「君を愛することはできない」と仰いましたが、正確にその意味を説明してください、公爵様

メカ喜楽直人

文字の大きさ
上 下
8 / 15

8.初夜の友、汝の名は媚薬

しおりを挟む



 ちゅ、ちゅ、ちゅ。

 時折、ちいさなリップ音を混ぜながら、張りのあるしなやかな肌の形を唇で辿る。

 身体を支える腕が震えてくるけれど、我慢するとかしないとかではなく、ただひたすらイボンヌはずっと憧れていたその人に実際に触れられる幸せに酔いしれ、この時が夢ではありませんように、と祈っていた。

 汗ばむ肌を舐めとり、時に胸いっぱいにその匂いを吸い込む。

 柔らかそうな箇所には甘噛みも、した。

「う」

 ちいさく耳に届いた呻き声に心が湧きたつ。

 甘噛みをしたそこを爪先で弾き、カリカリと痛痒を贈る。と、艶やかな絹でてきた夜着の下にある、愛しい人の身体がちいさく震えるのが分って頬が弛んだ。

 可愛い可愛い可愛い可愛い。

 なんて愛らしい反応をするのだろう。

 あきらかに女性のやわらかいばかりの肌とはちがう張りのある肌。押せば、その下にはしっかりと硬い筋肉があるが伝わる弾力が返ってくる。

 息が上がっていくのに伴って、うっすらと汗が浮かぶ首筋へと舌を這わせた。

「っ。なにを」

 あえかな抗議に笑顔で答えれば、赤く染まった顔を逸らされた。

 彼のすべてを知り暴きたいというあさましい欲が、すべて彼によって赦され受け入れられていることに、心が舞い上がる。

 翻訳されないままこの国に持ち込まれた異国の官能小説の翻訳依頼を受けた時には、通常のアーライ語の辞書には載っていない単語や言い回しが多くて苦労したものだが、眉間に皺を寄せて各国の辞書を突き合わせて翻訳した甲斐があったというものだ。

 こうして今、イボンヌの手の中で、が歓んでいるのだから。



「い、ぼんぬ。きみは、ほんとうにこれを、聴いただけで、おぼえたのか?」

 まだ口が利ける程度には理性が残っているのかと、そこは創作物との差を感じずにはいられないが、概ね気持ち良さそうなので間違ったやり方ではないだろう。

「失礼しました、本当は耳年増だけでは、ありません」

 わざと、溜を作って反応を見る。
 ショックを受けたらしい姿に満足して、すぐに種明かしをする。
 本当に疑われたい訳ではないのだから。

「異国の官能小説の、翻訳を任されたことが」

「な?! なんだそれは何故そんなものがこの国へ」

「それは……ある貴婦人経由とだけ」

「なるほど。アネッサ夫人か」

「あら。すぐに分ってしまうものなのですね」

「やはり、か。女性向けの官能小説などがあるとすればアーライだろう。あの国と太いパイプがなければ、そのような物を我が国に持ち込んでくることすらできまい」

 少しだけ饒舌になりつつも、頭を働かせたことで落ち着きを取り戻してしまったらしいテオフィルスが正しく言い当てるのに、イボンヌは素直に頷いた。

 アーライ国は一夫多妻制が許されており、妻は夫の寵愛を求めて愛の技の研鑽に努めるらしい。子を産み育てることが国を富ませると信じられており、妊娠する為の交歓の仕方なども盛んに研究されている。

 重婚を認めていないハイライト教を国教とする我が国とは相性が悪いのだが、それでも完全にパイプを切ってしまえば敵となり得る。
 国としては、細くても情報を交換できる程度の繋がりは確保しておく必要があるのだ。
 その役目を負っているのが、隣接する領地を治めるターイ伯爵家であり、その伯爵夫人がアネッサだ。

「なるほど」

 さすがですね、と笑いかけた。

 勿論、撫でさすり、舐め上げ舐めとり、甘噛みを時折混ぜ込みながらの会話である。

「あ、あ。やめ……」

「やめてほしくないんですね? 勿論ですわ」

 期待に沿えるよう、頑張らねば。

 イボンヌは、決意も新たに、ついに枕元へと隠していた瀟洒な小瓶を取り出した。

「それは」

 まるで香水が入っているような綺麗な装飾が施されているが、中身がそういったモノではないという事くらいテオフィルスも知っていた。

 潤滑液だ。それも、媚薬効果のあるものである。

 ある種の海藻を精製して作り出した水分を多く含む粘性の高いゼリーに、蜂蜜や温める効果や消炎効果のある薬草を練り込んである。

 媚薬といっても血行を促進させ興奮状態にもっていきやすくなる程度のものだ。
 それでも、そういった場面で緊張をほぐす為に使うだけなら有効なのだ。

 また、少しだけ自分の感覚に素直になる成分も含まれていた。
 媚薬の効果で気持ちがよくなっているのだと頭で理解しているからこそ、快楽を受け止め、口にも出しやすいという部分もあるだろう。

 気持ちよければそう口にして伝えられる程度の、ほんの少しだけ素直になるようなものでしかなく、心に秘めておこうと本気で思っている物まで暴けるような強い効果はない。
 しかし恥ずかしいからと黙り込まれると空気が重くなりがちだ。それを避けリラックスさせる効果がある。 

 勿論口に入っても害はない。少し甘苦いだけである。
 経験のない初めて同士であることが前提とされる初夜には必ず用意されるものだ。
 それには媚薬効果があると知っているからこそ効果が出るという程度のものなので、強くもないし、常用性といった後遺症も一切残らない。ごくごく軽いものだ。


 一応、テオフィルスは再婚となるが、実質的にはイボンヌ以下のレベルで初心者である。十代で受けた閨教育などすでに記憶から遠い。

 イボンヌの手の中にある小瓶に注視してしまう。


「さぁ。天国へ一緒に行きましょう?」



しおりを挟む
表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...