「君を愛することはできない」と仰いましたが、正確にその意味を説明してください、公爵様

メカ喜楽直人

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1.結婚初夜の冷酷な宣告

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「イボンヌ・ウィンタースベルガー伯爵令嬢。君に言っておきたいことがある」

 国の星詠み所が計り選んだ婚姻を結ぶに最良の日。今日という善き日の午前中、ふたりで共に祭壇の前に立ち永劫の愛を誓って、夫となったばかりのテオフィルス・ライトフット公爵からそう告げられたのは、新妻イボンヌが美しい婚礼衣装を脱ぎ、優秀な侍女たちから総力を挙げて磨きを掛けられ初夜を迎える準備を万全に備えて待っていた、ライトフット公爵邸にある公爵夫妻の為の主寝室で、であった。


 跡取りを得ることなく妻を亡くして以後、ずっと再婚を拒み続けてきた美貌の公爵が年若い後妻を迎えいれることになったのは、王命によるものであった。
「お前も今年でもう三十になる。このままでは筆頭公爵家であるライトフット家の血筋が絶えることになる」
 叔父であり、尊敬する国王からそう直接拝されてしまったテオフィルスは誰もが見惚れるように美しい顔から表情の一切を無くし、硬く目を閉じ頭を下げてこれを受け入れたのだという。

 そうして、王命により拒むべくもなく婚約することになった令嬢とは一度も顔を合わせることなく、淡々と婚約に関する締結を結ぶと、そのまま今日という日を迎えたのだった。

 笑顔の一切ない結婚式は、新婚夫婦のこれからの結婚生活を表しているようだと列席者はみな噂した。

 そうして、実際にふたりの生活はそうなるだろうと新郎テオフィルスは暗澹たる気持ちでいたのだ。



「私には、君を愛することはできない」

 肌が透ける瀟洒な夜着姿のイボンヌなど視界に入れることすら嫌だとばかりに目を逸らし、まっすぐサイドボードの前まで歩いていくと、そこに用意されていたワインをグラスに注ぎ、一気に呷った。

 これから初夜を迎えようという新婚夫婦の初めての会話は、愛を誓うものでも確かめ合うものでもなく、冷たく表情を凍らせたテオフィルスによる新妻イボンヌを切って捨てるような冷たい言葉だった。

 そうしてそれを受けたイボンヌの言葉も冷静だった。

「わたくしは本日よりイボンヌ・ライトフット公爵夫人となり、イボンヌ・ウィンタースベルガー伯爵令嬢 ではなくなったのですが。用件自体は承りました。それで? 我が夫テオフィルス様におかれましては、わたくしの他に、どなたか愛する御方がいらっしゃるのでしょうか」

 予想からかけ離れた淡々とした質問を返されて、テオフィルスがたじろぐ。

「いや……そういう訳では、ない」

 目を泳がせて否定すれば、畳みかけるように重ねて問われた。

「あら。ではわたくしがお気に召さないということでしょうか。噂通り、男色ということでしょうか」

「なんだそれは。気持ち悪い」

 自身に関する不名誉な噂を知らなかったテオフィルスが美しいかんばせを顰めて否定した。

 この国の国教であるハイライト教は男女間での愛しか認めていない。
 だがそれでも、思春期の多感な時期を完全に男女分かれて生活することになる学園内では、むしろ婚姻を結ばない恋の相手としてこっそりと秘密の関係を結んだことのある貴族たちは高位になるほど多かったし、その関係を大人になってからも続ける者もいないではなかった。
 もちろん神の祝福を受けることのできない秘密の関係でしか存在できなかったが。

「そんな不道徳で影に隠れてするしかない遊びの恋などにうつつを抜かしたことはない」

 きっぱりと否定したテオフィルスだったが、彼の新妻はその言葉に納得してくれることはなかった。
 勢いづいた様子のイボンヌからの追及は真実を突き止めるまで留まることを知らないとばかりに、次々と問いを重ね、それに押されるように問われるままテオフィルスは熟考することすら許されずに答えていった。

「テオフィルス・ライトフット公爵閣下は、女性に興味がないという噂は?」

「ない。それは神への冒涜ではないか。私は神に誓って男性に懸想したことなどない」

「では、……まさか、禁断のケモナーということでしょうか。チャレンジャーですね」

「けも? なんだ、それは」

「ケモ耳と尻尾がないと萌えない特殊性癖チャレンジャーだそうですわ。最近、王都で密かに流行しているとか」

「特殊が過ぎる! 私は異教徒ではない!!」

 男女の愛しか認めていないこの国の神は、同性間の性愛を許していない。そうしてそれ以上に、異種族間における愛などまったくもって許さないだろう。
 想定外すぎて教義にはなっていないだろうが。間違いなく異端扱いされる筈だ。テオフィルス自身は知らないが。たぶん、いや間違いなく、駄目だ。

「では、もっとこうお年を召された方……もしくはもっと幼い」
「私は普通に女性が好きだ」

 これ以上トンデモナイ疑いを掛け続けられては心が死ぬとばかりに、テオフィルスはイボンヌの言葉を遮って、厳然たる事実を宣言した。

 最終的に問い質したいことはこれであろうと確信をもって口にした言葉であったが、だがしかし、イボンヌからの追及を止めることは叶わなかった。
 むしろとても訝しげな表情を浮かべる。


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表紙イラスト:ギルバート@小説垢様(@Gillbert1914)より戴きました。
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