ヤバい男に捕まった

メカ喜楽直人

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 あれだけ熱いキスを莉子と交わし、莉子を独り占めしたいと告げた情熱的な男のものとは思えないほど。

「うるさい!」

「うるさいのは、あなただ。あぁ、婚約の破棄に関しては、後日私を代理人として事務所より通告させて頂きますね。勿論、あなたの有責で。慰謝料はたっぷり用意しておいてくださいね。破産させる勢いで請求させて貰いますから。そちらのお嬢さんにも」

「あたしは、関係ないでしょ!」

 心愛が気色ばんで言い返した。どうやらその可能性についてまったく思いついていなかったようだ。
 愛らしい瞳を吊り上げて、怒る。その様子は、さきほど男たちに媚びていたわたがしのような様子からはまったくの別人だった。

「おやおや。正式に婚約を交わした女性がいる男と浮気しておきながらなんという自覚のなさだ。いや、無いのは常識かもしれませんね」

 ゆったりと煽ってくる男性に、顔色を真っ青にした心愛が口をぱくぱくさせていた。反論しようにも、怒り過ぎて言語中枢がイカレタらしい。

「婚約を破棄させた加害者が何を言っているのか。そんなことも理解できないなら、仕方がないですね。裁判所でそう主張してみればいいんじゃないですか。きっと裁判官が、きちんと理解するまで説明してくれますよ」

 にっこりと笑った。
 目隠しをされていて見えない莉子以外の者にとって、男のその笑顔は、あまりにも冷たく悪魔のようだった。

「さ、裁判?」
「そ、そういえばさっき事務所から通知って……」

 今更そこに気が付いた健司が、恐るおそる口にした。

「あぁ。私、こういう者でして」

 男は片手で尻のポケットから名刺入れを取り出し、健司と、そして店のオヤジに渡していた。

「『八幡やはた真弦しげん法律事務所。弁護士 八幡 真弦』って。あんた、弁護士なのか! そんなTシャツとジーンズの癖して」

 健司はTシャツと簡単に言ったけれど、有名な海外ブランドのものなので多分一枚で数万円はしてたはずだ。莉子は、雑誌で俳優が着ているところを見て素敵だと思って調べたことがあるから知っている。
 ジーンズも同じブランドのものなので、十万円で買えたかどうか。
 どちらもシンプルなデザインでカッティングと縫製、そして生地が美しい。だからこそ、着ている人間のが良くなければ着こなせない。
 イケメン俳優だから似合っていたけれど、一般の日本人ならば、似合うどころか丈が余ってみっともなくなるところだろう。
 けれど手足が長く顔のちいさい八幡は見事に着こなしていた。
 もしかしたら、莉子が見た俳優より似合っているかもしれない。

「あはは。服装で職業が決まる訳じゃあるまいし。休みの日にラフな格好をしていたからといって何が悪いんです? あぁ、名刺にある登録番号で所属弁護士会へ問い合わせて貰えれば、本物だと証明できますよ。不審に思われるならどうぞ」

 就活に失敗した健司は、お偉い人に弱かった。八幡真弦と名乗った男の職業が弁護士であると知り、途端に黙り込んだ。

 その横で、店のオヤジが差し出された名刺を手に、震えていた。


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