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本編
第三十話 発熱と卒業式
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■
その日の夜、サリは熱を出した。
かなりの高熱となり、翌日には「寮で看病しきれない」ということで、実家に帰された。
実家に帰された後、サリはそのまま丸二日間寝込んだ。
その間、ずっとサリは学園を休むことになったが、父の事件が起こるまでサリはとても優秀であり、授業で学ぶべきこと以上のものを既に修めていたと認められた事と、すでに卒業試験自体は終えていたこともあって、父親の事件の関係もあり出席日数的には少々規定に足りなかったものの、卒業自体は認められることになったと連絡がきたのは、サリの十八回目の誕生日当日だった。
「皆と一緒に卒業式に出れることになって、良かったわね」
そう母から祝福されたが、サリは自分で、卒業式を欠席する事に決めた。
「病み上がりで卒業式に出て疲れてしまったら、翌日の婚姻式に出られなくなるかもしれないもの」
そう硬い笑顔で話す娘に、父も母も困惑した。
「本当にいいの? 明後日の卒業式が、学園の友人たちと顔を合せられる最後の日になるかもしれないのよ」
母はサリに、蜂蜜入り生姜湯を持ってきてくれながら諭したが、サリが首を縦に振ることは無かった。
「その卒業式の翌日には婚姻式なのだもの。ぶり返して式に臨むことなんかできないわ。……その、私、もう少し寝ることにするわ」
「……そうね、サリはたくさん頑張ってくれていたから。疲れが出てしまったのね。ごめんなさいね、ゆっくり休んで」
アエラはそういってサリをしっかりと毛布で包んでやると、カーテンを開けたばかりの部屋を再び暗くして出て行った。
廊下に出て、閉めたばかりの娘の部屋の扉を見つめる。
「少しは目の下の隈がマシになってきたけれど。でも、本当に大丈夫なのかしら。ねぇ。この結婚はやっぱり間違っていたのではないの」
太陽の光を遮る緞帳で暗くなったベッドの中で、サリは何も考えずに眠ってしまいたかったが、それでも実際には鬱々と色んな事が頭の中で渦巻いていた。
結局、就職活動に関しては、あの日以来就職課に近付く気にまったくなれず、卒業後の予定については白紙だった。
勿論まったくの白紙ではない。寝ていた日にちを考えれば、あと三日でサリは伯爵夫人となる。
准男爵家の令嬢としてですら自分に足りないものが多々あるというのに、伯爵家の夫人になるなど、サリにとっては未知の領域すぎて不安しかない。
だがそれを教授に打ち明ける気にもなれなかった。
多分教授としてもお飾りの妻に何かをさせるつもりもないのだろう。
だからこそ、就職したかった。
「先生方には目を掛けて貰っていたつもりだったけれど、でも本当は、誰も私自身の事なんか興味なかったのね」
サリが職を得たいと考えていると考えた教員は誰もいなかった。
婚約者である教授からすら、一度も訊ねられたこともない。
「そういえば、教授とそういった話もしたことが無かったわ。ふふ。本当に、“私”には興味が無いのね」
かといって仲の良い家族からも、サリの就職がどうなっているのかについて聞かれることはなかった。
むしろ家族はサリの未来について語り合うことを避けている風ですらあった。
当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
父は、自分が怪我をしたせいで娘が奪われることになったと悔やんでいたし、母も自分が王都での手配を娘に任せてしまったからだと後悔していた。
そして弟は、ひたすら大好きな姉が奪われることに憤慨していた。
だが、教授を恨むには家族が背負った恩は大きすぎた。
喧嘩をするにも振り上げた拳をどこにぶつければいいのかも分らないのだ。
家族は、ただ淡々とまるで仕事のように、教授との婚姻式の手配をするばかりであった。
だが、エレナ夫人からドレスとパリュールをお借りできるという話をした時だけは、ホッとした表情を浮かべていた。
「そう。アーベル侯爵家の奥様は、サリを受け入れて下さっているのね」
別の家になっているとはいえ、義理の母娘になることに違いはない。
針の筵ばかりではない事に、父も母も喜んだ。
「そうよ、悪い事ばかりではないのよ」
けれど。
他の事はすべて飲み込めても、どうしても辛い事実がサリの心を突き刺すのだ。
「寝込んでも、誕生日が過ぎても、教授はお見舞いも、お祝いにすら来て下さらないのね。ふふ。わかっていたけれど」
この家で祝う最後の誕生日だというのに寝込んだ自分が悪いのだ。
祝いの席も用意できなかったと、家人を嘆かせてしまった。
けれど、それでも。
花瓶の花は、今朝弟が『誕生日に』と摘んで来てくれた庭の花だ。一緒に、街で選んできてくれたというリボンも渡された。
先ほど飲んだ甘くて温かい生姜湯は、風邪を引くといつも母が淹れてくる安心の味だ。
誕生日プレゼントは珊瑚のネックレス。甘いコーラルピンク色のチューリップが連なるような愛らしいデザインだ。とてももうすぐ結婚して家を出ようという成人の祝いには見えない愛らしさだった。
父からは、白蝶貝の美しい手鏡と櫛を揃いで貰った。
『一生使える物を選んだ』
その言葉に、離れていてもずっと見守ると言われている気がして、胸が熱くなった。
そうして今朝も仕事へ行く前に、顔を見せに来てくれた。
「父さまは、『愛してるよ』って、髪を撫でて行ってくれたわ」
その手が、教授のものではないことを、惜しんでは駄目なのだ。
三日後のサリに待っているのは、愛の無い結婚だ。
契約上の、只の身代わり。
王太子殿下に恥を掻かせない為の、穴埋めの花嫁だ。
そう思うと、止まったと思っていた涙が溢れた。
そうして、いつしか眠っていたサリは、夢をみた。
自分が誰にも必要とされずにオロオロとシーラン伯爵家の御屋敷内で教授だけでなく使用人達からも相手にされずにフラフラとやる事を探して徘徊しては、使用人たちから邪険にされるという厭な夢だ。
その後、再び熱が上がったサリは、卒業式の当日もベッドで寝て過ごした。
ようやく目覚めたのは、サリの婚姻式の前日であった。
その日の夜、サリは熱を出した。
かなりの高熱となり、翌日には「寮で看病しきれない」ということで、実家に帰された。
実家に帰された後、サリはそのまま丸二日間寝込んだ。
その間、ずっとサリは学園を休むことになったが、父の事件が起こるまでサリはとても優秀であり、授業で学ぶべきこと以上のものを既に修めていたと認められた事と、すでに卒業試験自体は終えていたこともあって、父親の事件の関係もあり出席日数的には少々規定に足りなかったものの、卒業自体は認められることになったと連絡がきたのは、サリの十八回目の誕生日当日だった。
「皆と一緒に卒業式に出れることになって、良かったわね」
そう母から祝福されたが、サリは自分で、卒業式を欠席する事に決めた。
「病み上がりで卒業式に出て疲れてしまったら、翌日の婚姻式に出られなくなるかもしれないもの」
そう硬い笑顔で話す娘に、父も母も困惑した。
「本当にいいの? 明後日の卒業式が、学園の友人たちと顔を合せられる最後の日になるかもしれないのよ」
母はサリに、蜂蜜入り生姜湯を持ってきてくれながら諭したが、サリが首を縦に振ることは無かった。
「その卒業式の翌日には婚姻式なのだもの。ぶり返して式に臨むことなんかできないわ。……その、私、もう少し寝ることにするわ」
「……そうね、サリはたくさん頑張ってくれていたから。疲れが出てしまったのね。ごめんなさいね、ゆっくり休んで」
アエラはそういってサリをしっかりと毛布で包んでやると、カーテンを開けたばかりの部屋を再び暗くして出て行った。
廊下に出て、閉めたばかりの娘の部屋の扉を見つめる。
「少しは目の下の隈がマシになってきたけれど。でも、本当に大丈夫なのかしら。ねぇ。この結婚はやっぱり間違っていたのではないの」
太陽の光を遮る緞帳で暗くなったベッドの中で、サリは何も考えずに眠ってしまいたかったが、それでも実際には鬱々と色んな事が頭の中で渦巻いていた。
結局、就職活動に関しては、あの日以来就職課に近付く気にまったくなれず、卒業後の予定については白紙だった。
勿論まったくの白紙ではない。寝ていた日にちを考えれば、あと三日でサリは伯爵夫人となる。
准男爵家の令嬢としてですら自分に足りないものが多々あるというのに、伯爵家の夫人になるなど、サリにとっては未知の領域すぎて不安しかない。
だがそれを教授に打ち明ける気にもなれなかった。
多分教授としてもお飾りの妻に何かをさせるつもりもないのだろう。
だからこそ、就職したかった。
「先生方には目を掛けて貰っていたつもりだったけれど、でも本当は、誰も私自身の事なんか興味なかったのね」
サリが職を得たいと考えていると考えた教員は誰もいなかった。
婚約者である教授からすら、一度も訊ねられたこともない。
「そういえば、教授とそういった話もしたことが無かったわ。ふふ。本当に、“私”には興味が無いのね」
かといって仲の良い家族からも、サリの就職がどうなっているのかについて聞かれることはなかった。
むしろ家族はサリの未来について語り合うことを避けている風ですらあった。
当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
父は、自分が怪我をしたせいで娘が奪われることになったと悔やんでいたし、母も自分が王都での手配を娘に任せてしまったからだと後悔していた。
そして弟は、ひたすら大好きな姉が奪われることに憤慨していた。
だが、教授を恨むには家族が背負った恩は大きすぎた。
喧嘩をするにも振り上げた拳をどこにぶつければいいのかも分らないのだ。
家族は、ただ淡々とまるで仕事のように、教授との婚姻式の手配をするばかりであった。
だが、エレナ夫人からドレスとパリュールをお借りできるという話をした時だけは、ホッとした表情を浮かべていた。
「そう。アーベル侯爵家の奥様は、サリを受け入れて下さっているのね」
別の家になっているとはいえ、義理の母娘になることに違いはない。
針の筵ばかりではない事に、父も母も喜んだ。
「そうよ、悪い事ばかりではないのよ」
けれど。
他の事はすべて飲み込めても、どうしても辛い事実がサリの心を突き刺すのだ。
「寝込んでも、誕生日が過ぎても、教授はお見舞いも、お祝いにすら来て下さらないのね。ふふ。わかっていたけれど」
この家で祝う最後の誕生日だというのに寝込んだ自分が悪いのだ。
祝いの席も用意できなかったと、家人を嘆かせてしまった。
けれど、それでも。
花瓶の花は、今朝弟が『誕生日に』と摘んで来てくれた庭の花だ。一緒に、街で選んできてくれたというリボンも渡された。
先ほど飲んだ甘くて温かい生姜湯は、風邪を引くといつも母が淹れてくる安心の味だ。
誕生日プレゼントは珊瑚のネックレス。甘いコーラルピンク色のチューリップが連なるような愛らしいデザインだ。とてももうすぐ結婚して家を出ようという成人の祝いには見えない愛らしさだった。
父からは、白蝶貝の美しい手鏡と櫛を揃いで貰った。
『一生使える物を選んだ』
その言葉に、離れていてもずっと見守ると言われている気がして、胸が熱くなった。
そうして今朝も仕事へ行く前に、顔を見せに来てくれた。
「父さまは、『愛してるよ』って、髪を撫でて行ってくれたわ」
その手が、教授のものではないことを、惜しんでは駄目なのだ。
三日後のサリに待っているのは、愛の無い結婚だ。
契約上の、只の身代わり。
王太子殿下に恥を掻かせない為の、穴埋めの花嫁だ。
そう思うと、止まったと思っていた涙が溢れた。
そうして、いつしか眠っていたサリは、夢をみた。
自分が誰にも必要とされずにオロオロとシーラン伯爵家の御屋敷内で教授だけでなく使用人達からも相手にされずにフラフラとやる事を探して徘徊しては、使用人たちから邪険にされるという厭な夢だ。
その後、再び熱が上がったサリは、卒業式の当日もベッドで寝て過ごした。
ようやく目覚めたのは、サリの婚姻式の前日であった。
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