「君を愛することはできない」と仰いましたが、正確にその意味を説明してください、公爵様

メカ喜楽直人

文字の大きさ
上 下
12 / 15

12.それは突然のスキャンダル(過去)

しおりを挟む



 周囲から守られていると本人だけは知らぬまま、イボンヌの初恋は続いていった。

 デビュタントを済ませ翌年には学園へ入学し、周囲は次々と婚約を結ぶなり、そうでなくとも「婚姻前にたくさん思い出をつくるの」と恋人を次々作っていようとも、イボンヌだけが幼い頃の憧れを胸に抱いて日々を送っている。

 周囲はそんなイボンヌに「勿体ない」と憤慨したが本人はどこ吹く風だった。

「もっと知りたいことがたくさんあるの。できるようになりたいことも」
 本を片手に勉学に励む姿に、周囲は呆れながらも、そんなイボンヌを受け入れてくれた。


 イボンヌが、学生として令嬢として研鑽する日々を過ごしていたある日、ライトロード王国の社交界に衝撃が走った。

「ライトフット公爵夫人が、亡くなられた?」

 それもどうやら事故や病気という訳でもないらしい。
 ライトフット公爵家所有の別邸で、たくさんの愛人を侍らせ共に夜を過ごした朝に彼女は死を迎えたのだと、まことしやかに噂は広がった。

 お陰で今この国は、その不埒な噂で持ち切りだ。

 今日も、晴れやかな空の下で開かれているある高位貴族の夫人が開いた詩集朗読会後のお茶の席でその場の話題にされている。

「そんな下世話な噂を広めるなど。公爵家は第二の王家。不敬ですわ」

 参加者の中では最年少。恋の噂ひとつ上った事のない美しい令嬢がその美しい眉を顰めて批難するのを、もの長けた夫人が笑顔で諭した。

「ふふ。そうですわね。噂はうわさ。たとえ、ご本人の口から告げられた言葉が元であろうとも、噂ですわね」

 ぱちん、と音を立て口元を隠すように扇をひらくと、その内側で唇が弧を描く。
 年若い令嬢の潔癖さを褒め讃え、その言葉に感じ入ったような言葉を口では言いながらも、そこに毒を含ませることを忘れない。

 そこに含まれる悪意と毒を敏感に感じ取り、他の夫人たちが囁き返す。

「そうね。彼女は常に彼女を賛美する言葉を浴びるほど聞かせて貰えないと死んでしまうような方ですもの。きっと、あの冷徹なご主人には御せなかったのでしょう」

「ほほほ。そういえばご本人がよくいらっしゃいましたわね。『たくさんの殿方の愛が女性を美しくさせるのだ』と」

「まぁ。我が国では重婚は許されておりませんのに。キツい冗談ですこと」

 ほほほ。あはは。

 上品な笑みを口元に浮かべながら己の知る情報をひけらかし合う。

 そうして毒を吐きながら、おいしそうに紅茶で唇に潤いを得ては、純度を上げた更なる悪意を撒き散らすのだ。

 
 冗談である、単なる噂だという前置きさえすれば故人を貶しめることすら恥じないご婦人方の会話に、令嬢はすっかり顔色が消えてしまうほどの衝撃を受けていった。

 さすがにやり過ぎだと、ホストでもある夫人がとりなしの言葉を上げた。

「あら。皆様、未来ある未婚の淑女、しかもまだ学園に通う令嬢に訊かせるには少し刺激が強すぎてよ? 話題は選ぶべきだと思うの」

 けれどもそれまでの会話を、嘘や冗談であると判じる事はない。

「そうね。ごめんなさい、ウィンタースベルガー嬢。でも未婚で婚約者もいらっしゃらないのですし、美しく聡明な貴女なら、未来の公爵夫人も狙えるわね。良かったわね」

 息子との婚約を申し入れ、ウィンタースベルガー伯爵から断られた子爵夫人が、それを知らないイボンヌにちくりと棘を刺す。
 子爵家からの婚姻の申し入れを断ったのは、より上位の爵位を狙っていたのだろうと暗に示した。

「やあだ。成人されたとはいえまだ十代の令嬢に、三十路も近い男性の後妻を勧めるものではありませんわ」

 それを止めたのは夫と死別した未亡人だ。うんと年の離れた男の後妻となったため、彼女自身が今だ三十代である。

「あら。失礼いたしました、ウィンタースベルガー嬢」

「良くないわ。ねぇ。皆様、せめて公爵家で葬儀を執り行い、喪が明けてからになさいませ」

 和やかな会話に潜ませた毒と針。
 それが社交界というものであるのだ。

 令嬢の顔色が悪いのは、これまで和やかであるばかりであった勉強会の仲間とであっても、こうした毒を含んだやりとりが行なわれるという事実によるものだと誰もが思った。
 そしてほんの少しの同情と、これに耐えてやり返せるくらいにならねばならないのよ、という歪んだ老婆心をもって笑顔で見守るのだった。

 実際には、あの時見かけたお似合いのふたりに関する不埒な噂に心を揺らしていたのだが。


 それからしばらくの間、夜会でもお茶会の席でも、下世話な話題がどこからともなく幾度もイボンヌの耳へと届けられたのだった。

 それは、イボンヌの中でただ憧れているばかりであったその人が、慈しみ守るべき対象となっていく切っ掛けとなった。



しおりを挟む
表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...