4 / 15
4.王宮図書館への入館証(過去)
しおりを挟む
■
王城内にある白亜の建物は王宮図書館である。その入口前。
この一週間毎日続けて、高位な職務に就く者のみに許された制服を身に着けた男性が目の前の幼い少女に向けて、細々と注意事項を申し付けをしていた。
男性がなにかを少女へと告げる度に、真面目な顔をした少女が頷く。見上げる少女の碧玉石のような瞳は聡明さに輝き、きっちりと編み込まれているものの柔らかそうな髪は頭の動きに合わせ揺れていた。
会話の内容からどうやら親子らしいと分かる。
「昼には一度遣いを出す。一緒に取れるかは分からないが、昼食を用意させるからきちんと食べるように」
「ハイ、おとうさま」
父親の言葉に頷く度に、きつく編まれたみつあみの尻尾がぴょこんと跳ねる。
父とも母とも兄姉とも似ていない、家族で一人だけ赤い髪を嫌った末娘は、いつもそうして髪をきつく縛っていた。
「蔵書は丁寧に扱って決して汚したり破損させたりしないように」
「ハイ、おとうさま」
「館内では静かに。もし分からないことがあって話し掛ける時は、丁寧な言葉を心掛けるんだぞ」
「ハイ、おとうさま」
「それと」
「大丈夫です。すべていつもご指示いただいている通りに致します、おとうさま。後ろでお待ちの事務次官の方のお顔がスゴイことになっていますわ」
少女の言葉に、次官の制服を着た男性がホッとした様子で会釈を送ってくる。
笑顔で会釈を返した少女は生真面目な表情に戻して父親を見上げた。
「そうだな、イボンヌなら大丈夫だと信じている。だが、お前はまだ9歳なんだ。それを忘れてはいけない。大人の指示には従うんだ。いいな?」
「はい。お仕事がんばって下さい、おとうさま」
「帰りの馬車は、いつもの時間に手配してある。呼び出しが来たら速やかに帰りなさい」
「ハイ。すべておとうさまのご指示のとおりにいたします」
さすがに娘が家に帰れるか心配だからといって、それを見送る為に職場を抜け出す訳にはいかないのだ。
なにしろアントナン・ウィンタースベルガー伯爵は、宰相補佐の職に就いている。その仕事ぶりには定評があり次期宰相とも名高い存在なのだ。こうして図書館前まで毎朝愛娘を送って来ているだけでも奇跡に近い。
イボンヌは、片足を後ろに下げスカートの片裾だけを抓むだけのカッツィを取り、職場に向かう父アントナンを見送った。
既に父の目にはイボンヌは映っていない。次官より手渡された資料に釘付けだ。
足早に王城内へと消えていく父の姿を最後まで見送って、イボンヌは目の前にある白亜の建物を見上げた。
今日こそ、ずっと手にしてみたかった本と対面できる。
その興奮を胸に、王宮図書館へと足を向けた。
これまでずっとイボンヌは、王都の中央広場近くにある国立図書館へ通っていた。
取り扱う本は、このライトロード王国の歴史や文化風俗、民俗学、自然科学、そして童話といった本などを幅広く置いてある。
自宅の蔵書をすべて読み終わってからは、ずっと国立図書館へ通って本を借りていた。
そうしてある日国立図書館においてあった世界地図と書いてある大きな図鑑を広げた時、イボンヌは大きな衝撃を受けた。
今イボンヌが住んでいるライトロード王国の周辺にもたくさんの国がある事は知っていた。実際にセタ語の辞書をまだ存命であった祖父から譲り受け、独学ではあるがそれなりに文字も読めるようになっていた。
しかし、世界中にはもっとたくさんの国と言語があって、ほぼすべての国にそれぞれ独自の言語があり、文化も全部違うのだという。
「言葉がそんなにいっぱいあるなんて」
ライトロード語だけだけでなくセタ語の本まで読めるようになったのはイボンヌが6歳の頃だ。父も母も兄や姉までもがイボンヌを「すごい」と褒め讃えてくれた。
しかし、両手の数より多い言語の中で、たったふたつしか読めないし書けないなんて、まるで足りないではないか。
「子供だから、褒められただけだったのね。このままでは、全然まったくまるきりダメだわ」
6歳で自国語が読めるだけでも凄いし、一か国語だけであろうとも異国の言語を読み書きできるようになったのは充分凄い事なのだが。イボンヌにはそれが分っていなかった。
王城内にある白亜の建物は王宮図書館である。その入口前。
この一週間毎日続けて、高位な職務に就く者のみに許された制服を身に着けた男性が目の前の幼い少女に向けて、細々と注意事項を申し付けをしていた。
男性がなにかを少女へと告げる度に、真面目な顔をした少女が頷く。見上げる少女の碧玉石のような瞳は聡明さに輝き、きっちりと編み込まれているものの柔らかそうな髪は頭の動きに合わせ揺れていた。
会話の内容からどうやら親子らしいと分かる。
「昼には一度遣いを出す。一緒に取れるかは分からないが、昼食を用意させるからきちんと食べるように」
「ハイ、おとうさま」
父親の言葉に頷く度に、きつく編まれたみつあみの尻尾がぴょこんと跳ねる。
父とも母とも兄姉とも似ていない、家族で一人だけ赤い髪を嫌った末娘は、いつもそうして髪をきつく縛っていた。
「蔵書は丁寧に扱って決して汚したり破損させたりしないように」
「ハイ、おとうさま」
「館内では静かに。もし分からないことがあって話し掛ける時は、丁寧な言葉を心掛けるんだぞ」
「ハイ、おとうさま」
「それと」
「大丈夫です。すべていつもご指示いただいている通りに致します、おとうさま。後ろでお待ちの事務次官の方のお顔がスゴイことになっていますわ」
少女の言葉に、次官の制服を着た男性がホッとした様子で会釈を送ってくる。
笑顔で会釈を返した少女は生真面目な表情に戻して父親を見上げた。
「そうだな、イボンヌなら大丈夫だと信じている。だが、お前はまだ9歳なんだ。それを忘れてはいけない。大人の指示には従うんだ。いいな?」
「はい。お仕事がんばって下さい、おとうさま」
「帰りの馬車は、いつもの時間に手配してある。呼び出しが来たら速やかに帰りなさい」
「ハイ。すべておとうさまのご指示のとおりにいたします」
さすがに娘が家に帰れるか心配だからといって、それを見送る為に職場を抜け出す訳にはいかないのだ。
なにしろアントナン・ウィンタースベルガー伯爵は、宰相補佐の職に就いている。その仕事ぶりには定評があり次期宰相とも名高い存在なのだ。こうして図書館前まで毎朝愛娘を送って来ているだけでも奇跡に近い。
イボンヌは、片足を後ろに下げスカートの片裾だけを抓むだけのカッツィを取り、職場に向かう父アントナンを見送った。
既に父の目にはイボンヌは映っていない。次官より手渡された資料に釘付けだ。
足早に王城内へと消えていく父の姿を最後まで見送って、イボンヌは目の前にある白亜の建物を見上げた。
今日こそ、ずっと手にしてみたかった本と対面できる。
その興奮を胸に、王宮図書館へと足を向けた。
これまでずっとイボンヌは、王都の中央広場近くにある国立図書館へ通っていた。
取り扱う本は、このライトロード王国の歴史や文化風俗、民俗学、自然科学、そして童話といった本などを幅広く置いてある。
自宅の蔵書をすべて読み終わってからは、ずっと国立図書館へ通って本を借りていた。
そうしてある日国立図書館においてあった世界地図と書いてある大きな図鑑を広げた時、イボンヌは大きな衝撃を受けた。
今イボンヌが住んでいるライトロード王国の周辺にもたくさんの国がある事は知っていた。実際にセタ語の辞書をまだ存命であった祖父から譲り受け、独学ではあるがそれなりに文字も読めるようになっていた。
しかし、世界中にはもっとたくさんの国と言語があって、ほぼすべての国にそれぞれ独自の言語があり、文化も全部違うのだという。
「言葉がそんなにいっぱいあるなんて」
ライトロード語だけだけでなくセタ語の本まで読めるようになったのはイボンヌが6歳の頃だ。父も母も兄や姉までもがイボンヌを「すごい」と褒め讃えてくれた。
しかし、両手の数より多い言語の中で、たったふたつしか読めないし書けないなんて、まるで足りないではないか。
「子供だから、褒められただけだったのね。このままでは、全然まったくまるきりダメだわ」
6歳で自国語が読めるだけでも凄いし、一か国語だけであろうとも異国の言語を読み書きできるようになったのは充分凄い事なのだが。イボンヌにはそれが分っていなかった。
10
表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
お気に入りに追加
362
あなたにおすすめの小説
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.

王女を好きだと思ったら
夏笆(なつは)
恋愛
「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。
デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。
「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」
エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。
だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。
「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」
ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。
ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。
と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。
「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」
そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。
小説家になろうにも、掲載しています。

別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

見えるものしか見ないから
mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。
第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる