「君を愛することはできない」と仰いましたが、正確にその意味を説明してください、公爵様

メカ喜楽直人

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9.事件の顛末(過去)

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 その後はすぐに、図書館の館長から父へ連絡が取られイボンヌは家へと帰された。

 憧れの百科事典の中身を読むことはできなかったし、図書館への入館許可証は父アントナンにより取り上げられてしまった。

 イボンヌに悪い所があった訳ではないが、いくら自分の子供がそれに興味を持って学びたいと訴えられて嬉しかったからだとはいえ、十にも満たない子供に許可を与えてしまったからこそ発生した事件であったと父から「自分こそが反省した」のだと正直に説明されたのだ。

「『見ればわかって貰えるだろう』は、気心が知れた相手以外には通用しないと肝に銘じなさい。家族内であれば黙っていても理解して貰えることでも、他人同士ではきちんと理解して貰うための会話の技術が必要となる。社交性というものだ。それが身につくまではたとえ王宮内という守られた場所であっても、ひとりで外に出してはいけなかった。付き添いを用意するべきだった。すまない、私の判断が悪かったのだ」

 ウィンタースベルガー家で一番偉い大人である尊敬する父親からそう謝罪されて、イボンヌは狼狽えた。

「あの青年は、就いたばかりの王宮図書館の司書という念願の職を失った。司書になる為の勉学はそれは大変だ。それだけの学を修める努力も、勉学に掛けた金額も時間も、すべてを不意にしてしまったのだ。私の判断ミスのせいだ」

 彼がもっと落ち着いて、相手が子供であろうとも冷静に対話ができる人間だったら良かっただけだと思う気持ちも勿論あるが、それだけで割り切るには結果が重すぎたのだ。
 同じ息子をもつ親として、アントナン・ウィンタースベルガーは遣る瀬無い気持ちが拭えない。

 司書が、採用試験に受かったばかりのいわば試用期間であったことも災いした。

「だって装飾品だって碌に身に着けていなくて、服装だってまるで庶民みたいだったし。宰相補佐のお嬢様だったなんて、思いもしなくって」

 イボンヌ・ウィンタースベルガーは伯爵令嬢だ。だが確かに学びにくるのに綺麗なフリルやレースなど引っ掛けるだけで邪魔だと図書館へ着ていくつもりもなかった。
 そもそもああいう綺麗なドレスは母や姉のような華やかな美しい人になら似合うだろうが、イボンヌには自分みたいな赤毛のチビには似合うとも思えなかった。

 だから、ひっつめ髪にシンプルなワンピース姿だったのだ。アントナンにとっても華美に走るより質素倹約をしる方が好ましかったのでそれを受け入れたのだが。

 それが悲劇の切っ掛けになるなど、誰に想像できただろう。

「見た目で判断するような人間であったことも、あの仕事には向いていなかったのだろうな」

 そう呟いた父アントナンの顔は、それでも苦いもののままで。
 イボンヌは怖い思いをした挙句に、子供にはまだ理解するのが難しい内容を諭され、図書館にも足を運べなくなるという羽目になって、落ち込みまくった。

 イボンヌは悲しくて仕方がなかったが、真摯に今回の顛末について伝えてくれた父に、納得するしかなかった。

 イボンヌとしては納得はできたつもりであったが、それでも食事は半分も取れなくなった。
 部屋に引き籠ってばかりいるようになったイボンヌに、父はため息と共にある人を紹介してくれた。

「エットランドからの留学生だ。一年間だけこの国にいる。彼女はお前にエットランド語を教えてくれる。だからお前は、ライトロード語を教えて差し上げなさい。ある意味、お前がこの国の代表だ。心して勉めなさい」

 そして更に、大きな本を、一冊贈ってくれた。

「これは」

 美しい装丁が施された、大きな本だった。
 あの日、その表紙だけしか目にすることができなかった、憧れの本だ。

「遅くなったが、今年の誕生日の贈り物だ。お前が読みたかったのは、それなのだろう? 全部を一気に揃えるのは無理だが、年に一冊ずつ、買ってやろう。他にも欲しい本があれば相談するがいい。この家の書架を充実させていこう」

 大きな手がイボンヌの頭を撫でた。
 父は、愛する娘に罰だけを与えたりしなかった。その聡明さを愛していたし、伸ばしてやりたいと願っていたのだ。

「おとうさま、だいすき」

 ようやく笑顔になった愛娘にホッとしたのか、話を終わりにしようとする父に、イボンヌは勇気をもって引き留めた。

 ここで言い出さなければ。この件にはけりがついて、イボンヌはなにもできなくなるだろう。

「あの、あのね。私、あの時に助けてくれた方に、御礼がしたいの」

 図書館の入館証を取り上げられて辛かったのは、確かに読んでみたかったあの百科事典が表紙を拝んだだけで終わってしまった事もあったが、それだけではなくて。

 あの青年に、ふたたび会えるチャンスを失ってしまった、その事もイボンヌの中では大きな問題だった。

 ショックが多過ぎて話題にすることもできなかったが、いまだにイボンヌは青年の名前も知らないままだ。

 今更知りたいと話すのも恥ずかしかったが、このままではいけないと勇気を出したのだ。

 なのに。

「あぁ、ライトフット公爵家の嫡男か。礼ならば、館長から事のあらましを説明受けたあの日の内に、私の名前で礼状を送ってある。勿論、きちんと領地のワインも贈った。ちゃんと受け取って貰えているよ」

 気になるならば、返ってきたカードを後で見せてあげようと言われて、ただ頷いた。



「ライトフット公爵家、ご嫡男」

 やっと手に入れた初恋の相手の情報だったが、すでに自分から礼を告げるタイミングを失していたと知って、愕然とした。

 そうして、家の図書室で貴族年鑑を見つけて名前を探せば、ついにフルネームを知ることができた。

「テオフィルス・ライトフット様。年齢は……えーっと」

 生年月日から考えるに、現在21歳だ。
 そうしてイボンヌは、ようやく9歳になったばかりだ。その祝いにと、図書館への入館証を強請ったのだから。

「つまりは、12歳差ってことよね」

 その数字の大きさに、目を閉じた。

 多分、あの日エスコートしていた令嬢は、テオフィルス様の婚約者なのだろう。

 今見ているこの貴族年鑑は最新版だが、貴族年鑑というものは5年ごとに新しく統計が取られて出版されるものだから、去年だされたこの本では独身であろうとも、とっくに成年されているテオフィルス様は今現在すでにご結婚をされているかもしれなかった。

「どちらにしろ、あれだけの美貌をお持ちの、公爵家のご嫡男とか。高嶺の花すぎる」

 美しい公爵令息。その隣には似合いの美しい婚約者が立っているのだ。

 棒切れのような手足をした、勉強ばかりしている赤毛の子供が、振り向いて貰える訳が無い。


 それでも。

 あの人に恋を捧げるならば、それにふさわしい存在になりたい。そうありたいと、イボンヌは思った。

 決意を新たに、姉の部屋の扉を叩く。


「おねえさま、お願いがございますの」



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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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