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4.王宮図書館への入館証(過去)
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王城内にある白亜の建物は王宮図書館である。その入口前。
この一週間毎日続けて、高位な職務に就く者のみに許された制服を身に着けた男性が目の前の幼い少女に向けて、細々と注意事項を申し付けをしていた。
男性がなにかを少女へと告げる度に、真面目な顔をした少女が頷く。見上げる少女の碧玉石のような瞳は聡明さに輝き、きっちりと編み込まれているものの柔らかそうな髪は頭の動きに合わせ揺れていた。
会話の内容からどうやら親子らしいと分かる。
「昼には一度遣いを出す。一緒に取れるかは分からないが、昼食を用意させるからきちんと食べるように」
「ハイ、おとうさま」
父親の言葉に頷く度に、きつく編まれたみつあみの尻尾がぴょこんと跳ねる。
父とも母とも兄姉とも似ていない、家族で一人だけ赤い髪を嫌った末娘は、いつもそうして髪をきつく縛っていた。
「蔵書は丁寧に扱って決して汚したり破損させたりしないように」
「ハイ、おとうさま」
「館内では静かに。もし分からないことがあって話し掛ける時は、丁寧な言葉を心掛けるんだぞ」
「ハイ、おとうさま」
「それと」
「大丈夫です。すべていつもご指示いただいている通りに致します、おとうさま。後ろでお待ちの事務次官の方のお顔がスゴイことになっていますわ」
少女の言葉に、次官の制服を着た男性がホッとした様子で会釈を送ってくる。
笑顔で会釈を返した少女は生真面目な表情に戻して父親を見上げた。
「そうだな、イボンヌなら大丈夫だと信じている。だが、お前はまだ9歳なんだ。それを忘れてはいけない。大人の指示には従うんだ。いいな?」
「はい。お仕事がんばって下さい、おとうさま」
「帰りの馬車は、いつもの時間に手配してある。呼び出しが来たら速やかに帰りなさい」
「ハイ。すべておとうさまのご指示のとおりにいたします」
さすがに娘が家に帰れるか心配だからといって、それを見送る為に職場を抜け出す訳にはいかないのだ。
なにしろアントナン・ウィンタースベルガー伯爵は、宰相補佐の職に就いている。その仕事ぶりには定評があり次期宰相とも名高い存在なのだ。こうして図書館前まで毎朝愛娘を送って来ているだけでも奇跡に近い。
イボンヌは、片足を後ろに下げスカートの片裾だけを抓むだけのカッツィを取り、職場に向かう父アントナンを見送った。
既に父の目にはイボンヌは映っていない。次官より手渡された資料に釘付けだ。
足早に王城内へと消えていく父の姿を最後まで見送って、イボンヌは目の前にある白亜の建物を見上げた。
今日こそ、ずっと手にしてみたかった本と対面できる。
その興奮を胸に、王宮図書館へと足を向けた。
これまでずっとイボンヌは、王都の中央広場近くにある国立図書館へ通っていた。
取り扱う本は、このライトロード王国の歴史や文化風俗、民俗学、自然科学、そして童話といった本などを幅広く置いてある。
自宅の蔵書をすべて読み終わってからは、ずっと国立図書館へ通って本を借りていた。
そうしてある日国立図書館においてあった世界地図と書いてある大きな図鑑を広げた時、イボンヌは大きな衝撃を受けた。
今イボンヌが住んでいるライトロード王国の周辺にもたくさんの国がある事は知っていた。実際にセタ語の辞書をまだ存命であった祖父から譲り受け、独学ではあるがそれなりに文字も読めるようになっていた。
しかし、世界中にはもっとたくさんの国と言語があって、ほぼすべての国にそれぞれ独自の言語があり、文化も全部違うのだという。
「言葉がそんなにいっぱいあるなんて」
ライトロード語だけだけでなくセタ語の本まで読めるようになったのはイボンヌが6歳の頃だ。父も母も兄や姉までもがイボンヌを「すごい」と褒め讃えてくれた。
しかし、両手の数より多い言語の中で、たったふたつしか読めないし書けないなんて、まるで足りないではないか。
「子供だから、褒められただけだったのね。このままでは、全然まったくまるきりダメだわ」
6歳で自国語が読めるだけでも凄いし、一か国語だけであろうとも異国の言語を読み書きできるようになったのは充分凄い事なのだが。イボンヌにはそれが分っていなかった。
王城内にある白亜の建物は王宮図書館である。その入口前。
この一週間毎日続けて、高位な職務に就く者のみに許された制服を身に着けた男性が目の前の幼い少女に向けて、細々と注意事項を申し付けをしていた。
男性がなにかを少女へと告げる度に、真面目な顔をした少女が頷く。見上げる少女の碧玉石のような瞳は聡明さに輝き、きっちりと編み込まれているものの柔らかそうな髪は頭の動きに合わせ揺れていた。
会話の内容からどうやら親子らしいと分かる。
「昼には一度遣いを出す。一緒に取れるかは分からないが、昼食を用意させるからきちんと食べるように」
「ハイ、おとうさま」
父親の言葉に頷く度に、きつく編まれたみつあみの尻尾がぴょこんと跳ねる。
父とも母とも兄姉とも似ていない、家族で一人だけ赤い髪を嫌った末娘は、いつもそうして髪をきつく縛っていた。
「蔵書は丁寧に扱って決して汚したり破損させたりしないように」
「ハイ、おとうさま」
「館内では静かに。もし分からないことがあって話し掛ける時は、丁寧な言葉を心掛けるんだぞ」
「ハイ、おとうさま」
「それと」
「大丈夫です。すべていつもご指示いただいている通りに致します、おとうさま。後ろでお待ちの事務次官の方のお顔がスゴイことになっていますわ」
少女の言葉に、次官の制服を着た男性がホッとした様子で会釈を送ってくる。
笑顔で会釈を返した少女は生真面目な表情に戻して父親を見上げた。
「そうだな、イボンヌなら大丈夫だと信じている。だが、お前はまだ9歳なんだ。それを忘れてはいけない。大人の指示には従うんだ。いいな?」
「はい。お仕事がんばって下さい、おとうさま」
「帰りの馬車は、いつもの時間に手配してある。呼び出しが来たら速やかに帰りなさい」
「ハイ。すべておとうさまのご指示のとおりにいたします」
さすがに娘が家に帰れるか心配だからといって、それを見送る為に職場を抜け出す訳にはいかないのだ。
なにしろアントナン・ウィンタースベルガー伯爵は、宰相補佐の職に就いている。その仕事ぶりには定評があり次期宰相とも名高い存在なのだ。こうして図書館前まで毎朝愛娘を送って来ているだけでも奇跡に近い。
イボンヌは、片足を後ろに下げスカートの片裾だけを抓むだけのカッツィを取り、職場に向かう父アントナンを見送った。
既に父の目にはイボンヌは映っていない。次官より手渡された資料に釘付けだ。
足早に王城内へと消えていく父の姿を最後まで見送って、イボンヌは目の前にある白亜の建物を見上げた。
今日こそ、ずっと手にしてみたかった本と対面できる。
その興奮を胸に、王宮図書館へと足を向けた。
これまでずっとイボンヌは、王都の中央広場近くにある国立図書館へ通っていた。
取り扱う本は、このライトロード王国の歴史や文化風俗、民俗学、自然科学、そして童話といった本などを幅広く置いてある。
自宅の蔵書をすべて読み終わってからは、ずっと国立図書館へ通って本を借りていた。
そうしてある日国立図書館においてあった世界地図と書いてある大きな図鑑を広げた時、イボンヌは大きな衝撃を受けた。
今イボンヌが住んでいるライトロード王国の周辺にもたくさんの国がある事は知っていた。実際にセタ語の辞書をまだ存命であった祖父から譲り受け、独学ではあるがそれなりに文字も読めるようになっていた。
しかし、世界中にはもっとたくさんの国と言語があって、ほぼすべての国にそれぞれ独自の言語があり、文化も全部違うのだという。
「言葉がそんなにいっぱいあるなんて」
ライトロード語だけだけでなくセタ語の本まで読めるようになったのはイボンヌが6歳の頃だ。父も母も兄や姉までもがイボンヌを「すごい」と褒め讃えてくれた。
しかし、両手の数より多い言語の中で、たったふたつしか読めないし書けないなんて、まるで足りないではないか。
「子供だから、褒められただけだったのね。このままでは、全然まったくまるきりダメだわ」
6歳で自国語が読めるだけでも凄いし、一か国語だけであろうとも異国の言語を読み書きできるようになったのは充分凄い事なのだが。イボンヌにはそれが分っていなかった。
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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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