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しおりを挟む「けん、じ?」
これは、悪夢なの?
店のオヤジさんだって、知り合いだ。
大学時代はあまり同好会の飲み会に参加しなかったから、莉子が通うようになったのは大学を卒業して健司を迎えにくるようになってからだ。だから、他の旅行同好会のメンバーより短い付き合いだけれど。
「あはは。莉子ちゃん、野暮はおよしよ。だってあれだろ、最近はずっとご無沙汰だったんだろ」
莉子は、店のオヤジさんが、何を言われているのかわからなかった。
「そうだよ。お高くとまってないでさ、ちゃんとさせて上げないと。ハジメテは健司に上げちゃってんだから、今更もったいぶったって価値なんか上がんないよ?」
周囲から口々に言われるそれが指し示していることが、莉子の中で大切な思い出であるということに気が付いて、吐き気がした。
思わす両手で口元を押さえる。
「オイオイ、飲食店の真ん中で吐いたりしないでくれよ?」
笑いを含んだ声。目の前で莉子を馬鹿にしているこの人は、本当に、あのオヤジさんなのだろうか。
「でもさ。そのハジメテだって、それまで誰も欲しがってくれなかったからだってだけなんでしょ? 22歳で初めてって。ぷぷっ」
心愛の、嘲る声が莉子の胸に突き刺さった。
莉子にとって、大事な大事な記憶だった。
けれど。
モシカシテ、健司ハ、莉子トノ、ソレを、笑いノ、ネタに、シテイタ?
羞恥に震える莉子を、健司がにやにやと嘲笑って、留めを刺した。
「そうそう。させろって言って貰える内が花なのになぁ」
「違いない!」
どっと笑いが上がった。
「な、なんで? ねぇ、どういう……ことなの、これ」
そこまでされる理由が、莉子にはわからなかった。
確かに、残業が続いている莉子には平日のデートは厳しい。
そして週末は健司が仲間とこうして日を跨ぐほど飲みに行くので、送り迎えはしたけれど、2人でゆっくりデートに行ったりすることも減っていた。
健司は自宅なので、下にご両親がいるのにそういうことをする気にもなれなかったし、何度か断ったのは確かだ。
けれど。
「大体さぁ。初めての時はいいよ、やたら積極的な処女っていうのも趣ないし、嘘臭いし。けどさ、もう何年経つんだよ。少しは向上心持ったりするもんじゃないの? マグロもいいところっていうかさ」
だからといって、それはここまで貶められるほど罪深いことだろうか。
「不感症の女とやってもさ、ツマンネーんだよね」
健司の吐いた、酒臭い息が顔に吹きかけられて、目に染みた。
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