「君を愛することはできない」と仰いましたが、正確にその意味を説明してください、公爵様

メカ喜楽直人

文字の大きさ
上 下
4 / 15

4.王宮図書館への入館証(過去)

しおりを挟む



 王城内にある白亜の建物は王宮図書館である。その入口前。
 この一週間毎日続けて、高位な職務に就く者のみに許された制服を身に着けた男性が目の前の幼い少女に向けて、細々と注意事項を申し付けをしていた。
 男性がなにかを少女へと告げる度に、真面目な顔をした少女が頷く。見上げる少女の碧玉石のような瞳は聡明さに輝き、きっちりと編み込まれているものの柔らかそうな髪は頭の動きに合わせ揺れていた。

 会話の内容からどうやら親子らしいと分かる。

「昼には一度遣いを出す。一緒に取れるかは分からないが、昼食を用意させるからきちんと食べるように」
「ハイ、おとうさま」
 父親の言葉に頷く度に、きつく編まれたみつあみの尻尾がぴょこんと跳ねる。
 父とも母とも兄姉とも似ていない、家族で一人だけ赤い髪を嫌った末娘は、いつもそうして髪をきつく縛っていた。

「蔵書は丁寧に扱って決して汚したり破損させたりしないように」
「ハイ、おとうさま」
「館内では静かに。もし分からないことがあって話し掛ける時は、丁寧な言葉を心掛けるんだぞ」
「ハイ、おとうさま」
「それと」
「大丈夫です。すべていつもご指示いただいている通りに致します、おとうさま。後ろでお待ちの事務次官の方のお顔がスゴイことになっていますわ」
 少女の言葉に、次官の制服を着た男性がホッとした様子で会釈を送ってくる。
 笑顔で会釈を返した少女は生真面目な表情に戻して父親を見上げた。
「そうだな、イボンヌなら大丈夫だと信じている。だが、お前はまだ9歳なんだ。それを忘れてはいけない。大人の指示には従うんだ。いいな?」
「はい。お仕事がんばって下さい、おとうさま」
「帰りの馬車は、いつもの時間に手配してある。呼び出しが来たら速やかに帰りなさい」
「ハイ。すべておとうさまのご指示のとおりにいたします」
 さすがに娘が家に帰れるか心配だからといって、それを見送る為に職場を抜け出す訳にはいかないのだ。
 なにしろアントナン・ウィンタースベルガー伯爵は、宰相補佐の職に就いている。その仕事ぶりには定評があり次期宰相とも名高い存在なのだ。こうして図書館前まで毎朝愛娘を送って来ているだけでも奇跡に近い。

 イボンヌは、片足を後ろに下げスカートの片裾だけを抓むだけのカッツィを取り、職場に向かう父アントナンを見送った。
 既に父の目にはイボンヌは映っていない。次官より手渡された資料に釘付けだ。
 足早に王城内へと消えていく父の姿を最後まで見送って、イボンヌは目の前にある白亜の建物を見上げた。
 今日こそ、ずっと手にしてみたかった本と対面できる。
 その興奮を胸に、王宮図書館へと足を向けた。


 これまでずっとイボンヌは、王都の中央広場近くにある国立図書館へ通っていた。
 取り扱う本は、このライトロード王国の歴史や文化風俗、民俗学、自然科学、そして童話といった本などを幅広く置いてある。
 自宅の蔵書をすべて読み終わってからは、ずっと国立図書館へ通って本を借りていた。
 そうしてある日国立図書館においてあった世界地図と書いてある大きな図鑑を広げた時、イボンヌは大きな衝撃を受けた。
 今イボンヌが住んでいるライトロード王国の周辺にもたくさんの国がある事は知っていた。実際にセタ語の辞書をまだ存命であった祖父から譲り受け、独学ではあるがそれなりに文字も読めるようになっていた。

 しかし、世界中にはもっとたくさんの国と言語があって、ほぼすべての国にそれぞれ独自の言語があり、文化も全部違うのだという。

「言葉がそんなにいっぱいあるなんて」
 ライトロード語だけだけでなくセタ語の本まで読めるようになったのはイボンヌが6歳の頃だ。父も母も兄や姉までもがイボンヌを「すごい」と褒め讃えてくれた。
 しかし、両手の数より多い言語の中で、たったふたつしか読めないし書けないなんて、まるで足りないではないか。

「子供だから、褒められただけだったのね。このままでは、全然まったくまるきりダメだわ」
 6歳で自国語が読めるだけでも凄いし、一か国語だけであろうとも異国の言語を読み書きできるようになったのは充分凄い事なのだが。イボンヌにはそれが分っていなかった。



しおりを挟む
表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
感想 4

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

悪役令嬢になんてなりたくない!

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
「王太子の婚約者になりました」 ってお父様? そんな女性たちに妬まれそうな婚約者嫌です!小説の中のような当て馬令嬢にはなりたくないです!!!! ちょっと勘違いが多い公爵令嬢・レティシアの婚約破棄されないようにするためのお話(?)

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...