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10.ウィンタースベルガー家(過去)
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あの日から、6年という月日が流れた。
イボンヌは15歳になっていた。
胸に秘めているばかりであった筈のイボンヌの想いは、いつの間にか家族で共有されており、諦められるまで好きなだけ片思いをすればいいと許されていた。
幼く、根が素直なイボンヌには、初めての恋を隠す事などできる筈もなかった。
姉に「綺麗になりたいの」と相談に行ったその日には、姉には可愛い妹に、ついに想う相手ができたのだとバレていた。そもそも両親を前にあの日図書館であったことについて訊かれた時点でバレていたのだが。
「それでね、司書様ったら勘違いでおじいさまの辞書を取り上げた癖に、あの方に指摘されて自分の間違いに気が付いたら、突然辞書から手を離してしまわれたの! そのまま床に落ちてしまうかと思ったのに。あの方は颯爽とそれを受け止めて、私に返して下さったのよ! 『はい。宝物に傷がつかなくて良かった』って。恰好良かったぁ」
持ち込んだ私物を図書室の蔵書と間違えられて弁償を求められ責められたのだと報告を受けていたので、幼い娘はどれだけ怖い思いをしたのだろうかと気を揉んでいたというのに。
どれだけその青年が恰好良く、颯爽と助けてくれたのかばかりを語る。
碧玉石のような瞳をきらきらと輝かせながら英雄譚のようにその人について話しを続けるイボンヌに、父も母も、ホッとするより呆れ半分だった。
そんな調子で助けてくれた人の英雄譚を聞かされ続けていたのだ。
バレない方がおかしい。
だが、すでに結婚もされている公爵家のご子息に対するイボンヌの強い憧れは、卑屈になりがちであった少女に前を向かせるいい機会となったようだった。
これまで、自分は他の家族と似ていないからと綺麗になる努力自体を嫌がり放棄していたというのに、「あのままの私では想いを捧げるだけだって許されない気がする」と呟きながら、姉に相談しては努力を重ねる姿は微笑ましい。
勉学に関しては努力を努力と思いもしなかったイボンヌは、恋に目覚めたことで、身なりに関しても努力を惜しまなくなった。
食事も偏食をやめた。
いつものように、苦手なピーマンをフォークで突いて除けようとしているところで姉が『それをたべれば目がぱっちりするのに』と残念そうに呟いているのが耳に届けば鼻を抓んででも全部集めて飲み込んだし、料理人たち仕入れの業者との軽口で『この人参を食べればどんな肌だって綺麗になりますよ』と話しているところに行き当たっては、天敵であった人参も目を瞑って口に放り込むようになった。
なによりも、どんなに本の続きが気になっても『睡眠不足は美容の大敵』だと侍女に諭されてからは、自分でもそう唱えて早めの時間にベッドに潜り込むようになった。
時間の配分、使い方を覚え、一日の行動に計画性が出るようになったのもこの頃からだ。
こうして、淑女教育に対していくつもの目覚ましい効果がでるようになったイボンヌの恋は、家族のみならず屋敷の使用人たちまでもが一丸となって見守るようになっていた。
元々、赤毛であるという一点を以て家族と似ていないと信じ切っていたイボンヌは、体形などは正しくウィンタースベルガー家の血筋を引くものとして整っていたのだ。
特に、その美貌で謳われる母の幼い頃の顔によく似ていると母方祖父から可愛がられ、成長を楽しみにされていたほどであった。
そうして、成長した今。
もう誰も、イボンヌ本人すら『赤毛をした棒切れみたい』だと思うことはない。
美しい姉や母と一緒に並んで立つことも嫌がらなくなっていった。
恋する少女のちいさな努力の積み重ねは少しずつ実を結んで、いつしか大輪の花のように咲き誇る美しい少女としてイボンヌは周囲から認知されていくのだった。
なにより相手はすでに成婚している歳上の次期公爵だ。
いつか彼女の心の中で折り合いがつき、憧れはいい思い出となって彼女の心を温めてくれる素敵な道標になるだろう。
誰もがそう思っていたのだが。
イボンヌは、デビュタントを果たしても、誰に告白をされても首を縦に振ろうとしなかった。
新たな恋をしている訳でもなく、ごく稀に耳にする憧れのその人の名前に目を輝かせるばかりだ。
周囲としては、今更どう想いを諦めさせればいいのかも分らない。そんな心境だった。
イボンヌは今も、公爵位を継ぎ更に手の届かなくなった憧れの人に、その生涯の想いを捧げる存在として自らが相応しくあるべく、たくさんの家庭教師に付き自主的に勉学に励み、美容面も怠らないでいる。
それはそれは美しく聡明な美少女へと成長していた。
デビュタントも済ませた以上、そろそろ婚約者を探さねばならない歳ということではある。
だが本人がその憧れを善き思い出へと変えるつもりがない以上、どんなに止めても無駄だろうというのがイボンヌの初恋に関する家族共通の認識で、無理に周囲からの圧力で片思いにピリオドを付けさせ縁づけたとしても嫁入りをした相手方は勿論、イボンヌも、誰も幸せにならないことは明白だった。
彼女自身で想いにピリオドを打つつもりになるまで、このまま見守っていこうと家族でこっそり確認し合い、ウィンタースベルガー家の総意として、イボンヌへの婚約の申し込みにすべて断りを入れ続けたのだった。
あの日から、6年という月日が流れた。
イボンヌは15歳になっていた。
胸に秘めているばかりであった筈のイボンヌの想いは、いつの間にか家族で共有されており、諦められるまで好きなだけ片思いをすればいいと許されていた。
幼く、根が素直なイボンヌには、初めての恋を隠す事などできる筈もなかった。
姉に「綺麗になりたいの」と相談に行ったその日には、姉には可愛い妹に、ついに想う相手ができたのだとバレていた。そもそも両親を前にあの日図書館であったことについて訊かれた時点でバレていたのだが。
「それでね、司書様ったら勘違いでおじいさまの辞書を取り上げた癖に、あの方に指摘されて自分の間違いに気が付いたら、突然辞書から手を離してしまわれたの! そのまま床に落ちてしまうかと思ったのに。あの方は颯爽とそれを受け止めて、私に返して下さったのよ! 『はい。宝物に傷がつかなくて良かった』って。恰好良かったぁ」
持ち込んだ私物を図書室の蔵書と間違えられて弁償を求められ責められたのだと報告を受けていたので、幼い娘はどれだけ怖い思いをしたのだろうかと気を揉んでいたというのに。
どれだけその青年が恰好良く、颯爽と助けてくれたのかばかりを語る。
碧玉石のような瞳をきらきらと輝かせながら英雄譚のようにその人について話しを続けるイボンヌに、父も母も、ホッとするより呆れ半分だった。
そんな調子で助けてくれた人の英雄譚を聞かされ続けていたのだ。
バレない方がおかしい。
だが、すでに結婚もされている公爵家のご子息に対するイボンヌの強い憧れは、卑屈になりがちであった少女に前を向かせるいい機会となったようだった。
これまで、自分は他の家族と似ていないからと綺麗になる努力自体を嫌がり放棄していたというのに、「あのままの私では想いを捧げるだけだって許されない気がする」と呟きながら、姉に相談しては努力を重ねる姿は微笑ましい。
勉学に関しては努力を努力と思いもしなかったイボンヌは、恋に目覚めたことで、身なりに関しても努力を惜しまなくなった。
食事も偏食をやめた。
いつものように、苦手なピーマンをフォークで突いて除けようとしているところで姉が『それをたべれば目がぱっちりするのに』と残念そうに呟いているのが耳に届けば鼻を抓んででも全部集めて飲み込んだし、料理人たち仕入れの業者との軽口で『この人参を食べればどんな肌だって綺麗になりますよ』と話しているところに行き当たっては、天敵であった人参も目を瞑って口に放り込むようになった。
なによりも、どんなに本の続きが気になっても『睡眠不足は美容の大敵』だと侍女に諭されてからは、自分でもそう唱えて早めの時間にベッドに潜り込むようになった。
時間の配分、使い方を覚え、一日の行動に計画性が出るようになったのもこの頃からだ。
こうして、淑女教育に対していくつもの目覚ましい効果がでるようになったイボンヌの恋は、家族のみならず屋敷の使用人たちまでもが一丸となって見守るようになっていた。
元々、赤毛であるという一点を以て家族と似ていないと信じ切っていたイボンヌは、体形などは正しくウィンタースベルガー家の血筋を引くものとして整っていたのだ。
特に、その美貌で謳われる母の幼い頃の顔によく似ていると母方祖父から可愛がられ、成長を楽しみにされていたほどであった。
そうして、成長した今。
もう誰も、イボンヌ本人すら『赤毛をした棒切れみたい』だと思うことはない。
美しい姉や母と一緒に並んで立つことも嫌がらなくなっていった。
恋する少女のちいさな努力の積み重ねは少しずつ実を結んで、いつしか大輪の花のように咲き誇る美しい少女としてイボンヌは周囲から認知されていくのだった。
なにより相手はすでに成婚している歳上の次期公爵だ。
いつか彼女の心の中で折り合いがつき、憧れはいい思い出となって彼女の心を温めてくれる素敵な道標になるだろう。
誰もがそう思っていたのだが。
イボンヌは、デビュタントを果たしても、誰に告白をされても首を縦に振ろうとしなかった。
新たな恋をしている訳でもなく、ごく稀に耳にする憧れのその人の名前に目を輝かせるばかりだ。
周囲としては、今更どう想いを諦めさせればいいのかも分らない。そんな心境だった。
イボンヌは今も、公爵位を継ぎ更に手の届かなくなった憧れの人に、その生涯の想いを捧げる存在として自らが相応しくあるべく、たくさんの家庭教師に付き自主的に勉学に励み、美容面も怠らないでいる。
それはそれは美しく聡明な美少女へと成長していた。
デビュタントも済ませた以上、そろそろ婚約者を探さねばならない歳ということではある。
だが本人がその憧れを善き思い出へと変えるつもりがない以上、どんなに止めても無駄だろうというのがイボンヌの初恋に関する家族共通の認識で、無理に周囲からの圧力で片思いにピリオドを付けさせ縁づけたとしても嫁入りをした相手方は勿論、イボンヌも、誰も幸せにならないことは明白だった。
彼女自身で想いにピリオドを打つつもりになるまで、このまま見守っていこうと家族でこっそり確認し合い、ウィンタースベルガー家の総意として、イボンヌへの婚約の申し込みにすべて断りを入れ続けたのだった。
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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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