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8.初夜の友、汝の名は媚薬
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ちゅ、ちゅ、ちゅ。
時折、ちいさなリップ音を混ぜながら、張りのあるしなやかな肌の形を唇で辿る。
身体を支える腕が震えてくるけれど、我慢するとかしないとかではなく、ただひたすらイボンヌはずっと憧れていたその人に実際に触れられる幸せに酔いしれ、この時が夢ではありませんように、と祈っていた。
汗ばむ肌を舐めとり、時に胸いっぱいにその匂いを吸い込む。
柔らかそうな箇所には甘噛みも、した。
「う」
ちいさく耳に届いた呻き声に心が湧きたつ。
甘噛みをしたそこを爪先で弾き、カリカリと痛痒を贈る。と、艶やかな絹でてきた夜着の下にある、愛しい人の身体がちいさく震えるのが分って頬が弛んだ。
可愛い可愛い可愛い可愛い。
なんて愛らしい反応をするのだろう。
あきらかに女性のやわらかいばかりの肌とはちがう張りのある肌。押せば、その下にはしっかりと硬い筋肉があるが伝わる弾力が返ってくる。
息が上がっていくのに伴って、うっすらと汗が浮かぶ首筋へと舌を這わせた。
「っ。なにを」
あえかな抗議に笑顔で答えれば、赤く染まった顔を逸らされた。
彼のすべてを知り暴きたいというあさましい欲が、すべて彼によって赦され受け入れられていることに、心が舞い上がる。
翻訳されないままこの国に持ち込まれた異国の官能小説の翻訳依頼を受けた時には、通常のアーライ語の辞書には載っていない単語や言い回しが多くて苦労したものだが、眉間に皺を寄せて各国の辞書を突き合わせて翻訳した甲斐があったというものだ。
こうして今、イボンヌの手の中で、彼が歓んでいるのだから。
「い、ぼんぬ。きみは、ほんとうにこれを、聴いただけで、おぼえたのか?」
まだ口が利ける程度には理性が残っているのかと、そこは創作物との差を感じずにはいられないが、概ね気持ち良さそうなので間違ったやり方ではないだろう。
「失礼しました、本当は耳年増だけでは、ありません」
わざと、溜を作って反応を見る。
ショックを受けたらしい姿に満足して、すぐに種明かしをする。
本当に疑われたい訳ではないのだから。
「異国の官能小説の、翻訳を任されたことが」
「な?! なんだそれは何故そんなものがこの国へ」
「それは……ある貴婦人経由とだけ」
「なるほど。アネッサ夫人か」
「あら。すぐに分ってしまうものなのですね」
「やはり、か。女性向けの官能小説などがあるとすればアーライだろう。あの国と太いパイプがなければ、そのような物を我が国に持ち込んでくることすらできまい」
少しだけ饒舌になりつつも、頭を働かせたことで落ち着きを取り戻してしまったらしいテオフィルスが正しく言い当てるのに、イボンヌは素直に頷いた。
アーライ国は一夫多妻制が許されており、妻は夫の寵愛を求めて愛の技の研鑽に努めるらしい。子を産み育てることが国を富ませると信じられており、妊娠する為の交歓の仕方なども盛んに研究されている。
重婚を認めていないハイライト教を国教とする我が国とは相性が悪いのだが、それでも完全にパイプを切ってしまえば敵となり得る。
国としては、細くても情報を交換できる程度の繋がりは確保しておく必要があるのだ。
その役目を負っているのが、隣接する領地を治めるターイ伯爵家であり、その伯爵夫人がアネッサだ。
「なるほど」
さすがですね、と笑いかけた。
勿論、撫でさすり、舐め上げ舐めとり、甘噛みを時折混ぜ込みながらの会話である。
「あ、あ。やめ……」
「やめてほしくないんですね? 勿論ですわ」
期待に沿えるよう、頑張らねば。
イボンヌは、決意も新たに、ついに枕元へと隠していた瀟洒な小瓶を取り出した。
「それは」
まるで香水が入っているような綺麗な装飾が施されているが、中身がそういったモノではないという事くらいテオフィルスも知っていた。
潤滑液だ。それも、媚薬効果のあるものである。
ある種の海藻を精製して作り出した水分を多く含む粘性の高いゼリーに、蜂蜜や温める効果や消炎効果のある薬草を練り込んである。
媚薬といっても血行を促進させ興奮状態にもっていきやすくなる程度のものだ。
それでも、そういった場面で緊張をほぐす為に使うだけなら有効なのだ。
また、少しだけ自分の感覚に素直になる成分も含まれていた。
媚薬の効果で気持ちがよくなっているのだと頭で理解しているからこそ、快楽を受け止め、口にも出しやすいという部分もあるだろう。
気持ちよければそう口にして伝えられる程度の、ほんの少しだけ素直になるようなものでしかなく、心に秘めておこうと本気で思っている物まで暴けるような強い効果はない。
しかし恥ずかしいからと黙り込まれると空気が重くなりがちだ。それを避けリラックスさせる効果がある。
勿論口に入っても害はない。少し甘苦いだけである。
経験のない初めて同士であることが前提とされる初夜には必ず用意されるものだ。
それには媚薬効果があると知っているからこそ効果が出るという程度のものなので、強くもないし、常用性といった後遺症も一切残らない。ごくごく軽いものだ。
一応、テオフィルスは再婚となるが、実質的にはイボンヌ以下のレベルで初心者である。十代で受けた閨教育などすでに記憶から遠い。
イボンヌの手の中にある小瓶に注視してしまう。
「さぁ。天国へ一緒に行きましょう?」
ちゅ、ちゅ、ちゅ。
時折、ちいさなリップ音を混ぜながら、張りのあるしなやかな肌の形を唇で辿る。
身体を支える腕が震えてくるけれど、我慢するとかしないとかではなく、ただひたすらイボンヌはずっと憧れていたその人に実際に触れられる幸せに酔いしれ、この時が夢ではありませんように、と祈っていた。
汗ばむ肌を舐めとり、時に胸いっぱいにその匂いを吸い込む。
柔らかそうな箇所には甘噛みも、した。
「う」
ちいさく耳に届いた呻き声に心が湧きたつ。
甘噛みをしたそこを爪先で弾き、カリカリと痛痒を贈る。と、艶やかな絹でてきた夜着の下にある、愛しい人の身体がちいさく震えるのが分って頬が弛んだ。
可愛い可愛い可愛い可愛い。
なんて愛らしい反応をするのだろう。
あきらかに女性のやわらかいばかりの肌とはちがう張りのある肌。押せば、その下にはしっかりと硬い筋肉があるが伝わる弾力が返ってくる。
息が上がっていくのに伴って、うっすらと汗が浮かぶ首筋へと舌を這わせた。
「っ。なにを」
あえかな抗議に笑顔で答えれば、赤く染まった顔を逸らされた。
彼のすべてを知り暴きたいというあさましい欲が、すべて彼によって赦され受け入れられていることに、心が舞い上がる。
翻訳されないままこの国に持ち込まれた異国の官能小説の翻訳依頼を受けた時には、通常のアーライ語の辞書には載っていない単語や言い回しが多くて苦労したものだが、眉間に皺を寄せて各国の辞書を突き合わせて翻訳した甲斐があったというものだ。
こうして今、イボンヌの手の中で、彼が歓んでいるのだから。
「い、ぼんぬ。きみは、ほんとうにこれを、聴いただけで、おぼえたのか?」
まだ口が利ける程度には理性が残っているのかと、そこは創作物との差を感じずにはいられないが、概ね気持ち良さそうなので間違ったやり方ではないだろう。
「失礼しました、本当は耳年増だけでは、ありません」
わざと、溜を作って反応を見る。
ショックを受けたらしい姿に満足して、すぐに種明かしをする。
本当に疑われたい訳ではないのだから。
「異国の官能小説の、翻訳を任されたことが」
「な?! なんだそれは何故そんなものがこの国へ」
「それは……ある貴婦人経由とだけ」
「なるほど。アネッサ夫人か」
「あら。すぐに分ってしまうものなのですね」
「やはり、か。女性向けの官能小説などがあるとすればアーライだろう。あの国と太いパイプがなければ、そのような物を我が国に持ち込んでくることすらできまい」
少しだけ饒舌になりつつも、頭を働かせたことで落ち着きを取り戻してしまったらしいテオフィルスが正しく言い当てるのに、イボンヌは素直に頷いた。
アーライ国は一夫多妻制が許されており、妻は夫の寵愛を求めて愛の技の研鑽に努めるらしい。子を産み育てることが国を富ませると信じられており、妊娠する為の交歓の仕方なども盛んに研究されている。
重婚を認めていないハイライト教を国教とする我が国とは相性が悪いのだが、それでも完全にパイプを切ってしまえば敵となり得る。
国としては、細くても情報を交換できる程度の繋がりは確保しておく必要があるのだ。
その役目を負っているのが、隣接する領地を治めるターイ伯爵家であり、その伯爵夫人がアネッサだ。
「なるほど」
さすがですね、と笑いかけた。
勿論、撫でさすり、舐め上げ舐めとり、甘噛みを時折混ぜ込みながらの会話である。
「あ、あ。やめ……」
「やめてほしくないんですね? 勿論ですわ」
期待に沿えるよう、頑張らねば。
イボンヌは、決意も新たに、ついに枕元へと隠していた瀟洒な小瓶を取り出した。
「それは」
まるで香水が入っているような綺麗な装飾が施されているが、中身がそういったモノではないという事くらいテオフィルスも知っていた。
潤滑液だ。それも、媚薬効果のあるものである。
ある種の海藻を精製して作り出した水分を多く含む粘性の高いゼリーに、蜂蜜や温める効果や消炎効果のある薬草を練り込んである。
媚薬といっても血行を促進させ興奮状態にもっていきやすくなる程度のものだ。
それでも、そういった場面で緊張をほぐす為に使うだけなら有効なのだ。
また、少しだけ自分の感覚に素直になる成分も含まれていた。
媚薬の効果で気持ちがよくなっているのだと頭で理解しているからこそ、快楽を受け止め、口にも出しやすいという部分もあるだろう。
気持ちよければそう口にして伝えられる程度の、ほんの少しだけ素直になるようなものでしかなく、心に秘めておこうと本気で思っている物まで暴けるような強い効果はない。
しかし恥ずかしいからと黙り込まれると空気が重くなりがちだ。それを避けリラックスさせる効果がある。
勿論口に入っても害はない。少し甘苦いだけである。
経験のない初めて同士であることが前提とされる初夜には必ず用意されるものだ。
それには媚薬効果があると知っているからこそ効果が出るという程度のものなので、強くもないし、常用性といった後遺症も一切残らない。ごくごく軽いものだ。
一応、テオフィルスは再婚となるが、実質的にはイボンヌ以下のレベルで初心者である。十代で受けた閨教育などすでに記憶から遠い。
イボンヌの手の中にある小瓶に注視してしまう。
「さぁ。天国へ一緒に行きましょう?」
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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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