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第二章:貴族学園で二度目の恋を
3.食堂にて
しおりを挟む「やっとお昼休みの時間になったわ。この休憩だけ長いからようやく一息つけるわね」
授業の合間にも休み時間はあるが、実際には次の移動など授業の準備でほぼ終わってしまう。
これほど長く椅子に座って居続けたことも無かったので、アーリーンにとって午前中最後の授業はかなりしんどかった。
最もそう感じていたのはアーリーンだけではないようで、クラスメイトたちも同じように疲れが見えていた。
よろけたりしないよう慎重に席を立つ。
昼食は、学内に設けられた学生専用食堂、通称学食で取るらしい。
自分の好みの食事が選べるようになっていて、ひとり分ずつトレイに乗せられたものが配られるのだと、事前にアンナから図解を用いてレクチャーを受けているので、アーリーンは自分でも簡単にできると思った。
「アーリーン嬢、昼食をご一緒して貰えるだろうか」
立ち上がった所で、手を差し出された。
「ヤミソンで……さま」
「“でさま”って」
くくくと楽しそうに笑う顔が憎らしい。
けれど自分のせいなので、ここで文句を言ってはいけないのだわとアーリーンは自らを窘め口を噤んだ。
そのまま視線すら合わせず差し伸べられた手を取らないでいると、強引に手を取られた。
そのまま廊下へ向かって歩き出され、逆らいきれなかったアーリーンは顔をそっぽへと向けながらもついていくことにする。
「わたくし、まだご一緒するなど言ってませんわ」
「学食の戦争を知らないね? 早く行かなくちゃ座るところも見つからないし、食べたくない物を食べることになるんだって。兄上からそう教えて貰ったんだ」
「……エルドレッド殿下が」
『アーリーンは、……無理だよ』
あの日の声が、今もアーリーンの胸の奥に突き刺さったままでいる。
最後に聞いた声だからかもしれない。けれど、アーリーンはエルドレッドにお会いして、声を聴くのも怖かった。
「そういえば、学園にはエルドレッド殿下も、いらっしゃるのよ、ね」
「当たり前だろう? 大丈夫、すぐに会えるよ」
「え? ……あ。きゃっ」
「きゃー! ヤミソン様ぁ」
「殿下が廊下に出ていらっしゃったわ!」
廊下を出たところで令嬢たちに囲まれた。
「なによ、この地味女」
「地味でもA組から一緒に出て来られたってことは侯爵家以上なのね」
「でも何も宝飾品を着けられていらっしゃらないわ。よほどの窮状なのね」
「爵位だけの貧乏家ってことね。なのに殿下に手を取らせるなんて」
勝手な想像から、どんどんと勝手に興奮して妄想を膨らませていく様に、アーリーンは恐怖した。
ただ、名指しはしていなくともアーリーンを指しているのだと分かる目の前で交わされる罵りの言葉が、ようやく朝のアンナがあれほど髪飾りを着けて行かせたがっていたことと、頭の中で繋がった。
アンナの言う通りに豪奢な髪飾りを着けてくるだけで、朝のナディーン嬢との諍いも起こらなかったのかもしれないと理解する。
──私が、勘違いさせてしまったのね。髪飾りひとつで避けられる諍いがあるなら、絶対にその方がいいのに。
制服は一緒でも、そこに家格を示す何かがあるだけで、名前や顔を知らなくとも周囲に誤解を与えなくて済む。
自らの頑なさがこの罵倒に繋がっているのだと思うと、自業自得のような気がして、アーリーンは知らない令嬢たちの陰湿な言葉を黙って聞いていた。
「あの、やっぱりわたくし、食堂へはひとりで行きますわ」
ヤミソンに掴まれた手を取り戻そうと引き寄せる。
しかし、しっかりと握り込まれてしまった手はそう簡単に振りほどけなかった。
「駄目。このまま引き下がっても意味はないよ。明日も明後日も、その後も卒業までの5年間。ずーっとこうなんだ。最初が肝心なんだよ、アーリーン嬢」
ヤミソンが呼んだ名前に、令嬢たちが気付いた。
「アーリーン嬢って……まさかペイター侯爵家の?!」
「宰相様のお家ではありませんか」
「なぜあのような貧そ……質素、いいえ清楚な出で立ちでおいでなのは、宰相様の方針なのかも」
「ヤミソン、さま」
「なに?」
「情報の扱いが、お上手ですね」
こんな方だったろうかと、笑顔のヤミソンをぼんやりと見上げた。
けれどアーリーンが知っているヤミソンは、もう3年近くも前のヤミソンだけだ。
自分と背も変わらない頃の、幼いヤミソン。
アーリーンだって、あの頃のアーリーンから脱却する為に懸命に勉強してきたつもりだ。
「腐っても王族だからね」
爽やかに笑って「さぁ」と手を引かれる。
もしかしたらこの無邪気さも演技なのかもしれない。アーリーンの胸はつきんと痛んだ。
だから冗談で返した。
「まぁ! ヤミソン様は、腐っていらっしゃるのですか?」
「そりゃもう! 中身はぐっちゃぐちゃのドロッドロさ」
「それは大変ですね……あっ」
笑い合っていたから、横から出された足を避けきれず、アーリーンはその場でバランスを崩してしまった。
勿論、ヤミソンに手を取られていた状態でだったので、アーリーンは廊下に叩きつけられることもなく、ヤミソンの腕の中へと抱き寄せられることとなった。
周囲から悲鳴が上がる。
「破廉恥ですわ」
「わざと転んで見せたのでは? いやらしい」
悲鳴と共に吐き捨てられる暴言に、アーリーンの頬が染まった。
恥ずかしさと痛みと、陥れられる恐怖。それらを人前で感じているという屈辱で、頭の中が渦巻く。
「大丈夫? ……今、アーリーンの足を引っかけた者、出てこい」
「ヤミソン様、よろしいのです。わたくしはヤミソン様のお陰で転ぶこともなく済みましたから」
そういって取りなすアーリーンを抱き寄せるように庇って、ヤミソンは笑顔を貼り付けた令嬢たちを睨みつけた。
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