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第二章:貴族学園で二度目の恋を
4.第一王子エルドレッド
しおりを挟むガヤガヤと騒がしいのは、初めての学食だからだろう。
同じ歳の者を一堂に集めて共に勉強をさせることは、家で家庭教師をつけていた貴族家の子女ならばその延長線上でしかない。教師の教えに従って、粛々と教えに従うのみだからだ。
しかし、今は休み時間。規律違反を問い質す厳しい教師の目はない。
お茶会のようにマナーを守り、家名を背負って出席しているものでもなく、ただ普段なら同じ部屋にいることすら叶わないような上位の貴族家の子息令嬢と同席する事だって可能、かもしれない。そう思うだけでどこか浮ついた心持になってしまったとしても仕方のない事だろう。
なにしろ、まだ新入生、それも本日から学生となり親の手を離れたばかりの集団なのだ。
上級生たちにとっても、かつて自分が通って来た道だ。
寛容にならざるを得ない。余程のことがない限り、ではあるのだが。
「ヤミソンさま早くいらっしゃらないかしら」
「わたくし、父から是非ヤミソン殿下にお言葉を賜ってくるように言いつけられておりまして」
「まだ婚約者も親しいご令嬢もいらっしゃらないのよね」
「それをいうなら第一王子のエルドレッド様もそうでしょう」
「あの御方は、手が届かなさ過ぎですわ」
「そうね、どちらかといえば観賞用」
「きゃあ! なんてことを」
笑いがさざめくように学生食堂内を広がっていく。
「おぉー! 今年も争奪戦がすごいな」
「4年前を思い出すねぇ」
「私の時は、これほど酷くなかったんじゃないか」
「エルドは学園に入学する前には令嬢たちに冷たい王子って有名だったからな。声を掛けるのはそれでもいいっていう猛者ばっかりだったじゃない」
「確かに。それに比べてヤミソン殿下は愛想がいい方ですからね。下位貴族であってもお声を掛けてみようと思わせてしまうのでしょう」
「駄目で元々あわよくばって感じ?」
「私達兄弟ふたり揃って、酷い言われようだな」
兄とその友人たちが、呑気に高みの見物をしている間にヤミソンが近付いてきたのだろう、令嬢たちの歓声が近づいてきた。
「破廉恥ですわ」
「わざと転んで見せたのでは? いやらしい」
しかし、聞こえてきた内容がおかしい。
それに気が付いたエルドレッドは、秀麗な顔に冷たい微笑を貼り付けて立ち上がった。身体から冷気が漏れているかのように怒っているのが、伝わってくる。
その様子に、周囲で静かに食事を取っていた者たちが、びくりを身体を震わせる。
笑顔にもかかわらず、辺り一面に冷気を撒き散らすような表情をして、ヤミソンの兄ことこの国の第一王子エルドレッドが騒がしい一帯に向かって歩き出した。
「助けにいくの?」
「仕方がないだろう。令嬢が罵る声は醜い。食事が不味くなる」
「……どっちが酷いんだか」
「ホントホント」
囁くように未来の主たるエルドレッドに対する不敬な口を叩きながら、それでも未来の側近たちは、主の後ろに付き従った。
「ここは午後の教科に備えて静かに昼食をとる場所だ。このように騒ぐなら、出て行きたまえ」
「きゃーっ! エルドレッド様よ」
「噂以上にお美しくて。すてきなご尊顔ですこと」
「お声も素敵ですわぁ」
「こんなにお近くでお声を掛けて頂けるなんて。学園生活って、最高ですわね」
ヤミソン以外に突撃するべきターゲットを見つけたとばかりに、一斉に令嬢たちがエルドレッドを振り向いた。
「私の言葉が通じないようだな。この国の第一王子である私の言葉が通じないほどなのだ。きっとこの学園の授業を理解することもできないに違いない。今すぐ領地へ帰り、自宅で基礎から学習をし直して来年度再入学するがいい」
まるで無造作に大鉈を揮うような弁舌を初めて聞いた新入生たちがどん引く。
ちなみに在校生たちは皆、あぁ始まったとばかりに首を竦めて嵐に自分が巻き込まれないように祈った。
「!」
「そんなっ」
「ご冗談を。いくら王子殿下であろうとも、そのような笑えない冗談は……」
「私は本気だよ、ジャニー・ワイマン伯爵令嬢」
「!!」
「全員の名前を呼び上げた方がいいかな。我が学園の職員を舐めて貰っては困る。私でなくとも生徒の名前と顔が一致しない者などいない。父兄諸氏には今日の君たちの行動について通告があると覚悟しておくように」
「それと、ジジ・ウェルマ子爵令嬢。先ほどここへ入ってくる途中で、足を引っかけた相手が誰だか分かっていての行動かな。令嬢相手に口汚く罵ることも、怪我をさせるような真似をして恥を掻かせようとすることも、すべて信じがたい行為だ。それを自分より爵位の上の相手にするなど信じられない愚かさだ。あぁ、勿論家格が下の相手ならいいということではないよ、念の為。だが、この国の貴族制度というものを理解することもできないなら君には、学園でどれだけ学ばせようと民を率いる貴族でいる事など無理だ。平民となり、導いて貰う立場になるといい」
「そんな。誤解ですっ!」
「私が嘘を言っているというのか」
「突然そのような疑いを掛けられて。証拠も何もないのに。酷い誤解です」
「証拠はないな」
「でしょう!」
「だが、証人は、いる」
エルドレッドがそういった時だった。
それまで食堂の隅で控えていた使用人が、音もなくジジ・ウェルマの両側に立ち、その腕を取った。
「え?」
「私共が証言いたします。このご令嬢が、ヤミソン様の連れられていたご学友のご令嬢の足を引っかけ転ばせようとなさいました。ご令嬢自身は体勢を崩されたところを傍にいたヤミソン様に助けられて御無事です。しかし、ジジ・ウェルマ嬢の行為は許されるものではないと存じます」
「私もそう思う。では文書に纏めて学園長へ報告するように。それを基に学園長が処断してくれるだろう」
「はい。かしこまりました」
「そんな! だって、だってこんなの、ちょっとしたやっかみじゃあありませんか。爵位が上だからって、こんな地味な女が王子さまにエスコートされて守られて。生まれた家で決まるものでしかないのに。そんなの、ずるいです」
「爵位が上の者には責務がある。学生であるならばそれは、勉学に勤しみ知見を広げ知識や伝手を蓄えること。次代を継ぐ者として備えることだ。ペイター侯爵令嬢は、その務めを果たそうと努力している。そこにズルも何もない。それに比べてお前は何をしている? 何をした? 他人をこき下ろすことばかり考え卑劣な罠を掛けようとする者は、私の治世には必要ない」
ばっさりと切り捨て、睥睨する。
そこには最上級生とはいえ、まだ学生とは思えぬほどの王者の風格があった。
「自分は関係ないと思っているようだが、ペイター侯爵令嬢に向かって失言したと思う者は真摯に謝罪するように。上位貴族が華美に装うことは校則ではない。自分たちで勝手に作ったルールを当て嵌めて、それに従わない者を罰しようとするのは私刑に当たる。この国では私刑を認めていない」
ハッとした様に、令嬢たちが一斉にアーリーンへと縋るような視線を投げかける。
しかし、彼女らの足が動き出す前にエルドレッドから更なる言葉が掛けられた。
「謝罪は口頭ではなく、文書を以って正式に行うように。自分の口にした言葉を真摯に考え、反省してから書き送りなさい。」
令嬢たちは顔を見合わせ、しおしおと元の場所へと足を戻す。
けれど令嬢たちの顔はどれも不満げだ。未だに、そこまでさせることなのかと思っているのが伝わってくる。
「罰せられることが分かったからと、それから逃れる為に告げられる謝罪ほど中身のないものはない。そんな薄っぺらなことに大切な昼休みを費やしている暇はないのだから。なにしろ、あと半刻で午後の授業が始まってしまう。さぁ、ランチを食べ損ねて授業中にお腹が鳴る辱めに遭いたくなければ解散するように」
前半と打って変わって爽やかな笑顔でそう言い切ると、エルドレッドが手を叩いて解散を宣言する。
それを受けて周囲はどこかほっとした表情を取り戻し自然と頭を下げて、エルドレッドの言葉に従った。
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