに顔の窶れは取れたが、それでも瞳に宿ってしまった陰は消えないままだった。
「お前ももう三十になる。このままでは筆頭公爵家であるライトフット家の血筋が絶えることになる」
王命により呼び出しを受けたテオフィルスは、今日も苦言を呈してくる血の繋がった実の伯父である国王からくどくどと説得という名の説教を聴かされていた。
「親戚縁者を辿って将来有望な者を探し出し、養子に迎えようかと考えております」
「ならん」
かねてより考えていた提案をばっさりと切り捨てられて、テオフィルスは傷ついた。
「ライトフット公爵家と繋がりがあるとしても外戚では困る。ある程度血が濃く、優秀な者となると、最近は子を複数持つことをしない家も増えた故、その家の嫡男を奪うこととなる。その家にまで養子を取れと申すつもりか。親子の縁を幾つ切らせることになるか想像できぬか。それに躊躇はないか」
テオフィルスはそこまで考えてもみなかった。
ライトフット家へ養子を迎えても、親子の縁を切らせるつもりはなかったからだ。
だが交流を続けさせた場合、もし元の家になにか起きた場合、跡を継いだ養子が、引き継いだ財産を実家へ流し続ける可能性が残る。
だから一般的には養子縁組をする際は、離縁書を書く。
自分の我儘により引き離すのだから少しくらいライトフット公爵家の財産を流用することは構わないと思っていたが、それを他家へ押し付ける訳にもいかない。
連鎖的に幾つものその家より弱い家門へそのリスクを押し付けることになるのは、確かに許されない事だ。
「申し訳ありませんでした。浅慮をお詫びし、発言を撤回致します」
素直に謝罪をする甥に、満足げに頷いた国王は、少し溜をとって、ゆっくりとその命を発した。
「ライトフット公爵テオフィルスに、余が婚約者を用意した。かの令嬢が学園を卒業した後、即婚姻を結べ。これは王命である」
はっきりと王命だと告げられたその言葉に、テオフィルスが顔色と表情の一切を無くした。
しばらくの間、硬く目を閉じた後、彼は頭を下げてこれを受け入れた。
それから程無くして、ライトフット公爵家から妻ユリアの葬儀は既に家族のみでしめやかに執り行われた旨の告知があった。
若くして突然の病により愛妻を喪った夫はその哀しみを、身内内で分かち合い極々親しい者で悼み見送りたかったというのがその理由とされた。
実際のところ、美貌で謳われた公爵がやつれ果てた様子で公務に励む姿はなんとも痛々しく、近しくある者たちから伝えられたその様子に心を痛めた人々は、だんだんと亡妻に関する不埒な噂を口にすることはなくなっていった。
その代わりに、公爵のところへは見合いの申し込みが次々と舞い込んでくる。
年上の未亡人からも多かったが、十以上も年下の伯爵令嬢、すでに婚約者のいる令嬢から「申し出を受けてくれるなら今の婚約を破棄する」という旨の但し書き付きの侯爵令嬢までもが立候補の手を挙げる。果ては隣国の王女までもが顔合わせ目当てで視察にやってくる始末だった。
しかし、そのどんな美女からの申し込みであってさえ、顔合わせの席を持つことすら拒否されてしまう。
埒があかないと公爵家へ直接押し掛ける令嬢や未亡人も出る始末であったが、縋ろうとしても近づけさせてはくれない上に、言葉少なく「私は、もう結婚する気はないのだ」とそのかんばせに陰りを宿した美貌の公爵から悲し気に呟かれると、どんな強気な令嬢たちも、しおしおとその意気を消沈させて「お元気を出して下さいませ」と引き下がっていくしかなかった。
その内に、元の冷徹な姿を取り戻されると周囲は信じていたが、ライトフット公爵がその覇気を取り戻すことはなく、一年、二年と月日が流れていく。
さすがに顔の窶れは取れたが、それでも瞳に宿ってしまった陰は消えないままだった。
「お前ももう三十になる。このままでは筆頭公爵家であるライトフット家の血筋が絶えることになる」
王命により呼び出しを受けたテオフィルスは、今日も苦言を呈してくる血の繋がった実の伯父である国王からくどくどと説得という名の説教を聴かされていた。
「親戚縁者を辿って将来有望な者を探し出し、養子に迎えようかと考えております」
「ならん」
かねてより考えていた提案をばっさりと切り捨てられて、テオフィルスは傷ついた。
「ライトフット公爵家と繋がりがあるとしても外戚では困る。ある程度血が濃く、優秀な者となると、最近は子を複数持つことをしない家も増えた故、その家の嫡男を奪うこととなる。その家にまで養子を取れと申すつもりか。親子の縁を幾つ切らせることになるか想像できぬか。それに躊躇はないか」
テオフィルスはそこまで考えてもみなかった。
ライトフット家へ養子を迎えても、親子の縁を切らせるつもりはなかったからだ。
だが交流を続けさせた場合、もし元の家になにか起きた場合、跡を継いだ養子が、引き継いだ財産を実家へ流し続ける可能性が残る。
だから一般的には養子縁組をする際は、離縁書を書く。
自分の我儘により引き離すのだから少しくらいライトフット公爵家の財産を流用することは構わないと思っていたが、それを他家へ押し付ける訳にもいかない。
連鎖的に幾つものその家より弱い家門へそのリスクを押し付けることになるのは、確かに許されない事だ。
「申し訳ありませんでした。浅慮をお詫びし、発言を撤回致します」
素直に謝罪をする甥に、満足げに頷いた国王は、少し溜をとって、ゆっくりとその命を発した。
「ライトフット公爵テオフィルスに、余が婚約者を用意した。かの令嬢が学園を卒業した後、即婚姻を結べ。これは王命である」
はっきりと王命だと告げられたその言葉に、テオフィルスが顔色と表情の一切を無くした。
しばらくの間、硬く目を閉じた後、彼は頭を下げてこれを受け入れた。
11
表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
お気に入りに追加
362
あなたにおすすめの小説
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。

別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる