1 / 11
1.
しおりを挟む残業終わりに入ったLIME。
『いつもの店で皆で吞んでる。お前も来いよ』
「まったくもう。幾つになっても、下手に出ることができないんだから」
彼の言う『お前も来い』という言葉が、一緒に吞もうという意味ではないと気付く前は、混乱したこともあった。これは『そろそろ迎えに来て』もしくは『立替にきてくれ。たすけてくれ』だ。
自営業である酒屋を継ぐことに決めた健司だったが、まだ修行中で実家に住んでいることもあり、受け取る給料はとても少ない。
酒屋の息子らしく飲むのが好きな健司は、自分の家に売るほど酒があるにもかかわらず、誘われればホイホイ行ってしまう。そんな時は自分の手持ちなど頭にないらしい。そうして莉子は立替えレスキューを頼まれるようになった。
ただ最近は毎回になっているのが気になっている。
「はぁ。今日はどっちかな。どちらにしろ送迎係ではあるんだよねぇ。うーん、何人で吞んでるんだろう」
彼のいう皆とは、大学時代のサークルのメンバーだ。地元の県立大学なので地元で就職している者が多いから、平日だって集まりやすい。
旅行同好会という、好きな時に好きな場所に遊びに行くだけの集まり。
旅の計画を立てたり、旅費を貯めるために一緒にバイトしたり。ゆるい活動だったけれど、だからこそ学生時代を謳歌できた。
同じ旅行同好会に所属していた健司は、ちょっとずぼらで、でも誰かの失敗を責めることもなく笑って受け入れる度量があって、会話していてもとても楽だった。
卒業間近になって思いがけず告白された。
就活が上手くいかずに両親からの勧めもあり実家の酒屋を継ぐことを決心した健司と、地元の広告代理店に就職した莉子とでは生活のリズムも違ってくるだろうし、すぐに上手くいかなくなるだろうと思いつつ、残り少ない学生生活の記念になると思って受けただけだったのに。
交際は5年目に突入し、去年の暮れに婚約をした。
「いい加減、中途半端な付き合いはやめなさい」と彼の母親に莉子が説教されての婚約だった。
莉子27歳、健司29歳。お互いに年貢の納め時ということだったのだろう。
けれど、婚約は結んだけれど、そこから結婚の話は進展しなくなっていた。
結婚を機に健司に任される仕事が多くなってしまい、忙しすぎて式場を選びに行くこともできないでいる。
「でも、飲み会は参加するんだよねぇ」
仕方のない奴めと苦笑する。
それでもいつかは結婚するのだ。左手の薬指に光る指輪を見つめ、微笑んだ。
もう22時を過ぎている。莉子が呼ばれたのも、送迎目当てだろう。
「せめて、健司だけ、は無理だろうから、あと1人か2人程度だといいんだけれど」
いい顔しいの健司は、一緒に飲んでいる相手にいい顔をしたがる。
莉子が給料を貯めて買った軽自動車に「狭くてごめんな」と仲間を押し詰めて、友人宅まで送っていくことになるのは、いつものことだ。
それでも、そんな風に楽しそうに集まれる仲間がいることは、地元で商店をしている健司には良い事だと思うので嫌だと思ったことは無い。
それでもさすがに残業続きな莉子としては、できるだけ早く帰って睡眠時間を確保したいのも本当だった。
30
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
あなたの1番になりたかった
トモ
恋愛
姉の幼馴染のサムが大好きな、ルナは、小さい頃から、いつも後を着いて行った。
姉とサムは、ルナの5歳年上。
姉のメイジェーンは相手にはしてくれなかったけど、サムはいつも優しく頭を撫でてくれた。
その手がとても心地よくて、大好きだった。
15歳になったルナは、まだサムが好き。
気持ちを伝えると気合いを入れ、いざ告白しにいくとそこには…
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて
音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。
しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。
一体どういうことかと彼女は震える……
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる