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12.それは突然のスキャンダル(過去)
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周囲から守られていると本人だけは知らぬまま、イボンヌの初恋は続いていった。
デビュタントを済ませ翌年には学園へ入学し、周囲は次々と婚約を結ぶなり、そうでなくとも「婚姻前にたくさん思い出をつくるの」と恋人を次々作っていようとも、イボンヌだけが幼い頃の憧れを胸に抱いて日々を送っている。
周囲はそんなイボンヌに「勿体ない」と憤慨したが本人はどこ吹く風だった。
「もっと知りたいことがたくさんあるの。できるようになりたいことも」
本を片手に勉学に励む姿に、周囲は呆れながらも、そんなイボンヌを受け入れてくれた。
イボンヌが、学生として令嬢として研鑽する日々を過ごしていたある日、ライトロード王国の社交界に衝撃が走った。
「ライトフット公爵夫人が、亡くなられた?」
それもどうやら事故や病気という訳でもないらしい。
ライトフット公爵家所有の別邸で、たくさんの愛人を侍らせ共に夜を過ごした朝に彼女は死を迎えたのだと、まことしやかに噂は広がった。
お陰で今この国は、その不埒な噂で持ち切りだ。
今日も、晴れやかな空の下で開かれているある高位貴族の夫人が開いた詩集朗読会後のお茶の席でその場の話題にされている。
「そんな下世話な噂を広めるなど。公爵家は第二の王家。不敬ですわ」
参加者の中では最年少。恋の噂ひとつ上った事のない美しい令嬢がその美しい眉を顰めて批難するのを、もの長けた夫人が笑顔で諭した。
「ふふ。そうですわね。噂はうわさ。たとえ、ご本人の口から告げられた言葉が元であろうとも、噂ですわね」
ぱちん、と音を立て口元を隠すように扇をひらくと、その内側で唇が弧を描く。
年若い令嬢の潔癖さを褒め讃え、その言葉に感じ入ったような言葉を口では言いながらも、そこに毒を含ませることを忘れない。
そこに含まれる悪意と毒を敏感に感じ取り、他の夫人たちが囁き返す。
「そうね。彼女は常に彼女を賛美する言葉を浴びるほど聞かせて貰えないと死んでしまうような方ですもの。きっと、あの冷徹なご主人には御せなかったのでしょう」
「ほほほ。そういえばご本人がよく嘯いていらっしゃいましたわね。『たくさんの殿方の愛が女性を美しくさせるのだ』と」
「まぁ。我が国では重婚は許されておりませんのに。キツい冗談ですこと」
ほほほ。あはは。
上品な笑みを口元に浮かべながら己の知る情報をひけらかし合う。
そうして毒を吐きながら、おいしそうに紅茶で唇に潤いを得ては、純度を上げた更なる悪意を撒き散らすのだ。
冗談である、単なる噂だという前置きさえすれば故人を貶しめることすら恥じないご婦人方の会話に、令嬢はすっかり顔色が消えてしまうほどの衝撃を受けていった。
さすがにやり過ぎだと、ホストでもある夫人がとりなしの言葉を上げた。
「あら。皆様、未来ある未婚の淑女、しかもまだ学園に通う令嬢に訊かせるには少し刺激が強すぎてよ? 話題は選ぶべきだと思うの」
けれどもそれまでの会話を、嘘や冗談であると判じる事はない。
「そうね。ごめんなさい、ウィンタースベルガー嬢。でも未婚で婚約者もいらっしゃらないのですし、美しく聡明な貴女なら、未来の公爵夫人も狙えるわね。良かったわね」
息子との婚約を申し入れ、ウィンタースベルガー伯爵から断られた子爵夫人が、それを知らないイボンヌにちくりと棘を刺す。
子爵家からの婚姻の申し入れを断ったのは、より上位の爵位を狙っていたのだろうと暗に示した。
「やあだ。成人されたとはいえまだ十代の令嬢に、三十路も近い男性の後妻を勧めるものではありませんわ」
それを止めたのは夫と死別した未亡人だ。うんと年の離れた男の後妻となったため、彼女自身が今だ三十代である。
「あら。失礼いたしました、ウィンタースベルガー嬢」
「良くないわ。ねぇ。皆様、せめて公爵家で葬儀を執り行い、喪が明けてからになさいませ」
和やかな会話に潜ませた毒と針。
それが社交界というものであるのだ。
令嬢の顔色が悪いのは、これまで和やかであるばかりであった勉強会の仲間とであっても、こうした毒を含んだやりとりが行なわれるという事実によるものだと誰もが思った。
そしてほんの少しの同情と、これに耐えてやり返せるくらいにならねばならないのよ、という歪んだ老婆心をもって笑顔で見守るのだった。
実際には、あの時見かけたお似合いのふたりに関する不埒な噂に心を揺らしていたのだが。
それからしばらくの間、夜会でもお茶会の席でも、下世話な話題がどこからともなく幾度もイボンヌの耳へと届けられたのだった。
それは、イボンヌの中でただ憧れているばかりであったその人が、慈しみ守るべき対象となっていく切っ掛けとなった。
周囲から守られていると本人だけは知らぬまま、イボンヌの初恋は続いていった。
デビュタントを済ませ翌年には学園へ入学し、周囲は次々と婚約を結ぶなり、そうでなくとも「婚姻前にたくさん思い出をつくるの」と恋人を次々作っていようとも、イボンヌだけが幼い頃の憧れを胸に抱いて日々を送っている。
周囲はそんなイボンヌに「勿体ない」と憤慨したが本人はどこ吹く風だった。
「もっと知りたいことがたくさんあるの。できるようになりたいことも」
本を片手に勉学に励む姿に、周囲は呆れながらも、そんなイボンヌを受け入れてくれた。
イボンヌが、学生として令嬢として研鑽する日々を過ごしていたある日、ライトロード王国の社交界に衝撃が走った。
「ライトフット公爵夫人が、亡くなられた?」
それもどうやら事故や病気という訳でもないらしい。
ライトフット公爵家所有の別邸で、たくさんの愛人を侍らせ共に夜を過ごした朝に彼女は死を迎えたのだと、まことしやかに噂は広がった。
お陰で今この国は、その不埒な噂で持ち切りだ。
今日も、晴れやかな空の下で開かれているある高位貴族の夫人が開いた詩集朗読会後のお茶の席でその場の話題にされている。
「そんな下世話な噂を広めるなど。公爵家は第二の王家。不敬ですわ」
参加者の中では最年少。恋の噂ひとつ上った事のない美しい令嬢がその美しい眉を顰めて批難するのを、もの長けた夫人が笑顔で諭した。
「ふふ。そうですわね。噂はうわさ。たとえ、ご本人の口から告げられた言葉が元であろうとも、噂ですわね」
ぱちん、と音を立て口元を隠すように扇をひらくと、その内側で唇が弧を描く。
年若い令嬢の潔癖さを褒め讃え、その言葉に感じ入ったような言葉を口では言いながらも、そこに毒を含ませることを忘れない。
そこに含まれる悪意と毒を敏感に感じ取り、他の夫人たちが囁き返す。
「そうね。彼女は常に彼女を賛美する言葉を浴びるほど聞かせて貰えないと死んでしまうような方ですもの。きっと、あの冷徹なご主人には御せなかったのでしょう」
「ほほほ。そういえばご本人がよく嘯いていらっしゃいましたわね。『たくさんの殿方の愛が女性を美しくさせるのだ』と」
「まぁ。我が国では重婚は許されておりませんのに。キツい冗談ですこと」
ほほほ。あはは。
上品な笑みを口元に浮かべながら己の知る情報をひけらかし合う。
そうして毒を吐きながら、おいしそうに紅茶で唇に潤いを得ては、純度を上げた更なる悪意を撒き散らすのだ。
冗談である、単なる噂だという前置きさえすれば故人を貶しめることすら恥じないご婦人方の会話に、令嬢はすっかり顔色が消えてしまうほどの衝撃を受けていった。
さすがにやり過ぎだと、ホストでもある夫人がとりなしの言葉を上げた。
「あら。皆様、未来ある未婚の淑女、しかもまだ学園に通う令嬢に訊かせるには少し刺激が強すぎてよ? 話題は選ぶべきだと思うの」
けれどもそれまでの会話を、嘘や冗談であると判じる事はない。
「そうね。ごめんなさい、ウィンタースベルガー嬢。でも未婚で婚約者もいらっしゃらないのですし、美しく聡明な貴女なら、未来の公爵夫人も狙えるわね。良かったわね」
息子との婚約を申し入れ、ウィンタースベルガー伯爵から断られた子爵夫人が、それを知らないイボンヌにちくりと棘を刺す。
子爵家からの婚姻の申し入れを断ったのは、より上位の爵位を狙っていたのだろうと暗に示した。
「やあだ。成人されたとはいえまだ十代の令嬢に、三十路も近い男性の後妻を勧めるものではありませんわ」
それを止めたのは夫と死別した未亡人だ。うんと年の離れた男の後妻となったため、彼女自身が今だ三十代である。
「あら。失礼いたしました、ウィンタースベルガー嬢」
「良くないわ。ねぇ。皆様、せめて公爵家で葬儀を執り行い、喪が明けてからになさいませ」
和やかな会話に潜ませた毒と針。
それが社交界というものであるのだ。
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そしてほんの少しの同情と、これに耐えてやり返せるくらいにならねばならないのよ、という歪んだ老婆心をもって笑顔で見守るのだった。
実際には、あの時見かけたお似合いのふたりに関する不埒な噂に心を揺らしていたのだが。
それからしばらくの間、夜会でもお茶会の席でも、下世話な話題がどこからともなく幾度もイボンヌの耳へと届けられたのだった。
それは、イボンヌの中でただ憧れているばかりであったその人が、慈しみ守るべき対象となっていく切っ掛けとなった。
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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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