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第一章:無自覚な初恋
1.王宮へ
しおりを挟む輝くばかりに美しい花々が見事に咲き誇っていた。
ここは王族、それも王妃のために設えられた専用の温室。
王妃にぞっこんな国王により、国内ではここでしか見られない希少な花々が集められていた。
「これが、今年のレーベン産の紅茶ね」
「雨季が長かったこともあって、いまいちですわね」
「そうね。香りも薄くなってしまっているわね」
ふたりの淑女は、侍女が配った淹れたての紅茶を覗き込んで眉を寄せた。
茶葉となる木の育成には水が必要ではある。だが、収穫時期に重なるのは別だ。
雨が降った日に摘んだ茶葉は、味も香りも薄くなってしまうのだ。3日は開けねば味が戻らぬとされ、雨季がひと月ずれ込んだ上に長引いてしまったレーベン地方での茶葉の等級は、これまでずっと特等を取り続けていたというのに今年一気に下がって二等級にまでなってしまっていた。
「えぇ。けれどマッソ産の茶葉の出来は上々のようですわ」
「ポーティが今日持ってきてくれたそれね? 陶製の器も美しいわね」
「ええ。相談を受けて、新しいデザイナーを紹介しました」
「さすがね。それで今、そちらは味見させて貰えるのかしら。あぁでも侯爵夫人に茶を淹れて貰おうとお願いするなんて、礼を失してしまうかしら」
「もう。そうやっていつまでも揶揄うんだから。あなた様の為ならいつだってお淹れしますわ」
学生時代からの友人としての親しさで、時折わざとこうやってお互いに揶揄いの言葉を挟むのは、王妃と臣下たる侯爵夫人という立場となってからも続くふたりの慣れ合いだった。
だが、会話では慣れ合っていたとしても、そこで話し合われていることはこれからの国の方針を決める情報交換だ。
来年、国内の流行を押さえ新たな流行を生みだす立場となるべく、こうしてお茶会と称して情報を集め、吟味することは重要なことだ。
つまり、この場は私的な茶会に見せ掛けた、王妃の為の戦略会議の場なのだ。
高位貴族たちはプライドが高く、そのように来年の流行を見定める場に自分が呼ばれないことに憤る者も多い。できる限りバレないようにカモフラージュすることが必要となる。
「おかあさま、わたし、ちょっとあちらの方のお花を見てきてもいいかしら」
「えぇ、いいわ。でも温室から出てはいけませんよ?」
「はい。わかりました」
金色をしたふわふわの髪を飾る大きな白いリボンが揺れる。
「アーリーン嬢。帰ってきたら一緒に甘いチョコレートを食べましょうね」
「はい。ありがとうございます、王妃さま」
ちいさなてのひらをひらひらと振り返し歩いていく姿を、ふたりの淑女は笑顔で見送った。
ふわふわのフリルが幾重にも重ねられた甘いベビーピンクのドレスを着たアーリーンは、まるで砂糖菓子のようだ。
「アーリーン嬢は、ヤミソンと同じ歳だったわね。もう10歳になるのね」
「えぇ。10歳の誕生日まで、ようやくあとひと月を切りましたわ。けれど、まだまだ幼くて。大人しく席に着いていることも難しいようで、お恥ずかしいです」
「あら。ウチの息子たちもそうよ。上のエルドレッドは学園へ入学したお陰か、最近はだいぶ落ち着いてきたようだけれど。アーリーンと同じ年のヤミソンも、まだまだ子供で大変よ」
勿論、侯爵夫人が美しく着飾った幼い娘を連れてきていることも、会議を普通のお茶会に見せるためのカモフラージュのひとつだ。
幼い娘を王子のいる王妃へ紹介しに行くのは、ある意味政略ではあるが、傍から見ている者はまったく違う色をのせるようになるからだ。
幼い娘が席を離れたことで、侯爵夫人は王妃の側近としての顔を隠すことなく会議は進められた。
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